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雀たちはケンゴロウの名前を呼びながらあちこち捜し回っていきます。特に見えにくい建物の裏は入念に調べました。飼い犬や川にいたカエルにも聞いてみましたが、ケンゴロウの手がかりはありません。
ポツポツと落ちてくる空の涙が温度を奪ってきます。長時間の捜索は大人の雀でも息が上がっていました。野良猫や人間の子供にちょっかいをかけられたりして、捜索も思うように進みません。他の班と出くわし、一度捜した場所をまた調べてみようとなり、捜索範囲を交換して指定された捜索場所へ向かいました。
イザラメはため息をつきました。集合時間が迫っていたのです。
ケンゴロウは諦めるしかない。ケンゴロウとの思い出がふわりと浮かんで滲んでいく感覚が、イザラメの胸を締めつけていきました。うつむき、声を押し殺して泣くイザラメは、突然響いた大きな音に驚きました。
裏路地に置かれていたごみ箱が倒れた音でした。蓋が取れ、空き缶が道に散らばりました。「いつつ……」と声を漏らしながら、ごみ箱からハクが転がり出てきました。はたとイザラメと目が合うと、ハクは散らばった空き缶を一瞥し、気まずそうに口を開きました。
「どどどうしよう。僕、こんなに大きいもの、直せないよ」
あたふたするハクは、たばこの灰や缶に残っていた飲み物で体中を汚していました。
イザラメは視線を落としてくくっと唸ると、豪快に笑い出しました。ハクは何がそんなにおかしいのかわからず、戸惑いました。イザラメはひとしきり笑うと、先ほどまで打ちひしがれていた様子はなくなっていました。
「ハク。ありがとう。お陰で目が覚めた」
「え?」
「いや、なんでもない。早く見つけてやろう」
「うん!」
ハクは力強く頷きました。
イザラメが駆け出そうとした時でした。路地裏から見上げた空に一つの影。
「イザラメ?」
助走をつけたイザラメが途端に足を緩めたことに、ハクは首を傾げました。
「鷹だ」
「え?」
ハクはイザラメと並び、空を見上げます。電線が走る宙の向こうで、鷹らしき影が空を飛んでいました。
「三羽もいる」
「複数の鷹に襲われることは稀だ。好んで単独行動をする鷹が同じところにいるってことは」
「ッ!? あの近くにケンゴロウがいる?」
「みんなに知らせに行こう」
ハクとイザラメは一度、連絡地に戻りました。捜索に出ていた仲間の雀を招集し、捜索隊のリーダーに複数の鷹がいたポイントを伝えました。すると、リーダーは即断し、息巻いて指示を飛ばしました。班の一つは別働で引き続き捜索し、二羽の雀を連絡地に滞留。残った雀たちでケンゴロウがいると思われるポイントに向かいました。
緊張した面持ちで現地に向かう時も、話は続けられていました。一番肝心のケンゴロウの救出です。
救出は一瞬のミスが命取りになります。素早くかつ冷静に、事を運ばなければなりません。そのためには、あらゆる場面を想定しておく必要がありました。まずはケンゴロウがポイント地点にいるかどうか。ケンゴロウが生きているかどうか。ケンゴロウがどれだけ動けるか。考えうるパターンごとに、行動の仕方を確認し合いました。
とても辛い話も聞かされ、ハクの心はグシャグシャになりそうでした。
覚悟はしていたつもりでした。でも、実際に死んだ雀を見たことのなかったハクは、大人たちの話を半分も理解できないくらいに不安の渦に飲まれていたのです。それでも行かないという選択肢はありませんでした。自分でもわからない衝動がハクを突き動かしていたのです。
捜索隊はポイントに辿り着きました。鷹たちはまだ周辺に留まっていました。
建物と建物の間にある室外機の上に固まっていた捜索隊は、各自最終確認に入っていました。範囲を絞り、素早く効率よく捜索しなければ、それだけ時間がかかってしまいます。時間を追うごとに鷹に見つかる危険がありました。
冷静になれと言われても、早まる鼓動を抑えられそうにありませんでした。
ですが、ただ一つ。何度も作戦を耳にしているうちに、自分の中で明確になっていくものがありました。みんなで楽しそうに食事をする光景。活気ある雀の踊る姿。声高々に歌うみんなの姿は、あの日塞ぎ込んでいたハクにわずかながら生きる力をくれました。楽しい光景にほんのりと悲しみの影がちらつくのは嫌だったのです。
「これが最後のチャンスだ。必ず捜し出すぞ!」
