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女子トーク
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平民の手には恐れ多いイエローゴールドのピンキーリングは、昨日、ジャレッド団長に渡されたお守りだ。
どこがお守りなのかといえば、精緻なレーシー細工に仕掛けがある。
その仕掛けに気づいたのは今日の朝。
よくよく見ると、レース模様の中に狼の横顔が描かれていたのだ。
狼といえば公爵家の家紋。
この国で狼のデザインを使えるのは、クロムウェル公爵家と決まっているらしく、公爵家以外が狼を使おうものなら断罪されるそうな。単体の狼は陰紋として使用され、ヴォレアナズ帝国の者は例えピンキーリングでもすぐに見つけることができるという。
視力が良すぎる気もするけど、狼の紋を身に着けるというのは、公爵家が後ろ盾としてついている証だ。
ピンキーリングの意味に気が付いてしまった私は、ピンキーリングが視界に入るたびに全身に緊張が走っている。
間違いなく、私の人生史上最も高価な物だ。とは言っても、私物じゃなくて借り物なんだけど。
無くさないように気を引き締める必要がある。
「素敵」
「羨ましいわ」
そんな精神的に重たいピンキーリングをうっとりと見つめるのはマリアと、ナタリア・ノイだ。
ナタリアも私たちと同じ2号棟の使用人で、旦那であるダヴォスと一緒に住み込みで働いている。2人には息子がいるけど、全寮制の学園で勉学に励んでいるそうなので会ったことはない。
2号棟の住み込み夫婦はナタリアたちだけだけど、1号棟は2組の夫婦がいる。共に子供が学園にいたり、独立していたりと年配の夫婦だ。
「それにしても、団長たちのファンには困ったものだわ」
ナタリアは口調は穏やかに、でも口元はイヌ科特有の牙を剥き出すような怒りを込めて嘆息する。
「子爵令嬢だっけ?平民の私たちから見れば貴族のお嬢様なんだろうけど、ちょっとオツムがアレなのかしら?」
かなりの毒舌に、マリアは歯を見せて笑う。
「応援要請しといてイヴに喧嘩を売ったんでしょ?ジョアンが”腹立つ~”って叫んでたわ」
「団長たちの…特に模擬戦に応援に来るのは苛烈な女性が多くて、度々問題になってるものね」
「そうなんですか?」
恐々と口を挟んだ私に、ナタリアは墨色の瞳を伏せるようにして肯定した。
「モリソン副団長は貴族平民と満遍なく女性に人気なのだけど、ジャレッド団長は公爵家の血統でしょう?まさに肉食系女子が群がるの。人族のイヴには分からないかもしれないけど、獣人の女性の大半は、本能を優先させるのよ」
「本能…」
「結婚相手に求める第1位は、純粋な雄としての力。で、2位以下に顔とかニオイとか経済力とかに続くわけなの。ここの女性騎士は特別強いから、雄としての力より癒しが一番みたいだけれどね」
あはは、とナタリアはふくよかな体を揺らして笑う。
度々耳にする”雄の魅力”は、やっぱり獣人特有のものらしい。
ニオイという謎の魅力も出てきたけど…これも人族の私では一生分かりそうにない。
「特にイヌ科ネコ科は、その傾向が強いのよ。それも貴族の令嬢になるほどね。ま、貴族のは本能なのか矜持なのかは謎なんだけど」
マリアは言って、はちみつをたっぷり入れたローズヒップティーをこくりと飲む。
このお茶は、茶葉ではなくローズヒップの赤い実を使っている。種を取り除き乾燥させたローズヒップの実をカップに入れ、お湯を注ぐだけのお手軽ティーだ。
はつみつを入れると、まろやかで飲みやすく、カップの底に沈んだ実は茶請けのように楽しむことが出来る。
美容にも良いので、第2騎士団の女性の間ではリラックスタイムにはローズヒップティーがブームとなっている。
私はクッキーをつまみ、マリアとナタリアを交互に見た。
「2人のパートナーも強いの?」
「まさか!」と笑ったのはマリア。
「第2の騎士どころか、そこらの自警団と比べることも出来ないわよ。確かに人族の男よりは強いんだろうけど、こっちでは普通。もしかすると、弱い部類かも」
「うちのダヴォスもピーターもイヌ科だけど、イヌ科ネコ科が全員騎士に向いているかと言われると、そうでもないのよ。人族も同じでしょ?個々で才能が違うのは」
