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火急の知らせ
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トーストにバターをたっぷり塗って、その上にハムと目玉焼き1つ。
マグカップに根菜スープを注いでもらえば、私専用の朝食の出来上がりだ。
作るのは2号棟の料理人ピーターだけど…。
このシンプル朝食は私だけの別メニューとなる。
なぜなら、私の胃は獣人メニューを受け付けないから。
とにかく、通常メニューは朝から胃もたれしそうなものばかりなのだ。しかも量が多い!
体力勝負の騎士だから…と思えば使用人も同じメニューなのだから、恐らく獣人自体が大食漢なのだろう。
朝からボリューム満点の肉料理がテーブルを支配する圧巻の光景は、毎朝、地味に私の胃を直撃する。
見ているだけでお腹一杯…。
代り映えしない私のメニューと違い、騎士たちは微妙に毎朝異なる肉料理を頬張っている。
本日のメニューはサンドイッチらしい。それもサンドイッチ用の薄いパンじゃない。厚みのあるパンだ。それに炙り焼きして、薄くスライスした肉を大量に挟み込んだ特大サンドイッチになる。
私なら顎が外れそうなそれに、正面に座るジャレッド団長が豪快に齧り付いている。
さらに分厚いステーキと目玉焼き、てかてか光る人参グラッセが乗った皿に、極太ソーセージと根菜がごろごろ入ったスープ、刻みベーコンを散らしたサラダだ。
隣のアーロンとシモンも同じメニューだし、なんならお喋りに花を咲かせている女性騎士たちのテーブルも同じ…いや、デザートの果実盛りがあるのでそれ以上の量がある。
毎朝のことだけど、ちょっと胸焼けする。
なるべく視線を落として、もそもそとトーストを食べていると、「クロムウェル団長はいらっしゃいますか!」と見知らぬ騎士が駆け込んで来た。
灰褐色の髪にソバカスの騎士は、ジョアンよりも幼く見える。
現に、しん、と水を打ったように静まった食堂と、一斉に向けられた視線の集中砲火に赤面し、おろおろと狼狽えている。これが場数を踏んだ騎士なら泰然自若としていることだろう。
少年騎士は注目に動揺しつつ姿勢を正すと、第一騎士団所属の騎士見習いアレン・ハイフィールドと名乗った。
どうやらハワード団長の使いらしい。
「団長は俺だ。要件を聞こう」
ジャレッド団長が声を上げると、少年騎士は入り口で姿勢を正したままにジャレッド団長に向き直った。
「本日未明。グレートウルフの群れがローリック村を襲撃。討伐隊並びに冒険者を派遣したものの負傷者が多数。治癒士であるゴゼット様に応援要請をお願いに参りました」
報告に、ジャレッド団長が僅かに目を瞠った。
食堂の空気が張り詰め、さざ波のように動揺が広がる。
調理場にいる使用人たちもカウンターから顔を出し、告げられた報にショックを受けている。
グレートウルフはレベル3の狼型の魔物だ。
体長3mの大型種で、群れを成し、狼爪に神経毒を有する。土属性の魔物だけど、村を氷漬けしたという噂をもつホーンヘッドリンクスほど魔法に長けているわけではない。森林で狩りをするのに補助として使うくらいで、攻撃主体で使うことはないと聞く。
グレートウルフの強みは群れによる連携にあると習った。
攻撃魔法が使えずとも、牙と爪でどうとでもなるのだ。
まことしやかに、北方の国でグレートウルフの群れが竜を捕食したという記録があるというくらい厄介な魔物だ。
「グレートウルフの討伐はどうなった?」
「はい。私が託を託された時点では、目撃された個体数は9頭。うち7頭の討伐を終えているとのことでした。現在、さらなる情報を収集しています」
「目撃されていない個体もいる可能性もあるが、少なくとも2頭を討ち漏らしているのか…。それで、グレートウルフは何処から出た?」
