幽世の理

衣更月

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泰心和尚

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「…かっ!」
 あんぐりと口を開けて、望海が硬直している。
 視線の先に何があるのかと目を向け、納得した。
 僕たちがいるのは、山峡やまかいを通る県道の脇に作られた休憩所だ。休憩所と言っても、SAサービスエリアとは違う。細長い駐車場には、車が8台ほど止められるスペースがある。今は僕たちの車しか止まっていない。
 古い公衆トイレに、赤い自動販売機が1台。
 飲食店や売店はない。
 高さ1メートルほどの柵を越え、ごろごろと大岩の転がる川を挟んだ対岸には、山肌に沿ってはぜの木や小楢こならけやきが赤く色づき始めている。見頃は来週辺りになるのだろう。
 だが、望海が見ているのは、紅葉でも、朝日を浴びて煌めく川の流れでもない。
 川の深みだ。
 手前は膝下ほどの水深だが、対岸を見れば色が変わるほどの深みになる。その深みの部分で、暗い影が縦横無尽に泳いでいるのだ。
 大きさは園児くらいだ。形こそ人間に近いが、1分経とうが、2分経とうが、それが息継ぎに浮上する気配はない。
「カ、カッパ…ですよね?」
 望海が僕を見上げ、頬を紅潮させた。
 何を興奮することがあるのかは分からないが、「そうだ」と頷く。
 望海が震えあがった。恐怖ではなく、興奮で震えたのだ。
「メジャー中のメジャーですよ!すごい!」
 その叫びに驚いたのか、河童は慌てたように水底に隠れてしまった。
「あ」と、両手で口を覆っても遅い。隠れた河童が出て来るには1時間ほど待たなければならない。つまり、呼吸だ。
 河童というのは、意外と警戒心が強い妖怪だ。
 子供と相撲をとったり、好物の胡瓜を盗んだりと、些かユーモアたっぷりに人間は河童像を作り上げるが、創作もいいところだ。警戒心の強い河童が人間の前に姿を見せるのは稀有だし、胡瓜よりも鮎の方が好物だ。尻子玉も取ったりしない。そもそも人間に尻子玉なんて臓器は存在しない。
 全てが作り話かと言えば、そうでもない。
 縄張りを侵すモノは、妖怪だろうが人間だろうが容赦しない。水中に引き込み、溺死させる。
 それを理解しているのか、いないのか。
 望海は僕の腕を掴み、必死に背伸びしながら河童の影を探している。
「どうかした?」
 声に振り向けば、新がのんびりとした歩調で公衆トイレから出て来た。
 ハンカチで手を拭き、望海のハイテンションに疑問を抱きながら周囲を見渡している。
「メジャー中のメジャーが来たぞ」
 そう言えば、新は首を傾げ、望海は微妙な顔をした。
「え?なに?」
「河童がいたんだ。メジャー中のメジャーだと興奮してたからな。お前の方がメジャーだろ?」
 僕の言葉に、新は眉尻をめいっぱい下げた。
「ああ…。ごめんね。イメージが違うメジャーで」
「そんなことないです!鬼頭さんも立派なメジャーです。角があるなんてイメージ通りです。ただ…アフロヘアで、虎柄パンツを履いて、金棒持ったら完璧だったんですけど…」
 商店街にでもいそうな、安っぽい鬼のイメージだ。
 そもそも鬼はアフロヘアではない。剛毛で天パなだけだ。
 新も困惑している。
「来年の節分かハロウィンにでも、新に鬼のコスプレしてもらうか」
 僕の冗談に、新が顔を顰めた。
「そう怒るな」
 からからと笑っても、新は臍を曲げた顔つきのままだ。
 ズボンのポケットにハンカチを仕舞い、僕から望海に向き直る。
「一応、注意。河童は怖いから、河童のいる川に近寄るのはダメだからね」