「それはそうだけど……じゃあ、2人は本能とはどう折り合いをつけたの?」
首を傾げて疑問を口にすれば、マリアは遠い目をして卑屈に笑った。
「大人になると自然とね」
「学生の頃までは、一番モテる男性は運動神経が良かったり、喧嘩が強かったりする子ね。女性は大人になるにつれて、シビアな現実が見えてくるのよ」
シビアな現実…。
「強い雄は一握り。しかも貴族が多い」
「それは…平民には手は届かない狭き門ですね」
「でしょ?しかも、基本的に獣人は一途なんだけど、中にはバカな雄もいるのよ。浮気バカ。女の子を侍らせて自慢するのよ。これだけモテる俺は、優れた雄だって」
「ちゃんちゃら可笑しいわ!」
マリアは鼻で笑い飛ばし、クッキーを噛み砕く勢いで頬張った。
何か嫌な思い出でもあるのかもしれない…。
「そういうバカを見ちゃうと、すん、と心が醒めるのよ。で、性格や経済力が添い遂げる伴侶として重要だと気付くの。ダヴォスは性格ね。一途で浮気はしないっていうのも好感度が高いだけど、一途なのは仕事に対してもだから頼りになるの。私、仕事熱心なダヴォスの背中を見るのが好きなのよ」
惚気だ。
ナタリアはほんのりと頬を染めて、「ふふ」と微笑む。
「私はごはんに釣られちゃったわ。ピーターのごはん、すごく美味しいんだもの」
マリアは上機嫌に目を細める。
なんとも猫っぽい表情だ。
「でも、意識高い系の肉食女子は、勝ち組になるために強い雄を諦めないわ」
「そのターゲットが、独身の貴族。ジャレッド団長は最たるものよ」
「弟のグレン団長も?」
「会ったことがないわ」と、ナタリアが頬に手を当てて首を傾げる。
「第3でしょ?同じ領内でも公爵領は広いし、第2とは端と端。見たことないわ。でも、第1のハワード団長は遠目に見たことがあるわよ」
マリアは自慢げに胸を張り、ナタリアが「うそ!」と両手で口を覆った。
「どうだった?絵姿の通り?」
俄かに興奮するナタリアに、マリアは緩く頭を振る。
ヴォレアナズ帝国では、美形男性の絵画が売られていている。観光地には絵葉書というのがあるけど、絵葉書サイズの絵姿が普通に売買されているのを見た時は驚いた。
絵葉書のモデルは、本当に美形なら身分問わず。王侯貴族のみならず、舞台俳優や吟遊詩人。パン屋の息子に農家の次男もいるらしい。
当然、ジャレッド団長やキース副団長もあるそうで、中でもハワード団長はトップクラスの売れ行きというから驚く。
キャトラル王国では貴族の絵姿を売買した時点で不敬罪として捕まりそうな商売だ…。
マリアは「ふ、ふ、ふ」と笑い、「画家の手には負えない美貌だったわ」とほんのり頬を染めた。
「宗教画にすべきよ」
頭の中に、ジャレッド団長に平伏するスカーレン子爵が浮かぶ。
「中には感極まって泣いている子もいたもの」
「でしょうね…。ハワード団長とお会いできるかもって理由で、貴族のご令嬢がカスティーロを目指すと聞くもの」
「ハワード団長が結婚された時は、国中の女性が泣いたわ」
「そんなに綺麗なんですか?」
キース副団長以上なんて想像ができないのに、2人は深々と頷いた。
「綺麗なんてものじゃないわ」
「神が遣わせし天使様だと思うの」
2人は真剣な面持ちで頷き合っている。
「ただ、ハワード団長は次期公爵となる御方だから、騎士としてお見掛けするのは貴重なのよ。私も噂に聞くだけで、ご本人様を目に焼き付けたことはないわ」
「私も遠目だったし。間近で見たら卒倒するに賭けるわ。噂では、ハワード団長は公爵夫人似だそうよ」
言われて、公爵家で対面した妖艶な美女を思い出した。
なるほど…。あの美貌で騎士なら、モテないわけがない。
「イヴは第3に行ったでしょう?グレン団長はどんな御方だった?」
「ジャレッド団長とはあまり似てなかったです。似てるのは金色の目くらいでした。髪も黒くて、キース副団長系のイケメン。圧はゼロ。フランクな人でした」
2人は目を閉じて、「黒髪金目の副団長かぁ」と想像を巡らせ、「いいわ~」と吐息を零す。
「人族は、どうやって異性を見てるの?私たちは本能が優先しちゃうけど、人族はないんでしょう?」