リーダーが活を入れると、雀たちはさながら決戦に向かう戦士のように声を上げました。
雀たちはそれぞれ三羽一組で飛び立ちました。どの雀も行き交う人々の頭の上近くを飛ぶようにしているみたいでした。
大人雀たちが言うには、鷹は決まって高い場所から見渡す傾向があるそうです。鷹は遠くからでもよく見える目を持っているため、離れた場所からでも獲物を狙うことができるのです。それでも見逃してしまうこともあるようで、特に人や車などが多く通るところや細い道などの建物が死角になりやすい場所では、いくら目のいい鷹でも難しいようです。
ハクとイザラメは全感覚を集中させていました。緊張を感じる暇もないほど、目に入るものに注意を払いながら捜し回ります。時にはケンゴロウの名を呼び、返事を期待しました。
イザラメは住宅の庭に入り、並べられた鉢植えの間にも体を入れていきました。ハクは一階の屋根に留まり、色々な角度から見渡してみます。カーポートの屋根や駐輪場、排水溝、物置と建物の隙間。あらゆるところに視線を向けていると、か細いうめき声がかすかに聞こえてきました。
「ケンゴロウ!」
ハクは鋭く声を張り上げました。
また聞こえてきます。
「イザラメ! イザラメ!」
「どうした!」
向かいの家の門柱に飛び移ったイザラメが返事をしました。
「声が聞こえる!」
「! ケンゴロウか?」
「うん! 間違いない!」
同じ捜索班の一羽の雀を呼び、ケンゴロウの声が聞こえたという家に集まりました。
雀たちは喉が切れるかと思うくらいケンゴロウの名を呼びます。
「ほら、また聞こえた!」
「ああ、でもどこからだ?」
大人雀であるオウギも、ハクがケンゴロウの声を聞いた家を重点的に捜し始めました。そこは他の家と違っていました。雑草が高く生えており、家の外壁はくすんでいました。
普段は絶対にやらない行為でした。イザラメとハクは草むらの中に入っていきました。オウギはハッとして口を開きましたが、喉元まで出かかっていた制止を飲み込みました。危険を承知で捜索に出ている現状です。覚悟なしでは見つけられるものも見つけられないと思い、オウギも続きました。
三羽の雀はケンゴロウを呼び続けながら草を押しのけていきます。どんどん声は近づいていました。硬い葉も構わず強引に進んでいくと――――草むらの中にぐったりと横たわっているケンゴロウがいました。
ポツポツと落ちてくる空の涙が温度を奪ってきます。長時間の捜索は大人の雀でも息が上がっていました。野良猫や人間の子供にちょっかいをかけられたりして、捜索も思うように進みません。他の班と出くわし、一度捜した場所をまた調べてみようとなり、捜索範囲を交換して指定された捜索場所へ向かいました。
イザラメはため息をつきました。集合時間が迫っていたのです。
ケンゴロウは諦めるしかない。ケンゴロウとの思い出がふわりと浮かんで滲んでいく感覚が、イザラメの胸を締めつけていきました。うつむき、声を押し殺して泣くイザラメは、突然響いた大きな音に驚きました。
裏路地に置かれていたごみ箱が倒れた音でした。蓋が取れ、空き缶が道に散らばりました。「いつつ……」と声を漏らしながら、ごみ箱からハクが転がり出てきました。はたとイザラメと目が合うと、ハクは散らばった空き缶を一瞥し、気まずそうに口を開きました。
「どどどうしよう。僕、こんなに大きいもの、直せないよ」
あたふたするハクは、たばこの灰や缶に残っていた飲み物で体中を汚していました。
イザラメは視線を落としてくくっと唸ると、豪快に笑い出しました。ハクは何がそんなにおかしいのかわからず、戸惑いました。イザラメはひとしきり笑うと、先ほどまで打ちひしがれていた様子はなくなっていました。
「ハク。ありがとう。お陰で目が覚めた」
「え?」
「いや、なんでもない。早く見つけてやろう」
「うん!」
ハクは力強く頷きました。
イザラメが駆け出そうとした時でした。路地裏から見上げた空に一つの影。
「イザラメ?」
助走をつけたイザラメが途端に足を緩めたことに、ハクは首を傾げました。
「鷹だ」
「え?」
ハクはイザラメと並び、空を見上げます。電線が走る宙の向こうで、鷹らしき影が空を飛んでいました。
「三羽もいる」
「複数の鷹に襲われることは稀だ。好んで単独行動をする鷹が同じところにいるってことは」
「ッ!? あの近くにケンゴロウがいる?」
「みんなに知らせに行こう」