「それも現在、調査中になります」
「”魔女の森”から出たのは確かでしょうが、ローリック村は”魔女の森”に接していません」
アーロンの硬い声に、シモンが苦い表情で「村はカミール領と接している」と返す。
「ローリックはここから離れているぞ」や「かなりの距離を目撃者なしで移動したとかありえない」などとネガティブな感情に乗せた囁きがあちこちで漏れる。
そんな中、いの一番にショックから復活したのは私の隣に座るジョアンだ。
唐突に、大口を開けて朝食を掻き込み始めた。もちゃもちゃと咀嚼音をさせながら、「いつでも出れるっす!」と早食いを披露する。それを見た周りの騎士たちも、がつがつと朝食を頬張り始めた。
「食いながら聞け!アーロンとイアンはイヴにつけ。俺も同行してローリック村に向かう。アルフォンス、トーレ、オットー、マリウスの4人はカミール領へ向かえ!胸当て、連絡用の鷹を連れて行くのを忘れるな!」
ジャレッド団長の叫びに、頬をぱんぱんに膨らませた4人が慌てて立ち上がった。声が出せない分、胸に手を当てた敬礼を示し、水で口の中のものを飲み下すとドタバタと外へ駆け出て行く。
「ベン、メイソン、カミラ!ゲラム、ジョイデン、エイリーン!は2組でグレートウルフが森から出たルートを探せ!第1、第3の手が届いていない区域を徹底的にだ!ジョアンとシモンは第3と合流して情報収集だ。胸当てを忘れるな!残りはキースの従え。他にも上位の魔物が出没している可能性がある!気を引き締めてかかれ!」
これに全員が一斉に起立し、やっぱり頬をぱんぱんに膨らませながら胸に拳を当てた敬礼をする。指名された8人は慌ただしく飛び出し、その他は着席してガツガツと朝食を食い尽くしていく。
「イヴ。ローリック村はスカーレン領より遠く日帰りは厳しい。馬車は使わないからズボンに履き替えてきてくれ」
私も頬をぱんぱんに膨らませて、こくこくと頷く。
頑張って咀嚼して、生ぬるいお水で口の中のものを飲み下す。
「すぐ用意します!」
息つく暇もなく、ぱたぱたと部屋へと急いだ。
私の荷物は小さなリュックに詰め込める程度で多くない。
1泊…念を入れて2泊分の着替えと、手作り化粧水。あと、予備の匂い袋を1つだけ。
匂い袋というのは、嗅覚の鋭い獣人が女性特有の臭いを嗅ぎ取ってしまうのを阻止する、女性の必需品になる。帝国に来た早々、マリアから真っ先に持たされたのが匂い袋だった。
匂い袋は、共通してミラという多年草の乾燥根が入っている。
ミラの根は乾燥させると柑橘系の匂いがする。さらに、弱いながらに獣人の嗅覚を鈍らせる作用があるのだとか。
このミラをメインに、個々の好みでハーブを調香するのが獣人女性の嗜みだそうだ。
要は香水の代替品かな。
ちなみに、私の匂い袋はミラとシトラス、レモングラスの爽やかブレンドにしている。
次いで2つ目の荷物。
治療に必要なものを詰め込んだトランクケースは、少し前にジャレッド団長が外へ赴く際に使えと渡してくれたものだ。瓶が割れない配慮として細かな仕切りとクッションが張られていて、とても使い勝手が良い。
そのトランクケースに薬瓶と消毒液、包帯、ガーゼ、ピンセットにハサミを詰め込んだ。
持って行く薬は傷薬と解熱剤になる。
それらの荷物は、アーロンの愛馬、鹿毛のノトスに括り付けられている。
ジャレッド団長の愛馬のヴェンティは、いくら大きくても私が相乗りするので荷物は括り付けることができないのだ。なので、アーロンとイアンの愛馬に、私とジャレッド団長の荷物が括り付けられることになった。
そして、服装だ。
私の格好は森に入る時と同じ、麻のズボンと長袖のシャツ。対してジャレッド団長たちは、魔物素材のベスト状の胸当てを着用している。
