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Q12話 友達の知らない顔
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ホワイトボードに合戦を再現した映像が投影されている。
武器の変遷を語っている先生はいつになく饒舌だった。
僕は携帯に手をかけた。机の下で携帯をいじり、ブラウザを開く。
中宮が飲んでいた薬の名前を思い起こそうとする。うろ覚えで入力していく。
ミネルヴァの回答はわずか数秒。ずらりと候補が挙がる。
多すぎる。これじゃわかんねえ。
他に絞り込めるか?
病院名なんだっけか。……覚えてねえ。
何か手がかりはなかったか。
僕は頭の中を探し回る。
そういえば、保健の先生が言っていた。
中宮は普通の貧血で倒れたわけじゃない……。
ミネルヴァに再質問を試みる。
中宮が倒れた原因として、考えられる病気は?
※詳細
貧血で倒れた。
クペルアセトリンを服用。
それでも候補がけっこうある。ひとつずつ見ていくと、気になる病名があった。
シュワッハマン・ダイアモンド症候群。
聞いたことない。どうやら珍しい病気らしい。
ミネルヴァの解説を読んでいく。
食べ物を消化して栄養を吸収する機能障害。これにより身体的特徴として、低身長が挙げられる。
更に、貧血、風邪を引きやすいなどの症状がある。膵臓、骨髄、骨などに症状が出やすい遺伝性疾患。日本では対症療法のみで、根本的治療が行われたケースはイギリスで6件のみ。
あくまでミネルヴァが導き出した推論だが、中宮の身体的特徴と症状がシュワッハマン・ダイアモンド症候群に見られる特徴と一致している。中宮の抱えている病気がここまで重く、難しい病気だとは思わなかった。
「はい!」
僕は先生の大きい声に体をビクっとさせた。さすがにそろそろバレると思い、携帯をポケットにしまった。
Z
次の日、中宮が学校に来た。数人のクラスメイトから心配されている。マスクをしており、たまに咳をしている。本調子ではないようだが、大丈夫だろうか?
授業中も中宮が気になって仕方がなかった。きっと、あんな病名を見てしまったからだろう。まだそうと決まったわけじゃないのに、中宮がまた倒れてしまうんじゃないかと心配だった。
授業に身が入らないまま放課後を迎えた。今日は勉強会ではなかったが、中宮と一緒に帰ろうと思っていた。クラスメイトと話したり、帰りの準備をしている間に中宮は教室からいなくなっていた。
チャットで連絡を入れるも、返事はない。屋内プールにも行ってみたが、中宮の姿はなかった。図書室にも、保健室にも姿はなかった。他に当てはなかった。仕方なく、僕はひとりで帰ることにした。
気分を変えて、今日は違う道を選んだ。
明るい帰り道を歩くのも日常の光景になりつつあった。真新しい学生帽を被る小学生とすれ違う。歩いていると、体がじんわりと熱くなってくる。
そういえば、ゴールデンウィークの話できてなかったな。誰に相談したらいいだろう。やっぱ奏絵か。
どこへ行くかは相談しながら決めたらいい。中宮のこともあるから、ゴールデンウィークの中で流動的に日程変更できるようにして、体力使うアクティビティレジャーはやらないように……。
いろいろ考え巡らせていると、歩道沿いのコンビニから出てきた女性に目がいった。小さな身長でありながらだいぶオシャレな格好をしているなと思っていたら、中宮だった。
僕はとっさに物陰に隠れた。僕の頭にはいくつもの疑問が浮かんだ。下校時刻になって、そう時間は経ってない。確か中宮は隣町に住んでいると言っていた。だが、いくらなんでも帰るのが早すぎやしないか?
中宮は駅方向に向かって歩き出した。
僕はだいぶ離れて中宮の後ろをつけることにした。
予想通り、中宮は駅に入り、電車を待っていた。まばらに学生がいる駅で、中宮に見つからないよう電車を待つのは少し後ろめたい気分だった。
電車に乗り、中宮が乗っている車両の隣で様子を窺う。
何をしに行くのだろう……。友達と出かける予定でもあったのだろうか。着替えも用意していたのだろうか。さっき出てきたコンビニで着替えていたのか。
考えていると、中宮が電車を降りた。
中宮は改札を通り、改札外のフロアの白い柱に寄りかかった。僕は遠くから中宮を確認できるところで待機する。
病院に行くわけでもなさそうだ……。もしかして、彼氏?
