騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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魔法レベル

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 治癒魔法にはレベルがある。
  
 レベル1、擦り傷、打撲、捻挫
 レベル2、切り傷、咬傷
 レベル3、骨折、重篤な火傷
 レベル4、内臓損傷

 その4段階の内、どのレベルに位置するかで聖属性持ちの将来は左右される。
 魔力量の少ない平民に関して言えば、多くがレベル1だ。
 理由は簡単。
 聖属性を授かった時点で、聖属性持ちとしての将来に見切りをつけ、別の人生にシフトチェンジしてしまうからだ。属性に左右されない職に就くべく、子供の頃から魔法以外を極めんとするのが聖属性である。
 聖属性もちが多い職場の第1位が税務署というから笑ってしまう。
 給与面と将来性を見据えた職場なのだろう。
 女性に限定すれば、圧倒的に結婚が多い。
 冒険者となってレベル上げする女性は稀有で、ハノンで聖属性の女性冒険者は私1人だった。その甲斐あってか、私はレベル3まで到達している。
 ただ、魔力量が貴族と比べるべくもないので、小手先で誤魔化している感は否めない。
 そして、頭打ちだ。
 平民の魔力量でレベル3は誇れることだけど、かなり悔しく恨めしい。
「はぁ~…。魔力がもっとあればな…」
 こればかりはない物ねだりだ。
 魔力量が豊富な平民など殆どいない。そんな平民は、どこぞの貴族の落胤だ。
 ゴゼット家は知らないけど、ヴァーダト家に限って言えば、貴族の血は1滴も混じってはいない。
 つまり、少ない魔力をやりくりしながらレベル3なのだ。これはポーションの質にも大いに影響する。何より、レベル3の治癒師とレベル4の治癒師では、求人率は雲泥の差なのだ。
「綺麗に治ってるけど?」
 丸椅子に座ったキース副団長は、先まで血だらけだった左腕を眺めながら満足そうに微笑む。
 ”魔女の森”での演習で、うっかり棘だらけの蔦に捕まってしまったという。獣人の血が薄い為、自己治癒力が足りずに治療院へ駆け込んで来たのだ。
 傷自体はレベル2の切り傷に相当するけど、肉を抉るような傷だったので、実際にはレベル3相応の力が必要だった。
 まぁ、レベル分けは目安だしね。
 必ずしもレベル通りの実力で傷が癒せるわけじゃない。
「治癒までに時間がかかりました」
 がっくり項垂れつつ、視線はキース副団長から離れない。
 傷の具合を診るために服を脱いでもらっているので、引き締まった肉体美が目の前にあるのだ。
 嫌らしさゼロなのは、顔の造形と相俟って芸術性が高いからだろう。
 眼福。
 うっかり見惚れてしまった頬を叩き、血まみれの隊服を回収する。繕うこともできなほどボロボロの隊服は、騎士団のルールに則って焼却処分だ。代わりに大判のタオルを手渡せば、キース副団長は「ありがと」とタオルを肩にかける。
「イヴちゃんって魔力量が少ないの?多く見えるけど?」
「私の魔力量が多く見えるのは、ちまちまと使っているからですよ」
「ちまちま?」
「例えば、キース副団長の傷が5段階の3としますね。3の傷に対して、必要な魔力も3です。でも、この3の魔力を放出するのが難しいんです。多くの治癒師は、4から5を放出します」
「でも、イヴちゃんはきっちり3の魔力を放出する?」
「はい」
 魔力の緻密なコントロールは、一朝一夕には身に付かない。
 貴族のように魔力が豊富な治癒師は、出し惜しみせずに魔法を使うので、そもそも魔力をコントロールするという発想がない。平民の治癒師の多くは、学校で学ぶ。教室で先生に本を広げながらレクチャーを受け、コントロールをものにする。
 でも、私は学校に通ったことはない。
「こればかりは実践です。経験を積んで、感覚を覚えるしかないんです。貴族みたいに豊富な魔力があれば、一気に治癒できるんでしょうけど、私は根っからの平民なので。余計な魔力は使わないように見極めているんです。だから治癒が遅くて…。もっと手早く治せるようにしたいんですけどね」
「イヴちゃんは努力型なんだね」
 キース副団長は穏やかな微笑みを見せた。
「でも、ここだと実践は積めないだろう?俺たちみたいなのは4人しかいない」
「そうなんです…。ここに来て治癒魔法を使ったのは片手で数える程度です。ハーブティーを淹れてる方が多いかも」
 ハーブティーにも魔力を込めているので経験値になっているはずだけど、微々たるものでしかない。
 暗鬱としたため息を落とせば、キース副団長はにやりと口角を吊り上げた。
「やっぱり。イヴちゃんは誤解してるね」
「誤解…ですか?」
「獣人の自己治癒力は凄いけど、別に一瞬で治るわけじゃないんだ。擦り傷とか、ささいな切り傷は翌日には治ってるけど、大きな怪我は数日から数週間も完治にかかることがある」
「え!?」
 キース副団長の言葉を信じていない訳じゃないけど、驚きで立ち上がってしまった。
「だって、全然来ないですよ!?」
「痛みに強いんだよ」
 と、キース副団長が苦笑する。
「それに、放置してても直に治るって分かってるから気にしないんだ。混血でも人の血が濃く出てる俺なんかは、怪我を放置しておくと化膿したり、それで熱が出たりするんだよ。でも、獣人はそれがないの」
 ズルいよな、とキース副団長は言って立ち上がった。
「てことで、今から訓練見に行かないか?怪我人が出てると思うから」
「え……でも…、ジャレッド団長から怒られませんか?」
「団長が?怒んないと思うけど?」
「だって、ジャレッド団長っていつも不機嫌そうで…。私、嫌われてると思うんです。ほら、差別主義者のゴールドスタイン伯のお膝元から来てるから…。絶対、邪魔だ!って一喝されますよ」
 私は言って、目尻に指を当ててジャレッド団長の目つきを真似てみる。
 キース副団長が大きな口を開けて笑う。ひぃひぃ、と声を引き攣らせた大笑いでも、キース副団長の美しさが損なわれることはない。
 この人は、恋人とか夫とかよりも観賞用が一番適しているなと思う。
 12人の女性騎士と、私を除いた3人の女性使用人の話を聞くに、ダントツ人気はキース副団長だ。色気に関してはよく分からなかったけど、顔の造形に関しては同意である。
 キース副団長はひとしきり笑い終えると、「ちょっと待ってて。シャツ着て来る」と言って治療院を出て行った。