「そうなんですか?」
「まぁ、今は大丈夫だけど」
 新は言って、僕を見る。
「惟親くんがいるから下手は打たないだろうけど、河童は縄張り意識が強いんだ。怒らせると、川に引っ張り込まれるよ。警告の意味だと、すぐに手を離してくれるけど、そうじゃないと溺死するまで引っ張り続けられる」
 ぞっとしたのだろう。
 望海の手に力が籠った。
「おい。爪を立てるな。ジャケットが傷むだろ」
 苦言を呈せば力は緩めるが、手は離れない。
 僕から触れるのはセクハラで、自分から僕に触れるのはOKらしい。
 薄々勘づいていたが、望海は近くにいる者に抱きつく癖がある。家では紗だが、外では新が多い。ただ、危険なモノの近くだと僕にしがみ付く。
 僕の呆れ顔など気づいてないのだろう。望海は川へと目を向けながら、「カッパって、寒くないんですか?」と緩い質問をした。
「河童は皮膚が分厚いんだよ。変温動物なのに寒さに強い大山椒魚 オオサンショウウオみたいな感じだね。寒さに強いと言っても、雪深い地にはいないけど」
「へぇ~」と、望海は新の説明に関心する。
「妖怪が見えるのに、今まで見たことはなかったのかい?」
「名前も分からない小さいのばかりで、カッパとか、そういうのは昔話の中だけだって思ってたんです」
 望海は興奮に目を輝かせる。
「人魚とかもいるんですか?」
「いるな」
「炙ると美味しいよ」
 酒を飲む仕草をする僕と新に、望海の顔は青くなる。
 口を半開きに僕たちを見上げ、わなわなと震えながら、「あ…ぶる?」と声を絞り出す。
「幽世で手に入る。干物で売ってるんだ。言っとくが、お前のイメージする人魚とは違うぞ」
「望海ちゃんのイメージは、人魚というよりマーメイドだろうね」
「美人でセクシーな方か。僕たちの言う人魚は、人面魚みたいなやつだな。人面というか、猿面というか。それに鯉のような体がくっついている。漁師を惑わす歌を歌う変わりに、ガラスに爪を立てたような悲鳴を上げる」
「帰りは海岸沿いをドライブしようか?運が良ければ見つかるかも」
 笑い話のように話す僕とは違い、新は純粋な好意なのだろう。げんなりした望海に気付いた様子もなく、帰りのルートを頭の中で整理している。
 シャツとズボンのポケットを叩き、「車に置きっぱなしだ」と呟いた。
「スマホで確認してみるよ」
 新は言って、黒いワンボックスカーへと歩んで行く。
 昨日借りて来た”わ”ナンバーだ。
「ところで、今は何休憩なんですか?」
「待ち合わせ中だ」
 軽く肩を竦め、ジャケットのポケットからスマホを取り出す。
 約束の時間から30分近く経過している。
 嘆息して、ジャケットにスマホを戻す。
「ほら、河童がいるぞ」
 緩やかにカーブした上流を指さす。
 巨大な岩の影で、河童が小魚を貪っている。全体像を見れば、子供というよりも巨大な蛙だ。緑というより深緑。頭が大山椒魚、体が蛙。頭部に藻のような毛が生え、頭頂部には皿と呼ばれる頭頂骨がむき出しになっている。ここからでは見えないが、背中にはすっぽんの柔らかそうな甲羅が付いているはずだ。
 さぞかし喜んでいるかと思った望海は、想像していた河童と違ったのだろう。丸々と目を瞠り、慄いた様子で僕の腕にしがみ付いた。
「人間は妖怪をファンタジーに描きすぎる。河童なんてものは、あんなもんだ。セクシーな河童はいないし、コミカルでマスコット的な河童もいない。人間こそ喰わないが、平和的でもない。うちの連中は、人間社会に溶け込んでいる稀有なタイプだからな。うちのを標準に考えると手痛い目に遭うぞ。妖怪は基本、僕とお前が出会う切っ掛けになったアレに近いことを忘れるな」
 望海は青い顔で河童を凝視しながら、深々と頷いた。
