翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

文字の大きさ
122 / 140
第三部

第05話 黒い宝珠

しおりを挟む
 アイリス王国での内乱勃発の一報は北方のシスル王国にも届いた。
 この日は新しく見つかった古い時代の遺跡――神竜族のものと思しき地下神殿へと調査に来ていたメテオライトであったが、この場所は彼が黒谷くろやるいだった頃の記憶が後回しにしてはいけない場所だと伝えてくる場所であった。

「ここが新しく見つかった地下神殿かい?」
「そうっす。最初はマーリン殿に見て貰ったんすけど、こういうのはメテオライト様の専門だってんで」

 地下神殿の様子は等間隔に並べられた白い石柱に黄金比率の階段と屋根、天井に描かれた星図、そして複数の石像があった。その中には見慣れた女神の像も混ざっており、メテオライトたちは遺跡内部に入る前にそこで祈りを捧げる。

「神竜族の神殿ってだけじゃマーリン様が投げるはずないし、僕に回してきたってことは古代魔法関連ってことか。なんとなく内容に見当はついてるけど、開かずの扉ってのは何処にあるんだい?」
「こっちっす。この建物の階段って少し段差が大きいんで気を付けてください」
「わかったよ。じっくり調査したいところだけどアイリス王国があんな状態だし、早めに済ませて城に戻ろうか」

 神竜族の歴史は氷竜族よりも古く、神殿などの建造物は神話の時代よりも前――創世の時代に作られたものが多い。
 そのため現代では失われた技術も多く、メテオライトのように古代魔法に適性のある闇魔導士たちは、その発掘調査などを好む傾向があった。
 メテオライトが少し前まで住んでいた魔導の師である古の魔女の屋敷は死の砂漠と呼ばれるカロン砂漠の向こうにあった。誰もその全てを踏破したものが居ないという砂漠の向こう――未開の地にも神竜族の遺跡は多数あったが、ここまで綺麗な状態の施設はなかなか現存していない。

「この扉は……神竜文字はマーリン様でも読めるはずだけど、術式が古代魔法特有の暗号じみた文面だから即座に投げたんだろうね。下手に開錠を試みて詠唱なんてしてたら大変なことになってたよ」
「その扉が火でも吹くんすか?」
「侵入者防止の罠が発動して、この部屋にいる生物が全部死ぬ。まあ古代魔法の適性のある人間が解除すれば問題なく開くよ」

 手慣れた様子で罠を解除するとメテオライトは扉を開ける。神殿の最深部ともいえる場所には壁いっぱいの宗教画、そして中央には火の点った燭台が置かれている祭壇があった。
 シスル王国の騎士たちには見慣れないものだが、メテオライトにとってこの宗教画は見慣れたものである。この部屋に害のある仕掛けは存在しないのを知っているメテオライトは壁画に見とれる部下たちをそのままに祭壇へと近付く。

「祭壇か。何故か火の点いた燭台がある以外は、特に何も無いみたいだけど――っ!?」

 メテオライトがもつ黒谷累だった頃の記憶が正しければ、この神殿は【漆黒のレギンレイヴ】の物語の導入ともいえるイベントが発生する場所であった。

(漆黒のレギンレイヴの最後のひと欠片……どうしてここに?)

 この世のすべてが存在し、また、何も存在しないともいえる結晶体。赤でありながら青。真円であり多角。平面かと思えば立体。ありとあらゆる共に存在しないはずのものが、好き勝手で自由気ままに入り混じった原初の混沌が封じられし黒い宝珠――それが漆黒のレギンレイヴだ。

(あるとすればケイオスの眷属が大陸内に出現しているくらいか。可能性としてはアルカディアに住まう魔導士が確率高いかな? でも砂漠の向こうから誰かが来たという知らせは受けていない。ならば砂漠のこちら側の人間が宝珠の欠片を媒介してケイオスと対話を成功させた? じゃあなんでそいつは僕の前に姿を見せないで、こんな面倒な方法を使った?)

 本来のシナリオであれば『漆黒のレギンレイヴ』はキルケから入手するわけではなく、この遺跡が発見されメテオライトによって扉の封印が解かれることで初めてその存在を示す。
 イレギュラーが起こることは想定の範囲内であったが、姿を見せない相手にメテオライトは薄気味悪さを感じた。

 この場所は長い冬の間は厚い雪に閉ざされ、短い春に少しの間だけ開かれる道の先。入り口は木々や岩の陰に隠れており、見つけられたこと自体が奇跡のような神殿だ。

「ヘリオドール。この神殿が発見された前後で、この辺りに居た人間を調べさせて」

 指示を聞くなりヘリオドールは走り出す。この地下神殿はシスル王国でもほとんど人が踏み入らない辺鄙な場所だ。ただでさえ一年の大半が雪に包まれているような国である。好き好んで踏み入るものなどなかなか存在しないだろう。

 走り去るヘリオドールを見送るとメテオライトは宝珠の欠片を手に取る。
 すでに回収済みの宝珠には念の為と幾重にも封印を施して持ち歩いているが、それを取り出す気にはならなかった。

「黒き宝珠の最後の一欠けか。完成させぬのか?」

 先にこの神殿の調査に来ていたマーリンは内部を一通り見て回ったのか、報告がてら宝珠の欠片を指差す。考古学はメテオライトの専門分野なので、この地下神殿には砂漠の向こうで手に入る知識以上に目新しいものが無いのは一目で解っていた。

「完成させれば僕でもこの宝珠に封じられている存在との対話は可能ですけど……念のため、僕の魔力をいつでも封じられる状態にしておきたいですね」
「お前が私に作れと依頼してきた魔装具か? あれならばショウのところで世話になっている間に完成させておいた。今は私の部屋に置いてある」

 この神殿は一種の首塚であった。創世の時代に存在した原初の神竜の魂だけが封じられた地。
 すべての竜族の祖であり、全人類の創造主、この世のことわりすべてを生み出した竜族。創世の時代を生きた翠緑の勇者ゲオルグによって封じられた存在。その目覚めの兆候は世界にとって善でもあり悪でもあった。

「それじゃあ一度城に帰ったら準備を整えて、砂漠の向こうで儀式を――」

 この先起こりうる事象に対抗するためにも儀式は必要不可欠なものだ。儀式の地は死の砂漠の向こう――メテオライトにとっては慣れ親しんだアルカディアの街にある最も古き神殿。儀式の中心となるのはメテオライトだが、神器を賜るには協力者が必要になる。ワープの杖でちょっと行って帰ってくるにはコストがかかり過ぎるので、最低限の人員で向かう予定だ。

「失礼します! メテオライト様、急ぎ城にお戻りください!」

 調査を最低限で済ませて本拠地であるシスル城でアイリス島の情勢に関する報告を待つ。そして状況をおおよそ把握したら伯父たちに留守を任せて儀式に向かう。それが当初の予定であった。
 しかし飛び込んで来た兵の様子は、ただならぬ事態が起きたという雰囲気を醸し出している。

「何かあったのかい?」
「ウィステリア地方の全部族と旧マグノリア王国で開戦しました!」
「…………はあっ!?」

 これから起こりうる未来。そこではローレッタ大陸全土を再び戦渦に包む争いが起こる筈であった。アイリス島での内紛を皮切りに少しづつ広がり、最終的にはシスル王国以外の全ての国が敵味方に入り乱れて争う。それが黒谷の描いた物語であった。

(あれ、嘘でしょ? 一週間ちょっとは余裕あると思ってたんだけど……エリアスたち、大丈夫かな)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...