5 / 26
04
しおりを挟む「へェ、随分変わるもんだな」
リオルは口笛を吹いてシャーロットを迎えた。薄汚れていた肌は血色が良くなり、乾燥した髪も櫛を通され艶やかに揺れている。ドレスと呼ぶには質素な青色のワンピースは、色素の薄い彼女に良く似合っている。痩せ細り痛々しい四肢に少しだけ眉を寄せつつ、オーウェンもシャーロットを褒めた。
「流石ヒューゴの見立てだな。よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
照れて少しだけ頬を染めるシャーロットに、ヒューゴは苦笑した。
「こちらにお座り下さい。今ニコルが食事を運びます」
「はい」
「お待たせしましたー!」
大きな音を立てて扉を開けたニコルは、その両手いっぱいに皿を乗せていた。彼らが精一杯用意したサラダに、湯気の立つスープ。少し硬くなったパンが、皿の上でコロコロと転がる。
「右手にパン、正面にサラダに、左奥にスープがございます。食べられそうですか?」
「はい。ご丁寧にありがとうございます」
ごくり。ニコルの喉が鳴る。
思わず黙ってしまうのは、リオルも緊張しているからだろう。自分達が食べるならいざ知らず、他人の、しかもまだ幼い少女にご馳走することになるとは。これまでの人生で、一度も想像したことはない。しかも目の前にあるのはザク切りキャベツのサラダと具のないスープだ。
「、あったかい…」
スープを含み、シャーロットは頬を緩めた。もう一度、二度と口に運ぶシャーロットの様子を見るに、スープを気に入ったのだろう。
ニコルも安心したように笑って、シャーロットの様子を見守る。こんなに美味しそうに食べてくれるなら、散らかった調理場の片付けも頑張れる気がする。
(なんかペットに餌あげてる気分…)
「んじゃ、俺らも食っちまおうぜ」
「お嬢様が終わってからに決まってるでしょう」
「え?ダメなんすか?」
全員分の食事を運んだニコルは、驚きよりも不満の方が強かった。折角作ったのだから、温かいうちに食べたい。冷めてしまっては、味は勿論気分も半減してしまう。
「どこに主人と食事をする使用人がいるんですか」
「ココにいんじゃん」
スラムでは食材が手に入れば仲間内で分け合っていた。互いに食材を持ち寄って共に食事をして、またその日を生きるための活力を得るために盗みを働く。自分が首領だから最初に食べるだとか、他の仲間よりも多く食材を食べるだとか、そう言った思考はない。
ヒューゴもリオルのそういった事情は知っている。だがそれは身分社会ではあり得ないのだ。しかも相手は王族に次ぐ権力を持つと言っても過言ではない公爵家。冷遇されているとはいえ確かに公爵の血を受け継いでいるシャーロットである。
「だから、それがダメだと言っているんです」
「えー!俺様もう腹ペコなんだけど!」
「あ、あのっ」
シャーロットが掠れた声を上げると、リオルとヒューゴは言い争いをやめた。このふたりが黙るとは、とオーウェンが感心したようにシャーロットを見る。
「よかったら、皆さんも一緒に食べませんか?折角ニコルさんが作ってくれたのですし」
「ですが…」
「さっすがお嬢!分かってんじゃねェか!」
「リオル。なんですかその失礼な呼び方は…」
「短くて呼びやすいだろ?な、お嬢」
「はい。呼びやすいように呼んでください」
シャーロットはどこか嬉しそうだ。
「な?お嬢が言ってんだから良いだろ?ヒューゴ」
したり顔のリオルに納得はいかなかったが、シャーロットが許可を出した以上反論の余地はない。この屋敷の中で彼女を騙すだけならば、不敬罪に問われることもないだろう。シャーロットは敬称くらいで騒ぎ立てるような我儘な令嬢ではないと、ヒューゴは知っている。
「……わかりました。ニコルも涎を拭いて下さい。お言葉に甘えて、我々も座りましょう」
「食べていいんすね!」
「えぇ。お嬢様に感謝して下さい」
「はーい!お嬢、ありがとうございまーす!」
「飯前にして食べられないとか拷問かと思ったよ。どうもな、お嬢」
それぞれが椅子に座り、食卓を囲む。全員が食べ始める雰囲気を感じて、シャーロットは微笑んだ。こうして誰かと食卓を囲むのは本当に久しぶりだ。あの頃程多くのディッシュが並ぶ訳ではないが、それでも誰かと食事ができることが嬉しくて、シャーロットは食べる手が止まらなかった。
すっかりお嬢呼びが定着しつつあることは気がかりだが、シャーロットが納得しているのなら良いかと諦めたヒューゴもまた、スープに手をかける。塩の香りがするのは、他に味付けを知らないからだ。スプーンで掬い、色の薄いそれを口に運ぶ。
そして、手を止めた。
「「「まっず…っ!」」」
「ニコル!なんだこの不味いスープは!?」
「こっちなんかただの葉っぱじゃねーか!なんだこのクソ不味い飯は!?」
「この鳥焼けていないのですが!?」
思わず3人の声が揃う。
これは塩気の強いお湯だ。煮込まれたであろうキャベツの切れ端は煮込まれ過ぎてふにゃふにゃと力なく漂っている。具材と呼べるものはほぼない。リオルの食べたサラダは味などついておらず、彩りと呼べるのはヒューゴが足した人参とコーンだけ。まさに白く磨かれた皿に盛られただけの塩湯と葉野菜である。
「お嬢、こんなの食べたら…」
「え?美味しいですよ?」
シャーロットは淡々とサラダを口に運ぶ。まるで餌を与えられたウサギのようだ。彼女の白さや丸い瞳が、より小動物さを感じさせる。シャキシャキと歯応えの良さそうな音が、静まり返ったそこでやけに大きく聞こえる。
リオルに睨まれ、ニコルは首を振った。シャーロットが食べているものは4人と同じものだ。食材も、メニューも、量も全て。いや、量に関してはむしろニコルが一番多い。これは作ったニコルの特権でもある。
「……苦労してたんだな、お嬢…」
こんな味のしない食事を美味しいと思うなんて。思わずオーウェンは同情した。
.
11
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる