翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部

第27話 菫青の勇者

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「とりあえずこれを見て欲しい」

 敵意がないことを表しながら近づいて来た別次元の菫色の瞳の勇者は、上着の袖をまくると二の腕を見せてくる。鍛えられた上腕には以前ドルフの兄が見せてくれたコインと同じような文様が刻まれていた。
 これまでの敵は英雄の虚構ばかりであったが、この男は様子が違う。どうみても自我を持った存在だ。

 少し警戒しつつも、ダアトくんがその肩に飛び乗り嬉しそうに擦り寄ったことにより害意は無いと判断された。それでも一応、数人が武器をいつでも抜けるように構えている。

「なんですか、これ?」

 恐る恐る覗き込んだタマキは首を傾げる。勿論だが俺の腕には紋様など刻まれていない。

「こちらの軍師が言うには邪悪の樹の呪いらしい。俺はこことは別な場所から仲間とともに召喚されたのだが、この呪印によって行動が制限されているんだ」
「そのわりに俺たちと接触は出来るんだな?」

 ラウルスが少し離れた場所から言葉を投げつける。たしかにその通りだ。この勇者の言う通り行動制限があるのであれば、彼の言動は既に矛盾している。

「俺の場合は女神たちの加護で多少の自由が利くんだ。俺と一緒に呼ばれた義兄上たちは自我を奪われ操り人形のような状態だ。出来れば助けて欲しい」

 真っすぐにタマキを見据えると頭を下げた菫色の瞳の勇者は一つの羊皮紙を取り出した。それを広げて見せると布陣図が記載されている。

「君たちが次に向かうエリアにはアーバレストの魔法版みたいなものが設置されている。それを利用すれば俺とアイオライト卿は無力化できるだろう」

 指で布陣図となる地図を数か所を指し示す。丁寧に書かれた文字には、その地形の説明が書かれている。筆跡からして俺のものとは違うので、他の誰かが書いたものなのだろう。
 布陣図には敵の説明も簡易なものだが記載されていた。そこに記されているのはアイオライト卿以外は俺でも見知った者たちの名前である。その中にはメレディスの兄貴の名前や、予想外にもヘルゲの名が連なっている。
 あらかた説明し終えたところで菫色の瞳の勇者が立ち去ろうと踵を返した。しかし一瞬だけ身体が止まる。そうして振り向くと

「ああ、そうだ。シスルの黒太子は居るか?」
「僕に何か用かい?」

 用があったのはメテオライトのようだ。メテオライトの評判の中で出回っているのが『父親を死に追いやり、兄弟を見殺しにした黒い王子』というものらしいので、それ由来の異名みたいなものなのだろう。

「アイオライト卿といったか? ああいった輩はきちんと面倒をみてくれ」

 菫色の瞳の勇者は溜め息を吐きながら、それだけ言うと今度こそ去っていった。



 戦場となる次のエリアへと足を踏み入れた瞬間、一番前を歩いていた竜族のヤキンが矢で射抜かれる。飛んできた勢いを見るとアーバレストによる攻撃だろう。こちらも不用心だったかもしれないが、空間を潜った瞬間の攻撃にまでは対処できない。
 タマキ曰く『菫青の勇者』である先ほどの別次元の俺による罠とも考えられるかもしれないが、正直言ってこの手の騙し討ちは専門外だ。貰っていた情報のアーバレストの位置と方向は一致しているので、強制イベントか何かだと割り切って進む。

 丁度よく少し移動した先には石造りの壁がある。雰囲気からして壊れた城か砦だろう。このエリアの敵に魔導士が居ないことは確認済みなので超遠距離から魔法攻撃を受ける心配はないが、アーバレストの脅威は早めに拭いたいところだ。

「カールさんは東の砲台を、マリアンネさんは西の砲台を押さえてください」

 まずは機動力のある魔導騎士系の二人が接敵される前に魔導砲台をおさえることになる。こればかりは歩兵である俺たちでは足が遅いので力になれないのが難だ。

「問題はヘルゲがどれくらいのペースで移動してくるかだな」

 リリエンソール公爵家の密偵ヘルゲには『影』というスキルがあるらしい。効果は敵に攻撃するまで自身の位置を隠匿できるというものだ。単独で宝箱の回収とかに行くには便利そうなスキルだが、敵兵としては脅威となる。

 二手に分かれた騎兵たちを交互に確認しながら周囲を確認する。前方にはアイオライト卿、そしてその少し後ろにはメレディスの兄サミュエル殿がこちらへ向かって馬を走らせている。

「フレイムランスか……また面白い武器を持って来たね」

 俺と同じく後詰め部隊のメテオライトがサミュエル殿を指し示しながらいう。フレイムランスは炎魔法の効果がある槍だ。近接戦闘でも使用できるが、魔法攻撃に対して反撃が可能な武器である。
 アーバレストの攻撃で撤退に追い込まれたヤキンに代わり、今はアデルがムニンと共に前線で敵を足止めしている。だがあと二人ほど沈めば次は俺の出撃順だ。戦い方はしっかり考えておかなくてはならない。

