翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第三部

第14話 手紙

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 国境からほど近い場所にある街にミスルトー侯爵の屋敷は存在した。雨で濡れた身体を乾かし温めることを勧められ、与えられるがままに厚意を受ける。屋敷内はセントラルヒーティングが設置されているのか、廊下に到るまで暖かかった。
 親父に言われるがままにオブシディアン将軍を頼ってきたはいいが、俺にはこの先どうすればいいのか、まるで考えが纏まらなかった。
 借りた衣服に着替え身なりを整えると、使用人に案内されるがままに屋敷内を移動する。連れてこられたのは書斎のようで、出迎えてくれたのは中年くらいの女性だ。

「お初にお目に掛かります。わたくしはミスルトー侯爵オブシディアンの妻エメロードでございます」
「はじめまして。俺はエリアスといいます。あの、急に押しかけてきたうえに、こんなにも親切にしていただいて――」
「あまりに気になさらないでくださいな。私としてはミシェル様のような美しい女性にお会いできて嬉しいですし」

 そう言いながら微笑むエメロードさんは上機嫌だというのがよく解る。後ろでソファーに座っていたオブシディアン将軍は、仕事が一区切りついたのか書類を置き立ち上がると小さく溜め息を吐いた。

「実質的にミスルトー侯爵としての仕事をしているのは、このエメロードだ。本来であれば娘たちと一緒に、もう少し国境から離れた場所へ移動させるべきなのだがな」
「まあ! メテオライト様のお傍を出来る限り離れたくないとおっしゃる貴方の為でもありますのよ?」
「解っている。貴女とはそういう契約で結婚したのだからな」

 この二人は利害関係が一致したことによる契約結婚だと聞いていたが夫婦仲は良好らしい。互いの趣味に理解があるというのが決定打だそうだ。
 そういえばまだメテオライトがどこに居るか聞いていなかった。ずっと連絡を待っていたのに、砂漠の向こうに出向いているという事以外は、どこで何をしているのかまでは知らないままだ。

「そういえばテオは今どこに居るんだ?」
「今は儀式を終えて、こちらへと向かっているところだそうだ。手紙に書いてあった場所からして、おそらくはあと二・三日ほどで戻ってくる」

 促されるままにソファーに腰掛ける。

「初めて会った時から似ているとは思っていたが、まさかサフィルス殿の縁者だったとはな」
「親父は、シスル王国の出身だったんだな」

 俺の問いかけにオブシディアン将軍がこくりと頷く。初めて遠巻きに姿を見た時は、若かりし日のサフィルスと見紛ったらしいことを付け加えてくる。

「サフィルス殿が行方をくらませたのはメテオライトが生まれるよりも少し前、今から三十年近くは昔になる。その頃は私の生きてきた時間の中で、最も四侯爵家の政争が激しかった時期かもしれない」

 親父――サフィルスはシスル王国の名門アマリリス侯爵家の生まれで、一人の騎士としても立派な人物だったらしい。生まれや家柄の良さをひけらかすこともなく、部下には身分に関係なく接したそうだ。
 面倒見の良さはその頃も同じだったようで、オブシディアン将軍くらいの年代以上の騎士たちは今も慕っているし、彼らから話を聞いていた若輩の騎士たちも憧憬を描いているものが少なくないそうだ。
 オブシディアン将軍は騎士見習いとなる前に、とある縁があって親父に武芸の稽古をつけて貰っていた時期があったらしい。その縁というのがオブシディアン将軍の姉とサフィルスが結婚を控えた恋人同士だったという事だ。将来、義兄となる男を尊敬し目標に掲げていたという話に続けるように、当時のシスル王国の内情を聞かされる。

「当時はマーティン陛下の兄が国王だったのだが、その王には大きな欠陥があった。生殖能力が恐ろしく低かったのだ」

 シスル王国では王族であっても前線に立つのが当たり前とされていた。勿論それだけ負傷や戦死するリスクも増える。そのせいもあり次から次に子を生さねばならず、祠の管理を行うために必要なカーネリアンの血筋を保つために妻の他にも多数の寵姫を囲うのが慣例となっているらしい。

「そういった理由から王が交代することになり、王妃か寵姫として四侯爵家から一人ずつ娘を差し出すこととなった。しかし当時のマーティン陛下には婚約者としてヘレンが居た。だが貴族間の力関係を考えた結果が、貴殿も知っての通りだ」
「それがマルグリッドさん?」
「名前まで知っていたのか?」
「ここに来る前に親父が名前を出していたから」
「ラナンキュラス家は長いこと王妃を輩出していなかったというのもあり、姉上が王妃となるという事はとんとん拍子に決まっていった。そしてそれに反対したのはサフィルス殿だけだった」

 親父が俺とミシェルの結婚を反対していたのは、過去に自分の身に降りかかったことが原因だったらしい。貴族という身分には、ある種のしがらみが付きものだ。自由恋愛で結婚だなんてよほど運が良いか、親が先進的な考えを持っているかのどちらかでもなければ無理だろう。

