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祝福者の傷

歪みと暴力性

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 気が付けば俺はベッドの上にいた。
 まぁ、医療室でも、客間でもない、王子様部屋のベッドの上だったが。
 意識がぼんやりしてる、何か喋ってるのが分かるが頭に入ってこない。


 もう殺してくれよ、俺は「魔の子」なんだろ?
 生きてるのが辛いんだよ、苦しいんだよ、悲しいんだよ。
 今更「祝福の子」なんて呼び方されても救われねぇよ。
 もう苦しいんだよ、俺は俺のことすらままならないんだよ、誰か、助けてくれよ、殺してくれよ、楽にしてくれよ。
 なぁ、神様、どうして俺みたいな存在を作ったんだよ、俺みたいな奴を他と「違う」ってしたんだよ。
 俺は「普通」が良かった、俺は「普通」の存在で産まれたかった。
 王子とか、王女とかになりたかったわけじゃない、俺は「普通」の存在に産まれたかった――

 酷く悲しい、死んでしまいたい位悲しくて辛いのに、俺の目からは涙も流れてくれない。
 表情も変わってないような気がする。
 ああ、大声で泣き叫んで、喚いて、発狂できたら、楽なのに、それができないのが辛い。
 壊れるなら、完全に壊れればいいのに、治るなら全部治って吐き出せればいいのに。
 どっちもつかずな今の状態が苦しくてたまらない。


 ぐるぐると、行き場のない感情を抱えながら、俺はそのまま意識を手放した。


 真っ暗だ、何も見えない。
『創造神でありながら全能ではないというのは、歯がゆいな』
 うるせぇ、俺はもう起きたくない、死にたい。
『そう言うな、お前に死なれると私は悲しい』
 そんなん知るか。
『家族が悲しむとか、もう思わないのか?』
 全く、なんでだろうな、なんで俺の事殺してくれなかったの、としか今は思えない。
『――私はな、この世界を憂いて何度も「我が子」を送ったのだよ、だが皆その子らを殺してしまった赤子の内に、其方だけなのだ、今生きているのは』
 おい待て、俺はアンタの子だっていうのか?
『お前は――確かにあの「二人」の子であることは変わりない、が同時にお前は私の「子」でもある。その証が――お前が他と異なり両方の性を持っている証拠だ』
 いらねぇ、お前がなんかしなきゃ俺はこんな苦しい思いをせずに済んだんだ。
『ああ、確かに。お前にその証を与えなければ、あの愚王は調子に乗ってより愚かしいことをしでかし民を苦しめ、お前の母親を自死に追い込み、咎めた実子を幽閉する未来があった』
 なんで、そんな未来が見えてるのに、俺のこの状況は予測できないんだよ。
『――私が「我が子」を遣わした時分かるのはほんの少しになる、代償として、そして「我が子」がどうなるかは、あまり分からない、周囲から判断して言うことしかできない。分かったのは、王子――リアンにはお前でなければならぬことと、お前が居なくなったら愚王がお前の家族を殺そうとすること位だ』
 本当、肝心な時に役に立たねぇ奴だ。
『それは自覚している』
 なぁ、神様なら終わりにしてくれよ、それかいっそ俺を人形みたくしてくれないか?
『――どちらもできぬ』
 ああ、そう、ひでぇ奴、俺の事「我が子」とか言っときながら、願いも叶えてくれねぇんだもん。
『だからできん、我が子だから、できんのだ』
 ああ、そう。
『お前を産みし母も育てし父も、お前が殺してくれと言ってもできんのと一緒だ』
 ああ……たしかに、今会ったら、いいそうだ、そして怒られるだろうな、なんでとかいわれるだろうな、でも俺はそれでも何も動かないんだろうな。
『――とりあえず、お前が寝ている間にお前の心の件は伝えて置いた、どのような状況かもな』
 ああ、そうなの。
『お前は、お前が思っている以上に酷く「歪」になっているのだ。産まれて以来ずっと貯め込んで、隠して、壊して、見ないフリをせざる得なかった故の「歪」、私が治癒の印を与えたがそう良くなるものでもない、こればかりは時間がかかる』
 あーあ、死んで楽になりてぇ。
『そう言うな、お前には死んでほしくない、もしお前が死んでしまったら――』

