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第三部
第13話 夜明け
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流石の名馬と言えどもゼノンに乗って夜通し走るわけにもいかず、また天気も崩れてきた。雨風をしのげそうな洞窟で身を寄せ合い一夜を過ごすことになった。
簡単にだが火を起こし、荷物の中にあった保存食を齧る。
そうして少し落ち着いた雰囲気になったせいもあってなのか、腹のうちにため込んでいた疑問が溢れ出る。
「どうしよう、俺。頭の中ぐちゃぐちゃだ」
何故罪を擦り付けられ追われることになったのかすらよく解っていないのに、今のこの状況だ。
親父は何者なのかとか、どうしてアマリリスの紋章を持っているのかとか聞きたいことは沢山あった。なのに聞く暇もなく、こうして放り出されてしまった。
「大丈夫。たくさん泣いても良いし、どんなに格好悪い姿を見せても大丈夫です」
頭を抱え悩む俺をそっと抱き込むと、ミシェルはあやすように背中を撫でてくれる。
ああ、本当に情けない。こんな格好悪い姿を見せたいわけじゃないのに、格好つけて虚勢を張ることすらできない。
『もしかしたら出奔したサフィルス卿の縁者かもしれませんね』――セフィロトの地で共に戦った異界のオニキスの言葉を思い出す。
正気と狂気のはざまで槍を振るっていたアイオライト卿は『あいつは生きていて彼女は死んで、俺のせいで皆は死んだのに奴らは生きている』と言っていた。
親父がサフィルス本人なのかは聞かないことには分からない。
じゃああの夢は、俺がミシェルを刺し殺したあの悪夢は――暗黒騎士になってしまった俺の夢なのだろうか。どんなに冷静になって思い出し考えてみても、俺と俺じゃない別の俺の意識が入り交ざり、ぐちゃぐちゃになった夢だった。
「少し前に、変な夢を見たんだ」
ミシェルの腰に抱き縋ったまま、ぽつりと口を開く。この洞窟に入る前に少し降られたせいもあって、雨に濡れた衣服が水分を含み湿り気を帯びているのが伝わる。
「どのような夢でしたの?」
優しく頭を撫でながらミシェルが聞き返してくる。俺のほうが少し年上で、しっかりしなくちゃいけないはずなのに、この優しい手に甘えてしまう。
「きみを……殺してしまう夢……」
無意識に彼女の腰を抱いた手に込められる力が強くなる。
激しい怒り、葛藤、そして疑念。確かに信頼し合っていたはずなのにすれ違い、不安が募り、そして絶望した。きっと愛情が憎悪に変わった瞬間だったのだろう。『殺してしまえば、誰にも奪われず、自分だけのものになってくれる』だなんて、とんだ狂気だ。愛する人が腐りはて朽ちていく姿など眺めていたいものではないだろう。
あの悪夢を詳細に思い出せば思い出すほどに恐ろしくて、激しく胸が締め付けられるようで、そして悲しかった。
「黒い半球が槍になって、鎧にもなって……あれは、あの時の黒騎士は――っ!」
やはり離れるべきなのでは。そう思いミシェルを突き飛ばそうをした瞬間、強く抱きしめ返された。
「大丈夫。貴方はエリアスです。アイオライト卿ではありません」
「うん」
「だから無理に離れようだとか、早まったことは考えないでくださいな」
ゆっくりと顔を上げる。俺の考えていることなど、お見通しだと言わんばかりにミシェルは小さく微笑んだ。そっと頷き彼女を抱きしめる。
「私を置いて一人で何処かへ行ったりしたら許しませんからね」
「ああ」
女神の加護は無くなってしまった。強大な力を持つ悪竜を打ち滅ぼす力など無い、ごく普通でありきたりな、ただの人間。そんな俺はもう必要ないと、そう言われるんじゃないかと、ずっと不安だった。
でも、それでも、ミシェルは俺と一緒にいてくれると、必要だと言ってくれる。彼女を愛しているだけのただの男になってしまった俺に出来るのは、共に逃げ延び、共に生きることだ。