「将来を誓い合ったというのに、なぜ引き離されなくてはならないのか。サフィルス殿はそう言い募ったそうだが、姉上はラナンキュラス家の為であればと王へ輿入れすることを決めた。その結果、サフィルス殿はこの国を去った。あの頃は兄のように慕い目標に掲げていたサフィルス殿が、この国を去ったなど暫くは信じることが出来なかったな」
「でもなんで俺たちのことを助けてくれたんだ? テオからはまだ返事が来ていないのに……」
「勇者でなくともエリアス殿はエリアス殿だろう。……あとは、かつて憧れていたサフィルス殿に頼りにされて嬉しかったというのもある」

 それに、と付け足すと机の上にある箱から一通の手紙を取り出す。オブシディアン将軍は本当に大切な相手を無くして初めて気が付くなんて、似た経験をしなければ理解もできないと言いながら苦笑している。

「地下神殿から帰ってくるなり急に、大事な儀式があると出かけて行ったのだが、あの子からやっと連絡が来たかと思えば『これ』でな」

 言いながら手紙を見せてくる。メテオライトの筆跡で『近いうちに訪ねてくるアマリリス侯爵の孫と、その婚約者を保護しろ』と書かれていた。なるほど。これでは俺とミシェルだとは判りにくい。

 少しして部屋の扉がノックされる。使用人に連れられてミシェルがやって来た。別の部屋で身を清めたり冷えた体を温めていたであろう彼女も、屋敷に辿り着いた時には寝不足も相まって青い顔をしていたが、体が温まり濡れた服から着替えたことによって顔色もよくなったようだ。

「あの。お着替えを貸していただき、ありがとございます。お湯までいただいてしまって、何とお礼を申し上げれば良いか」
「お気になさらないで。わたくしが好きでやっていることです。ああ、でもサイズがあってよかったわ」

 エメロードさんはミシェルが借りたというワンピースのサイズ感を確認すると、うんうんと頷く。ミシェルは改めて礼を言うと、促されるままに俺の隣に座る。

「テオの話をしておりましたの?」
「ああ、オブシディアン殿のところに、この手紙が届いていたらしい」
「ふむ……私が最後にやり取りしたのは『何があってもエリアスを保護すること』と書かれた手紙でしたわ」
「二人の人間に対して俺の保護を? なんで?」

 まるで理解が出来ない。今や所々が虫食い状態となっているらしい黒谷累の記憶が復活でもしたのだろうか。保護される理由として思い当たるとすれば『暗黒騎士になってしまった俺』の存在だが、あの禍々しい装備には全くと言って入手経路に心当たりがない。あのまま聖王国に居たら触れることにでもなるのだろうか。

「ご歓談中、失礼いたします。旦那様に書状が届いております」

 部屋に執事がやってくると、トレーに乗った書状を恭しく差し出す。差出人が解るような特徴は無いが、品の良いデザインの封筒に入った手紙のようだ。

「エメロードではなく私に? メテオライト様からか?」
「いえ。ローレッタ聖王国のリリエンソール公爵からでございます」

 封蝋の紋章は間違いなくリリエンソール公爵のものだ。モンタギュー殿はミシェルの父親であるし、今回の逃亡劇にも協力してくれたので味方といっていい相手だが、何か不都合でも起こったのだろうか。迷惑をかけている張本人である俺としては後ろめたいことばかりであるし、出来ることがあるのならばと思ってしまう。

「お父様から?」

 予想外の答えにミシェルも首を傾げていた。当初の予定では俺の故郷の街からリリエンソール公爵の別邸に身を隠すつもりであったのだから、それに関する連絡事項かもしれないが、あて先がオブシディアン将軍だというのが引っ掛かるようだ。
 オブシディアン将軍としては国境を越えたすぐ向こうの領主からの書状となれば、急ぎ内容を確認したいのだろう。引き出しからペーパーナイフを取り出し封を切ると、内容を確認するために便箋に目を通す。そしてその表情が険しいものへと変化した。

「聖王国は現在、内乱状態にあるようだ。国境の封鎖などを勧める書状だが本命は別。リリエンソール公爵は聖王国から独立するつもりでいるから、聖王国と戦うに際して背後にいるシスル王国に協調あるいは不介入を申し出たいのだろう。いや、もしかしたら――」
「そんな――っ! なんで今さら独立など!?」
「理由までは書かれていない。だがこのタイミングで手紙を寄こしたという事は、他にも何か意図があるかもしれんな。もう一通、メテオライト様宛ての手紙が同封されていた。こちらの内容次第だ」

 こればかりは本人の帰還を待たねばならない。あと二・三日程度の距離まで戻ってきているのであれば、そんなに待つこともないだろう。
 その後も暫くいろいろなことを話し合い、食事を終えると客間に案内され久しぶりのベッドに横たわる。するとこれまでの疲れがどっと出たのか、あっという間に眠気に襲われた。
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