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不運の休日
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今日は朝から楽しみにしてたお休みの日だ。
練りに練った計画は、午前中に本屋を巡り、カフェで軽く昼食をとった後に、図書館で読書に専念するというもの。
ジャレッド団長にも外出許可を得たし、カスティーロの地図も描いてもらった。丁寧に、治安の悪そうな場所には×印が入り、騎士が駐在している詰所には〇印が付けれている徹底具合。
まるで子供のおつかいだ。
行きの馬車でも、買い出し担当の騎士たちから口酸っぱく「知らない人にはついていかない」「細い路地に入らない」「道を聞くのは女性にだけ」「何かあれば悲鳴をあげる」と繰り返し言われた。
子ども扱いしすぎ!と抗議したいけど、なんとも言い難い面映ゆさがある。
市場に向かった馬車を見送って、足を向けたのは計画になっかた露店。
道すがらに見えた絵姿に興味を引かれたのだ。
マリアとナタリアが絶賛するハワード団長が気になる。
例え貴族でも、イケメンのご尊顔は拝んでみたい。
道沿いに並ぶ露店の取り扱い商品は、圧倒的にイケメン絵姿やアクセサリーが多い。数は少ないけど古着、古本、陶器も売っている。
飲食以外が揃っている感じだ。
で、イケメン絵姿は店舗ごとに売れ筋ランキングが張り出されるほどの人気商品になる。
皇族や高位貴族が犇めく上位に、パン屋の息子や農家の次男坊が食い込んでいるのが凄い。爽やか好青年は貴族にはない清廉さがウケているのか、意外にも貴族っぽい令嬢が買って行く。
上位には当然、クロムウェル公爵家の3兄弟も並んでいる。
初めて見るハワード団長は、画家の願望が詰め込まれてた。
だって、1人だけ後光が差してるなんて、画家の妄想としか思えない。
ジャレッド団長もグレン団長も隊服を着た凛々しい相貌なのに対し、ハワード団長は光沢のあるジャケットを着用し、騎士団長とは思えないアルカイックスマイルを湛えている。背景も後光が差していたり、大輪のバラやユリを背負っていたりと豪華仕様。
当然、順位は堂々の1位。
クロムウェル公爵領内の露店だから、身内贔屓もありそうだけど。
画家によっても売れ筋は変わるらしい。
特にユワートという画家が描くハワード団長が人気のようで、”新進気鋭のユワート画伯の最新作!”の立て札を掲げた露店に女性が集っていた。
すごい熱量。
マリアたちにお土産を買って行きたいけど、女性とはいえ体格差があるのだ。
あの中に突進してハワード団長の絵姿を買える気がしない。
賑やかな露店通りを抜けて、時計塔の位置を確認しながら歩を進める。
寄り道は終わり。
地図を片手に、本屋へと向かう。
欲しい本は専門書になるので、ハベリット商会と同じ古い煉瓦造りの区画になる。つまり、値が張るということ。
一応、請求は公爵家に回して構わないと言われているけど、できることなら自分で買いたい。
「あ。あれかな」
地図に書き込まれた書店名と、遠くに見えた看板を確認する。
迷わずに見つけられたらしい。
ほっと胸を撫でおろした瞬間、「あぁ!」と引き攣った悲鳴のような声に足が止まった。
足を止めたのは私だけじゃない。瞬刻、通りを行きかう人たちが足並みを揃えたかのように止まったのだ。でも、声を上げた女性たちの視線が一点に向けられているのが分かると、あっという間に人が流れ始めた。
その一点というのは私だ。
フリルやレースをふんだんに使ったデイドレスを着た女性3人組が、不躾にも私を指さし、ひそひそと耳打ちを交わしている。
彼女たちの後ろには、お仕着せ姿の侍女たちも控えているので、身分は貴族令嬢と分かる。
普通、こういう場所では貴族はお忍びで来るものだ。庶民に混じって、庶民の生活を冒険者になった気分で堪能するのだ。
なかなかに馬鹿にした遊びである。
それが彼女たちにはない。
貴族令嬢であることを惜しげなくアピールしているので、道行く人たちは彼女たちを避けて通る。中には方向転換して遠回りする人もいる。
私も踵を返して、別の本屋に進路を変更する。
平静を装いつつ、頭の中では警報音が鳴り響いている状況だ。
貴族令嬢との関りは、ほぼゼロ。”ほぼ”というのは、騎士団には貴族の令息だけでなく令嬢も在籍しているからだ。でも、騎士団に在籍している彼女たちは、私に貴族の顔を見せない。私が畏縮しないようになのか、それとも生来の性格なのか、フランクに接してくれる。
だから、さっきみたいな腹に一物も二物もある視線は投げない。
では、そんな視線を投げかける貴族令嬢との面識はあるのかと訊かれれば、”ある”と答えるしかない。
スカーレン子爵令嬢がいい例だ。
模擬戦か、ジャレッド団長にカスティーロを案内された時に見られたのだろう。
どちらにしても、面識のない令嬢が私を見て反応するというのはそういうことだ。
足早に…と言いたいところだけど、所詮は人族の歩速。それも私の!
