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Q13話 「死にたい」が言えない心の声
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しばらくして、中宮の咳は止まった。
近くのドラッグストアで水を買い、中宮に渡した。
レンガ調のお店の窓の外側にちょうど座りやすそうなスペースがあった。そこに座らせてもらい、体を休める。
僕の周りにはさっきまであった人だかりはなくなっていた。会社帰り、部活帰りの人たちが目の前を行き交う。
水を渡して以降、僕と中宮はずっと黙っていた。
何を話したらいいのか。いや、話したいことは決まっている。
でも、これは僕の憶測だ。変な疑いをかけて傷つけたくない……。
ずっと堂々巡りを続けたまま、僕は何もできずいた。
空はすっかり夜を迎えていた。小雨は降ったりやんだりを繰り返している。
時刻は19時05分。
僕は携帯をポケットにしまい、立ち上がる。
「そろそろ帰ろう」
そう中宮に声をかけた。
中宮は頷きもせず、口も開かなかった。虚ろな表情で地面を見つめて固まっている。
「中宮、帰ろう」
僕はもう一度優しく言った。すると、中宮は沈んだ声で告げた。
「私、あの人に下着を売ったの」
中宮からそう告げられても、驚きはなかった。驚きよりも、哀しいが僕に覆いかぶさってきた。僕は中宮の隣に座り直した。
「バレたら退学だろ」
「そうだね……」
中宮は薄く笑った。
「私、簡単に治らない持病があるんだ。小さい頃から病院に通うのが当たり前だった。学校に歩いて通うのも怖かった。いつ発作が起こるんだろうって不安で仕方なかった」
中宮は口を引き結び、言葉を続ける。
「私が最近学校に通えるようになったの、最新治療を受けてるからなんだ。新薬を使ってみないかって言われて、それ使ったらすごく体調よくなって、通えるようになったの。でも、その薬すごい高いらしくて、パパとママの給料だけじゃ大変なんだ」
「それで下着を?」
中宮は首を縦に振る。
「リビングで請求書と顔突き合わせてるパパとママは、本当に何歳も老けた顔してた。しばらくちゃんとパパとママの顔、見てなかったなって思った。パパとママは辛いのに、大丈夫、心配しなくていいよって言ってくれる。そのたびに、私は笑顔作って頷くの」
生々しい親子の話をされて、深く胸の奥に沈めていた感情が激しく湧き立っていた。僕はそれを必死に押さえつけることに精いっぱいで、中宮の話に相槌すらできずにいた。
「パパとママは、私がいない方が幸せだったと思う。何度も考えた。どうやって死のうかって……。でも、私が死にたいなんて言ったら、パパとママはきっと悲しむから。だから、死にたい心をしまうの。そうしなきゃ、パパとママはもっと辛くなっちゃうから……」
少なくとも、僕は中宮と仲良くなったつもりだった。半年の間、放課後に勉強したり、一緒に何か食べたり、友達が苦しんでるのを一緒に悩んだり、それが解決して一緒に喜んだりしてきた。けれど、僕は中宮のことをよく知らなかった。僕は身近な人間さえ、よく知らないのかもしれない……。
中宮はずっと抱えてきたんだ。その抱えてきたものを僕に話してくれた。それは友達として、喜ぶべきだろうか……。それとも、哀しむべきだろうか……。
中宮が抱えてきたものは、長い時間をかけて積み重なってきたものだ。僕にはささやかな慰めしかできないのかもしれない。だとしても、僕は中宮の抱えてきた重たいものを少しでも軽くしてあげたいと思った。
「僕は、中宮と会えてよかったよ」
いろいろな感情が乱れる胸の内から抽出した言葉が僕の口をついた。
「中宮と会えてよかった……」
中宮がどんな顔をしているのか見られなかった。
僕の後ろ暗い過去が高い解像度で思い起こされ、あの時に抱いた感情がそのまま僕の胸の中を乱していた。そんな状態で平静な顔ができるのか、自信がなかった。
「そっか……」
中宮は小さく呟くように言った。
その後、僕は中宮を家まで送った。
中宮は「際乃駅まででいい」と言ったが、最後まで送らせてほしいと頼み込んだ。中宮を送り届ける間、気の利いた話もできず、そばにいることしかできなかった。
中宮が家はすぐそこだと告げたところで、僕らは向かい合った。
別れる最後まで、僕と視線が交わることはなかった。元気なく、「ありがとう」と言ってくれた中宮に、僕は「じゃあ、また学校で」と言うのが精いっぱいだった。
中宮を送り届けた後、バスで際乃駅まで戻ってきた。
普段いない時間に使う駅は、驚くほど閑散としていた。春の夜はまだ肌寒く、数少ない同乗者となる者は厚着をしている。
グレーのコートを着た30代くらいの男は、眼鏡を丁寧に拭いている。ホームの椅子に座るその男はネクタイを締めており、会社帰りと推測できる。
屋根のない場所で電車を待つ金髪の男は、大きな声で誰かと電話している。手元の煙草が怪しく光っている。今の時間帯は駅員もいないため、注意する人もいなかった。
僕の視界で輝く携帯が表示するテキストは、僕の気分を紛らわせるには力不足だった。
音楽でも聴こうかとも思い、マイクイヤホンをつける。この物憂げな気分を少しでもいいから癒せる曲。DJミネルヴァはリクエストに応え、チルい曲を荒れた心に流した。浸み渡る夜にはちょうど良い曲だった。
