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森の子供
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階段は灰色の石造りだった。神社の前にあった石段よりも古い気がする。苔の生え方やヒビの入り方の雰囲気でそう推察した。
見た感じ、人の手が入れられていないと思うが、この階段の先には何があるって言うんだ?
素朴な疑問が巡り、真っすぐ伸びる階段の上へ視線を向ける。
…………。
俺の目はおかしくなったのかもしれない。長いこと歩いて疲れが溜まっているせい……。だが俺の瞳は、依然として彼女を捉えていた。鮮やかな紅い着物を着た女の子を。
少女は階段の踊り場に立ち、俺を見つめている。まるで待っていたかのように。
黒いおかっぱ頭に気品漂う佇まい。日に当たってこなかったのか、肌は透き通るように白い。凛々しい大人びた瞳は、俺をじっと見定めている。
森の不気味さも相まって、俺は少女に怯えていた。
いつから!? 足音すらなかったと思うんだけど……。
「何してるの?」
少女は小さく口を開いた。澄んだ声。
頬を伝う汗が顎に下りる。俺は息を吸い、慎重に言葉を紡いだ。
「道に、迷って……」
十代前半といったところだろうか。目利きに自信があるわけじゃないが、それくらいの年齢だと感じた。冷たく刺さるような視線。不審な目つきは俺を束縛する。逃げたら何かよからぬことが起こりそうな気がして、俺の体は無意識に固まっていた。
少女の発する雰囲気もあるが、考えれば考えるほど不可思議でならなかった。こんな蒸し暑いのに着物を着て、汗一つかいてない。そして少女はどこからやってきたのか。不思議な少女は戸惑いに揺れる俺に優しく語りかける。
「ダメだよ。ここに入ってきたら」
「……すみません」
思わず謝る。少女はゆっくり視線を逸らし、俺が来た方向を見つめる。
「あと二人」
少女はお見通しのようだ。俺は責められているような感覚に駆られ、息を呑む。
少女は俺に視線を戻し、小さな唇を動かす。
「わたしに聞きたいこと、ある?」
彼女は住職の娘さんか? そんな推測がよぎったが、今の俺にはどうだっていい。とにかくここから出よう。俺は優先事項を選定し、質問してみた。
「君は、拝殿に出られる道を知ってる?」
少女は首を縦に振る。
「お兄さんに、教えてくれないか?」
「やだ」
いやいやいやいや! 非常事態なんですけど!? めっちゃ困ってるんですけどー!?
不満が湧き上がるが、ここで少女に当たり散らして泣かれたら、さすがに立ち直れない。
ここは大人としての振る舞いをして、どうにか教えてもらうしかないだろう。俺は咳払いをし、ぎこちない笑みを作る。
「そんなこと言わないで教えてよ~。お兄さんここから出たいんだよ」
そう言いながら一歩段を上る。
「それ以上近づいたら、死んじゃうよ」
俺の足は反射的に止まった。少女からそんな物騒な言葉を生で聞くとは……。
だが少女の眼差しは真剣なものだった。
状況が状況だ。少女の言う通りにするしかない。
「わ、分かった。近づかないよ。ここでいいだろ?」
少女はコクリと頷く。
「どうして、教えてくれないの?」
少女は考えるような素振りで首を傾けると、おもむろに答えた。
「なんとなく」
なんとなくかよっ!!
少女に遊ばれている。年下の女の子に遊ばれている。
虚脱感に打ちひしがれるも、少女の助けは待ち焦がれた希望の光だ。ここで逃す手はない。我慢だ。我慢するんだ、野立貴千。
俺は辛抱強く交渉の糸口を模索する。
「じゃあ、ここを出たら何か買ってあげるよ。高い物は無理だけど、ジュースとかお菓子とか、それくらいなら何でも言ってくれ」
「いらない」
て、手ごわい……。それとも俺が子供に好かれない性質なんだろうか。微妙に傷つくな。
万事休すと手をこまねいていると、少女が切り出した。
「今度は私の質問に答えて。答えてくれたら、道を教えてあげる」
どういうつもりだ?