 演習は”魔女の森”の中で行われている。
 中立地帯に踏み込まないように注意しつつも、”魔女の森”に潜伏しているかもしれない戦争屋にプレッシャーを与えるように、派手な魔法が爆音を轟かせている。
 魔法が使えるのは、獣人と人族の混血である4名しかいない。
「あれは警告音。実際は何も攻撃してないんだよ。戦争屋への威嚇とは別に、魔物を追っ払うには派手な魔法が手っ取り早いだろ?ちなみに、今回の遊撃ゲリラ戦の訓練は剣と罠が中心なんだ」
 キース副団長の説明に、こくりと頷く。
 移動は馬なので、キース副団長に抱えられるような相乗りだ。
 鞍は1人乗り用のスタンダードのもので、キース副団長は鞍の後ろに跨っている。一応、落ちないように左腕がお腹に回されているけど、ジャレッド団長のような密着感はない。私の背中とキース副団長の間に、数cmの開きがあるのが、すぅすぅと通る風で分かる。
 密着度が少なくても恐怖心がないのは、馬の扱いが丁寧だからだ。
 キース副団長は裸馬なのに、体勢を崩すことがない。木々の合間を走る馬も、優雅な身のこなしだ。
 片やジャレッド団長の場合、振り落としそうな勢いで馬を走らせる。あれはロデオというのに近いと思う。
 キース副団長は、見た目が王子様なだけでなく、馬に乗せてくれるのもスマートだったし、馬を走らせるのも人馬一体のテクニックがある。
 これはファンが多いのも頷ける。
「結構、奥に行くんですね」
「演習の場所は都度違うんだよ。騎士や馬に地形を覚えさせないためにね」
「どうしてですか?」
「演習で事が起こるわけじゃないからね」
 とは戦争屋との諍いのことなのだろう。
 どの地形にも順応できるように、演習場所はダーツで決めているのだとキース副団長が笑う。
「でも、今回は厄介な草があってね」
「キース副団長の怪我の?」
「そうそう。串刺し草って言われてる蔦でね。食虫植物の一種なんだよ。獲物を串刺しにして殺して、根が栄養分を吸収する。短剣ほどの棘なんだけど、森の中だと判別し辛いんだ」
 想像しただけで身の毛が弥立つ。
 思わず、馬上から串刺し草が生えてないか見渡してしまう。
「大丈夫だよ。見つけ辛いってだけで見つけられないわけじゃない。俺の時は、うっかりドジったんだ」
 左腕の筋を切断し、肉が抉れ骨まで見えていたところもあったというのに、どこが面白いのか。
 キース副団長は楽しげに笑って、「ああ、見えて来たよ」と小さな広場を指さした。
 テントを張った野営地だ。
 その中に、魔王降臨と銘打ちたくなる顔つきのジャレッド団長が仁王立ちでこっちを睨んでいた…。
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