翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第三部

第12話 父の背中

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 追われている人間が故郷に逃げるというのは前世でも定番だった気がする。しかし移動が速かったのもあって街に追手らしき姿は見当たらない。
 ミシェルが言うには俺の生まれ育った街より少し北東へ向かったところにリリエンソール公爵の城があるらしい。城と言っても防衛上必要な施設ということで住居ではなく砦みたいなもので、その近くにある別邸に俺は暫く身を隠し、未だ届かないメテオライトからの返事を待つことになる。

「今日はこの街で一泊しますが、何処かにあまり目立たない宿はありますか?」
「宿はそこそこあるけど、目立たない場所ってなると少し……」

 ミシェルからの問いかけに、俺は言葉を濁す。在るにはあるが、少々治安が悪い裏路地にある宿になってしまう。スラム街があるような街に比べれば平和なほうかもしれないが、女性連れでは避けたい場所に違いは無い。

「そうなると、なるべく遅くに部屋をとって朝早くに出発するしかありませんわね」

 フェイス様の手引きでモンタギュー殿が味方してくれているらしいが、それでもアントン派の手の者がどこに潜んでいるかは判らない。道中に聞いた話によるとアントン殿下の意思というより周囲の人間たちの差し金のようだが、出来るだけ現在地を知らせるわけには行かないのだ。

「なんだ。また帰ってきてたのか」

 背後からの聞き覚えのある声に、俺はゆっくりと振り返る。
 フードを目深にかぶっていると逆に目立つ土地柄だったのが仇になったようだ。もしかしたら声や立ち振る舞いで判別されたのかもしれない。

「……親父」
「そっちの嬢ちゃんが例の恋人か。まあ、今はそんなことはどうでもいい。話しておくことがある。ついてこい」

 顎をしゃくり家の方角を指し示しながら親父は一足先に歩き出す。先日は喧嘩別れしたとはいえ、親父の口は堅い。急に騒ぎになるようなことにはならないだろう。
 それに、まだこの街にまで情報は流れてきていない筈だ。子供のころから知っている街の皆に迷惑はかけられないし、出来る限り巻き込みたくない。

「あの、私――」
「挨拶は後にしてくれ。だが、まあ、そうだな。何で帰ってきたのかだけ聞かせろ」

 親父はミシェルの言葉を遮ると、俺のほうをちらりと見る。

「……追われてるんだ」
「なんでだ?」
「陛下が負傷した。その罪を被せられた。お前が手引きしたんじゃないかと。でも俺は無実だ。何もしていない。何もできなかった」
「ここじゃあすぐに掴まるぞ」
「だから国境を越える。でもまだ連絡が終わらない」

 家の前に辿り着くと親父は一つ、大きなため息を吐いた。

「お前、ゲオルグの話は聞いているか?」

 扉を開け家に入りながらながら聞いてくる。なぜ親父の口からその名前が出てくるのか判らない。追うように俺たちも家に入る。

「大昔に居た勇者……だよな?」
「ああ、そうだ。邪神を封じたとられる創世の時代の英雄――翠緑の勇者ゲオルグはシスル王家からみて遥か遠い祖先だ」

 シスル王国だけが異なる宗教であるのは、この辺りが理由だと聞いていた。軍神ハールよりも古い神であるという神竜テミスやその後継である女神アストレアは、かつてはシスルの地に住んでいたと聞く。エルナが預かっているという神殿も、もとは神竜族の住居だったそうだ。

「一応、俺もお前もその血を引いている。つっても神槍を封じている祠を開けられるほど濃くはねえ。傍系も傍系だ」

 そんな話聞いたこともない。今まで話してくれていなかっただけなんだろうけれど、それにしたって急な話だ。

「俺とテオは遠い親戚だとでもいうのか?」
「テオ? ああ、マルグリッドの倅か。そうだ。シスル王国には今も俺の親父……お前の祖父になる男が住んでいる」

 親父は棚の引き出しから何かを探している。暫くすると目当てのものが見つかったのか、僅かに喜色を含んだ小さな声が聞こえる。

「ああ、あった。これだ。……あまり気は進まねえが、聖王国から離れるってんなら身分証代わりに――」

 親父の声を遮るように外から怒号が聞こえてきた。戦いが起こっているのか混沌とした状況を知らせるように、あちこちから悲鳴が上がっている。どこかで火の手が上がっている場所もあるのか、焦げ臭い香りが漂ってきた。
 足を引きずりながら外へ出ようとする親父に肩を貸しながら、街の様子を伺うために周囲の人間に話を聞こうと呼び止める。ちょうど良く近くに街の自警団が居たので事情を聴くと、帰ってきたのは予想外の返事だ。いくら何でも早すぎる。