「もっと…可愛いかと思ってました…」
「幻想を抱くな。危険を見極められなければ死ぬぞ、人間」
「…………はい」
 しょんぼりと頷いた望海の返事は、ぽんこつのエンジン音にかき消された。
 ゆっくりと振り向けば、赤いスクーターに中肉中背の坊主が駐車場に入って来るところだった。黒い衣に、茶色の袈裟。頭がデカいせいで、ヘルメットが少し浮いているようにも見える。
 見た目は60前後くらいか。
 貧相な口髭に、右の頬に大きな黒子。眠そうな半目ながら、目玉がぎょろりとデカい。
 ト、ト、ト、とスクーターが心許ないエンジン音を立て、ぷすり、と止まった。
「ああ…またエンストだ」
 へらりと笑いを含んで、坊主がスクーターを下りた。
 のろのろとスクーターを押し、僕を見つけるや否や「朝から女連れとは景気が良い!」と、望海の胸をガン見する。
 そのニヤケ面は、女が生理的嫌悪感を抱く種類のものだ。
 実際、望海は毛を逆立てた猫のように跳ね上がると、僕の背中に隠れてしまった。
「エロ坊主。遅刻だ」
 僕が歯噛みして言えば、エロ坊主こと泰心たいしんは「弁解の余地なし」と豪快に笑う。
「あの…大神さんの知り合いですか?」
 ひょっこりと顔を出す望海に、僕は頷く。
「あの生臭坊主は泰心。待ち合わせしていた奴だ」
「若さんは相変わらず、モテモテで羨ましい」
 泰心は適当にスクーターを止めると、草履の底を擦るように歩いて来る。
 じっと望海を見据える双眸は、エロ坊主とは思えぬほど冷厳としている。品定めしているのだろう。特に望海の目は、今の世では珍しい部類だ。
 泰心は「なるほど、なるほど」としきりに頷き、僕たちの前で足を止めた。
「襤褸寺で細々と和尚をしている泰心と申す。娘御」
「初めまして…日向望海です」
 僕の背中から怖ず怖ずと出て来て、ペコリと頭を下げる。
 胸はデカくとも、丸顔の童顔。化粧を施せば化ける顔も、最小限の白粉と紅しか引いていない。丸襟のセーターにジーンズという色気のない格好も、泰心の趣味には合わないらしい。
 少しテンションを下げた顔つきで、「よろしく頼む」と頷く。
「しかし、若さんの連れが娘御1人とは寂しい限り。儂が若さんの顔をしてたらハーレムを作って遊び倒すがな」
 左手をグーに握り、そこに人差し指をずぼずぼと抜き差しする。
 相変わらず下品で、女好きの塊だ。
 望海がドン引いているのが分かる。僕のジャケットをぎゅっと握りしめ、「キモい…」と呟いている。
 そんな悪態が聞こえても、泰心は気にも留めない。
「まぁ、遅刻して来たのも頑張り過ぎて寝過ごしたからだ。金玉の中はカラカラだが、赤玉は出ておらんから心配無用だ」
 がはははっ、と大口を開けて笑いながら、人差し指をずぼずぼと抜き差しするのを止めない。
 つまり、一晩中女とまぐわっての寝坊だ。
 こんな見てくれなのに、女に事欠かないのは、泰心の異能が”催眠”だからだ。要は女を騙し、楽しんでいる。
「こいつは人間の坊さんぽい見てくれだが、天狗だ」
 僕が言えば、望海は丸々と目を見開いた。
「て、天狗って…山伏の格好じゃないんですか?」
 怖々とした望海の問いに、泰心は笑う。
「あんなの、現代じゃ目立って仕方なかろう。こっちの方が何かと都合が良い」
「翼もないし…鼻も違います」
「だから妖怪に幻想を抱くな。全ての天狗が空を飛ぶわけじゃない。泰心のような天狗は、ジャンプ力が凄いんだ。昔は鼻の長い赤い面をして、神体山しんたいさんに住み着いていたからな。それを見た人間が、天狗のイメージを定着させたんだろ」
「しんたい…さん?」