 いつでも出撃できるように注意を凝らしているとカールが奇襲を受け戦闘不能となった。影に潜んでいたヘルゲが姿を見せる。布で覆われた口元からは暗黒の瘴気が零れていた。
 時を同じくしてアーバレストの攻撃でマリアンネも沈んだようだ。

「出番ですわね」
「ああ。行こう」

 俺たちは二人揃って移動を開始する。近くにいたほうがお互いに支援しやすいからだ。目指す方角はアーバレストの射程外だが、その代わりにヘルゲが居るので物理防御の面で俺が盾になりやすい。
 いつものように敵を誘い出している暇はない。一気に走り抜け接近すると戦闘不能に追い込む。これまで戦ってきた英雄の虚構とは違い実態のある人間なので、その場で霧散することは無い。

 念の為にヘルゲを道の端に寝かせてやると、背後から黒騎士の叫喚が聞こえる。視線を向けるとアデルとムニンが撃破されたらしいが、流石にこの二人を相手にしたアイオライト卿は満身創痍に近い状態だ。サミュエル殿も戦闘不能のようでその場に倒れている。少し後ろには菫青の勇者も見えた。

 赤紫色の瞳と目が合う。どうやらアイオライト卿の次の獲物にロックオンされてしまったようだ。俺はミシェルに前を走らせながら、敵に追いつかれないように走る。目指す場所は魔導砲台の射程ギリギリになりそうな細い道だ。ここで敵の進行を防ぎつつミシェルが魔導砲台に辿り着くのを待つ。

「殺してやる」

 兜の中で反響した低くくぐもった声だがアイオライト卿の言葉ははっきりと聞こえる。相変わらず重たい攻撃だが、今回は秘策とまではいかないがタマキが対応策を渡してくれていた。イージスの盾というアイテムによって全てとまではいかないがダメージを押さえられるようになっている。
 しかしこのエリアでの戦闘が終了すると消えてしまうアイテムなので勿体ない気もするのだが、今日は出し惜しみしないというタマキの意気を汲んでやりたいのだ。

「どうした、俺を殺したいんだろう? 全然足りてないぞ?」

 侵攻を阻止するためにこの場を選んだが、俺一人が立ったところで道が塞がるわけではない。アイオライト卿の興味の矛先が魔導砲台に向かったミシェルに移らないように挑発し注意を集める。効果があるかは判らないが、やるだけならばタダだ。
 アイオライト卿が攻撃の手を止め体勢を立て直そうとしたところで、俺は相手の懐に飛び込み切りつける。相変わらず殆ど手ごたえを感じないが、ダメージを与えられないわけではない。

 横目にミシェルが走り去って言った方角を見る。丁度よく魔導砲台に辿り着いたようで、彼女の足元で魔法陣が広がるのが見えた。

「殺す。殺す殺す殺す殺す、殺してやる!」

 アイオライト卿の叫びが辺りにこだまする。彼は感情がうまくコントロールできないのだろう。ぐちゃぐちゃに混ざり合った激情と慟哭が俺の身体を引き裂く。固定ダメージは辛いが味方と密集せず短期決戦を目指せば対応できるのだから問題ない。
 背後から魔力を帯びた冷気が流れ込んでくる。周囲の気温が一気に下がると視界を埋め尽くす霧氷がアイオライト卿を襲った。不気味な鎧に身を包んだ騎士も氷の最上級魔法による攻撃に成すすべもなく倒れる。

「妬ましい。……憎らしい」

 落馬し膝を付き地面に這いつくばった状態でもなおアイオライト卿は槍を手放さない。割れた兜の隙間からは銀糸が零れ落ち、血と汗により額に張り付いているのが見える。

「なぜ、なんで、どうして。……あいつは生きていて彼女は死んで、俺のせいで皆は死んだのに奴らは生きている。許せない。許さない」

 槍を支えに立ち上がるとアイオライト卿は再び襲い掛かってくる。立っているのが不思議なほど弱っているのに、彼は戦うことを止める気配が見えない。だが弱っているとはいえ、あの威力は脅威だ。盾を構えて耐えようとしたところでそれが消え去る。
 全体的な戦闘は終了したようだがアイオライト卿の戦意は削がれておらず、攻撃の勢いを止められないままだ。

 仕方がない――腹をくくって攻撃を受ける体制に入る。軌道を読みその攻撃をずらそうと剣を構えていると、不意にアイオライト卿が膝から崩れ落ちる。まるで縫い付けられたのかのようにその場で硬直するアイオライト卿のすぐ後ろには、菫青の勇者が俺には見覚えのない白と黒の二振りの剣を持ち立っていた。