ハクとイザラメは一度、連絡地に戻りました。捜索に出ていた仲間の雀を招集し、捜索隊のリーダーに複数の鷹がいたポイントを伝えました。すると、リーダーは即断し、息巻いて指示を飛ばしました。班の一つは別働で引き続き捜索し、二羽の雀を連絡地に滞留。残った雀たちでケンゴロウがいると思われるポイントに向かいました。
緊張した面持ちで現地に向かう時も、話は続けられていました。一番肝心のケンゴロウの救出です。
救出は一瞬のミスが命取りになります。素早くかつ冷静に、事を運ばなければなりません。そのためには、あらゆる場面を想定しておく必要がありました。まずはケンゴロウがポイント地点にいるかどうか。ケンゴロウが生きているかどうか。ケンゴロウがどれだけ動けるか。考えうるパターンごとに、行動の仕方を確認し合いました。
とても辛い話も聞かされ、ハクの心はグシャグシャになりそうでした。
覚悟はしていたつもりでした。でも、実際に死んだ雀を見たことのなかったハクは、大人たちの話を半分も理解できないくらいに不安の渦に飲まれていたのです。それでも行かないという選択肢はありませんでした。自分でもわからない衝動がハクを突き動かしていたのです。
捜索隊はポイントに辿り着きました。鷹たちはまだ周辺に留まっていました。
建物と建物の間にある室外機の上に固まっていた捜索隊は、各自最終確認に入っていました。範囲を絞り、素早く効率よく捜索しなければ、それだけ時間がかかってしまいます。時間を追うごとに鷹に見つかる危険がありました。
冷静になれと言われても、早まる鼓動を抑えられそうにありませんでした。
ですが、ただ一つ。何度も作戦を耳にしているうちに、自分の中で明確になっていくものがありました。みんなで楽しそうに食事をする光景。活気ある雀の踊る姿。声高々に歌うみんなの姿は、あの日塞ぎ込んでいたハクにわずかながら生きる力をくれました。楽しい光景にほんのりと悲しみの影がちらつくのは嫌だったのです。
「これが最後のチャンスだ。必ず捜し出すぞ!」
リーダーが活を入れると、雀たちはさながら決戦に向かう戦士のように声を上げました。
雀たちはそれぞれ三羽一組で飛び立ちました。どの雀も行き交う人々の頭の上近くを飛ぶようにしているみたいでした。
大人雀たちが言うには、鷹は決まって高い場所から見渡す傾向があるそうです。鷹は遠くからでもよく見える目を持っているため、離れた場所からでも獲物を狙うことができるのです。それでも見逃してしまうこともあるようで、特に人や車などが多く通るところや細い道などの建物が死角になりやすい場所では、いくら目のいい鷹でも難しいようです。
ハクとイザラメは全感覚を集中させていました。緊張を感じる暇もないほど、目に入るものに注意を払いながら捜し回ります。時にはケンゴロウの名を呼び、返事を期待しました。
イザラメは住宅の庭に入り、並べられた鉢植えの間にも体を入れていきました。ハクは一階の屋根に留まり、色々な角度から見渡してみます。カーポートの屋根や駐輪場、排水溝、物置と建物の隙間。あらゆるところに視線を向けていると、か細いうめき声がかすかに聞こえてきました。
「ケンゴロウ!」
ハクは鋭く声を張り上げました。
また聞こえてきます。
「イザラメ! イザラメ!」
「どうした!」
向かいの家の門柱に飛び移ったイザラメが返事をしました。
「声が聞こえる!」
「! ケンゴロウか?」
「うん! 間違いない!」
同じ捜索班の一羽の雀を呼び、ケンゴロウの声が聞こえたという家に集まりました。
雀たちは喉が切れるかと思うくらいケンゴロウの名を呼びます。
「ほら、また聞こえた!」
「ああ、でもどこからだ?」
大人雀であるオウギも、ハクがケンゴロウの声を聞いた家を重点的に捜し始めました。そこは他の家と違っていました。雑草が高く生えており、家の外壁はくすんでいました。
普段は絶対にやらない行為でした。イザラメとハクは草むらの中に入っていきました。オウギはハッとして口を開きましたが、喉元まで出かかっていた制止を飲み込みました。危険を承知で捜索に出ている現状です。覚悟なしでは見つけられるものも見つけられないと思い、オウギも続きました。
三羽の雀はケンゴロウを呼び続けながら草を押しのけていきます。どんどん声は近づいていました。硬い葉も構わず強引に進んでいくと――――草むらの中にぐったりと横たわっているケンゴロウがいました。
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