マリンフェアリー

國灯闇一

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Ⅰ章――――海の伝説

04  あの子の活動

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 借りてきた猫のように浮島さんについていった。海からそう遠くはない場所だ。開きっぱなしのドアから続々と人が出入りしている。
 例に漏れず、俺もそのドアから入った。
 様々なスタイルの水着を中心に、マリンスポーツ用品がところ狭しと並んでいる。稼ぎ時とあってぼちぼちの入り具合のようだ。

 浮島さんは店内に入るなり、店の中央にあるカウンターに真っすぐ歩いていく。
「やあ折谷さん」
「あれ、浮島さん? どうしたの? 注文があった品は昨日を送ったばかりだけど」
 浮島さんと言葉を交わす人はサイドを刈り上げていた。ツーブロックの髪型をしているところやライムグリーンの半袖シャツを肩まで腕まくりしているところなど、かなりクールな出で立ちだった。だが声や華奢な体格からして女性のようだ。そして折谷という名前。まさかとは思うが、この人……。
 女性は俺の方へ目線を送る。

「その子は? 見かけない顔だけど?」
「ああ、この子は樫崎かしざき高校の子だよ。そこで知り合いになったんで、声をかけさせてもらったんだ」
「そうだったの」
 その人は微笑を投げてくる。

「初めまして、でいいよね? 私はおりたにれい。菜音歌の母親よ。えっと藍原、何君だっけ?」
です」
「へぇー、希央君かぁ。なんかかわいい名前ね」
 かわいいか? 

「よろしくね」
「……よ、よろしくお願いします」
 母親って、どう見ても折谷のお姉さんにしか見えないんだが……。世界広しとはいえ、これはないだろ。折谷の母さんがカッコいい美人だったことに愕然とする。

「で、今から部屋を貸してもらえないか?」
 澪さんはキリッとした瞳を細める。
「うちの教室は貸し部屋じゃないよ」
「そこを頼む! 僕の車、今修理に出してるところなんだよ」
「環境保護に興味があるの?」
 突然澪さんに振られ、どぎまぎしてしまう。

「興味は後からでも遅くないだろ」
 澪さんは妖しく微笑み、浮島さんに疑いの眼差しを向ける。
「ははーん、つまり危険な場所に立ち入らないように見回っていたという建前で釣り・・をしてたわけだ」
「き、今日はたまたまだよ。冗談キツイな~もう」
「あ、いらっしゃいませ」

 会計に来たお客に気づくと、澪さんは呆れた顔でカウンターの下にしゃがんで立ち上がる。澪さんの手に光る銀のカギを見せると、それを浮島さんに突き出す。
「終わったら戸締まりしっかりしてよ」
「恩に着るよ。さ、行こうか」
「あ、はい」

 浮島さんは店の端にある扉にカギを差し込んだ。バックヤードなんだろうと思っていたが、少し違うみたいだ。
 マリンスポーツショップの隣にも建物があった。その建物は閉まっていたが、表の看板にダイビングスクールという文字を見かけた。どうやらマリンスポーツの店とダイビングスクールの建物はつながっていたらしい。
 夏の昼間に閉めっぱなしの建物は、蒸し風呂状態だった。浮島さんも暑そうにしながら部屋の窓を開ける。

 事務室らしき部屋に案内され、グレーの小さなソファに座る。
 冷蔵庫から出した缶ジュースを俺にくれた。とりあえずお礼は言ったが、ここのダイビングスクールのものだ。勝手に冷蔵庫のものを取って怒られそうだよな。
 しかしこの暑さの中じゃ飲まなきゃやってられねぇ。俺は善良なる懸念事項を頭から捨て去り、缶の蓋を開ける。
「ごめんね。これで少し涼しくなるから」
 そう言って浮島さんはクーラーをつける。

「さて」
 浮島さんは俺の前に座り、缶ジュースを口につける。喉を鳴らすこと三回。口が離れたと同時に生き返ったように息を落とした。
「僕らの活動について話しておこうか」

 改まった様子になって、両手を合わせた浮島さんが語り出す。
「僕は樫崎かしざきじまの海を守る活動をしている。島の有志が集まって、時間がある時にそれぞれできることをしているんだ。島周辺の海の状態を確認、メンバー同士で情報を共有したり、サンゴや魚の様子を記録して、時には処置を行う。毎月メンバーで集まって島の海をいい環境にするために、何が必要か話し合ってもいる。けっこう活発にやってるだろ?」

「そうですね……」
 俺は無難な相づちで返す。
「平たく言うと、島の海周辺の環境保護活動団だな。メンバーも色々だよ。消防士に漁師、役場の人もいれば、主婦やってる人もいる。ちなみに僕の本職はパン屋。クルアールって店でやってるから、もし見かけたら寄ってみてよ。意外と評判のパン屋だから」
「あ、はい……」