『私が耐えかねてこの世界を滅ぼしかねない』

 ああ、そう。
 ああ――うん、確かに、壊れてるな、俺。
 母さん達の事すら、もう考えれてない。
『世界も大事だが、お前が自死する世界など耐えられぬ。私はこれ以上世界を悪くしたくはない、ほとんどの者が私の言葉をはき違えて、身勝手にとらえ、好き勝手に生きているのは知っているが――僅かな私の言葉を理解し、従い生きている今お前のいる国の者と、お前の存在だけが私の救いなのだ』
 身勝手だな本当。
『確かに、だからこそ、お前には生きて欲しい、お前の「歪」が癒されるか、それか誰かがお前の「歪」を受け入れ寄り添うのか、私には分からぬ、ただお前には報われて欲しい、今までずっと、己を殺して生きてきたお前に――』
 声が聞こえなくなった。


 目を覚ますと、王子様の部屋。
 体を起こして自分の状態を見る、傷は一つも残っていなかった。
 王子様が隅にいる、じっとこちらを見ている。
 食事は――テーブルの上に乗っかったまま。
 視線を向ければ侍女さんがいる。
 紫の長い髪、黄色い目、褐色色の肌――ああ、そうだ俺に付きっ切りで世話していた――
「マイラ?」
 俺が名前を呼ぶを彼女はこちらを見て頭を下げた。
「ニュクス様、お目覚めで何よりです。そして名前を憶えていてくださり、嬉しく思います。――今後、私がリアン様とニュクス様の御世話のお手伝いをさせていただきます」
「……王子様、王様とその――アルゴス以外だと、王子様、ダメな……はずだったような?」
 ふと思い出して尋ねる。
「――私がお伝えできる範囲ですが、お話し致します」
 侍女さん――マイラはそう言って話し始めた。

 内容はこうだ、王子様が部屋から出ようとしたのを感知して王様が気づいて部屋に来たら俺が剃刀もって血だらけで壁に寄りかかって動かなくなってた。
 その時、まぁ王様は姿が分からない存在――まぁ、あいつがやってきて、王子様を見てるから医療者を連れてこいと言ったからそれに従った。
 それは王子様に、なにかを話したそうだが、何を話したかは分からないそうだ。
 医療者に俺を治療させている時、俺は一回目を開けたが、すぐにまた目を閉じた。
 治療とか傷とか全部治して終わると、そいつは王様に俺の状態の事を話したらしい。
 で、アルゴスでは駄目だということで、俺に付きっ切りで世話をしてたマイラが、王様が来れない時に部屋に来るという事になった。
 王子様は――我慢するそうだ。
 マイラはギリギリ我慢できるらしい――驚いたことに、マイラはアルゴスの実の姉だという、似てない。
 だから、俺の止める役とかそう言うことも踏まえて色々やることになったそうだ。
 ずっとは居れない、王様とアルゴスと違うから、王子様に負担がかかりすぎるから。

「……ああ、無理だ。頼むからマイラ、王子様の方どうにかしてくれ、俺は王子様に近づくのが辛い」
 眠っている間に、ぶっ壊れた感情たちに何かあったのか、俺はそう言うことができた。
「――リアン様が疎ましいですか?」

