騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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はずれ属性

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 この世界には、火、風、水、土の四大元素を基とした魔法が存在する。
 魔法を使うには、自分の持つ属性を知る必要がある。それを調べてくれるのが教会だ。7才で属性を調べてもらい、属性に沿った魔法の仕組みを勉強することになる。
 魔法は、体を巡る魔力と属性を組み合わせることで、初めて使うことが出来る。また、どのていど魔法が使えるのかによって将来の職が決まってしまう為、早いうちから勉強と訓練を重ねる必要があるのだ。
 但し、持って生まれた属性を変えることはできない。つまり、火属性を持って生まれた者は、死ぬまで炎系魔法しか使えないというわけだ。
 過去、あらゆる儀式を行って属性替えをしようとした貴族がいたらしいが、魔力暴走という悲劇で幕を下ろしたことで有名だ。
 以来、生まれ持った属性を替えようとする人は現れていない。
 その上で、もっとも重宝されている属性は水と土。
 大地を潤し、農作物を豊かに実らせる魔法は、どの国へ行っても喜ばれる。
 火は攻撃力を見込まれ、騎士や冒険者。果ては火力命の料理人や鍛冶職人がこぞって人材を募っている。
 風は航海で有利な上、訓練次第で風による斬撃も使いこなせるので、火と同様に騎士や冒険者に適している。
 で、はずれ属性と言われるのが、五大元素から転がり落ちた光である聖属性だ。
 要は治癒魔法の使い手なのだけど、治癒魔法は病には効かない。病に効果があるのは聖属性の魔力を注いて作った薬なので、薬師となってようやく一人前になるのだ。
 しかも聖属性を有する人は意外と多く、飽和状態となっている。
 故に、聖属性を所持していても、職にあぶれてしまう。どこの求人を見ても、聖属性は全体の1割あるかないか…。
 飛び込みで治療院や騎士団に売り込みに行っても、「間に合ってる」で門前払いというのが現状だ。
 巷でウケている恋愛小説では、聖魔法は貴重で、使い手は聖女としてイケメンたちを侍らせているというのに…。
 きっと、作者は聖属性に違いない…。
 まぁ、病も治せる治癒魔法の使い手となれば、世界中から引く手数多なのだろう。
 残念ながら、国際魔導研究機関が正式に「治癒魔法で病は治せない」と発表しているので、小説のような劇的な物語が紡がれることはない。
 五大元素ではなく四大元素と言われる所以である。
 女性であれば、結婚という逃げ道があり、子供を持てば怪我ばかりする子供の対処に役に立つ。その結婚という逃げ道も、顔とスタイルと積極性がなければ成立しない。婚約者などというのは、家や血の繋がりを重要視する貴族の考えで、庶民は自力で相手を見つけなければならない。
 自由恋愛とはよく言ったものだ。
 あれはモテ女、モテ男が吹聴しているに違いない…。
 鬱々としたため息を嚥下して、今日も冒険者ギルドの掲示板を見上げては項垂れる。
 聖属性の求人件数ゼロ。一番多い求人は火属性の魔導士で、ランクB以上を要求している。
 冒険者はSからFランクまであり、Sランクはずば抜けた天才。Aランクは努力型の秀才。Bランクは凡人。以下、小遣い稼ぎの素人という評価になる。
 私はCランク。
 初心者と子供が大多数を占めるEランクとFランクに比べ、成長してます。使えますよ、という微妙なランクだ。
 それでも、Cランク以上は扱える薬草の種類がぐんと増える。Bランクになれば毒草も使えるようになるので、Bランクの壁は高い。
 毒草は使い方次第で万能薬のポーションの材料となるのだ。
 ポーションは怪我にも病にも効く即効性万能薬のことだ。故にポーションを作れば作るほど聖属性は自分たちの首を絞めることになる。何しろ、ポーションがあれば治癒魔法はいらないのだから…。
 それでもポーションを生産するのは、国の指針だから抗えない。
 是が非でもBランクに上がりたいけど、ランク昇格試験には年齢制限がある。
 FランクとEランクは7才以上。DランクとCランクは13才からで、Bランクは18才以上。
 Aランクに上がるには20才以上。試験とは別に、経験値も加味される。受けたトータル依頼数と成功率などを精査されるので、Aランクの合否発表は試験から1ヵ月も間が空く。
 そして、Sランクは実績が全てだ。
「イヴ。今日も成果なしって顔ね」
 苦笑混じりに声をかけてくれたのは、受付嬢のメリンダ・ペパードだ。
 緩やかなウェーブのかかった金髪に、翡翠色の瞳をした白皙の美人は、私と同じ聖属性持ち。ヴォーン子爵家の3女と貴族出身だ。
 そんな彼女は、聖属性だったことで早々に将来に見切りをつけた豪気な性格の持ち主でもある。
 メリンダ曰く、貴族でも聖属性は不人気とのこと。
 聖属性でもひっきりなしに求婚されるのは伯爵家以上の美人に限るというから、貴族平民関係なく世知辛い。
 メリンダは3女という身軽な立場もあり、両親から嫁ぎ先は貴族でも平民でも、好きな男と…と言われて出奔。キャトラル王国の端の端。辺境の町、ゴールドスタイン領ハノンで、Aランク冒険者であるランスと出会い結婚。冒険者ギルドにて受付をしているという、小説に登場しそうな経歴を有している。
