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神様の願い
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少女はくっきりとした目をまたたくと、そのか弱く儚げな瞳で訴えながら語りかけてくる。
「わたしは大切にされてきた。毎日、聞こえてくる。幾千幾万の願い。ささやかな願いもあれば、悲痛な願いもある」
少女は言葉を切って、頭上を仰ぐ。夕方から夜へ向かう空が、森の葉の隙間から覗いている。一番星が慎ましくも輝き始めていた。
「すべての願いを受け止め、祈りを捧げる。来る日も来る日も、祈り続けた」
少女は清らかな声と澄んだ瞳を俺へ一点に注いだ。
「でも、祈りは届くものと届かないものがある。届かなかった願いは、わたしの周りでずっと鳴り続けるの」
俺の理解力が貧相なんだと思う。俺なりに解釈すると、彼女はまるで自分が神様だと言っている風に聞こえた。ちょっと変わった子なんだと無理やり納得し、俺は聞くことに徹する。
「わたしは人がうらやましい。願えるものがある。わたしの願いは、誰にも届かない」
「そうかな? 君の願いだって、神様は聞いてくれると思うけど」
少女は悲しそうな表情のまま俺を見据えている。俺は不安になりながら視線を泳がす。
「神様は願いを聞き入れるけど、願ったりしないんだって。それが神様だって」
「えっと……」
俺は困惑に移ろう頭で検討する。突っ込むべきか、触れないべきか。
目の前にいる少女が神様? そんなわけない……。
少女は穴が空くほど見つめてくる。視線が痛い。あのすがるような無垢な瞳。俺に何を言わせたいんだ? 今すぐ逃げたい。そんな衝動が誘惑する。
かといって俺に残された体力と貧弱な筋力じゃ、逃げられるかどうか。ましてや本当に神様なら、逃げても追いつかれそうな気がする。緊張がぎゅうぎゅうに詰め込まれた思考から導き出すかけるべき言葉は、無難なものに落ち着いた。
「誰かに、そう教えられたの?」
俺は中間を取った。正確には、当たり障りなく聞いてみた。
少女は体の前で両手を重ね、指を絡める。神妙な面持ちでためらうように言った。
「ずっと隠されてた」
「え?」
噛み合ってなかった。だが唐突に放たれた言葉は、俺の困惑を置いて繋がれた。
「わたしは櫛菜雫神社の本殿で、ずっと隠されてた。存在していて、存在しない。わたしの存在は、いつもあやふやなまま……。だから、わたしの願いもあやふやになっちゃう」
「君は、本殿に住んでるの?」
「わたしはあなたの願いも聞いてた。あなたの頭の中も見えてた。少しだけ、話してみたかった。一度だけでいいから、あやふやなわたしを、わたしと感じてみたかった」
少女の表情から憂いが溢れているような、それほどまでに彼女から悲しみが伝わってくる。
「ごめんなさい」
少女は小さく頭を下げる。要領をえない一方的な話だったせいで、俺はまだ追いつけていなかった。
「おどすようなことを言った。話を聞いてくれたのはあなたが初めてだった。うれしかった」
少女はよく見なければ分からないほど、小さく微笑んだ。
「あなたの願いは叶うよ。きっと叶うから、安心しておうちに帰ってね」
薄暗い森に溶けていくように、彼女は消えてしまった。
彼女がいた踊り場。階段の輪郭はかろうじてまだ見えている。だが少女は忽然と消えた。
長く緊張の時間が続いていたこともあり、俺は膝から崩れ落ちた。
あの少女は、一体誰だったんだ?
疑問が波紋を立てて浮かび上がるも、緊張から解放された頭では考える力すら残っていなかった。
心臓の音がうるさい。汗でべたついた腕を擦るが、冷たいのか熱いのか分からなかった。どうにか気持ちを落ち着けていると、視界の端で小さな光が掠めた。
弾かれたように目をやった。ふわふわと飛んでいる光の玉。よく見ると、蛍だと分かった。彼女の言葉が思い起こされる。
――――あなたの願いは叶うよ。きっと叶うから、安心しておうちに帰ってね。
俺は妙な確信があった。小さな光に導かれるように、俺は光の進む方向へ足を進めた。
それからしばらく、小さな光の示す方向へ足を進めた俺は、強い光に照らされた。住職の人達と波戸、楠菜と森の中で出くわした。
波戸には安堵の笑顔で迎えられ、楠菜には安堵の涙で迎えられた。
警察も出動していたそうで、俺と波戸、そして楠菜は、捜索に繰り出してくれた人達に一生分謝り倒した。
俺達は濃厚な夏の経験をひっさげ、普段の日常へ戻った。
夏がもうすぐ終わりを告げる季節となり、なんだか物悲しい気分になりながら、窓へ視線を向ける。大きな入道雲が映える空は、美しいほどに晴れやかだった。
今でも少女の顔を鮮明に思い浮かべることがある。少女の一言一言は、悲しさに濡れていた。自身の境遇を憂いながら、今日も願いを聞き入れているのだろう。
あの神社に隠された少女の願いがいつか叶うと言ってあげたい。命の恩人だからってのもあるが、何より切なげに訴えてきた少女に、あの日最後に見せた笑顔がまた訪れてほしかった。
チャイムが鳴り、人々が続々と席を立つ。
「おーす、浮かない顔してんなおい!」
波戸が肩を組んでくる。
「ひっつくなよ」
「悩み事?」
波戸と同じく講義を受けていた楠菜も寄ってきた。
「いや、神様っているんだなぁってな」
二人の表情に困惑が滲んでいる。
「お前、頭でも打ったのか?」
俺はポケットから取り出した。
「あ、それって」
楠菜は表情をパッと明るくさせた。
俺はそれを見せつけながら微笑む。櫛菜雫神社で奉納される櫛だ。
「お前、あれからわざわざ行って買ったのか?」
「お守りだよ。一つくらい持ってても、罰は当たらないだろ?」
「野立も分かってきたねぇ」
楠菜は腕を組んで感心している。
「遂に毒されたか……。ここにミステリーハンター二号誕生かぁ」
波戸が不本意にも引いている。
「そんなんじゃねえって」
俺は手元にある櫛を見つめながら念じる。少女に届くように。
叶ったよ、俺の願い。
こうして今、三人で元気にやれてる。これからも見守っててほしい。
また、君に会いに行く。
ありがとう、クシナダ様。
了
「わたしは大切にされてきた。毎日、聞こえてくる。幾千幾万の願い。ささやかな願いもあれば、悲痛な願いもある」
少女は言葉を切って、頭上を仰ぐ。夕方から夜へ向かう空が、森の葉の隙間から覗いている。一番星が慎ましくも輝き始めていた。
「すべての願いを受け止め、祈りを捧げる。来る日も来る日も、祈り続けた」
少女は清らかな声と澄んだ瞳を俺へ一点に注いだ。
「でも、祈りは届くものと届かないものがある。届かなかった願いは、わたしの周りでずっと鳴り続けるの」
俺の理解力が貧相なんだと思う。俺なりに解釈すると、彼女はまるで自分が神様だと言っている風に聞こえた。ちょっと変わった子なんだと無理やり納得し、俺は聞くことに徹する。
「わたしは人がうらやましい。願えるものがある。わたしの願いは、誰にも届かない」
「そうかな? 君の願いだって、神様は聞いてくれると思うけど」
少女は悲しそうな表情のまま俺を見据えている。俺は不安になりながら視線を泳がす。
「神様は願いを聞き入れるけど、願ったりしないんだって。それが神様だって」
「えっと……」
俺は困惑に移ろう頭で検討する。突っ込むべきか、触れないべきか。
目の前にいる少女が神様? そんなわけない……。
少女は穴が空くほど見つめてくる。視線が痛い。あのすがるような無垢な瞳。俺に何を言わせたいんだ? 今すぐ逃げたい。そんな衝動が誘惑する。
かといって俺に残された体力と貧弱な筋力じゃ、逃げられるかどうか。ましてや本当に神様なら、逃げても追いつかれそうな気がする。緊張がぎゅうぎゅうに詰め込まれた思考から導き出すかけるべき言葉は、無難なものに落ち着いた。
「誰かに、そう教えられたの?」
俺は中間を取った。正確には、当たり障りなく聞いてみた。
少女は体の前で両手を重ね、指を絡める。神妙な面持ちでためらうように言った。
「ずっと隠されてた」
「え?」
噛み合ってなかった。だが唐突に放たれた言葉は、俺の困惑を置いて繋がれた。
「わたしは櫛菜雫神社の本殿で、ずっと隠されてた。存在していて、存在しない。わたしの存在は、いつもあやふやなまま……。だから、わたしの願いもあやふやになっちゃう」
「君は、本殿に住んでるの?」
「わたしはあなたの願いも聞いてた。あなたの頭の中も見えてた。少しだけ、話してみたかった。一度だけでいいから、あやふやなわたしを、わたしと感じてみたかった」
少女の表情から憂いが溢れているような、それほどまでに彼女から悲しみが伝わってくる。
「ごめんなさい」
少女は小さく頭を下げる。要領をえない一方的な話だったせいで、俺はまだ追いつけていなかった。
「おどすようなことを言った。話を聞いてくれたのはあなたが初めてだった。うれしかった」
少女はよく見なければ分からないほど、小さく微笑んだ。
「あなたの願いは叶うよ。きっと叶うから、安心しておうちに帰ってね」
薄暗い森に溶けていくように、彼女は消えてしまった。
彼女がいた踊り場。階段の輪郭はかろうじてまだ見えている。だが少女は忽然と消えた。
長く緊張の時間が続いていたこともあり、俺は膝から崩れ落ちた。
あの少女は、一体誰だったんだ?
疑問が波紋を立てて浮かび上がるも、緊張から解放された頭では考える力すら残っていなかった。
心臓の音がうるさい。汗でべたついた腕を擦るが、冷たいのか熱いのか分からなかった。どうにか気持ちを落ち着けていると、視界の端で小さな光が掠めた。
弾かれたように目をやった。ふわふわと飛んでいる光の玉。よく見ると、蛍だと分かった。彼女の言葉が思い起こされる。
――――あなたの願いは叶うよ。きっと叶うから、安心しておうちに帰ってね。
俺は妙な確信があった。小さな光に導かれるように、俺は光の進む方向へ足を進めた。
それからしばらく、小さな光の示す方向へ足を進めた俺は、強い光に照らされた。住職の人達と波戸、楠菜と森の中で出くわした。
波戸には安堵の笑顔で迎えられ、楠菜には安堵の涙で迎えられた。
警察も出動していたそうで、俺と波戸、そして楠菜は、捜索に繰り出してくれた人達に一生分謝り倒した。
俺達は濃厚な夏の経験をひっさげ、普段の日常へ戻った。
夏がもうすぐ終わりを告げる季節となり、なんだか物悲しい気分になりながら、窓へ視線を向ける。大きな入道雲が映える空は、美しいほどに晴れやかだった。
今でも少女の顔を鮮明に思い浮かべることがある。少女の一言一言は、悲しさに濡れていた。自身の境遇を憂いながら、今日も願いを聞き入れているのだろう。
あの神社に隠された少女の願いがいつか叶うと言ってあげたい。命の恩人だからってのもあるが、何より切なげに訴えてきた少女に、あの日最後に見せた笑顔がまた訪れてほしかった。
チャイムが鳴り、人々が続々と席を立つ。
「おーす、浮かない顔してんなおい!」
波戸が肩を組んでくる。
「ひっつくなよ」
「悩み事?」
波戸と同じく講義を受けていた楠菜も寄ってきた。
「いや、神様っているんだなぁってな」
二人の表情に困惑が滲んでいる。
「お前、頭でも打ったのか?」
俺はポケットから取り出した。
「あ、それって」
楠菜は表情をパッと明るくさせた。
俺はそれを見せつけながら微笑む。櫛菜雫神社で奉納される櫛だ。
「お前、あれからわざわざ行って買ったのか?」
「お守りだよ。一つくらい持ってても、罰は当たらないだろ?」
「野立も分かってきたねぇ」
楠菜は腕を組んで感心している。
「遂に毒されたか……。ここにミステリーハンター二号誕生かぁ」
波戸が不本意にも引いている。
「そんなんじゃねえって」
俺は手元にある櫛を見つめながら念じる。少女に届くように。
叶ったよ、俺の願い。
こうして今、三人で元気にやれてる。これからも見守っててほしい。
また、君に会いに行く。
ありがとう、クシナダ様。
了
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