「娘御。神体山というのは、要は神奈備かむなび…神のいる山という意味だな。もしくは山岳信仰の篤い山のことを、神体山という。若さんを繋ぎとめるなら、体だけじゃ駄目だ。勉強もせんとな」
 どうあっても下ネタに絡めたいらしい。
 うんざりとため息を吐くと、「泰心さん!」と人懐っこい声が飛んで来る。新だ。
「久しぶりだね」
「おお、新!相変わらず、鬼の威厳が欠片もないな」
 がはははっ、と笑う泰心に、新はキャスケット越しに頭を掻く。それから僕の後ろの望海を見て、嘆息した。
「セクハラは駄目だよ?」
「いやいや。若さんの女に手を出すほど、命知らずでも女日照りでもない。少子化の歯止めになればと思うて、日夜励んでいるほどだ」
「そういうところだよ…」
 新が困惑気味に眉根を寄せる。
「だが、真面目な話、少子化は人間に限った話じゃない。儂らも問題になっとるよ。鬼と違って老化が早い。まぁ、人間から見たら不老不死に見えるのだろうが。老いというのは死と繋がっておる。子を為さねば一族が滅ぶ。だからといって、色気のない女天狗と励もうにもアレが萎えて勃たん。ならばと人間をたらし込んで励めば、なぜか流れる確率の方が高い。避妊薬なるものもある。孕んだかと思えば、今の世は病院で中絶だ。だから、数を打つのが儂の手法だ」
「お前のようなのを、人間は種馬というんだ」
「種馬、結構!」
 豪快に笑い、くるりと踵を返す。
 スクーターに戻り、フットレストに無造作に置いた紙袋を持って戻って来た。
 辛うじて、有名デパートのロゴが確認できるほどのボロボロの紙袋だ。
「ほれ」と、新に紙袋を手渡す。
 新は紙袋の中を覗き込み、漆塗りの木箱を取り出した。
 形は文箱だが、大きさが違う。麻紐を解き、蓋を開けると、裏側に札が貼られている。
「若さんの依頼通りのサイズだ。ただ、神の加護を受けた物を封じるとなると、厳しいぞ」
「1日くらいは持つんだろ?」
「莫迦にするな。50年は持つ」
 泰心は嘯きながら胸を張る。
「十分すぎる」
「まぁ、若さんに対しては杞憂だがな」
 これまた笑う泰心に、僕は苦笑する。
 新は箱の蓋を閉じ、麻紐を結び、再び紙袋の中に戻した。
「それから、頼まれていたお守りだ」
 泰心が懐から取り出したのは、小さな巾着だ。
 ジュエリーポーチと言うのだろうか。指輪が納まるていどの、白いサテン地の袋だ。「ほれ」と、渡されるがままに受け取り、巾着の口を開くと、中にビー玉サイズの黒曜石が入っている。その黒曜石の表面に、荒いながらに確りとした梵字が1文字刻まれる。
 泰心が彫刻刀で刻んだのだろうが、意味は分からない。
「想像していたものより洋風だな」
「神社仏閣で売られているようなものと思うたかな?」
 確かに、お飾りのお守りを貰っても困る。
「黒曜石は魔除けだったか?」
「その通り」
「この梵字の意味は?」
降三世明王ごうざんぜみょうおうだ。真言は”オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウンパッタ”と唱える。悪霊や怨敵を降伏させ、呪詛を返す。だが、重要なのはが念を込めたということだ」
 にんまり、と目を弓なりに撓らせる。
 なんとも恩着せがましい下衆な笑みだ。
「ああ、感謝しているよ」
 肩を竦め、望海に振り返る。
「お前はこれを肌身離さず持っていろ」
 望海に巾着を手渡せば、望海はしげしげと巾着を観察し始めた。サテンに指を這わせ、黒曜石を覗き込み、巾着を太陽に翳して御利益を探そうとしている。
「手間をかけさせたな」
「なんの。若さんが人間の女子おなごを連れ歩くだけでも珍しいのに、その女子の目が更に珍しい。実に面白いものを見させてもらった」
 まるで珍獣扱いだ。