鋼鉄製の鎧のように重くも暑くもなく、動きを妨げることもない革鎧は、鋼鉄製に負けず劣らずの頑丈さなのだとか。
ただ、全身を覆う鋼鉄製の鎧に比べ、革鎧は守られる個所が限定されている。
それでも魔法を使わない獣人は、機動力重視なので胸が守られれば問題ないそうだ。必要であれば、腕や足などに部分的にベルトで固定する鎧もあるとのこと。
今回は胸当てのみになる。
それに合わせて隊服も変わる。
詰襟のシャツに、一切の飾りを省いたシンプルな黒いベスト。その上からベスト状の胸当てなので、通気性と汗疹を心配してしまう。
まぁ、口が裂けても「汗疹、大丈夫ですか?」とは訊けないけど…。
薬師を目指す者として気にしつつ、騎士の矜持を守るために口を噤む。
鋼鉄製の鎧よりはマシなはずだ。
たぶん、私の背中に当たるごつごつした胸当ても、鋼鉄製の鎧よりはマシなのだろう。
「第1と第3がだいぶ散開しているな」
ジャレッド団長の声に、頭を上げて周囲を見渡す。
今、私たちが砂埃を立てて激走するのはカミール領へ連なる街道だ。
街道の両側は広大な麦畑が広がり、農夫たちの集落が点在する。通常、街道には驢馬に荷車を牽かせる農夫や、商人を乗せた箱馬車、領民を乗せた幌馬車が走る。
なのに、今日は馬車の姿はない。
騎士たちが周囲を警戒し、公爵家が雇った冒険者たちが農夫たちの作業を見守っている。
魔物が増えたからと言って、農作業の手を止めるわけにはいかないのだ。
第3騎士団が森に沿って警戒し、第1騎士団が街道や近隣の集落を見回っている。冒険者ギルドとも連携を密にして隙を埋めている状況だ。
グレートウルフが出たので猶更だ。
出がけに、ジャレッド団長とキース副団長との話し声が聞こえた。
途切れ途切れに聞こえてきた言葉を繋いで推測するに、クロムウェル領の両隣、同じく”魔女の森”に接するビエルケ領とキャシディ領から抜け出た可能性もあると聞こえた。それを2つの領主に告げるのは侮辱となり兼ねないので、どちらかが申告してこなければ目を瞑るしかない。
あとは川や用水路が怪しいという。
「イヴ、大丈夫か?」
ぎゅ、と私を抱き込む腕に力を込めながら、ジャレッド団長が気遣いを見せた。
気絶や股ずれに泣いた身としては、この気遣いが嬉しい。そして、なにより嬉しいのが、私用の鞍に柔らかな羽毛を詰め込んだクッションを括り付けてくれたことだ。これによって、痛みは軽減されている。
「まだ平気、です!」
舌を噛まないように叫べば、「分かった」と少し笑みを含んだ声が返る。
以前の私なら、草むらに駆け込んで朝食を戻していたに違いない。なのに、まだ耐えられるのだから成長したものだ。
「ジャレッド団長!前方に怪我人のようです!」
そう叫んだのは、先頭を駆けるイアンだ。
少し速度を落とし、並走しながらも先を指さす。
馬車が2台だ。
うち1台が道を逸れて麦畑の中で止まっている。
脱輪して転がった車輪と、傾いだ荷車を引き摺るようにして道を逸れているのを見るに、かなりの速度が出ていたのだろう。
興奮状態の馬を宥めているのは年嵩の男性で、荷車には年齢もまちまちの男性が複数人集まっている。近づくと、私の耳にも「ここまで医者を呼ぼう!」「くそ!領都までまだ距離があるのに!」と聞こえくる。
半分は冒険者っぽいけど、もう半分は一般人っぽい服装だ。
その内の1人が、こちらに気づき、「騎士様!助けて下さい!」と手を振っている。
「血の臭いだ」
ジャレッド団長の張り詰めた声に、私はぎゅっと鞍のグリップを握りしめた。
マグカップに根菜スープを注いでもらえば、私専用の朝食の出来上がりだ。
作るのは2号棟の料理人ピーターだけど…。
このシンプル朝食は私だけの別メニューとなる。
なぜなら、私の胃は獣人メニューを受け付けないから。
とにかく、通常メニューは朝から胃もたれしそうなものばかりなのだ。しかも量が多い!