 メリンダは「こっちに来て」と、どんよりと項垂れる私に手招く。
 暗澹としたため息でメリンダの前の席に座る。
「お腹、ずぶんと大きくなってる…」
 カウンター越しに見えるメリンダのお腹は、スイカでも隠しているのかというほど丸々としている。
 メリンダは愛おしげにお腹を摩ると、「双子らしいわ」と微笑んだ。
 もう母親の顔だ。
「イヴ。あなたは冒険者で食べて行きたいのでしょう?」
「そういう訳じゃないけど…。ほら、私は美人でもないし、家庭に入るような手先が器用なわけでもないじゃない?」
 貴族と違って平民は、食事も、掃除も、裁縫も全て自分でやらなきゃならない。特に裁縫は、一から服を作り上げる才能が必要だ。結婚して、家族全員分の服を縫うなんて芸当は、私には無理だ。
 自分の服だけなら古着屋で賄えるけど、それですらお金がかかるのだ。
 全てをお見通しなのか、メリンダは生温い視線で「裁縫ね…」と頷いた。
「お料理好き、裁縫が得意な男性がいたら紹介してくれる?」
「ちょっと厳しいわね」と、メリンダが苦笑する。
「聖属性で食べて行くには最低Bランクだけど、イヴは…ね。Cランクでも凄いことよ?でも…」
「あと3年必要」
 私は深々とため息を吐く。
 私の年齢は15。Bランクの昇級試験は18才以上。
 結婚できるのは成人である16才からなので、どちらにしても八方塞がりだ。
 幼い頃に両親が事故で死に、育ててくれた唯一の肉親の祖母が昨年死んだのをメリンダは知っている。親身になって相談に乗ってくれたり、新鮮な野菜を分けたりしてくれるけど、一番必要とするBランク切符はどうにもできない。
「イヴには覚悟がある?」
 探るような視線に、思わず首を傾げる。
「覚悟?冒険者一本で生きていくってこと?」
「そうだけど、そうじゃない。イヴが今必要なものは何?」
「仕事とお金?」
「そう。生きていくために必要なもの。それを求めてギルドに所属して、毎日、毎日、求人を確認してるでしょう?その覚悟。仕事を得る覚悟。稼ぐための覚悟」
「それは当然。じゃないと、求人なんて見に来ない。でも、Cランクに出来ることは少ないもの」
 肩を竦めて言えば、メリンダは眉尻を下げた。
 唇を噛み、視線を彷徨わせ、何かに迷っている表情は、口を開くまで1分ほどの時間を要していた。
「昔馴染みに…。まぁ、貴族の友達なのだけど、色々と情報を貰ったの」
 私は無言で頷く。
「ヴォレアナズ帝国で、聖属性を捜しているそうなの」
 ヴォレアナズ帝国はキャトラル王国のお隣さん。
 それもハノンのすぐ横、中立地帯を挟んだ先に広がる獣人の国である。
 遠い昔、獣人は世界中で差別されていた。当時、ヴォレアナズ帝国は小さな公国で、脆弱で野蛮な蛮国と揶揄されていたそうだ。それが帝国まで伸し上がったのは、世界の大部分を占める貴族制が関係しているという。貴族制は魔力量で優位性を示す。遠い、遠い昔、魔力量の多かった人たちが国を造り、王侯貴族という身分を確立させたからだ。
 貴族間で血縁を結べば、自ずと、魔力量に優れた者は貴族に集中する。貴族ほど魔力量が多いというのは、実に優劣がつけやすい。
 魔力量の少ない平民は貴族から見れば家畜だ。魔力の乏しい奴隷に至っては道具同然。一発逆転できる平民は一握り。それ以外の平民は、貴族の贅沢を支える為にあくせく働くしかない。
 さらに貴族制の残酷なところは、貴族の子息ですら、魔力量が少ないと除籍、放逐の憂き目に遭った。王族ならば幽閉して存在自体を隠す。
 そんな彼らが逃げ込んだのが、ヴォレアナズ公国だ。獣人は魔力を保有していない。魔法が使えない代わりに、身体能力が突出していた。実力主義であり、貴族平民関係なく腕に覚えがある者は騎士団で出世し、爵位を得ることが出来たのだ。
 そこに微力とはいえ、魔法属性を有する人族が加われば、最強の軍事力となる。
 結果、ヴォレアナズ公国は周辺諸国を支配して大国となった。
 獣人は今も差別されているけど、それは昔と今では意味合いは違う。
 今は強者への畏怖を込めた差別だ。
 隣国ながら、この国で獣人は滅多に見ない。接する機会がないので、恐ろしげな噂が一人歩きしている。
 メリンダが言い難そうに、「覚悟」を連呼した意味が分かった。
「どうして聖属性を探しているか訊いてもいい?」
「聖属性は戦闘力に欠けるからだと思うわ。他の属性であれば、問題が起きれば対応できるでしょう?でも聖属性はできないから、聖属性持ちは基本、単独で自国から出たがらないのよ。ヴォレアナズ帝国となれば尚更…ね。だから、ヴォレアナズ帝国は聖属性が不足しているの。まぁ、獣人は自己治癒力が高いと聞くから、あまり必要ではなかったのでしょうね。それが今は観光産業に力を入れ始めているというから、聖属性の勧誘に必死なんだと思う」
 つまり、旅行で訪れるであろう人の為だ。
 それを考えると、獣人は蛮族なのか…と疑問が首を擡げる。
 まぁ、考えても仕方ない。
「メリンダ。私にヴォレアナズ帝国の仕事を紹介して」
「イヴ…」
 メリンダは小さく息を吐き、少しだけ苦しそうな表情の後に笑った。
「きっとイヴなら大丈夫ね。ちゃんと橋渡しするから期待してて」
「期待してる」
 不安な表情は見せない。
 私は満面の笑みで、朗報を待つことにした。
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