「基本的な活動は決まってる。海や海岸に落ちてるゴミの収集だ。海岸は誰でもできるけど、海の底は難しい。さすがに海底何百ってなると無理だけど、ダイビングの知識と技術さえあれば、海底に沈んだゴミも収集できるんだ」
「折谷はそれをやってたんですか?」
 浮島さんは笑顔で答えとした。
「彼女はダイビングの知識も技術も大人並みだからね。とても頼りにしてるんだ」
「へぇ……」
 あの折谷が、海の保護活動か……。

 意外ってほどじゃないが、驚きはあった。そんなことに興味があるようにはまったく見えなかった。
「団体に入っても、絶対にこれをしなくちゃならないってのはないから安心してほしい。人手が必要な時はできるだけ動ける人が欲しいんだ」

 浮島さんはソファから立ち上がると、「えーっと、どこだったかな」と言いながらデスクの引き出しをバンバン開けていく。
 中を漁り、色々と見ているが、大丈夫なんだろうか。遠慮のない漁り方に呆然していると、
「これか。あったあった」と独り言を零しながら戻ってきた。

「連絡先と名前を書いてもらって、お店にいたれいさんに渡してくれれば大丈夫だ。他にも色々サポートしてるから。ダイビングの資格も三割引きで取ることも可能だよ。当然、入らなくても問題ない。ゆっくり考えてから、その用紙を出してくれ。いつでも待ってるから」
「は、はい……」

 俺は一枚の紙を手にしながら見下ろす。『樫崎島海洋美化活動団』と大きな文字の下に記入欄があるシンプルな紙だ。こんな簡単に入れるところらしいが、面倒なしらがみもありそうな気がしなくもない。
「君の方で何か聞いてみたいことはある?」
「そうですね……あの、ここってダイビングスクールですよね?」
「そうだよ」
「浮島さんはここでも働かれているんですか?」
「いやいや。僕はたまに手伝ってるだけさ。シーズンの時は特にね。その代わり、たまーに海美の事務所として間借りさせてもらっているわけだ」
 れいさんの話し方からして、たまーにではなかったと思うのだが。

「一応事務員さんや講師もバイトで雇ってるみたいだけど、生徒がいない時もあるからね。ダイビングスクールで働いてる人は、みんな隣のマリンショップの方でも働いてるから、困ってはいないみたいだけどね。オーナーはさっきいた澪さんね」
「そうなんですか」
 どうやら窃盗の共犯者にはならずに済みそうだ。

「他にあるかい?」
「あ、えーっと、保護活動に関係なくてもいいですか?」
「ははははっ、君は保護活動に関係ない方が興味ありそうだね」
「はははは……」
 反応しづらいな。

「まあしょうがないかな。折谷君みたいな若い子は、滅多にいないから。で、何が聞きたいんだっけ?」
「そのー……」
 俺は事務室の壁にかけられた写真に目をやった。
「あの写真、入った時から気になってたんですけど」
 浮島さんも俺と同じ方向へ視線をやる。パーテーションで区切られた応接間の壁に、それはあった。

 額縁に入れられた写真は、海の中で撮られたようだ。いつのものかはわからないが、綺麗な写真だった。
 海の中で白く光る粒は、まるで雪が舞っているみたいだ。群青の海で白い粒が広がり、輝きを放っている。それが一面に広がっている光景が収められていた。
 写真を見た浮島さんの顔が優しくやわらいだ。

「あれはある写真家がこの島の海で発見したと言われる海の伝説」
「海の精霊」
 浮島さんは感慨深そうに微笑む。

「ああ。これが、君のお父さんの探している光景。マリンフェアリーだ」
 幸せになれるとか出世するとか色々言われがあるらしいが、これがもし目の前に見えたら、きっと感動するだろうな。
 雪は形を変えず、海の中を漂い続ける。海の宝とも呼び、日本、いや世界中のトレジャーハンターや写真家が一度は見てみたいと思う光景らしい。俺の父ちゃんが移住先にこの島を選んだのは、この写真を自分の目で捉えて写真に収めたいからだ。

 俺はそこまで興味はなかったけど、改めて見ると本当にすごい景色だ。
 夜空に浮かべる星そのもの。群青の夜空を泳げるなんて、最高だろうな。もしそんなものがあるのなら、見てみたいと思ってしまうのも当然かもしれない。
 ただ写真を見ているだけなのに、不思議な魔力を持っている海雪の光に惹きつけられていくみたいだった。
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