体力勝負の騎士だから…と思えば使用人も同じメニューなのだから、恐らく獣人自体が大食漢なのだろう。
朝からボリューム満点の肉料理がテーブルを支配する圧巻の光景は、毎朝、地味に私の胃を直撃する。
見ているだけでお腹一杯…。
代り映えしない私のメニューと違い、騎士たちは微妙に毎朝異なる肉料理を頬張っている。
本日のメニューはサンドイッチらしい。それもサンドイッチ用の薄いパンじゃない。厚みのあるパンだ。それに炙り焼きして、薄くスライスした肉を大量に挟み込んだ特大サンドイッチになる。
私なら顎が外れそうなそれに、正面に座るジャレッド団長が豪快に齧り付いている。
さらに分厚いステーキと目玉焼き、てかてか光る人参グラッセが乗った皿に、極太ソーセージと根菜がごろごろ入ったスープ、刻みベーコンを散らしたサラダだ。
隣のアーロンとシモンも同じメニューだし、なんならお喋りに花を咲かせている女性騎士たちのテーブルも同じ…いや、デザートの果実盛りがあるのでそれ以上の量がある。
毎朝のことだけど、ちょっと胸焼けする。
なるべく視線を落として、もそもそとトーストを食べていると、「クロムウェル団長はいらっしゃいますか!」と見知らぬ騎士が駆け込んで来た。
灰褐色の髪にソバカスの騎士は、ジョアンよりも幼く見える。
現に、しん、と水を打ったように静まった食堂と、一斉に向けられた視線の集中砲火に赤面し、おろおろと狼狽えている。これが場数を踏んだ騎士なら泰然自若としていることだろう。
少年騎士は注目に動揺しつつ姿勢を正すと、第一騎士団所属の騎士見習いアレン・ハイフィールドと名乗った。
どうやらハワード団長の使いらしい。
「団長は俺だ。要件を聞こう」
ジャレッド団長が声を上げると、少年騎士は入り口で姿勢を正したままにジャレッド団長に向き直った。
「本日未明。グレートウルフの群れがローリック村を襲撃。討伐隊並びに冒険者を派遣したものの負傷者が多数。治癒士であるゴゼット様に応援要請をお願いに参りました」
報告に、ジャレッド団長が僅かに目を瞠った。
食堂の空気が張り詰め、さざ波のように動揺が広がる。
調理場にいる使用人たちもカウンターから顔を出し、告げられた報にショックを受けている。
グレートウルフはレベル3の狼型の魔物だ。
体長3mの大型種で、群れを成し、狼爪に神経毒を有する。土属性の魔物だけど、村を氷漬けしたという噂をもつホーンヘッドリンクスほど魔法に長けているわけではない。森林で狩りをするのに補助として使うくらいで、攻撃主体で使うことはないと聞く。
グレートウルフの強みは群れによる連携にあると習った。
攻撃魔法が使えずとも、牙と爪でどうとでもなるのだ。
まことしやかに、北方の国でグレートウルフの群れが竜を捕食したという記録があるというくらい厄介な魔物だ。
「グレートウルフの討伐はどうなった?」
「はい。私が託を託された時点では、目撃された個体数は9頭。うち7頭の討伐を終えているとのことでした。現在、さらなる情報を収集しています」
「目撃されていない個体もいる可能性もあるが、少なくとも2頭を討ち漏らしているのか…。それで、グレートウルフは何処から出た?」
「それも現在、調査中になります」
「”魔女の森”から出たのは確かでしょうが、ローリック村は”魔女の森”に接していません」
アーロンの硬い声に、シモンが苦い表情で「村はカミール領と接している」と返す。
「ローリックはここから離れているぞ」や「かなりの距離を目撃者なしで移動したとかありえない」などとネガティブな感情に乗せた囁きがあちこちで漏れる。