 嘆息して、ズボンのポケットから茶封筒を取り出すと、泰心に手渡す。
 泰心は恭しく茶封筒を受け取りながらも、速攻で封を開いた。
 札束を取り出し、親指を舐めると「ひい、ふう、みい、よお…」と数え始める。一見、破天荒でありながら、金勘定に五月蠅いところは、実に天狗らしい。
「確かに」
 ほくほくの笑顔で、泰心は茶封筒を懐に仕舞う。
「それでは、儂は退散するとしよう」
 妖怪には珍しく、腕時計を確認する。
 時間を気にする妖怪は滅多にいないが、泰心は常に時間に追われている。何しろ、趣味の競馬、競輪、競艇が時間との勝負なのだ。
「今日は競輪か?」
「はははっ…若さんは予知も出来ると。これは参った参った」
 禿頭を叩きながら、泰心はスクーターへと戻って行く。
 些かサイズの小さなヘルメットを被り、スクーターに跨ると、何度かメーターを殴る。それから念仏を唱え、キーを回した。
 1回目は不発。2回目でかかったエンジン音は、昭和の頃のように騒々しい。黒々とした排気ガスが出ないだけでもマシなのだろう。泰心はクラクションを2度鳴らし、颯爽とは言えない走りで去って行った。
 泰心が去ると、ようやく望海が僕の背中から出て来る。
「あれが…天狗なんですか?もっとクールでスマートなイメージでした…」
「種が天狗というだけだ。天狗には2種類いて、1つが泰心のような天狗だな。お前が想像するような山伏みたいな修行僧が、人間を捨てた成れの果てだ」
「それじゃあ…あの人、人間だったんですか?」
「そうだ」と頷く。
「修行してた人なんて信じられない…」
 なんとも苦々しい顔だ。
「もう1種類はどんな天狗なんですか?」
「見てくれはからすだよ。鳥のね」
 新が空を指さして言う。
「区別するために、私たちは鴉、天狗と言い分けてる。天狗は元人間だから、誰の目にも触れるけど、鴉はそうじゃない」
「私は見えるけど、殆どの人が見えない?」
 望海が木々で囀る小鳥に目を向けると、新は「そう」と頷く。
「そして、鴉は人間の言葉を介し、知能も高く、狡賢い。ただ、寿命が2、300年と短いんだよ」
「鬼と違って老化が早いって言ってましたね」
 一応、泰心の無駄話を聞いていたらしい。
 仏頂面で身震いしながらも、「私たちに比べたら長生きです」と眉宇を顰める。
「短命なのは鴉の方。天狗はもう少し長生きするよ。私が知る最高齢の天狗は700歳近かったね。泰心さんは、400歳くらいかな?あと2、300年くらいは元気そうだよね」
「女から変な病気を貰わなければ、あいつはもっと行くだろ。飲む、打つ、買うを地で行く奴だからな。ストレスがなさそうだ。お前が近寄ると食われるぞ」
 望海を見下ろすと、苦虫を100匹ほど噛みしめた顔をしている。
「止めて下さい。妖怪って、セクハラばっかりなんですか?」
 と、なぜか僕を睨んで来る。
「ほんと、気持ち悪い。大金積まれても無理です」
「金なんて使わないんだよ、あのエロ坊主」
「そうそう。異能を使うんだよ。人間は神通力と言い換えたりもするね。特に泰心さんは暗示、催眠系が得意でね。私たちには効かないけど、小物の妖怪だったり、人間はころりとかかるんだ。気づいたら孕んでるなんてこともあるよ。だから、望海ちゃんには危ないかな」
 暢気に説明する新とは違い、望海の顔は蒼白だ。
 ぶるり、と身震いして、怖々と泰心の去った方角を見つめている。
「もう会いたくないです…」
「飲む、打つ、買うの悪癖さえなければ、泰心さんは天狗の長になれたんだけどね」
 新の言葉に、望海はぎょっと目を瞠って硬直した。
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