 答えづらい事を聞いてくる。

「……疎ましい、腹立たしい、イラつく……俺に何を求めてるんだよ、俺は何もできねぇんだよ、いらない存在なんだよ俺は」

 羨ましい、愛されて、恵まれて、望まれて、今だって皆に大切にされてるコイツが疎ましい、憎たらしい。

「何が『祝福の子』だよ、俺は実の父親に『我が子じゃない、魔の子だ』って殺されそうだったんだぞ。ロクな人生じゃねぇよ。その上こんな状態なのに王子様の世話しろってか? 無茶言うなよ。ああ、マイラ殺してくれよ、俺はもう生きていたくない」
「ニュクス様」
 マイラが俺の手を掴んできた。
「貴方様は我慢しすぎたのです、多くの欲を感情を、願いを、全てに蓋をしすぎて、それの重さに誰も気づかず、貴方に知らぬまに苦しみを与えていた。そんな貴方様に確かにリアン様の御世話をしろと言うのは酷なのは分かっております」
「……だったら……」
「――だから、リアン様にぶつけず、私にその感情をぶつけてください。私は貴方の怒りも悲しみも、憎しみも全て受け止めます、だからどうか――」

「貴方様を愛している、リアン様を見てあげてください」

 なんだよ、それと思った。
 愛とかもう、鬱陶しくてたまらないんだ。
 ああ、ダメだ、あんなに恋しかったはずの家族に、母さん達が鬱陶しくてたまらなく感じる、酷く苦しい。

 ガリガリと自分の腕に爪を立てると、マイラは見ているだけだった。
 腕がぼろぼろになるまで爪で引っかいて、少しだけ落ち着いたら、それを待っていたかのようにマイラは腕の手当てをした。
 治癒魔法とか使わず、俺の腕は包帯で覆われた。
 それに少し安心した。
 多分、治癒魔法で綺麗にされたら、俺はもう一度体を傷だらけになるまで引っかき続けただろうから。
 マイラは何も言わず俺を暫く抱きしめてから、一度部屋を出て行った。

 多分、王子様が我慢できる時間ギリギリまで粘って、そして王子様が落ち着いたらまた来る、そんな感じだろう。

 俺はじろりと王子様を見る。
 相変わらず、嫌な感情が沸き上がるのを堪えて、手つかずの食事が置いてあるテーブルに近づいて、椅子に座り、切られて時間が経ってるのに何故か乾燥してない瑞々しいままの果実を手に取る。
「リアン、来い。飯だ」
 俺がそう言うと、王子様は近づいてきた、四つん這いで。
 それに苛立つが、何とか言葉を選んだ。
「……ちゃんと歩け、四つん這いじゃなきゃ歩けないわけじゃないだろう」
 王子様は大人しく言う事を聞いて立って、ゆっくりと近づいてきた。
 ぺたりと座り込む。
「……悪いがいままでみたいな食事はさせれない、毒は入ってない、だから食え」
 王子様の口に果実を近づける。
 王子様は少し怯えた表情をして考え込んでいるようだった。
 その様子にも酷く苛立った、だが堪えた。
 王子様は漸く果実を口にした。

 吐き出すことなく、王子様は果実を食べた。

 俺はその様子を見て安堵した、もし吐き出してたりしてたら我慢できなかった可能性があるからだ。

 今までは自分の命とかを狙ってくる連中に向けていた暴力性――暴力的な感情、行動。
 分かってしまった、それを向けたいのは自分に危害を加える連中だけじゃない、全てに対してそれを向けたいのだ。
 何かきっかけがあれば、今の自分はその暴力性を、悪意がない相手にだって容赦なく向けるだろう。
 俺はガリっと包帯越しに腕を引っかく。

 体は普通じゃないが頭はまだ普通かわりとマシな方だと思ってた、でも違った。
 頭の中――心の方が歪だった、おぞましいものだった。


 正義と言う大義名分に狂っている実父。
 その大義名分の所為で知らぬ間に歪んで壊れて、抑圧して、おかしくなった俺。

 ああ、あの男を殺せれば、少しは楽になるだろうか?
 ふと、そんな歪んだ考えが浮かんだ。


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