そんな中、いの一番にショックから復活したのは私の隣に座るジョアンだ。
唐突に、大口を開けて朝食を掻き込み始めた。もちゃもちゃと咀嚼音をさせながら、「いつでも出れるっす!」と早食いを披露する。それを見た周りの騎士たちも、がつがつと朝食を頬張り始めた。
「食いながら聞け!アーロンとイアンはイヴにつけ。俺も同行してローリック村に向かう。アルフォンス、トーレ、オットー、マリウスの4人はカミール領へ向かえ!胸当て、連絡用の鷹を連れて行くのを忘れるな!」
ジャレッド団長の叫びに、頬をぱんぱんに膨らませた4人が慌てて立ち上がった。声が出せない分、胸に手を当てた敬礼を示し、水で口の中のものを飲み下すとドタバタと外へ駆け出て行く。
「ベン、メイソン、カミラ!ゲラム、ジョイデン、エイリーン!は2組でグレートウルフが森から出たルートを探せ!第1、第3の手が届いていない区域を徹底的にだ!ジョアンとシモンは第3と合流して情報収集だ。胸当てを忘れるな!残りはキースの従え。他にも上位の魔物が出没している可能性がある!気を引き締めてかかれ!」
これに全員が一斉に起立し、やっぱり頬をぱんぱんに膨らませながら胸に拳を当てた敬礼をする。指名された8人は慌ただしく飛び出し、その他は着席してガツガツと朝食を食い尽くしていく。
「イヴ。ローリック村はスカーレン領より遠く日帰りは厳しい。馬車は使わないからズボンに履き替えてきてくれ」
私も頬をぱんぱんに膨らませて、こくこくと頷く。
頑張って咀嚼して、生ぬるいお水で口の中のものを飲み下す。
「すぐ用意します!」
息つく暇もなく、ぱたぱたと部屋へと急いだ。
私の荷物は小さなリュックに詰め込める程度で多くない。
1泊…念を入れて2泊分の着替えと、手作り化粧水。あと、予備の匂い袋を1つだけ。
匂い袋というのは、嗅覚の鋭い獣人が女性特有の臭いを嗅ぎ取ってしまうのを阻止する、女性の必需品になる。帝国に来た早々、マリアから真っ先に持たされたのが匂い袋だった。
匂い袋は、共通してミラという多年草の乾燥根が入っている。
ミラの根は乾燥させると柑橘系の匂いがする。さらに、弱いながらに獣人の嗅覚を鈍らせる作用があるのだとか。
このミラをメインに、個々の好みでハーブを調香するのが獣人女性の嗜みだそうだ。
要は香水の代替品かな。
ちなみに、私の匂い袋はミラとシトラス、レモングラスの爽やかブレンドにしている。
次いで2つ目の荷物。
治療に必要なものを詰め込んだトランクケースは、少し前にジャレッド団長が外へ赴く際に使えと渡してくれたものだ。瓶が割れない配慮として細かな仕切りとクッションが張られていて、とても使い勝手が良い。
そのトランクケースに薬瓶と消毒液、包帯、ガーゼ、ピンセットにハサミを詰め込んだ。
持って行く薬は傷薬と解熱剤になる。
それらの荷物は、アーロンの愛馬、鹿毛のノトスに括り付けられている。
ジャレッド団長の愛馬のヴェンティは、いくら大きくても私が相乗りするので荷物は括り付けることができないのだ。なので、アーロンとイアンの愛馬に、私とジャレッド団長の荷物が括り付けられることになった。
そして、服装だ。
私の格好は森に入る時と同じ、麻のズボンと長袖のシャツ。対してジャレッド団長たちは、魔物素材のベスト状の胸当てを着用している。
鋼鉄製の鎧のように重くも暑くもなく、動きを妨げることもない革鎧は、鋼鉄製に負けず劣らずの頑丈さなのだとか。
ただ、全身を覆う鋼鉄製の鎧に比べ、革鎧は守られる個所が限定されている。