うちの学校は制服でどこかへ出かけるのは許可されている。わざわざ着替える必要はないはずだ。
15分くらいそうしていただろうか。駅の改札前のフロアで待つ中宮にひとりの男が声をかけた。オシャレな格好をした長身の男だ。ハードスプレーで固めたツンツン髪とピアス、長袖の白シャツとベージュのスキニーパンツの組み合わせ。
何か話しているようだが、遠すぎて会話の内容までは聞き取れない。少し話した後、ふたりは駅を出た。
駅を出ると、大型店舗が軒を連ねる歩行者専用道路や周辺のビル群を歩道橋で繋いだスカイロードなど、発展目覚ましい。大型ディスプレイから飛び出したネットの歌姫が街中の人に向けて、新曲の宣伝をしている。
ふたりは並んで歩いているが、話しているのか、黙ったままなのか、わからない。しかし、近づきすぎてバレてしまうと厄介なことになる。
時折、ショーウィンドウの前で立ち止まるふたりから姿を隠そうと、慌てて店の陰に身を潜めた。ドアのない開け放たれた店もあるため、店員に不審な目を向けられることもあった。遠慮のない視線に耐えられず、なけなしの金を使った。変装用ってことにしよう。ジャケット1860円……手痛い出費だ。
学生服を脱ぎ、シャツの上からジャケットを着る。
ふたりはカフェに入った。僕も遅れて入り、中宮たちが見えて、かつ目立たない隅の席を確保する。
ひとまず適当に注文し、ふたりを観察する。ふたりは席につくと、楽しげに会話をしている。男は話し慣れた様子で、いかにもな優男だ。会話こそ聞こえないが、ふたりの声色は弾んでいた。
僕はテーブルにあったシュガースティックの袋を開け、甘いカプチーノに半分ほど入れた。
中宮は年上が好きなのか……。
確かにカッコいいな。
たぶん、大学生っぽい。
なんで、僕はショックを受けているんだ。
中宮に彼氏がいたこと?
それとも、僕の知らない中宮がいたから?
僕は中宮に何を期待していたんだ?
中宮のこと、なんも知らないくせに……。
スプーンに泡がまとわりつく。何度も混ぜては少し飲むを繰り返した。僕は残りの砂糖をカプチーノに入れた。
甘い。口にへばりつくような甘さだ。
僕は1つ嘆息する。
今更ながら、なんで後をつけたんだと後悔していた。人の後をつけて盗み見るなんて、最低だ。
帰ろうかどうか迷っていると、中宮が男に何かを渡していた。小さな茶色の袋だ。何が入っているのかはわからない。
男へのプレゼントだろうか?
男は早速中身を確認し始めた。男は袋の中身を取り出そうとしており、一部見えた。
あれはレース……?
何かの布らしき物だった。
少なくとも男にプレゼントするような物じゃない気がしたんだが。あの柄や装飾は、どう見ても女性ものだ。淡いライムグリーンのレース。
……これは僕の思い違い。そうあってほしい……。
動揺しているせいでネガティブな思考に陥っているだけ。いくらなんでも中宮がそんなことをするはずがない。
男は携帯を取り出した。中宮も携帯を取り出し、携帯の背面と前面を水平にして、数秒そのまま維持する。その後、ふたりは椅子の背に背中を預ける。男は晴れ晴れした顔をしているのに、中宮は浮かない顔をしている。
男は中宮の様子など気に留めることもなく、席を立った。男は会計を済ませ、店を出てしまった。ひとり残された中宮はひどく悲しい表情をしている。
僕はカップを手に取り、一口つけてテーブルに置いた。
僕は未だ激しい動揺の中にいた。何度甘いカプチーノを口に入れても、荒々しく思考が廻る。どんな会話を交わしていたのか、僕にはわからない。でも、ふたりの一連の行動は単なる彼氏彼女じゃないと思わざるを得ない。
僕の思い過ごしであってほしかった。そう誰かに言ってほしくて、ミネルヴァを起動した。
女子中学生と大学生らしき男が駅で待ち合わせ、最寄りの駅で女の子が男に何かを渡す。両者が携帯をかざし合う行為、その後すぐに男だけが店を出る。これらの情報をもとに、ふたりの関係はどんな関係だと推測できるか?