「第一印象です。顔とか外見ですよ。私は男性と付き合った経験はないんですけど…。友達は、顔が好みだって付き合って、性格が合わなかったって言って別れてました」
「シンプル」
マリアは感心したように頷く。
「獣人も本能に囚われず、それくらいシンプルな自由さがあれば良いのにね」
「昔に比べると自由恋愛よ」
ナタリアは言って、ローズヒップティーで喉を潤す。
「昔は自由恋愛じゃなかったんですか?貴族みたいな政略結婚が当たり前とか?」
「そうじゃないわ。昔と言っても、うんと昔。ご先祖様の時代よ」
「獣人って、今でこそ人族と見た目に差異がないけど、昔は大人になっても耳とか尻尾が残ってたのよ」
「あ、ジャレッド団長に聞きました。満月の夜には獣化してたって」
「そうそう。それよ。その時代」
マリアは言って、目玉を回して天井を見上げる。
「その時代、獣人には”番”という本能があったの」とナタリア。
「つがい?」
「失った本能だから私たちもよく分からないのだけど、強制的な一目惚れに近いのだと思うわ。一定の年齢に達すると、全ての獣人が異性に対して一目惚れを起こすのですって。とは言っても、誰彼構わずじゃないの。唯一の異性。番のみに一目惚れを起こすの」
「小さな村や町の中でならいざ知らず、帝国中の獣人の中から唯一よ?訳わかんないでしょ?」
マリアが笑う。
「絶対に出会うとは限らないから、多くの獣人は番以外の異性と交際して結婚するの。でもね、交際中ならまだしも結婚後に番と出会ったら悲劇。番を見つけた獣人の目には番しか映らないのですって。しかも独占欲剥き出しに、それまで番が共に暮らしていた家族に対して嫉妬して刃傷沙汰にまで発展したというから、当時に生まれなくて良かったと思うわ」
「そういう悲劇の実話を基にした舞台は多いし、小説も結構出てるの。胸糞悪くなるけどね」
「マリア。言葉遣いが汚いわよ」
「ごめんごめん。でもさ、もし急にピーターが”俺の番が見つかった!”って叫んで去って行ったら地獄よ。結婚前でも嫌すぎ」
「あら、やだ。地獄を見るのは亭主たちよ。番の女なんて返り討ちにしてやるわ」
ころころと笑うナタリアに、「それもそうね」とマリアも笑う。
ガタン!と椅子から転がり落ちたような音が厨房から聞こえたけど、私は何も聞こえなかったフリでクッキーに手を伸ばした。
どこがお守りなのかといえば、精緻なレーシー細工に仕掛けがある。
その仕掛けに気づいたのは今日の朝。
よくよく見ると、レース模様の中に狼の横顔が描かれていたのだ。
狼といえば公爵家の家紋。
この国で狼のデザインを使えるのは、クロムウェル公爵家と決まっているらしく、公爵家以外が狼を使おうものなら断罪されるそうな。単体の狼は陰紋として使用され、ヴォレアナズ帝国の者は例えピンキーリングでもすぐに見つけることができるという。
視力が良すぎる気もするけど、狼の紋を身に着けるというのは、公爵家が後ろ盾としてついている証だ。
ピンキーリングの意味に気が付いてしまった私は、ピンキーリングが視界に入るたびに全身に緊張が走っている。
間違いなく、私の人生史上最も高価な物だ。とは言っても、私物じゃなくて借り物なんだけど。
無くさないように気を引き締める必要がある。
「素敵」
「羨ましいわ」
そんな精神的に重たいピンキーリングをうっとりと見つめるのはマリアと、ナタリア・ノイだ。
ナタリアも私たちと同じ2号棟の使用人で、旦那であるダヴォスと一緒に住み込みで働いている。2人には息子がいるけど、全寮制の学園で勉学に励んでいるそうなので会ったことはない。
2号棟の住み込み夫婦はナタリアたちだけだけど、1号棟は2組の夫婦がいる。共に子供が学園にいたり、独立していたりと年配の夫婦だ。
「それにしても、団長たちのファンには困ったものだわ」
ナタリアは口調は穏やかに、でも口元はイヌ科特有の牙を剥き出すような怒りを込めて嘆息する。
「子爵令嬢だっけ?平民の私たちから見れば貴族のお嬢様なんだろうけど、ちょっとオツムがアレなのかしら?」
かなりの毒舌に、マリアは歯を見せて笑う。
「応援要請しといてイヴに喧嘩を売ったんでしょ?ジョアンが”腹立つ~”って叫んでたわ」
「団長たちの…特に模擬戦に応援に来るのは苛烈な女性が多くて、度々問題になってるものね」
「そうなんですか?」