あ、と思う間もなく、私を取り囲むように仁王立ちしたのは、先の令嬢たちだ。
1人は光の加減で緑がかって見える金髪の猫目。
もう1人は、黒髪のはちきれんばかりの巨乳。
最後の1人は、人参色の髪をしたぽっちゃり。
それぞれ異なるタイプの令嬢だけど、私を見下す表情は共通している。値踏みをするような視線は侮蔑が込められ、意匠を凝らした扇子に隠された口元からは、人族の耳では聞き取れないような小声で誹りが紡がれている。
金髪猫目の令嬢が鼻先で笑った。
「ねぇ、あなた」とニヤついた声には、令嬢とは思えない下卑た音がある。
「あなた、模擬戦で見た顔よ。間違いないかしら?」
確信しつつも、言質を取るためか。私に訊いてくる。
どう答えていいか分からず、怖ず怖ずと下を向く。
「返答もできないのかしら?」
「きっと会話も碌にできない頭でしかないのですわ」
「こんな女を傍に置かれるなんて団長様方の評判に関わるわ」
「まぁ、わたくしには女性に見えませんわ。女性になりきれていない子供よ」
「子供なのに、既に殿方を手玉にとろうだなんて下品だわ。さすが下民というべきかしら」
口々に吐かれる罵詈雑言。
早口に、うふう、おほほ、と笑いながら「娼婦みたい」だとか「乞食みたいな貧相な体ね」だとか貶めてくる。
しかも、貶める際の”物乞い”や”平民”や”娼婦”と言った枕詞は、周囲に聞こえるような声量だ。ボリュームの強弱が巧みで、もし私が貴族だったら人生終了のお知らせだったに違いない。
メリンダ曰く、”真実なんでどうでもいいのよ。悪意ある噂だけで、貴族の令嬢っていうのは瑕疵がついて表舞台から退場になるのよ”とのことだ。
恐ろしい…。
私は平民だし、冒険者ギルドは貴族の社交界とは真逆の世界だ。8割方が荒事が得意な冒険者で、粗野な言動は日常的。3日に1回はギルド内で暴力沙汰も起きていたくらいだ。
そんな場所で生きてきたから、温室育ちのお嬢様の罵詈雑言は屁でもない。
怖いのは傍若無人に権力を振りかざしてくるだろう、彼女たちの身内だ。
私みたいなちっぽけな平民は、簡単に捻り潰されてしまう。実際、貴族の機嫌を損ねた商家が潰されたという噂を耳にしたことがある。他にも貴族の陰口を叩いた平民が翌日には亡骸になって見つかったとか、娘が娼館に売られたとか。
どんな怪談よりも恐ろしい話が、巷には溢れている。
私に出来ることは、彼女たちの機嫌を損ねることなく、ひたすら嵐が去るのを待つしかない。
じっと沈黙を保ち、す…、と指輪を摩る。
無意識の行動だったそれに、金髪猫目の女性が目聡く気が付いた。
そして、丸々と目を見開くと「ちょっと!!」と金切り声を張り上げた。
何があったのかと顔を上げた瞬間、頬を打った衝撃は異常だった。獣人の力は、一般人…それも令嬢でも人族を上回るらしい。
目の前に火花が散った気がした。
視界が一瞬、真っ白に飛んだ。
「きゃあ!」と悲鳴を上げたのは通行人だ。「まぁ!下民が飛んだわ」「汚らわしいこと」と蔑み、笑ったのは残り2人の令嬢。
私は見事に尻もちをついた。反射的に体を支えようとしてついた手に痛みが走り、打ち付けたお尻からビリリとスカートが破れる音が聞こえた。そして、一拍おいた後に、打たれた頬が熱を帯びて悲鳴を上げ始めた。
口の中がぬめり、鉄錆びの味がする。
頬骨と顎がずきんずきんと脈打つように痛み、頭がくらくらして、体を起こすこともできずに路上に転がってしまった。
頬骨が折れたかもしれない…。
歯は抜けていない。血の味は頬の裏側に歯が当たり、傷つけたことで出血しているのだ。
幸運というべきは、石畳で整備されること。これが雨上がりの田舎道なら、泥濘に沈んでた。
腹立たしい気持ちもあるし、私を見下ろす令嬢たちの顔の醜悪さに寒心する思いもある。