情報が少ないんだ。仕方がない。兄妹、ゲームチャットの知り合い、ネットコミュニティの知人。ミネルヴァは様々な可能性を挙げていく。
彼氏彼女の可能性――――それならまだ安心できる。しかし、僕が一番懸念していたことも、ミネルヴァは可能性として示した。ご丁寧に確率も出してくれる。僕が一番懸念していた可能性は5パーセントもなかった。
これは喜ぶべきなのか。いや、なんの参考にもならないだろう。情報が少なすぎる中で、確率なんてなんの保証もない。たった5パーセントなんて、なんの気休めにもならなかった。
ふと視線を上げた時だった。店を出ようとした中宮と目が合ってしまった。驚愕した顔が青ざめ、瞬間、中宮は店を飛び出した。僕は反射的に中宮を追いかけようとした。
やばい、会計!
すんでのところで会計の紙を取る。レジに出すと、おつりは要りませんと言って、現金を置いて店を出た。
駆け足で道を行き交う人の間を縫う。信号の向こうに走る中宮の姿があった。人混みに中宮が消えていく。
賑わう街だけあって、すぐに見えなくなってしまった。次々と不安と焦りが入り乱れる。それは嵐のように一瞬で過ぎ去り、道路をなめるタイヤの音が鼓膜を揺らす。
後に残るのは吹き飛ばされてきた残骸。これを片づける気力も余裕もない。冷たい雨がポツポツと降ってくる。雨粒が鼻筋の横をなぞりながら鼻先に伝う。
信号は変わっていた。一斉に人の群れが横断する。誰もが歩き出す中、僕は立ち尽くす。
雨が僕の顔に斑点をつける。僕の見るすべてがまだらになっていく。
買ったばかりのダサいジャケットが雨粒を吸って、黒い斑点をつける。とめどなく、諦めが打ちつける。時とともに朽ちていく老樹のように。
これで終わりなのか……?
雑踏が左右前後から飛び込んでくる。
たった半年だ……。
僕は頼まれて、勉強を教えていただけだ。
テストで良い点を取れるようになった今となってはもう、中宮と一緒にいる理由もない。
…………だとしても、放っておくなんてできないだろ!
点滅する青信号に飛び出した。横断歩道を渡りきり、駆け回る。
当てなんてない。今はとにかく、中宮と話がしたかった。
本降りではないが、髪はすでに水気を纏っていた。
人目も気にせず、いつぶりかもわからないくらい、息を上げて走った。周囲に目を散らしながら中宮の姿を捜す。今日は時間が許す限り捜し続けよう、そう思っていたところだった。
「大丈夫ですか!」
と、切羽詰まった女性の声が聞こえた。
視線を弾くと、店が所狭しと並ぶ歩行者専用道路の出入り口の真ん中でしゃがむ人影があった。小さな人だかりができている。心配そうに屈んでいる女性の横で、中宮が咳き込んでいた。顔色も悪い。
「中宮!」
僕は様子を窺って立ち止まる通行人の間を縫って、中宮に駆け寄った。
中宮は僕を一瞥したが、話せる状況じゃないようだ。
僕の頭に中宮の病気がよぎった。
携帯を取り出し、「救急車を呼ぶから」と言った。
番号を打とうとした時、僕の腕が掴まれた。苦しそうに顔をゆがめる中宮は僕の腕を掴んだまま、何度も首を振った。必死に首を振る中宮に懇願されてしまい、番号を打てない。中宮の必死の懇願を前に、従う以外の選択を取れなかった。
武器の変遷を語っている先生はいつになく饒舌だった。
僕は携帯に手をかけた。机の下で携帯をいじり、ブラウザを開く。
中宮が飲んでいた薬の名前を思い起こそうとする。うろ覚えで入力していく。
ミネルヴァの回答はわずか数秒。ずらりと候補が挙がる。
多すぎる。これじゃわかんねえ。
他に絞り込めるか?
