皇弟殿下お断り!

衣更月

文字の大きさ
上 下
9 / 13

王妃の執筆

しおりを挟む
 皇弟、ブラウニンガー公爵が来たと聞いて、ひっくり返ってしまった。
 ひっくり返った先はソファだったから怪我はないけど、ロージーに叱られたのは言うまでもない。
「どのような方だったのですか?」
 アナスタシア様は好奇心旺盛だ。
 イザベラ様は紅茶を一口飲んで微笑んだ。
「見目麗しい男性でしたよ」
「まぁ!」と、アナスタシア様が少しだけテーブルに身を乗り出した。
 女性は幾つになってもイケメンに目がない。
 恋バナも良いけど、貴族令嬢の恋バナは小説になぞった妄想の産物。多くが政略結婚となるので、平民女性のような恋バナはできなのだ。
 でも、容姿だけなら現実リアルを語れる。
 貴族令嬢が容姿を重視して話を盛り上げるのは、そういった理由がある。
 まぁ、貴族は顔が良い人が多いしね。
 というか、ブラウニンガー公爵は棺桶に片足突っ込んだじじいじゃないようね。
「どのようなタイプですか?」
「顔は舞台俳優系でしたけど、しっかりした体躯はアナスタシアさんやシルヴィアさん好みかもしれないわ。わたくしはエルリック様のような細身が好きなので、わたくしとしては惜しいの一言です」
 イザベラ様は文官のような細身の体型が好きなのね。
 でも、結婚願望はない方なので、専ら観賞専門なのだ。
「少しお会いしてみたかったわ」
 アナスタシア様は頬に手を当て、うっとりと息を吐いた。
 アナスタシア様もイザベラ様と頻繁に観劇に行かれるので舞台俳優に詳しく、目が肥えている。特に歌劇のオペラ歌手、ボー・クルツを推していたはずだ。
「2年前、アナスタシアさんはブラウンニンガー領へ行かれたのではなくて?」
「公爵は留守にしていたので、対応してくれたのは騎士団長さんや執事の方でした」
 イケメンならお会いしてみたかった、とアナスタシア様が肩を竦めた。
「私は顔では心動きませんよ!皇弟というだけで無理です」
「ひとつ聞きたいのだけど、シルヴィアさんの中の王族とはどのようなイメージなのかしら?」
「あ~…不敬罪になりかねないので黙秘してもいいですか?」
 ふふ、と笑って誤魔化すも、イザベラ様は緩く頭を振った。
「不敬罪にはなりませんわ。ここでの会話はわたくしたちだけの胸に秘めますから」
 ね、と圧のある視線が、壁際で待機する侍女たちを巡る。
 侍女たちは心得てるとばかりに、重々しく頷いた。
 これは黙秘不可のようね…。
「分かりました」
 深~く息を吐く。
「私が想像する王族とは、怠惰で傲慢。プライドの塊!一人称は”余”で、口癖は”不敬ぞよ!”。優秀な側近に仕事をさせて、贅沢三昧。そんな感じです」
「具体的ですわね」
 イザベラ様が感心したように頷き、アナスタシア様は少し考えこんで「ああ」と頷いた。
「シルヴィアさん、その王族は【ロイヤルガーデン】ではなくて?」
「そうです!」
【ロイヤルガーデン】は、子爵家出身の第3側妃の子であるリュカの物語だ。
 母親の後ろ盾が弱小すぎて不遇の幼少期を過ごしたリュカの物語は、涙なくては語れない。だというのに、他の王子王女の贅沢三昧ときたら!父親である国王からして最悪で、リュカ以外の王族が揃ってクズ。その王族をヨイショする取り巻き貴族もクズ。
 そのクズたちに政争に巻き込まれながらコテンパンにのしていく爽快感と、没落寸前の伯爵令嬢とのきゅんきゅんしちゃう恋を挟みつつ、王位簒奪までを描いている。
 と言っても、完結していない。
 現在は4巻が発行されている。
 リュカ国王の回顧録といった体で物語が始まっているので、「結局、王様になるんでしょ?」と冷めた目線の読者もゼロではない。一方で、クズ王族ざまぁの快感がクセになると愛読者は多い。
 よく禁書にならないものだと思っていたら、イザベラ様が「ああ、メリサンドレ王妃陛下の執筆の」と頷いた。
 んん?
「イザベラ様。王妃陛下の執筆と聞こえたように思うのですが…」