黙って立っていれば綺麗な面立ちの令嬢たちなのだ。それが今や、性格の悪さが前面に出た醜悪さ。ここまで人の顔は悪くなるのかというほど、憎悪と嫉妬で歪んでいる。
「それにしてもイザベル様。いかがなされましたか?」
「このような下民に触れ、御手が汚れてしまいますわ」
ころころ、ころころと鈴を転がすような笑い声で、蔑みの目を私に向けてくる。
誰一人として良心はないらしい。
やっぱり国は変われど、貴族の根幹は変わらない。
平民に人権はないのだ。
「あなたたちの目は節穴なのかしら?この下民の小指を見てみなさい」
バシッ、と扇子を閉ざすと、その先を私へと向ける。
「まぁ!」と、2人が揃って目を吊り上げた。
「あなた!その指輪はどこで盗んだのかしら!?」
「その紋章の意味は尊きものですわよ!!」
「娼婦ではなく盗人でしたのね!!なんて恐ろしい!!」
唾を飛ばすように、3人が烈火の如くがなり立てる。
「この盗人から指輪を取り返せば、クロムウェル団長様方とお近づきになれるのではなくて?」
「名案ですわ!」
意識が朦朧とする私を取り囲んだ3人は、周囲の目なんて気にならないのだろう。
不躾に伸びてきた手は、まるで追い剥ぎだ。
最悪な気分の中、私の意識は完全に暗転してしまった。
練りに練った計画は、午前中に本屋を巡り、カフェで軽く昼食をとった後に、図書館で読書に専念するというもの。
ジャレッド団長にも外出許可を得たし、カスティーロの地図も描いてもらった。丁寧に、治安の悪そうな場所には×印が入り、騎士が駐在している詰所には〇印が付けれている徹底具合。
まるで子供のおつかいだ。
行きの馬車でも、買い出し担当の騎士たちから口酸っぱく「知らない人にはついていかない」「細い路地に入らない」「道を聞くのは女性にだけ」「何かあれば悲鳴をあげる」と繰り返し言われた。
子ども扱いしすぎ!と抗議したいけど、なんとも言い難い面映ゆさがある。
市場に向かった馬車を見送って、足を向けたのは計画になっかた露店。
道すがらに見えた絵姿に興味を引かれたのだ。
マリアとナタリアが絶賛するハワード団長が気になる。
例え貴族でも、イケメンのご尊顔は拝んでみたい。
道沿いに並ぶ露店の取り扱い商品は、圧倒的にイケメン絵姿やアクセサリーが多い。数は少ないけど古着、古本、陶器も売っている。
飲食以外が揃っている感じだ。
で、イケメン絵姿は店舗ごとに売れ筋ランキングが張り出されるほどの人気商品になる。
皇族や高位貴族が犇めく上位に、パン屋の息子や農家の次男坊が食い込んでいるのが凄い。爽やか好青年は貴族にはない清廉さがウケているのか、意外にも貴族っぽい令嬢が買って行く。
上位には当然、クロムウェル公爵家の3兄弟も並んでいる。
初めて見るハワード団長は、画家の願望が詰め込まれてた。
だって、1人だけ後光が差してるなんて、画家の妄想としか思えない。
ジャレッド団長もグレン団長も隊服を着た凛々しい相貌なのに対し、ハワード団長は光沢のあるジャケットを着用し、騎士団長とは思えないアルカイックスマイルを湛えている。背景も後光が差していたり、大輪のバラやユリを背負っていたりと豪華仕様。
当然、順位は堂々の1位。
クロムウェル公爵領内の露店だから、身内贔屓もありそうだけど。
画家によっても売れ筋は変わるらしい。
特にユワートという画家が描くハワード団長が人気のようで、”新進気鋭のユワート画伯の最新作!”の立て札を掲げた露店に女性が集っていた。
すごい熱量。
マリアたちにお土産を買って行きたいけど、女性とはいえ体格差があるのだ。
あの中に突進してハワード団長の絵姿を買える気がしない。
賑やかな露店通りを抜けて、時計塔の位置を確認しながら歩を進める。
