翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第三部

第06話 風の賢者

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 日が沈むよりも少し前、天馬を飛ばして偵察が出来る最後の時間帯。
 旧マグノリア王国とウィステリア地方の境目である森林をジゼルが見回っていると、木陰に見覚えのある一人の魔導士の姿があった。それは現在マグノリア軍と敵対している草原の民だが、先の戦では共に戦った仲間でもある。

(争いが絶えなかったウィステリア地方を平定した草原の勇者フェオの朋友ラーグか。彼であればこんな風に見つかりやすい場所で無防備に立っているはずないし、様子からして何か話があるみたいね)

 ジゼルは部下たちに合図を出すとゆっくりと天馬を降下させる。念の為に警戒は怠らないまま最低限の距離を保つと、ラーグは要件を伝えるために口を開く。

「湖畔に住まう老師ケイロンからの伝言をもって来ました。イレーヌさんはどこに?」
「ひとまずは私に聞かせてもらえる?」
「……いいでしょう」

 少し思案した後、静かにジゼルへと近付いたラーグは部下たちには聞こえないように耳打ちする。不特定多数の耳に入れたくはないが重要な情報なのだろうと判断したジゼルは、止めようとする部下たちを手で制した。
 風魔法でその名を馳せるラーグであれば、ジゼルたちが上空を飛んでいる時点で攻撃を加えれば簡単に倒すことも可能なのだ。わざわざ接触を試みてきた時点で何かある。

「今回の戦いはこちらの本意ではありません。そして何者かが双方を扇動しています。アイリス島でも似たような話があるので、恐らくは複数の勢力に潜り込み言葉巧みに人を操っているのでしょう」
「貴方を客人として姉さまのところに案内するわ。ついて来て」

 長兄であり国王だったウォルターが戦死したとされ、神器の返還と共にマグノリア王国は聖王国に帰順した。王家だった一族には聖王国のマグノリア伯爵位だけが残り、その爵位は現在、長姉であるイレーヌが相続している。
 一目を避けるように陣地に案内されると、未だ殺伐とした雰囲気が抜けないマグノリア軍の姿が窺える。少しだけ良い作りの天幕の中、そこには女が身に付けるには武骨すぎる鎧姿の女騎士が待っていた。

「風の賢者よ。久しいな」
「挨拶をしている時間も惜しいので単刀直入にお伝えします。国境沿いの街を壊滅させたのは僕たち草原の民ではありません」
「誇り高き草原の民であればそうだと信じたい。だがこちらが否定している罪状を突き付けてきているのも草原の民だ」
「ええ、そうです。僕たちはそれぞれ全く見当違いな相手を糾弾しているんです」

 マグノリア側は国境の街を潰され、ウィステリアは国境近くで遊牧していたラーン族が一夜で滅ぼされた。それが今回の争いのきっかけだ。
 だがどちらの勢力も自分たちはこの事件の犯人ではないと主張しており、また、どちらも一枚岩ではない状況から報復合戦が起こってしまっている。

 ウィステリア地方は元々がバラバラな部族が小競り合いを繰り広げつつも、勢力を拮抗させている遊牧民たちの地である。対するマグノリアは王政を廃した上に散々苦しめてきた聖王国に帰順するという事や、爵位を継いだのが女であるイレーヌという事で軽視する者が少なからず存在するのが現状であった。

「いいですか? 僕たちが置かれている状況は無理やりに猜疑心を抱かされる状況です。やっても居ない罪を互いになすりつけざるを得ない状況。他に犯人となりうる相手が居ないという状況証拠だけで進む嫌疑。これらを作り出している犯人が解らなければ状況はどんどん悪化していきます」

 調査に人員を割きたいから戦闘行為が広がらないようにしたいとラーグは続ける。それは話を聞いたイレーヌたちも同じだ。

「僕たちウル族はフェオの指示で落ち着きを保っているほうですが、それもあまり長くは持たないでしょう。それに西のほうのオーズ族はフェオでも止めるのは難しいです」

 そこで――とラーグは続ける。互いに手綱を握れる兵は限られている。ならばその限られたリソースを共有し、犯人の捜索にあてないかといった提案だ。
 どちらの勢力も一枚岩でないことは互いに分かりきったことだし、そもそも和平交渉の場もできれば早めに準備しておきたい。少なくとも復興途中のローレッタ大陸で再び争いを起こすのは民たちが余計に傷つくとイレーヌは思っていた。

「言いたいことは判った。だかそう言うからには犯人の目星が付いているのか?」
「ケイロン先生が言うには、この事件の犯人は『秩序の使徒』だそうです」
「秩序の使徒……?」

 ウィステリア地方の湖畔に隠れ住まう亜人種の賢者――それが草原の民たちが師と慕うケイロンの正体だ。普段は大地の精霊に護られ人前に姿を見せることは無いが、神話の時代から生きているとされる賢者は神器の管理者の一人でもある。
 その名と存在の噂はローレッタ大陸中に広まっている。イレーヌもそのような存在がこの地にいる可能性だけは知っていた。だが『秩序の使徒』などという存在は初耳である。

「神竜テミスの眷属――それを秩序の使徒と呼ぶそうです」
「神竜……テミス?」

 ラーグが言い放った神竜の名はイレーヌでも知っていた。最近知ったといったほうが正しいが、ルイス王子のもとで共に戦った勇者の持つ聖剣が同じ名前をしている。

「あまり考えたくはありませんが、出来ればエリアス殿とも話をしておきたいところですね」
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