それでも魔法を使わない獣人は、機動力重視なので胸が守られれば問題ないそうだ。必要であれば、腕や足などに部分的にベルトで固定する鎧もあるとのこと。
今回は胸当てのみになる。
それに合わせて隊服も変わる。
詰襟のシャツに、一切の飾りを省いたシンプルな黒いベスト。その上からベスト状の胸当てなので、通気性と汗疹を心配してしまう。
まぁ、口が裂けても「汗疹、大丈夫ですか?」とは訊けないけど…。
薬師を目指す者として気にしつつ、騎士の矜持を守るために口を噤む。
鋼鉄製の鎧よりはマシなはずだ。
たぶん、私の背中に当たるごつごつした胸当ても、鋼鉄製の鎧よりはマシなのだろう。
「第1と第3がだいぶ散開しているな」
ジャレッド団長の声に、頭を上げて周囲を見渡す。
今、私たちが砂埃を立てて激走するのはカミール領へ連なる街道だ。
街道の両側は広大な麦畑が広がり、農夫たちの集落が点在する。通常、街道には驢馬に荷車を牽かせる農夫や、商人を乗せた箱馬車、領民を乗せた幌馬車が走る。
なのに、今日は馬車の姿はない。
騎士たちが周囲を警戒し、公爵家が雇った冒険者たちが農夫たちの作業を見守っている。
魔物が増えたからと言って、農作業の手を止めるわけにはいかないのだ。
第3騎士団が森に沿って警戒し、第1騎士団が街道や近隣の集落を見回っている。冒険者ギルドとも連携を密にして隙を埋めている状況だ。
グレートウルフが出たので猶更だ。
出がけに、ジャレッド団長とキース副団長との話し声が聞こえた。
途切れ途切れに聞こえてきた言葉を繋いで推測するに、クロムウェル領の両隣、同じく”魔女の森”に接するビエルケ領とキャシディ領から抜け出た可能性もあると聞こえた。それを2つの領主に告げるのは侮辱となり兼ねないので、どちらかが申告してこなければ目を瞑るしかない。
あとは川や用水路が怪しいという。
「イヴ、大丈夫か?」
ぎゅ、と私を抱き込む腕に力を込めながら、ジャレッド団長が気遣いを見せた。
気絶や股ずれに泣いた身としては、この気遣いが嬉しい。そして、なにより嬉しいのが、私用の鞍に柔らかな羽毛を詰め込んだクッションを括り付けてくれたことだ。これによって、痛みは軽減されている。
「まだ平気、です!」
舌を噛まないように叫べば、「分かった」と少し笑みを含んだ声が返る。
以前の私なら、草むらに駆け込んで朝食を戻していたに違いない。なのに、まだ耐えられるのだから成長したものだ。
「ジャレッド団長!前方に怪我人のようです!」
そう叫んだのは、先頭を駆けるイアンだ。
少し速度を落とし、並走しながらも先を指さす。
馬車が2台だ。
うち1台が道を逸れて麦畑の中で止まっている。
脱輪して転がった車輪と、傾いだ荷車を引き摺るようにして道を逸れているのを見るに、かなりの速度が出ていたのだろう。
興奮状態の馬を宥めているのは年嵩の男性で、荷車には年齢もまちまちの男性が複数人集まっている。近づくと、私の耳にも「ここまで医者を呼ぼう!」「くそ!領都までまだ距離があるのに!」と聞こえくる。
半分は冒険者っぽいけど、もう半分は一般人っぽい服装だ。
その内の1人が、こちらに気づき、「騎士様!助けて下さい!」と手を振っている。
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彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
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