そのまま何を話すでもなく身を寄せ合い、ゆっくりと静かに夜明けを待つ。空が白み始めたところで出発の準備を整えると、再びゼノンの背に乗り走り出す。
しばらく走ると国境の砦が見えてくる。まだ聖王国軍の手が伸びていないのだろう。このあたりは静かなものだった。
国境を通過するには旅券だったり通行手形が必要になるだろうが、メテオライトからの返事を待っているわけにもいかなかった状態だ。そんなものはある筈もなく、親父から渡された小物に頼るほかないだろう。
砦の中が俄かに騒がしくなり少しすると、留守を預かっているらしいオブシディアン将軍が出てくる。城壁の上という離れた場所だが、知っている顔がいることに安堵した。
「各地で起こっている戦乱のために外部の人間の入国を制限している。いくらエリアス殿とはいえ通すわけにはいかぬ」
一般市民ならともかく、国の要職についているオブシディアン将軍であれば俺が追われていることも知っているだろうし、なんなら勇者じゃないと疑われても可笑しくない。普段から険しい表情をしていることが多い相手なので、その感情を推し測るのは難しい。
知っている相手に罵倒されるのは嫌だなと思いながらも、俺は懐から親父に渡された釦を取り出す。飾り紐も見えやすいように手に持つと前方に掲げた。
「俺はサフィルスの息子エリアス。父からミスルトー侯爵を頼るように言われてきた!」
「今回の来訪はメテオライト様にも予め伝えてあります。どうかお目通りを願います!」
俺の言葉に続けるようにミシェルが続ける。まだ連絡は取れていないが、メテオライトの許可さえあればここを通ることもできるだろう。
その様子にオブシディアン将軍は思考を巡らせるように短く考えると、俺の目を真っすぐ見据えた。次いでゼノンを見ると小さく頷く。
「メテオライト様に、アマリリス家の跡取り候補が婚約者と共に帰還したと報告しろ」
オブシディアン将軍が手近な場所にいた部下へと次々に指示を出すと城門が開く。そのまま出迎えてくれた兵に案内され砦の中へ進む。
俺たちが内部に入ると門はすぐさま閉じられた。内部は戦争が始まる前のような緊張感があった。
「ひとまずは私の屋敷に案内する。ついて来てくれ」
簡単にだが火を起こし、荷物の中にあった保存食を齧る。
そうして少し落ち着いた雰囲気になったせいもあってなのか、腹のうちにため込んでいた疑問が溢れ出る。
「どうしよう、俺。頭の中ぐちゃぐちゃだ」
何故罪を擦り付けられ追われることになったのかすらよく解っていないのに、今のこの状況だ。
親父は何者なのかとか、どうしてアマリリスの紋章を持っているのかとか聞きたいことは沢山あった。なのに聞く暇もなく、こうして放り出されてしまった。
「大丈夫。たくさん泣いても良いし、どんなに格好悪い姿を見せても大丈夫です」
頭を抱え悩む俺をそっと抱き込むと、ミシェルはあやすように背中を撫でてくれる。
ああ、本当に情けない。こんな格好悪い姿を見せたいわけじゃないのに、格好つけて虚勢を張ることすらできない。
『もしかしたら出奔したサフィルス卿の縁者かもしれませんね』――セフィロトの地で共に戦った異界のオニキスの言葉を思い出す。
正気と狂気のはざまで槍を振るっていたアイオライト卿は『あいつは生きていて彼女は死んで、俺のせいで皆は死んだのに奴らは生きている』と言っていた。
親父がサフィルス本人なのかは聞かないことには分からない。
じゃああの夢は、俺がミシェルを刺し殺したあの悪夢は――暗黒騎士になってしまった俺の夢なのだろうか。どんなに冷静になって思い出し考えてみても、俺と俺じゃない別の俺の意識が入り交ざり、ぐちゃぐちゃになった夢だった。
「少し前に、変な夢を見たんだ」
ミシェルの腰に抱き縋ったまま、ぽつりと口を開く。この洞窟に入る前に少し降られたせいもあって、雨に濡れた衣服が水分を含み湿り気を帯びているのが伝わる。
「どのような夢でしたの?」
