翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第三部

第10話 囚われ

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 その日、聖王の妹であるフェイスは夢を見ていた。普段彼女が見る夢とは別種の――予知夢であることはすぐに理解できた。
 それは随分と曖昧な夢だった。だが嫌なことが起こるかもしれないことは理解できた。そしてその数日後、事態は起こった。

「エリアスにグレアム兄さま暗殺の容疑……ですか?」

 夫であるオニキスが早い段階で拘束したおかげか、エリアスの処遇に関しては最悪の事態は避けられていた。しかし聖王が不在の今、何が起こるか判らないのも事実であった。
 実際にその場に居なかったフェイスには報告されただけの情報しか手に入らない。辛うじて一命をとりとめたグレアムの意識が戻れば、なにか証言を得られるかもしれないが、何かに遮られるかのようにその兆しは見られなかった。

「私がもっと早く予知できていれば……いえ、今さら言ったところで詮無きことでしょう」

 一連の報告を終えたメレディスたちも、その表情は硬かった。

「でも証拠らしい証拠も無しに投獄だなんて――っ!」

 メレディスは掌を強く握りこむ。ロビンも悔しそうに唇を噛みしめていた。
 今エリアスは地下牢に収監されていた。尋問も始まっていると聞いているのだが、行っている人間がアントンの取り巻きの貴族なのだ。その派閥を最初に警戒し始めたのはオニキスだが、そのことは勿論フェイスたちの耳にも入っていた。尋問とは名ばかりの拷問を行うかもしれないし、獄中で病死したと偽装して殺害されてしまうかもしれない。

「私の権力でエリアスを牢から出すことも出来るでしょう。ですがそれでは一時凌ぎにしかなりません」

 フェイスは棚から地図を取り出す。信頼のおける相手で尚且つエリアスを匿ってくれそうな人物が住まう場所はどこか。帝国との戦いの中で知己を得た大陸中に住まう多くの仲間たちを思い描きながら、様々な条件と共に照らし合わせる。
 立ち寄ったことのある土地を一つ一つ順に指で追う。そうして一点で手が止まった。

「彼ならばエリアスとも親しいですし、信頼に足ります。あとは――」
「リリエンソール公爵領を通り抜けられるかどうか、ですね」

 リリエンソール公爵家は一族の人数が多い。その大多数はフェイスに対して好意的だが、その全てが言いなりという訳でもない。ましてや国の一大事における重要参考人ともなれば尚更だ。

「モンタギューが領地に戻る頃合いを見計らうのが確実ですが、それではいつになるか分かりません」

 リリエンソール公爵であるモンタギューは聖王の軍師も務めている。現在は聖王の不在を埋めるかのように様々な処理に追われており、彼が領地に戻れる時間など殆どないだろうと予測できた。
 そこでフェイスは一枚の便箋をとると手短に文章を記し小さく畳む。そしてそれをメレディスに手渡した。

「これをミシェルに届けてください」

 グレアム負傷の件で魔導兵団も後処理に追われていた。兵団長であるミシェルがエリアスと懇意にしていたのもあり、更迭など然るべき対応をするべきなのではないかと揉めにもめている。
 だからこそ、ミシェルはこの王都から離れやすいとフェイスは考えた。今はまだ、ミシェルが自ら軍を退けば収まるレベルの諍いだ。

「今の時間だと水晶宮かしら。急いで行ってくるわ」

 メレディスは足早に城内を進んだ。しかしそこかしこにアントンの息のかかった者が居るせいか、常より多くの視線を感じる。おそらくはエリアスの味方だと認識されているのだと直感した。

(これは――直球でミシェルに会いに行くのは危険ね)

 メレディスは一度、中庭へと出る。そして、さも休憩中であるかを装い背を伸ばす。空にはぶ厚い雲がかかり、今の時間に見えるはずの夕陽を隠していた。

(リリエンソール公爵家の密偵でもいれば良いのだろうけど、そんなに都合よく見つかるわけないし……)

「すみません。水晶宮へは、どのように向かえばよいのでしょうか? 道に迷ってしまって……」

 ふいに一人の男がメレディスへと話しかけてきた。状況からして面倒ごとは御免だと思ったが、無碍にするのも気分がよくない。そう思い振り返ると、そこに居たのは身なりからして魔導士。フードの奥に隠れるその顔にメレディスは僅かに見覚えがあった。

(この人――もしかしてヘルゲ?)

 普段は口元を布で覆い隠しているせいもあって確実な容姿は判らないが、ヘルゲは変装が得意な密偵だ。リリエンソール公爵家に仕えるようになった詳しい経緯こそ知らなかったが、メレディスから見てもモンタギューやミシェルに信頼されていることは見て取れた。
 そして変装したうえでわざわざ話しかけてきたという事は、接触を待っていたと理解できる。

「新兵のかたかしら? 水晶宮は中庭を抜けて真っすぐ進んだ先の……ああ、口では説明しづらいわ。地図を描いてあげるから少し待ってて」

 メレディスは手帳を取り出すとヘルゲであるかと問うようにペンを走らせる。相手が小さく頷いたのを確認すると、地図と一緒に短く要件を書いた。

「水晶宮という事は、魔導兵団のかたなのでしょう? こんな時に赴任してくるなんて大変でしょうけど、頑張りなさい」

 手帳のページを一枚破りながら、フェイスに託された手紙を地図の後ろに隠すようにして一緒に渡す。

「はい。ご親切にありがとうございます」



 周囲をきょろきょろと見渡すなど、さも初めて王宮に立ち入った新人のような動作で擬装しながら周辺の人間の動向を確認しつつヘルゲは水晶宮を目指した。
 水晶宮は魔導兵団が詰め所としている建物だ。研究棟と繋がっていることから宮廷魔術師たちの出入りもあるが、基本的には軍の施設である。
 現在は団長の進退問題でごたついているが、有象無象が騒ぎ立てたところで何も変わることは無いだろうとヘルゲは断じて目的の部屋を目指す。

「お嬢さん。手紙が届いてるぜ」

 ヘルゲはドアから堂々と入ることは余りないが、魔導兵団長の執務室の周囲に他者の目や耳はない。ヘルゲは変装用のローブやコートを脱ぐと、いつもの密偵の姿に戻る。
 部屋の主のもとには一羽のシルフ鳥がやってきていたようで、何かしらの手紙のやり取りをしているところだった。

「近衛の誰かと接触出来ましたのね?」
「赤髪のお嬢さんとな。まあ、向こうも困ってたみたいだから丁度いいタイミングだったようだ」
「そう。それで何か収穫は?」
「とりあえずはこれを」

 ヘルゲは小さく折りたたまれた手紙をミシェルに手渡す。

「これは――そう。……ヘルゲ、決行できそうな日付は? できれば早いほうが良いのだけれど」
「今夜にでも可能だ。雨が降りそうだから足跡も偽装しやすい」

 ミシェルは届けられた手紙を燃やして処分すると、次の算段を立てる。ある程度のお膳立てはして貰えるにせよ、実行するのはミシェルとその手勢だ。そしてあまり派手な動きは出来ない。

「多少、立場は危うくなるかもしれないけれど、それでも彼の命には代えられない」

 そう口にするのと同時に、ミシェルは国を離れる覚悟を決めた。
 主君と友人が同時に差し伸べてきた救いの手に縋るようにして、手紙の返事をシルフ鳥へと託す。

「どうかこの手紙をテオのもとに」
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