恐々と口を挟んだ私に、ナタリアは墨色の瞳を伏せるようにして肯定した。
「モリソン副団長は貴族平民と満遍なく女性に人気なのだけど、ジャレッド団長は公爵家の血統でしょう?まさに肉食系女子が群がるの。人族のイヴには分からないかもしれないけど、獣人の女性の大半は、本能を優先させるのよ」
「本能…」
「結婚相手に求める第1位は、純粋な雄としての力。で、2位以下に顔とかニオイとか経済力とかに続くわけなの。ここの女性騎士は特別強いから、雄としての力より癒しが一番みたいだけれどね」
あはは、とナタリアはふくよかな体を揺らして笑う。
度々耳にする”雄の魅力”は、やっぱり獣人特有のものらしい。
ニオイという謎の魅力も出てきたけど…これも人族の私では一生分かりそうにない。
「特にイヌ科ネコ科は、その傾向が強いのよ。それも貴族の令嬢になるほどね。ま、貴族のは本能なのか矜持なのかは謎なんだけど」
マリアは言って、はちみつをたっぷり入れたローズヒップティーをこくりと飲む。
このお茶は、茶葉ではなくローズヒップの赤い実を使っている。種を取り除き乾燥させたローズヒップの実をカップに入れ、お湯を注ぐだけのお手軽ティーだ。
はつみつを入れると、まろやかで飲みやすく、カップの底に沈んだ実は茶請けのように楽しむことが出来る。
美容にも良いので、第2騎士団の女性の間ではリラックスタイムにはローズヒップティーがブームとなっている。
私はクッキーをつまみ、マリアとナタリアを交互に見た。
「2人のパートナーも強いの?」
「まさか!」と笑ったのはマリア。
「第2の騎士どころか、そこらの自警団と比べることも出来ないわよ。確かに人族の男よりは強いんだろうけど、こっちでは普通。もしかすると、弱い部類かも」
「うちのダヴォスもピーターもイヌ科だけど、イヌ科ネコ科が全員騎士に向いているかと言われると、そうでもないのよ。人族も同じでしょ?個々で才能が違うのは」
「それはそうだけど……じゃあ、2人は本能とはどう折り合いをつけたの?」
首を傾げて疑問を口にすれば、マリアは遠い目をして卑屈に笑った。
「大人になると自然とね」
「学生の頃までは、一番モテる男性は運動神経が良かったり、喧嘩が強かったりする子ね。女性は大人になるにつれて、シビアな現実が見えてくるのよ」
シビアな現実…。
「強い雄は一握り。しかも貴族が多い」
「それは…平民には手は届かない狭き門ですね」
「でしょ?しかも、基本的に獣人は一途なんだけど、中にはバカな雄もいるのよ。浮気バカ。女の子を侍らせて自慢するのよ。これだけモテる俺は、優れた雄だって」
「ちゃんちゃら可笑しいわ!」
マリアは鼻で笑い飛ばし、クッキーを噛み砕く勢いで頬張った。
何か嫌な思い出でもあるのかもしれない…。
「そういうバカを見ちゃうと、すん、と心が醒めるのよ。で、性格や経済力が添い遂げる伴侶として重要だと気付くの。ダヴォスは性格ね。一途で浮気はしないっていうのも好感度が高いだけど、一途なのは仕事に対してもだから頼りになるの。私、仕事熱心なダヴォスの背中を見るのが好きなのよ」
惚気だ。
ナタリアはほんのりと頬を染めて、「ふふ」と微笑む。
「私はごはんに釣られちゃったわ。ピーターのごはん、すごく美味しいんだもの」
マリアは上機嫌に目を細める。
なんとも猫っぽい表情だ。
「でも、意識高い系の肉食女子は、勝ち組になるために強い雄を諦めないわ」
「そのターゲットが、独身の貴族。ジャレッド団長は最たるものよ」
「弟のグレン団長も?」
「会ったことがないわ」と、ナタリアが頬に手を当てて首を傾げる。
「第3でしょ?同じ領内でも公爵領は広いし、第2とは端と端。見たことないわ。でも、第1のハワード団長は遠目に見たことがあるわよ」
マリアは自慢げに胸を張り、ナタリアが「うそ!」と両手で口を覆った。
「どうだった?絵姿の通り?」
俄かに興奮するナタリアに、マリアは緩く頭を振る。
ヴォレアナズ帝国では、美形男性の絵画が売られていている。観光地には絵葉書というのがあるけど、絵葉書サイズの絵姿が普通に売買されているのを見た時は驚いた。
絵葉書のモデルは、本当に美形なら身分問わず。王侯貴族のみならず、舞台俳優や吟遊詩人。パン屋の息子に農家の次男もいるらしい。