優しく頭を撫でながらミシェルが聞き返してくる。俺のほうが少し年上で、しっかりしなくちゃいけないはずなのに、この優しい手に甘えてしまう。
「きみを……殺してしまう夢……」
無意識に彼女の腰を抱いた手に込められる力が強くなる。
激しい怒り、葛藤、そして疑念。確かに信頼し合っていたはずなのにすれ違い、不安が募り、そして絶望した。きっと愛情が憎悪に変わった瞬間だったのだろう。『殺してしまえば、誰にも奪われず、自分だけのものになってくれる』だなんて、とんだ狂気だ。愛する人が腐りはて朽ちていく姿など眺めていたいものではないだろう。
あの悪夢を詳細に思い出せば思い出すほどに恐ろしくて、激しく胸が締め付けられるようで、そして悲しかった。
「黒い半球が槍になって、鎧にもなって……あれは、あの時の黒騎士は――っ!」
やはり離れるべきなのでは。そう思いミシェルを突き飛ばそうをした瞬間、強く抱きしめ返された。
「大丈夫。貴方はエリアスです。アイオライト卿ではありません」
「うん」
「だから無理に離れようだとか、早まったことは考えないでくださいな」
ゆっくりと顔を上げる。俺の考えていることなど、お見通しだと言わんばかりにミシェルは小さく微笑んだ。そっと頷き彼女を抱きしめる。
「私を置いて一人で何処かへ行ったりしたら許しませんからね」
「ああ」
女神の加護は無くなってしまった。強大な力を持つ悪竜を打ち滅ぼす力など無い、ごく普通でありきたりな、ただの人間。そんな俺はもう必要ないと、そう言われるんじゃないかと、ずっと不安だった。
でも、それでも、ミシェルは俺と一緒にいてくれると、必要だと言ってくれる。彼女を愛しているだけのただの男になってしまった俺に出来るのは、共に逃げ延び、共に生きることだ。
そのまま何を話すでもなく身を寄せ合い、ゆっくりと静かに夜明けを待つ。空が白み始めたところで出発の準備を整えると、再びゼノンの背に乗り走り出す。
しばらく走ると国境の砦が見えてくる。まだ聖王国軍の手が伸びていないのだろう。このあたりは静かなものだった。
国境を通過するには旅券だったり通行手形が必要になるだろうが、メテオライトからの返事を待っているわけにもいかなかった状態だ。そんなものはある筈もなく、親父から渡された小物に頼るほかないだろう。
砦の中が俄かに騒がしくなり少しすると、留守を預かっているらしいオブシディアン将軍が出てくる。城壁の上という離れた場所だが、知っている顔がいることに安堵した。
「各地で起こっている戦乱のために外部の人間の入国を制限している。いくらエリアス殿とはいえ通すわけにはいかぬ」
一般市民ならともかく、国の要職についているオブシディアン将軍であれば俺が追われていることも知っているだろうし、なんなら勇者じゃないと疑われても可笑しくない。普段から険しい表情をしていることが多い相手なので、その感情を推し測るのは難しい。
知っている相手に罵倒されるのは嫌だなと思いながらも、俺は懐から親父に渡された釦を取り出す。飾り紐も見えやすいように手に持つと前方に掲げた。
「俺はサフィルスの息子エリアス。父からミスルトー侯爵を頼るように言われてきた!」
「今回の来訪はメテオライト様にも予め伝えてあります。どうかお目通りを願います!」
俺の言葉に続けるようにミシェルが続ける。まだ連絡は取れていないが、メテオライトの許可さえあればここを通ることもできるだろう。
その様子にオブシディアン将軍は思考を巡らせるように短く考えると、俺の目を真っすぐ見据えた。次いでゼノンを見ると小さく頷く。
「メテオライト様に、アマリリス家の跡取り候補が婚約者と共に帰還したと報告しろ」
オブシディアン将軍が手近な場所にいた部下へと次々に指示を出すと城門が開く。そのまま出迎えてくれた兵に案内され砦の中へ進む。
俺たちが内部に入ると門はすぐさま閉じられた。内部は戦争が始まる前のような緊張感があった。
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