病院名なんだっけか。……覚えてねえ。
何か手がかりはなかったか。
僕は頭の中を探し回る。
そういえば、保健の先生が言っていた。
中宮は普通の貧血で倒れたわけじゃない……。
ミネルヴァに再質問を試みる。
中宮が倒れた原因として、考えられる病気は?
※詳細
貧血で倒れた。
クペルアセトリンを服用。
それでも候補がけっこうある。ひとつずつ見ていくと、気になる病名があった。
シュワッハマン・ダイアモンド症候群。
聞いたことない。どうやら珍しい病気らしい。
ミネルヴァの解説を読んでいく。
食べ物を消化して栄養を吸収する機能障害。これにより身体的特徴として、低身長が挙げられる。
更に、貧血、風邪を引きやすいなどの症状がある。膵臓、骨髄、骨などに症状が出やすい遺伝性疾患。日本では対症療法のみで、根本的治療が行われたケースはイギリスで6件のみ。
あくまでミネルヴァが導き出した推論だが、中宮の身体的特徴と症状がシュワッハマン・ダイアモンド症候群に見られる特徴と一致している。中宮の抱えている病気がここまで重く、難しい病気だとは思わなかった。
「はい!」
僕は先生の大きい声に体をビクっとさせた。さすがにそろそろバレると思い、携帯をポケットにしまった。
Z
次の日、中宮が学校に来た。数人のクラスメイトから心配されている。マスクをしており、たまに咳をしている。本調子ではないようだが、大丈夫だろうか?
授業中も中宮が気になって仕方がなかった。きっと、あんな病名を見てしまったからだろう。まだそうと決まったわけじゃないのに、中宮がまた倒れてしまうんじゃないかと心配だった。
授業に身が入らないまま放課後を迎えた。今日は勉強会ではなかったが、中宮と一緒に帰ろうと思っていた。クラスメイトと話したり、帰りの準備をしている間に中宮は教室からいなくなっていた。
チャットで連絡を入れるも、返事はない。屋内プールにも行ってみたが、中宮の姿はなかった。図書室にも、保健室にも姿はなかった。他に当てはなかった。仕方なく、僕はひとりで帰ることにした。
気分を変えて、今日は違う道を選んだ。
明るい帰り道を歩くのも日常の光景になりつつあった。真新しい学生帽を被る小学生とすれ違う。歩いていると、体がじんわりと熱くなってくる。
そういえば、ゴールデンウィークの話できてなかったな。誰に相談したらいいだろう。やっぱ奏絵か。
どこへ行くかは相談しながら決めたらいい。中宮のこともあるから、ゴールデンウィークの中で流動的に日程変更できるようにして、体力使うアクティビティレジャーはやらないように……。
いろいろ考え巡らせていると、歩道沿いのコンビニから出てきた女性に目がいった。小さな身長でありながらだいぶオシャレな格好をしているなと思っていたら、中宮だった。
僕はとっさに物陰に隠れた。僕の頭にはいくつもの疑問が浮かんだ。下校時刻になって、そう時間は経ってない。確か中宮は隣町に住んでいると言っていた。だが、いくらなんでも帰るのが早すぎやしないか?
中宮は駅方向に向かって歩き出した。
僕はだいぶ離れて中宮の後ろをつけることにした。
予想通り、中宮は駅に入り、電車を待っていた。まばらに学生がいる駅で、中宮に見つからないよう電車を待つのは少し後ろめたい気分だった。
電車に乗り、中宮が乗っている車両の隣で様子を窺う。
何をしに行くのだろう……。友達と出かける予定でもあったのだろうか。着替えも用意していたのだろうか。さっき出てきたコンビニで着替えていたのか。
考えていると、中宮が電車を降りた。
中宮は改札を通り、改札外のフロアの白い柱に寄りかかった。僕は遠くから中宮を確認できるところで待機する。
病院に行くわけでもなさそうだ……。もしかして、彼氏?