 アナスタシア様が困惑気味に、聞き間違いかもしれないと言いたげな表情でイザベラ様に問うた。
「ええ。言いましたよ?【ロイヤルガーデン】でしょう?」
「王妃陛下が書かれているのですか?」
「ええ、そうですよ。メリサンドレ王妃陛下とは女学院で共に学ぶ同級生だったのよ。当時から物語を書くのが好きで、将来は小説家になると夢を語るほどでしたの。まぁ、結局はアンドレアスに掴まってしまったのだけれど…。夢は潰えず、時間があれば筆を執っておられるのよ」
 だから新刊発行が遅いのか!
 合点がいったと、私とアナスタシア様が戦々恐々としているのに対し、イザベラ様はころころと笑う。
「シルヴィアさん。あれを手本してはいけません。物語は所詮、物語でしかないのよ?メリサンドレ王妃陛下が執筆しているので、少々描写に迫真の臨場感があるでしょうが。王族は常に国民のことを考え、動いています。お金を湯水のように使うような刹那的な生活は致しません。財政が破綻すれば、暴動の矛先として真っ先に吊し上げられるのは王族ですからね」
 確かに…。
「シルヴィアさんは最後まで目を通しているかしら?」
「最後まで?」
「後書きに、”これは著者の想像による物語です。実際の王侯貴族は存在いたしません”とあるはずよ」
「そういえば!」
「メリサンドレ王妃陛下の書かれる王宮や王族の描写が現実味がありすぎるので、発行に関して注意事項を必ず載せるようにと宰相から注意を受けているそうよ」
「小説を鵜呑みにしてました…。反省します」
 王妃陛下、リアルを追求しすぎだわ…。
「でも、シルヴィアさんの気持ちは分かるわ。私は子爵家出身なので、王宮とは縁遠かったですし、聖女にならなければ王族と接する機会すらありません。王族のイメージは絵本や小説で補うばかりで、初めて国王陛下に謁見した時は感動したものですわ」
 その当時を思い出したのか、アナスタシア様は胸に手を当ててししみじみと言葉を紡いだ。
 思えば、私は辺境伯家に生まれながら、未だに登城したことがない。当然、王族にも会ったことはないし、貴族令嬢の登竜門であるデビュタントもスルーした。
 辺境伯は侯爵と同等の爵位だけど、国防を担っているので国王陛下の”すべての貴族は〇〇のパーティーに出よ!”みたいな召喚は免除されている。参加できそうなら来てね、という感じだ。それに乗っかって、私も、私の兄たちも面倒な社交をスルーしまくっているのだ。
 まぁ、何分、私には淑女教育が抜け落ちているしね。淑女にあるまじきと叱責されて恥を掻くのは仕方なくても、不敬罪で牢屋行きは許容できないと、母が全力で私を隠したのだから仕方ない。
 煌びやかな王宮にも、見目麗しいと言われる王子にも興味がないので、私としては助かっている。
 そんな私が、大国の皇弟に求婚されていると母が知ったら、きっとひっくり返って寝込むことだろう…。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,371pt お気に入り:2,189

悪役令嬢は断罪イベントから逃げ出してのんびり暮らしたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,044pt お気に入り:466

要注意な婚約者

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:426

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:50,638pt お気に入り:4,926

双月の恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:27

あなたとは離婚させて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:752pt お気に入り:348

処理中です...