「まさか眠っている間に削りきられるとは思ってなかったよ」

 出撃前、この菫青の勇者の奥義だけは絶対に食らうなとのお触れがあった。
 奥義『赦すものの剣』、その効果は実質的に戦闘不能となるものらしい。『軍師の眼』を持っているメンバーが揃って「これは酷い」としか言ってくれなかったので、奥義効果は詳しく解らない。
 しかし当の本人――菫青の勇者はエルナの持つ闇夜ニュクスの杖で眠らされた挙句に、メテオライトの闇魔法による攻撃で戦闘不能に追い込まれていたらしい。

「ありがとう、助かった。その様子だと邪悪の樹の呪いは解けたのか?」
「ああ。おかげさまでな。……しかし自分と話をすると言うのは、やはり変な気分だな」

 菫青の勇者は念の為なのか上着の袖をまくって見せてくれた。あの呪印は綺麗に消えている。

「向こうにヘルゲを転がしておいてくれただろう? 俺はアイオライト卿を運ぶから、あいつを運んでやってくれ」
「ああ。わかった」

 膝を付いたままぶつぶつと何かを話し続けるアイオライト卿を無遠慮に担ぎ上げると、菫青の勇者はその愛馬にも手を差し出し慣れた様子でひと撫ですると静かに牽引していく。
 少し歩いたところでミシェルが追い付いてくると、そのまま一緒にタマキたちのもとを目指す。

「この二人の呪いも解除してやってくれ」

 俺と菫青の勇者はそれぞれ担いできた二人を下ろすとタマキの前に並べる。アイオライト卿は少し暴れているので菫青の勇者に腹パンされたりもしているが、先ほどまでの状況に比べれば平和なものだ。
 タマキは指揮杖――追憶のレギンレイヴをかざす。そこにドルフが光剣アインを重ねると淡く暖かい光が呪印を受けたままの二人を包み、邪悪なものを浄化していく。

「もしかして今ならアイオライト卿の中の人が見られるのでは?」

 タマキが意識を失い大人しくなったアイオライト卿の兜に手を伸ばす。だが菫青の勇者が止めるようにそっと諭すと、タマキはその手を下げた。

「こいつは正気を失ってしまうほど心身共にボロボロになった可哀そうな奴だが、きっと……いや、絶対に立ち直ることが出来る。その時はきっと素顔を見せてくれるだろう」

 菫青の勇者は気絶したアイオライト卿を近くの木の幹に寄り掛からせてやると、その愛馬の手綱をその木に縛る。そのうち召喚されるかもしれないから頑張ってガチャ回してねと言いたげな言い分でもあるが、このセフィロトの地はそういう世界なので仕方がない。

「俺はここでこいつらが起きるまで見ているから、気にせず先へ進むと良い。こちらの軍師が少し行った先で君たちを待っている」

 俺たちを見送るように菫青の勇者は立っていた。残りエリアは二つ。次であの軍師と戦うのであればラスボスとは同時に登場しないのだろう。

「異界の軍師よ、ありがとう。俺たちは君ときみの仲間たちのおかげで救われた。最大の感謝と敬意を、そして勝利を祈っている」



 皆が門を潜り次のエリアへと移動を開始しているところで、格好よく俺たちを見送ったはずの菫青の勇者が慌てた様子で追いかけてきた。誰に話しかけようかと迷っているのか、知っている相手を探しているのかきょろきょろと首を動かしているのを見ていると目が合う。

「すまん忘れていたことがあってな。そっちの俺、ひとつ頼みがある」
「なんだ?」
「こっちの軍師が結構話せる奴なんだが、俺が拾ったコレはそちらの戦士の落とし物だと聞いた。持ち主を見つけて届けてやってくれ」

 そう言いながら菫青の勇者が渡してきたのは掌に丁度乗るくらいの大きさをした箱。非常に見覚えのあるその箱を受け取ると、蓋を開けて中身を確認する。

「その……一応、俺で確認できる範囲で傷とか歪みがないか見て大丈夫だと思うんだが、その……なんだ、あれだ。なかなか高価なものだから持ち主が困っていると思うんだ」

 箱の中身は指輪が一つ。俺がセフィロトに召喚されたときに紛失した婚約指輪だ。食い入るように観察し、石に傷がついていないかとかリングに歪みがないかを確認する。俺の様子を見た菫青の勇者も心配になったのか、一緒になって「こことか大丈夫だよな?」と確認し合う。

「大丈夫そう……かな?」

 眼に見える範囲では問題なさそうだが、万が一という事もあるだろうからミシェルに渡す前に購入した宝飾品店に持っていき確認して貰ったほうが良いだろう。

 菫青の勇者と話を終えると俺も門を潜る。次のエリアへ足を踏み入れると周囲に広がる景色はどこかの墓地。
 並び立つ大小様々な形状の墓石には、確認できる範囲では全てに『タマキトモカ』と刻まれている。

「ふむ。まさか本当にここまで来るとはな」

 菫青の勇者が話していた通り、黒いローブの男が姿を現す。引き寄せられるようにしてダアトくんが男のもとに飛び込んでいく。止める暇もなく黙って見送ることが出来ずにいると、俺たちの目の前でダアトくんは消え去った。目の前には金色の瞳を輝かせる男だけが残った。
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