寄り道は終わり。
地図を片手に、本屋へと向かう。
欲しい本は専門書になるので、ハベリット商会と同じ古い煉瓦造りの区画になる。つまり、値が張るということ。
一応、請求は公爵家に回して構わないと言われているけど、できることなら自分で買いたい。
「あ。あれかな」
地図に書き込まれた書店名と、遠くに見えた看板を確認する。
迷わずに見つけられたらしい。
ほっと胸を撫でおろした瞬間、「あぁ!」と引き攣った悲鳴のような声に足が止まった。
足を止めたのは私だけじゃない。瞬刻、通りを行きかう人たちが足並みを揃えたかのように止まったのだ。でも、声を上げた女性たちの視線が一点に向けられているのが分かると、あっという間に人が流れ始めた。
その一点というのは私だ。
フリルやレースをふんだんに使ったデイドレスを着た女性3人組が、不躾にも私を指さし、ひそひそと耳打ちを交わしている。
彼女たちの後ろには、お仕着せ姿の侍女たちも控えているので、身分は貴族令嬢と分かる。
普通、こういう場所では貴族はお忍びで来るものだ。庶民に混じって、庶民の生活を冒険者になった気分で堪能するのだ。
なかなかに馬鹿にした遊びである。
それが彼女たちにはない。
貴族令嬢であることを惜しげなくアピールしているので、道行く人たちは彼女たちを避けて通る。中には方向転換して遠回りする人もいる。
私も踵を返して、別の本屋に進路を変更する。
平静を装いつつ、頭の中では警報音が鳴り響いている状況だ。
貴族令嬢との関りは、ほぼゼロ。”ほぼ”というのは、騎士団には貴族の令息だけでなく令嬢も在籍しているからだ。でも、騎士団に在籍している彼女たちは、私に貴族の顔を見せない。私が畏縮しないようになのか、それとも生来の性格なのか、フランクに接してくれる。
だから、さっきみたいな腹に一物も二物もある視線は投げない。
では、そんな視線を投げかける貴族令嬢との面識はあるのかと訊かれれば、”ある”と答えるしかない。
スカーレン子爵令嬢がいい例だ。
模擬戦か、ジャレッド団長にカスティーロを案内された時に見られたのだろう。
どちらにしても、面識のない令嬢が私を見て反応するというのはそういうことだ。
足早に…と言いたいところだけど、所詮は人族の歩速。それも私の!
あ、と思う間もなく、私を取り囲むように仁王立ちしたのは、先の令嬢たちだ。
1人は光の加減で緑がかって見える金髪の猫目。
もう1人は、黒髪のはちきれんばかりの巨乳。
最後の1人は、人参色の髪をしたぽっちゃり。
それぞれ異なるタイプの令嬢だけど、私を見下す表情は共通している。値踏みをするような視線は侮蔑が込められ、意匠を凝らした扇子に隠された口元からは、人族の耳では聞き取れないような小声で誹りが紡がれている。
金髪猫目の令嬢が鼻先で笑った。
「ねぇ、あなた」とニヤついた声には、令嬢とは思えない下卑た音がある。
「あなた、模擬戦で見た顔よ。間違いないかしら?」
確信しつつも、言質を取るためか。私に訊いてくる。
どう答えていいか分からず、怖ず怖ずと下を向く。
「返答もできないのかしら?」
「きっと会話も碌にできない頭でしかないのですわ」
「こんな女を傍に置かれるなんて団長様方の評判に関わるわ」
「まぁ、わたくしには女性に見えませんわ。女性になりきれていない子供よ」
「子供なのに、既に殿方を手玉にとろうだなんて下品だわ。さすが下民というべきかしら」
口々に吐かれる罵詈雑言。
早口に、うふう、おほほ、と笑いながら「娼婦みたい」だとか「乞食みたいな貧相な体ね」だとか貶めてくる。
しかも、貶める際の”物乞い”や”平民”や”娼婦”と言った枕詞は、周囲に聞こえるような声量だ。ボリュームの強弱が巧みで、もし私が貴族だったら人生終了のお知らせだったに違いない。