当然、ジャレッド団長やキース副団長もあるそうで、中でもハワード団長はトップクラスの売れ行きというから驚く。
キャトラル王国では貴族の絵姿を売買した時点で不敬罪として捕まりそうな商売だ…。
マリアは「ふ、ふ、ふ」と笑い、「画家の手には負えない美貌だったわ」とほんのり頬を染めた。
「宗教画にすべきよ」
頭の中に、ジャレッド団長に平伏するスカーレン子爵が浮かぶ。
「中には感極まって泣いている子もいたもの」
「でしょうね…。ハワード団長とお会いできるかもって理由で、貴族のご令嬢がカスティーロを目指すと聞くもの」
「ハワード団長が結婚された時は、国中の女性が泣いたわ」
「そんなに綺麗なんですか?」
キース副団長以上なんて想像ができないのに、2人は深々と頷いた。
「綺麗なんてものじゃないわ」
「神が遣わせし天使様だと思うの」
2人は真剣な面持ちで頷き合っている。
「ただ、ハワード団長は次期公爵となる御方だから、騎士としてお見掛けするのは貴重なのよ。私も噂に聞くだけで、ご本人様を目に焼き付けたことはないわ」
「私も遠目だったし。間近で見たら卒倒するに賭けるわ。噂では、ハワード団長は公爵夫人似だそうよ」
言われて、公爵家で対面した妖艶な美女を思い出した。
なるほど…。あの美貌で騎士なら、モテないわけがない。
「イヴは第3に行ったでしょう?グレン団長はどんな御方だった?」
「ジャレッド団長とはあまり似てなかったです。似てるのは金色の目くらいでした。髪も黒くて、キース副団長系のイケメン。圧はゼロ。フランクな人でした」
2人は目を閉じて、「黒髪金目の副団長かぁ」と想像を巡らせ、「いいわ~」と吐息を零す。
「人族は、どうやって異性を見てるの?私たちは本能が優先しちゃうけど、人族はないんでしょう?」
「第一印象です。顔とか外見ですよ。私は男性と付き合った経験はないんですけど…。友達は、顔が好みだって付き合って、性格が合わなかったって言って別れてました」
「シンプル」
マリアは感心したように頷く。
「獣人も本能に囚われず、それくらいシンプルな自由さがあれば良いのにね」
「昔に比べると自由恋愛よ」
ナタリアは言って、ローズヒップティーで喉を潤す。
「昔は自由恋愛じゃなかったんですか?貴族みたいな政略結婚が当たり前とか?」
「そうじゃないわ。昔と言っても、うんと昔。ご先祖様の時代よ」
「獣人って、今でこそ人族と見た目に差異がないけど、昔は大人になっても耳とか尻尾が残ってたのよ」
「あ、ジャレッド団長に聞きました。満月の夜には獣化してたって」
「そうそう。それよ。その時代」
マリアは言って、目玉を回して天井を見上げる。
「その時代、獣人には”番”という本能があったの」とナタリア。
「つがい?」
「失った本能だから私たちもよく分からないのだけど、強制的な一目惚れに近いのだと思うわ。一定の年齢に達すると、全ての獣人が異性に対して一目惚れを起こすのですって。とは言っても、誰彼構わずじゃないの。唯一の異性。番のみに一目惚れを起こすの」
「小さな村や町の中でならいざ知らず、帝国中の獣人の中から唯一よ?訳わかんないでしょ?」
マリアが笑う。
「絶対に出会うとは限らないから、多くの獣人は番以外の異性と交際して結婚するの。でもね、交際中ならまだしも結婚後に番と出会ったら悲劇。番を見つけた獣人の目には番しか映らないのですって。しかも独占欲剥き出しに、それまで番が共に暮らしていた家族に対して嫉妬して刃傷沙汰にまで発展したというから、当時に生まれなくて良かったと思うわ」
「そういう悲劇の実話を基にした舞台は多いし、小説も結構出てるの。胸糞悪くなるけどね」
「マリア。言葉遣いが汚いわよ」
「ごめんごめん。でもさ、もし急にピーターが”俺の番が見つかった!”って叫んで去って行ったら地獄よ。結婚前でも嫌すぎ」
「あら、やだ。地獄を見るのは亭主たちよ。番の女なんて返り討ちにしてやるわ」
ころころと笑うナタリアに、「それもそうね」とマリアも笑う。
ガタン!と椅子から転がり落ちたような音が厨房から聞こえたけど、私は何も聞こえなかったフリでクッキーに手を伸ばした。
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