うちの学校は制服でどこかへ出かけるのは許可されている。わざわざ着替える必要はないはずだ。
15分くらいそうしていただろうか。駅の改札前のフロアで待つ中宮にひとりの男が声をかけた。オシャレな格好をした長身の男だ。ハードスプレーで固めたツンツン髪とピアス、長袖の白シャツとベージュのスキニーパンツの組み合わせ。
何か話しているようだが、遠すぎて会話の内容までは聞き取れない。少し話した後、ふたりは駅を出た。
駅を出ると、大型店舗が軒を連ねる歩行者専用道路や周辺のビル群を歩道橋で繋いだスカイロードなど、発展目覚ましい。大型ディスプレイから飛び出したネットの歌姫が街中の人に向けて、新曲の宣伝をしている。
ふたりは並んで歩いているが、話しているのか、黙ったままなのか、わからない。しかし、近づきすぎてバレてしまうと厄介なことになる。
時折、ショーウィンドウの前で立ち止まるふたりから姿を隠そうと、慌てて店の陰に身を潜めた。ドアのない開け放たれた店もあるため、店員に不審な目を向けられることもあった。遠慮のない視線に耐えられず、なけなしの金を使った。変装用ってことにしよう。ジャケット1860円……手痛い出費だ。
学生服を脱ぎ、シャツの上からジャケットを着る。
ふたりはカフェに入った。僕も遅れて入り、中宮たちが見えて、かつ目立たない隅の席を確保する。
ひとまず適当に注文し、ふたりを観察する。ふたりは席につくと、楽しげに会話をしている。男は話し慣れた様子で、いかにもな優男だ。会話こそ聞こえないが、ふたりの声色は弾んでいた。
僕はテーブルにあったシュガースティックの袋を開け、甘いカプチーノに半分ほど入れた。
中宮は年上が好きなのか……。
確かにカッコいいな。
たぶん、大学生っぽい。
なんで、僕はショックを受けているんだ。
中宮に彼氏がいたこと?
それとも、僕の知らない中宮がいたから?
僕は中宮に何を期待していたんだ?
中宮のこと、なんも知らないくせに……。
スプーンに泡がまとわりつく。何度も混ぜては少し飲むを繰り返した。僕は残りの砂糖をカプチーノに入れた。
甘い。口にへばりつくような甘さだ。
僕は1つ嘆息する。
今更ながら、なんで後をつけたんだと後悔していた。人の後をつけて盗み見るなんて、最低だ。
帰ろうかどうか迷っていると、中宮が男に何かを渡していた。小さな茶色の袋だ。何が入っているのかはわからない。
男へのプレゼントだろうか?
男は早速中身を確認し始めた。男は袋の中身を取り出そうとしており、一部見えた。
あれはレース……?
何かの布らしき物だった。
少なくとも男にプレゼントするような物じゃない気がしたんだが。あの柄や装飾は、どう見ても女性ものだ。淡いライムグリーンのレース。
……これは僕の思い違い。そうあってほしい……。
動揺しているせいでネガティブな思考に陥っているだけ。いくらなんでも中宮がそんなことをするはずがない。
男は携帯を取り出した。中宮も携帯を取り出し、携帯の背面と前面を水平にして、数秒そのまま維持する。その後、ふたりは椅子の背に背中を預ける。男は晴れ晴れした顔をしているのに、中宮は浮かない顔をしている。
男は中宮の様子など気に留めることもなく、席を立った。男は会計を済ませ、店を出てしまった。ひとり残された中宮はひどく悲しい表情をしている。
僕はカップを手に取り、一口つけてテーブルに置いた。
僕は未だ激しい動揺の中にいた。何度甘いカプチーノを口に入れても、荒々しく思考が廻る。どんな会話を交わしていたのか、僕にはわからない。でも、ふたりの一連の行動は単なる彼氏彼女じゃないと思わざるを得ない。
僕の思い過ごしであってほしかった。そう誰かに言ってほしくて、ミネルヴァを起動した。
女子中学生と大学生らしき男が駅で待ち合わせ、最寄りの駅で女の子が男に何かを渡す。両者が携帯をかざし合う行為、その後すぐに男だけが店を出る。これらの情報をもとに、ふたりの関係はどんな関係だと推測できるか?