少女の考えていることはまったく分からない。
とりあえず、道を教えてくれるって言うんだから、ここは大人しく聞いておくか。
「そんなことでいいなら何でも聞いてよ」
俺は親しみやすいように明るい声で寛容な態度を示した。
「なんでここに来たの?」
相手はまだ幼い少女だ。悪い大人だと幻滅するだろうか。誤魔化すか……? いや、楠菜と波戸のことも知ってるんだ。ここで見え透いた嘘はよくない。一応年上なんだし、反省の意思を誠心誠意示す意味でも、本当のことを言おう。
渇いた唇を舐めて答える。
「友達がさ、櫛菜雫神社に秘密の神道があるっていう噂を知って、一緒に森へ入ったんだ。俺はその友達と、秘密の神道を探してたんだけど、見つからなかった。もう日も暮れるし、帰ろうと思ったんだ。でも戻れなくなって、今、こうなってる……」
俺は少女の顔色を窺いながら締めくくった。
少女は真顔で俺の話を聞き終わると、口が綺麗な音を立てる。
「次の質問、あなたは櫛菜雫神社の神様をどう思ってる?」
どう思ってる……? 今日知ったようなもんだし、どう思うかなんて言われてもな。
一応考えてみるが、特に何かあるわけもない。
「実は……今日神社に詳しい友人に聞いたばかりで、あんまり知らないんだ。だから、すごい人なんだろうなーとぼんやり思ってる」
尋問を受けているような感覚に囚われながら、俺は彼女の反応を待つ。
「すごい? どうすごいの?」
そこ突っ込んでくるか。困る質問だった。
なんて返すのが正解なんだ? 背中の汗が止まらない。体の水分がどんどん抜けていってる気がする。だが俺は少女の質問に答えるしか、方法はないんだ。
「神様だし……。そ、それに、神社を大切に思ってる人も多いって、神社に来る前に感じたよ。大切にされてる神様だって、嬉しいんじゃないかな?」
少女は不意に視線を落とす。そこで初めて感じた。少女の悲しそうな顔。
「そうだね……。大切にしてくれてる」
今までもそうだった。少女の声は小さかった。森が静かだったことや彼女の声が綺麗に響く色を持っていることもあって、俺の耳には鮮明に聞こえていた。だが今の声は、より小さく、そして悲哀が強く感じられた。
見た感じ、人の手が入れられていないと思うが、この階段の先には何があるって言うんだ?
素朴な疑問が巡り、真っすぐ伸びる階段の上へ視線を向ける。
…………。
俺の目はおかしくなったのかもしれない。長いこと歩いて疲れが溜まっているせい……。だが俺の瞳は、依然として彼女を捉えていた。鮮やかな紅い着物を着た女の子を。
少女は階段の踊り場に立ち、俺を見つめている。まるで待っていたかのように。
黒いおかっぱ頭に気品漂う佇まい。日に当たってこなかったのか、肌は透き通るように白い。凛々しい大人びた瞳は、俺をじっと見定めている。
森の不気味さも相まって、俺は少女に怯えていた。
いつから!? 足音すらなかったと思うんだけど……。
「何してるの?」
少女は小さく口を開いた。澄んだ声。
頬を伝う汗が顎に下りる。俺は息を吸い、慎重に言葉を紡いだ。
「道に、迷って……」
十代前半といったところだろうか。目利きに自信があるわけじゃないが、それくらいの年齢だと感じた。冷たく刺さるような視線。不審な目つきは俺を束縛する。逃げたら何かよからぬことが起こりそうな気がして、俺の体は無意識に固まっていた。
少女の発する雰囲気もあるが、考えれば考えるほど不可思議でならなかった。こんな蒸し暑いのに着物を着て、汗一つかいてない。そして少女はどこからやってきたのか。不思議な少女は戸惑いに揺れる俺に優しく語りかける。
「ダメだよ。ここに入ってきたら」
「……すみません」
思わず謝る。少女はゆっくり視線を逸らし、俺が来た方向を見つめる。
「あと二人」
少女はお見通しのようだ。俺は責められているような感覚に駆られ、息を呑む。
少女は俺に視線を戻し、小さな唇を動かす。
「わたしに聞きたいこと、ある?」
彼女は住職の娘さんか? そんな推測がよぎったが、今の俺にはどうだっていい。とにかくここから出よう。俺は優先事項を選定し、質問してみた。
「君は、拝殿に出られる道を知ってる?」
少女は首を縦に振る。
「お兄さんに、教えてくれないか?」
「やだ」
いやいやいやいや! 非常事態なんですけど!? めっちゃ困ってるんですけどー!?
