【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第四章 続・十一月の受難

温もり1

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 「ああ、失礼」

 短くそう言うと、佐山はゆっくりと身を離していく。

 私は跳ね起きた。
 ドクドクと大きな鼓動が鼓膜に響いている。

 佐山は慌てる様子もなく、私の目の前であぐらをかいた。

 今の体勢は──。
 私が目を開けなかったら、どうするつもりだったのか。

 佐山が続けた。


 「いつまで経っても起きてこられないので。
 よもや、お亡くなりになってはいないかと」


 「そ、そうですか」


 勝手に殺すな。


  「他意はありません」


 他意は無いって。
 そう簡単に言わなくても。

 でも他意があったら。
 どうすれば良いんだろう。

 っていうか、何でそんなに落ち着いていられるの?
 私の方は、ちょっともう心臓がヤバいんですけど。

 「あれ、ルナは?
 麻由子たちは?」

 「ルナさんは、あちらで寝ています。
 酒井さんはとっくに帰りましたよ」

 佐山に言われて初めて、部屋に電気が灯っていることに気がついた。
 カーテンの向こうは、もうとっぷり日が暮れているのだ。


 私、そんなに眠ってたんだ?


 「辻島さんは店の方へ。
 なるべく早く再開したいでしょうからね」

 そっか。冴子さんの店は、大家・挟間道代との乱闘で滅茶苦茶なのだ。
 あんなことがあって評判が落ちなければいいが。

 「では、僕はこれで」

 佐山は息をつくと、長い足を解くようにゆっくりと立ち上がる。

 「えっ、もう?」

 起きた途端に出て行かなくたっていいじゃない。

 仕事が終わったら、大抵ルナの様子を見に来てくれる。
 そういう日常に戻れたと思ったのに。

 一人は嫌だ。静寂は嫌だ。

 辺りを見回す。
 ここは本当に私の部屋だろうか。

 今にも灯りが全て消えて、取り調べが始まったらどうしよう。
 また蛇のような目に睨まれたら。

 自分のもろさを初めて理解した。
 借りてたコートを脱いだ直後みたいな弱さ。

 「待って……!」

 必死で身体を前に出した。

 多分、脳が指令を出す前だったんだ。
 足がもつれた。



 「宮原さん」

 佐山の声が遠く聞こえる。直後。
 眼前に現れたのは、佐山の広い肩だった。
 慌てて回避しようとしたが、重力には抗えない。

 私はそこへ、ダイブした。

 「大丈夫ですか!」

 「す、すみません……」

 謝るのがやっとだった。
 それが相手に聞き取れる声量であったかも分からない。

 みっともなく追いすがるような真似をしてしまった。
 これ以上恥をさらしたくはないが、態勢を整えることは難しそうだ。

 力が入らない。

 「かなり酷かったようですね。取り調べ」

 佐山は私の肩に手を置くと、目の高さを合わせた。

 条件反射のように涙が出る。
 理由の分からない涙だった。

 恐怖の記憶、疲労、切れた緊張の糸。
 どれも正しいようで違う。

 佐山の腕が背中に回る。
 私は、そのまま彼に身体を預けた。

 「大丈夫ですよ。
 もう終わったのです」

 落ち着いた声が身体に伝わってくる。

 「ほら。
 そこにルナさんもいるでしょう?」

 「ルナ……」

 佐山の胸から顔をずらすと、ルナは確かにいた。
 白い肌着の胸を微かに上下させ、すやすやと眠っている。

 「間違いだったのです。
 刑事は、あなたに頭を下げていた」

 そうだった。
 あの時、二つ並んだ頭を見た。

 佐山の声は、胸に沁み込んでくるみたいだ。

 「もう、あなたが取り調べを受けることはありません」

 佐山の背に腕を回して力を込める。
 そのまま、たくさん泣いた。

 条件反射の涙の理由は、恐怖でも何でもなくて。
 説明のつかない不安に、佐山が気づいてくれたから。



 どれくらい、そうしていただろう。

 少しずつ頭の中が整理されていく。
 私はすっかり安心し、今の状況なども冷静に考えられるようになってきた。


 現在の状況。
 男女が抱き合っている──。
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