その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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「へェ、随分変わるもんだな」

リオルは口笛を吹いてシャーロットを迎えた。薄汚れていた肌は血色が良くなり、乾燥した髪も櫛を通され艶やかに揺れている。ドレスと呼ぶには質素な青色のワンピースは、色素の薄い彼女に良く似合っている。痩せ細り痛々しい四肢に少しだけ眉を寄せつつ、オーウェンもシャーロットを褒めた。

「流石ヒューゴの見立てだな。よく似合ってる」

「あ、ありがとうございます」

照れて少しだけ頬を染めるシャーロットに、ヒューゴは苦笑した。

「こちらにお座り下さい。今ニコルが食事を運びます」

「はい」

「お待たせしましたー!」

大きな音を立てて扉を開けたニコルは、その両手いっぱいに皿を乗せていた。彼らが精一杯用意したサラダに、湯気の立つスープ。少し硬くなったパンが、皿の上でコロコロと転がる。

「右手にパン、正面にサラダに、左奥にスープがございます。食べられそうですか?」

「はい。ご丁寧にありがとうございます」

ごくり。ニコルの喉が鳴る。
思わず黙ってしまうのは、リオルも緊張しているからだろう。自分達が食べるならいざ知らず、他人の、しかもまだ幼い少女にご馳走することになるとは。これまでの人生で、一度も想像したことはない。しかも目の前にあるのはザク切りキャベツのサラダと具のないスープだ。

「、あったかい…」

スープを含み、シャーロットは頬を緩めた。もう一度、二度と口に運ぶシャーロットの様子を見るに、スープを気に入ったのだろう。
ニコルも安心したように笑って、シャーロットの様子を見守る。こんなに美味しそうに食べてくれるなら、散らかった調理場の片付けも頑張れる気がする。

(なんかペットに餌あげてる気分…)

「んじゃ、俺らも食っちまおうぜ」

「お嬢様が終わってからに決まってるでしょう」

「え?ダメなんすか?」

全員分の食事を運んだニコルは、驚きよりも不満の方が強かった。折角作ったのだから、温かいうちに食べたい。冷めてしまっては、味は勿論気分も半減してしまう。

「どこに主人と食事をする使用人がいるんですか」

「ココにいんじゃん」

スラムでは食材が手に入れば仲間内で分け合っていた。互いに食材を持ち寄って共に食事をして、またその日を生きるための活力を得るために盗みを働く。自分が首領だから最初に食べるだとか、他の仲間よりも多く食材を食べるだとか、そう言った思考はない。
ヒューゴもリオルのそういった事情は知っている。だがそれは身分社会ではあり得ないのだ。しかも相手は王族に次ぐ権力を持つと言っても過言ではない公爵家。冷遇されているとはいえ確かに公爵の血を受け継いでいるシャーロットである。

「だから、それがダメだと言っているんです」

「えー!俺様もう腹ペコなんだけど!」

「あ、あのっ」

シャーロットが掠れた声を上げると、リオルとヒューゴは言い争いをやめた。このふたりが黙るとは、とオーウェンが感心したようにシャーロットを見る。

「よかったら、皆さんも一緒に食べませんか?折角ニコルさんが作ってくれたのですし」

「ですが…」
「さっすがお嬢!分かってんじゃねェか!」

「リオル。なんですかその失礼な呼び方は…」
「短くて呼びやすいだろ?な、お嬢」

「はい。呼びやすいように呼んでください」

シャーロットはどこか嬉しそうだ。

「な?お嬢が言ってんだから良いだろ?ヒューゴ」

したり顔のリオルに納得はいかなかったが、シャーロットが許可を出した以上反論の余地はない。この屋敷の中で彼女を騙すだけならば、不敬罪に問われることもないだろう。シャーロットは敬称くらいで騒ぎ立てるような我儘な令嬢ではないと、ヒューゴはいる。

「……わかりました。ニコルも涎を拭いて下さい。お言葉に甘えて、我々も座りましょう」

「食べていいんすね!」

「えぇ。お嬢様に感謝して下さい」

「はーい!お嬢、ありがとうございまーす!」

「飯前にして食べられないとか拷問かと思ったよ。どうもな、お嬢」

それぞれが椅子に座り、食卓を囲む。全員が食べ始める雰囲気を感じて、シャーロットは微笑んだ。こうして誰かと食卓を囲むのは本当に久しぶりだ。あの頃程多くのディッシュが並ぶ訳ではないが、それでも誰かと食事ができることが嬉しくて、シャーロットは食べる手が止まらなかった。
すっかりお嬢呼びが定着しつつあることは気がかりだが、シャーロットが納得しているのなら良いかと諦めたヒューゴもまた、スープに手をかける。塩の香りがするのは、他に味付けを知らないからだ。スプーンで掬い、色の薄いそれを口に運ぶ。
そして、手を止めた。

「「「まっず…っ!」」」

「ニコル!なんだこの不味いスープは!?」

「こっちなんかただの葉っぱじゃねーか!なんだこのクソ不味い飯は!?」

「この鳥焼けていないのですが!?」

思わず3人の声が揃う。
これは塩気の強いお湯だ。煮込まれたであろうキャベツの切れ端は煮込まれ過ぎてふにゃふにゃと力なく漂っている。具材と呼べるものはほぼない。リオルの食べたサラダは味などついておらず、彩りと呼べるのはヒューゴが足した人参とコーンだけ。まさに白く磨かれた皿に盛られただけの塩湯と葉野菜である。

「お嬢、こんなの食べたら…」

「え?美味しいですよ?」

シャーロットは淡々とサラダを口に運ぶ。まるで餌を与えられたウサギのようだ。彼女の白さや丸い瞳が、より小動物さを感じさせる。シャキシャキと歯応えの良さそうな音が、静まり返ったそこでやけに大きく聞こえる。
リオルに睨まれ、ニコルは首を振った。シャーロットが食べているものは4人と同じものだ。食材も、メニューも、量も全て。いや、量に関してはむしろニコルが一番多い。これは作ったニコルの特権でもある。

「……苦労してたんだな、お嬢…」

こんな味のしない食事を美味しいと思うなんて。思わずオーウェンは同情した。





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