不満が湧き上がるが、ここで少女に当たり散らして泣かれたら、さすがに立ち直れない。
ここは大人としての振る舞いをして、どうにか教えてもらうしかないだろう。俺は咳払いをし、ぎこちない笑みを作る。
「そんなこと言わないで教えてよ~。お兄さんここから出たいんだよ」
そう言いながら一歩段を上る。
「それ以上近づいたら、死んじゃうよ」
俺の足は反射的に止まった。少女からそんな物騒な言葉を生で聞くとは……。
だが少女の眼差しは真剣なものだった。
状況が状況だ。少女の言う通りにするしかない。
「わ、分かった。近づかないよ。ここでいいだろ?」
少女はコクリと頷く。
「どうして、教えてくれないの?」
少女は考えるような素振りで首を傾けると、おもむろに答えた。
「なんとなく」
なんとなくかよっ!!
少女に遊ばれている。年下の女の子に遊ばれている。
虚脱感に打ちひしがれるも、少女の助けは待ち焦がれた希望の光だ。ここで逃す手はない。我慢だ。我慢するんだ、野立貴千。
俺は辛抱強く交渉の糸口を模索する。
「じゃあ、ここを出たら何か買ってあげるよ。高い物は無理だけど、ジュースとかお菓子とか、それくらいなら何でも言ってくれ」
「いらない」
て、手ごわい……。それとも俺が子供に好かれない性質なんだろうか。微妙に傷つくな。
万事休すと手をこまねいていると、少女が切り出した。
「今度は私の質問に答えて。答えてくれたら、道を教えてあげる」
どういうつもりだ?
少女の考えていることはまったく分からない。
とりあえず、道を教えてくれるって言うんだから、ここは大人しく聞いておくか。
「そんなことでいいなら何でも聞いてよ」
俺は親しみやすいように明るい声で寛容な態度を示した。
「なんでここに来たの?」
相手はまだ幼い少女だ。悪い大人だと幻滅するだろうか。誤魔化すか……? いや、楠菜と波戸のことも知ってるんだ。ここで見え透いた嘘はよくない。一応年上なんだし、反省の意思を誠心誠意示す意味でも、本当のことを言おう。
渇いた唇を舐めて答える。
「友達がさ、櫛菜雫神社に秘密の神道があるっていう噂を知って、一緒に森へ入ったんだ。俺はその友達と、秘密の神道を探してたんだけど、見つからなかった。もう日も暮れるし、帰ろうと思ったんだ。でも戻れなくなって、今、こうなってる……」
俺は少女の顔色を窺いながら締めくくった。
少女は真顔で俺の話を聞き終わると、口が綺麗な音を立てる。
「次の質問、あなたは櫛菜雫神社の神様をどう思ってる?」
どう思ってる……? 今日知ったようなもんだし、どう思うかなんて言われてもな。
一応考えてみるが、特に何かあるわけもない。
「実は……今日神社に詳しい友人に聞いたばかりで、あんまり知らないんだ。だから、すごい人なんだろうなーとぼんやり思ってる」
尋問を受けているような感覚に囚われながら、俺は彼女の反応を待つ。
「すごい? どうすごいの?」
そこ突っ込んでくるか。困る質問だった。
なんて返すのが正解なんだ? 背中の汗が止まらない。体の水分がどんどん抜けていってる気がする。だが俺は少女の質問に答えるしか、方法はないんだ。
「神様だし……。そ、それに、神社を大切に思ってる人も多いって、神社に来る前に感じたよ。大切にされてる神様だって、嬉しいんじゃないかな?」
少女は不意に視線を落とす。そこで初めて感じた。少女の悲しそうな顔。
「そうだね……。大切にしてくれてる」
今までもそうだった。少女の声は小さかった。森が静かだったことや彼女の声が綺麗に響く色を持っていることもあって、俺の耳には鮮明に聞こえていた。だが今の声は、より小さく、そして悲哀が強く感じられた。
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