メリンダ曰く、”真実なんでどうでもいいのよ。悪意ある噂だけで、貴族の令嬢っていうのは瑕疵がついて表舞台から退場になるのよ”とのことだ。
恐ろしい…。
私は平民だし、冒険者ギルドは貴族の社交界とは真逆の世界だ。8割方が荒事が得意な冒険者で、粗野な言動は日常的。3日に1回はギルド内で暴力沙汰も起きていたくらいだ。
そんな場所で生きてきたから、温室育ちのお嬢様の罵詈雑言は屁でもない。
怖いのは傍若無人に権力を振りかざしてくるだろう、彼女たちの身内だ。
私みたいなちっぽけな平民は、簡単に捻り潰されてしまう。実際、貴族の機嫌を損ねた商家が潰されたという噂を耳にしたことがある。他にも貴族の陰口を叩いた平民が翌日には亡骸になって見つかったとか、娘が娼館に売られたとか。
どんな怪談よりも恐ろしい話が、巷には溢れている。
私に出来ることは、彼女たちの機嫌を損ねることなく、ひたすら嵐が去るのを待つしかない。
じっと沈黙を保ち、す…、と指輪を摩る。
無意識の行動だったそれに、金髪猫目の女性が目聡く気が付いた。
そして、丸々と目を見開くと「ちょっと!!」と金切り声を張り上げた。
何があったのかと顔を上げた瞬間、頬を打った衝撃は異常だった。獣人の力は、一般人…それも令嬢でも人族を上回るらしい。
目の前に火花が散った気がした。
視界が一瞬、真っ白に飛んだ。
「きゃあ!」と悲鳴を上げたのは通行人だ。「まぁ!下民が飛んだわ」「汚らわしいこと」と蔑み、笑ったのは残り2人の令嬢。
私は見事に尻もちをついた。反射的に体を支えようとしてついた手に痛みが走り、打ち付けたお尻からビリリとスカートが破れる音が聞こえた。そして、一拍おいた後に、打たれた頬が熱を帯びて悲鳴を上げ始めた。
口の中がぬめり、鉄錆びの味がする。
頬骨と顎がずきんずきんと脈打つように痛み、頭がくらくらして、体を起こすこともできずに路上に転がってしまった。
頬骨が折れたかもしれない…。
歯は抜けていない。血の味は頬の裏側に歯が当たり、傷つけたことで出血しているのだ。
幸運というべきは、石畳で整備されること。これが雨上がりの田舎道なら、泥濘に沈んでた。
腹立たしい気持ちもあるし、私を見下ろす令嬢たちの顔の醜悪さに寒心する思いもある。
黙って立っていれば綺麗な面立ちの令嬢たちなのだ。それが今や、性格の悪さが前面に出た醜悪さ。ここまで人の顔は悪くなるのかというほど、憎悪と嫉妬で歪んでいる。
「それにしてもイザベル様。いかがなされましたか?」
「このような下民に触れ、御手が汚れてしまいますわ」
ころころ、ころころと鈴を転がすような笑い声で、蔑みの目を私に向けてくる。
誰一人として良心はないらしい。
やっぱり国は変われど、貴族の根幹は変わらない。
平民に人権はないのだ。
「あなたたちの目は節穴なのかしら?この下民の小指を見てみなさい」
バシッ、と扇子を閉ざすと、その先を私へと向ける。
「まぁ!」と、2人が揃って目を吊り上げた。
「あなた!その指輪はどこで盗んだのかしら!?」
「その紋章の意味は尊きものですわよ!!」
「娼婦ではなく盗人でしたのね!!なんて恐ろしい!!」
唾を飛ばすように、3人が烈火の如くがなり立てる。
「この盗人から指輪を取り返せば、クロムウェル団長様方とお近づきになれるのではなくて?」
「名案ですわ!」
意識が朦朧とする私を取り囲んだ3人は、周囲の目なんて気にならないのだろう。
不躾に伸びてきた手は、まるで追い剥ぎだ。
最悪な気分の中、私の意識は完全に暗転してしまった。
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