情報が少ないんだ。仕方がない。兄妹、ゲームチャットの知り合い、ネットコミュニティの知人。ミネルヴァは様々な可能性を挙げていく。
彼氏彼女の可能性――――それならまだ安心できる。しかし、僕が一番懸念していたことも、ミネルヴァは可能性として示した。ご丁寧に確率も出してくれる。僕が一番懸念していた可能性は5パーセントもなかった。
これは喜ぶべきなのか。いや、なんの参考にもならないだろう。情報が少なすぎる中で、確率なんてなんの保証もない。たった5パーセントなんて、なんの気休めにもならなかった。
ふと視線を上げた時だった。店を出ようとした中宮と目が合ってしまった。驚愕した顔が青ざめ、瞬間、中宮は店を飛び出した。僕は反射的に中宮を追いかけようとした。
やばい、会計!
すんでのところで会計の紙を取る。レジに出すと、おつりは要りませんと言って、現金を置いて店を出た。
駆け足で道を行き交う人の間を縫う。信号の向こうに走る中宮の姿があった。人混みに中宮が消えていく。
賑わう街だけあって、すぐに見えなくなってしまった。次々と不安と焦りが入り乱れる。それは嵐のように一瞬で過ぎ去り、道路をなめるタイヤの音が鼓膜を揺らす。
後に残るのは吹き飛ばされてきた残骸。これを片づける気力も余裕もない。冷たい雨がポツポツと降ってくる。雨粒が鼻筋の横をなぞりながら鼻先に伝う。
信号は変わっていた。一斉に人の群れが横断する。誰もが歩き出す中、僕は立ち尽くす。
雨が僕の顔に斑点をつける。僕の見るすべてがまだらになっていく。
買ったばかりのダサいジャケットが雨粒を吸って、黒い斑点をつける。とめどなく、諦めが打ちつける。時とともに朽ちていく老樹のように。
これで終わりなのか……?
雑踏が左右前後から飛び込んでくる。
たった半年だ……。
僕は頼まれて、勉強を教えていただけだ。
テストで良い点を取れるようになった今となってはもう、中宮と一緒にいる理由もない。
…………だとしても、放っておくなんてできないだろ!
点滅する青信号に飛び出した。横断歩道を渡りきり、駆け回る。
当てなんてない。今はとにかく、中宮と話がしたかった。
本降りではないが、髪はすでに水気を纏っていた。
人目も気にせず、いつぶりかもわからないくらい、息を上げて走った。周囲に目を散らしながら中宮の姿を捜す。今日は時間が許す限り捜し続けよう、そう思っていたところだった。
「大丈夫ですか!」
と、切羽詰まった女性の声が聞こえた。
視線を弾くと、店が所狭しと並ぶ歩行者専用道路の出入り口の真ん中でしゃがむ人影があった。小さな人だかりができている。心配そうに屈んでいる女性の横で、中宮が咳き込んでいた。顔色も悪い。
「中宮!」
僕は様子を窺って立ち止まる通行人の間を縫って、中宮に駆け寄った。
中宮は僕を一瞥したが、話せる状況じゃないようだ。
僕の頭に中宮の病気がよぎった。
携帯を取り出し、「救急車を呼ぶから」と言った。
番号を打とうとした時、僕の腕が掴まれた。苦しそうに顔をゆがめる中宮は僕の腕を掴んだまま、何度も首を振った。必死に首を振る中宮に懇願されてしまい、番号を打てない。中宮の必死の懇願を前に、従う以外の選択を取れなかった。
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