「聖王国軍が街を襲ってるだあ? 公爵の軍は何やってんだ!」

 自警団の人間から伝えられた言葉に親父は表情を強張らせる。街を襲撃してきたのは聖王国の正規軍だと言うのだ。
 それを聞いた親父は馬小屋に向かうと愛馬であるゼノンに鎧を着せながら、先ほど引き出しから取り出した何かを俺に差し出してくる。

「エリアス。お前は嬢ちゃん連れてこれ持って国境に向かえ。ミスルトー領ならサフィルスの倅だと名乗れば通してもらえるはずだ。セプスのやつに会えそうなら頼れ」

 言いながら親父が俺に渡したのはアマリリスの図柄が刻まれた金属製の釦だ。釦の足部分は平たい紐状のものに縫い付けられており、その文様は見覚えがあった。親父も女神の信徒だったのだ。

「こいつの足なら二人乗っても逃げ切れる。……達者でな」

 聞きたいことは山ほどあるのに、うまく言葉が出ない。自警団に案内され去っていく親父を引き留める暇もなく、その問いかけを投げかける相手はいない。
 俺は馬鎧を身に付けたゼノンの姿を見るのは初めてだったはずだ。なのにその姿に目を奪われる。それはミシェルも同じようだ。

「この子、邪悪の樹の深部で見た……」

 手綱を握るとゼノンも目的を理解しているようで、人の隙間を縫いながら、ある時は敵に突進し吹き飛ばしながら戦場となった街を駆け抜け真っすぐに北を目指し走った。



 街の自警団や見知った傭兵団へと指示を出しながらトマスは動いていた。不自由な片足を引きずりながら、亡き妻と出会ったこの街を護るために出来ることをしているつもりだった。
 だがそれでも数の不利は否めない。街の自警団はそこまで人数が居るわけでもなく、この街を拠点としている傭兵団などは何らかの依頼を受けて大半が出払っていて留守にしている。足の悪いトマスに出来ることといえば、自分を慕ってくれている者たちを勇気づけ少しでも士気を挙げることだ。

「やあ。この街の傭兵や自警団に一番顔が利くのは君で良いのかい?」

 しかしそこへ気軽な雰囲気で話しかけてきた男に、トマスは一つ舌打ちをした。以前にも士官の誘いをして来た男だ。知らないはずがない。

「見ての通りアンタの領地が聖王国軍に蹂躙されてて忙しいんだ。何をしでかしたのかは知らねえが、全く、いい迷惑だぜ」

 苛立ちを隠すことなくトマスは口を開く。敵が奇襲を仕掛けてきたにしては奇妙な点が多すぎるのだ。

「こちらとしても迷惑していてね。……ところで私は今、猛烈に怒っているんだ」

 言いながらニコニコと微笑む。トマスは直感的に、この男が不機嫌であると悟った。

「身の丈に合わない野心を抱いた子を懲らしめてくれる仲間を探しているんだけど、一緒にどうだい?」

 まるで酒でも飲みに行くかと誘うように男――モンタギューはトマスを見つめた。一見穏やかに見える眼が激しい怒りを宿しているのが判る。

「悪くねえ誘いだ。だが生憎、倅に愛馬を譲っちまってな。足がねえ」

 足が悪いトマスにとって、戦場を駆け回る足となる騎馬は必須だった。再び戦場に舞い戻るつもりなど更々なかったし、愛馬であるゼノンも結構な歳だ。最期に故郷の地を踏みたいだろうと思って送り出したに過ぎない。

「それならば一騎準備させよう。シスル王国産の馬には劣るけれど、良いのが居た筈だ」

 モンタギューは近くにいた部下に手配すると本格的に契約の話を持ち掛ける。

「それで報酬なんだけど――」
「俺はこの街を護ってくれりゃあ、それでいい。他の奴らは、よくある契約に多少の色でも付けてやってくれ」

 トマスはただそれだけ返すと、街の自警団たちに話すために歩きだした。
 息子たちのために死んででも時間稼ぎをするつもりであったトマスにとって、モンタギューの登場は吉報ともいえる。
 ろくに挨拶すらできなかったが、トマスにとってミシェルの印象は良かった。共に追われる身となったというにも拘らず、真っすぐにエリアスを見つめ支えるつもりでいるのだろう。反対した自分が恥ずかしいとさえ思えていた。

「ああ、そうか。あの時、俺はアイツと駆け落ちでもすればよかったのかもな……」
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