近くのドラッグストアで水を買い、中宮に渡した。
レンガ調のお店の窓の外側にちょうど座りやすそうなスペースがあった。そこに座らせてもらい、体を休める。
僕の周りにはさっきまであった人だかりはなくなっていた。会社帰り、部活帰りの人たちが目の前を行き交う。
水を渡して以降、僕と中宮はずっと黙っていた。
何を話したらいいのか。いや、話したいことは決まっている。
でも、これは僕の憶測だ。変な疑いをかけて傷つけたくない……。
ずっと堂々巡りを続けたまま、僕は何もできずいた。
空はすっかり夜を迎えていた。小雨は降ったりやんだりを繰り返している。
時刻は19時05分。
僕は携帯をポケットにしまい、立ち上がる。
「そろそろ帰ろう」
そう中宮に声をかけた。
中宮は頷きもせず、口も開かなかった。虚ろな表情で地面を見つめて固まっている。
「中宮、帰ろう」
僕はもう一度優しく言った。すると、中宮は沈んだ声で告げた。
「私、あの人に下着を売ったの」
中宮からそう告げられても、驚きはなかった。驚きよりも、哀しいが僕に覆いかぶさってきた。僕は中宮の隣に座り直した。
「バレたら退学だろ」
「そうだね……」
中宮は薄く笑った。
「私、簡単に治らない持病があるんだ。小さい頃から病院に通うのが当たり前だった。学校に歩いて通うのも怖かった。いつ発作が起こるんだろうって不安で仕方なかった」
中宮は口を引き結び、言葉を続ける。
「私が最近学校に通えるようになったの、最新治療を受けてるからなんだ。新薬を使ってみないかって言われて、それ使ったらすごく体調よくなって、通えるようになったの。でも、その薬すごい高いらしくて、パパとママの給料だけじゃ大変なんだ」
「それで下着を?」
中宮は首を縦に振る。
「リビングで請求書と顔突き合わせてるパパとママは、本当に何歳も老けた顔してた。しばらくちゃんとパパとママの顔、見てなかったなって思った。パパとママは辛いのに、大丈夫、心配しなくていいよって言ってくれる。そのたびに、私は笑顔作って頷くの」
生々しい親子の話をされて、深く胸の奥に沈めていた感情が激しく湧き立っていた。僕はそれを必死に押さえつけることに精いっぱいで、中宮の話に相槌すらできずにいた。
「パパとママは、私がいない方が幸せだったと思う。何度も考えた。どうやって死のうかって……。でも、私が死にたいなんて言ったら、パパとママはきっと悲しむから。だから、死にたい心をしまうの。そうしなきゃ、パパとママはもっと辛くなっちゃうから……」
少なくとも、僕は中宮と仲良くなったつもりだった。半年の間、放課後に勉強したり、一緒に何か食べたり、友達が苦しんでるのを一緒に悩んだり、それが解決して一緒に喜んだりしてきた。けれど、僕は中宮のことをよく知らなかった。僕は身近な人間さえ、よく知らないのかもしれない……。
中宮はずっと抱えてきたんだ。その抱えてきたものを僕に話してくれた。それは友達として、喜ぶべきだろうか……。それとも、哀しむべきだろうか……。
中宮が抱えてきたものは、長い時間をかけて積み重なってきたものだ。僕にはささやかな慰めしかできないのかもしれない。だとしても、僕は中宮の抱えてきた重たいものを少しでも軽くしてあげたいと思った。
「僕は、中宮と会えてよかったよ」
いろいろな感情が乱れる胸の内から抽出した言葉が僕の口をついた。
「中宮と会えてよかった……」
中宮がどんな顔をしているのか見られなかった。
僕の後ろ暗い過去が高い解像度で思い起こされ、あの時に抱いた感情がそのまま僕の胸の中を乱していた。そんな状態で平静な顔ができるのか、自信がなかった。
「そっか……」
中宮は小さく呟くように言った。
その後、僕は中宮を家まで送った。
中宮は「際乃駅まででいい」と言ったが、最後まで送らせてほしいと頼み込んだ。中宮を送り届ける間、気の利いた話もできず、そばにいることしかできなかった。
中宮が家はすぐそこだと告げたところで、僕らは向かい合った。
別れる最後まで、僕と視線が交わることはなかった。元気なく、「ありがとう」と言ってくれた中宮に、僕は「じゃあ、また学校で」と言うのが精いっぱいだった。
中宮を送り届けた後、バスで際乃駅まで戻ってきた。
普段いない時間に使う駅は、驚くほど閑散としていた。春の夜はまだ肌寒く、数少ない同乗者となる者は厚着をしている。
グレーのコートを着た30代くらいの男は、眼鏡を丁寧に拭いている。ホームの椅子に座るその男はネクタイを締めており、会社帰りと推測できる。
屋根のない場所で電車を待つ金髪の男は、大きな声で誰かと電話している。手元の煙草が怪しく光っている。今の時間帯は駅員もいないため、注意する人もいなかった。
僕の視界で輝く携帯が表示するテキストは、僕の気分を紛らわせるには力不足だった。
音楽でも聴こうかとも思い、マイクイヤホンをつける。この物憂げな気分を少しでもいいから癒せる曲。DJミネルヴァはリクエストに応え、チルい曲を荒れた心に流した。浸み渡る夜にはちょうど良い曲だった。
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