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しおりを挟む「あーコレコレ。懐かしいなぁ…」
ぬめり
なまあたたかく
はなにこびりつくにおい
「結局、こういうのから逃げられないんだな」
久しぶりに見る血の海は、やけにドス黒い気がした。
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「なんで殺しちまったんだ?」
まるで赤子に尋ねるように優しく、だが呆れたようにリオルは尋ねた。返り血で黒く染まった服を脱ぎ捨てて、オーウェンは回送した。
「ここ出てすぐに殺されかけたんだ。応戦したら、案外あっさり死んだから俺のせいじゃない」
待ち構えていたあの男達は、ここの監視をするのは初めてではないと推測できた。恐らく、誰かに頼まれて度々様子を見にきていたのだろう。使用人達の姿が見えずに奇襲を掛けようとして機を狙っていたと思われた。
そこに何の土地勘もない自分がポッと現れて、相手も兎に角自分を始末することしか頭になかったと思われる。相手の意図を聞き出そうとする余裕はなかった。だって、殺されなければ殺されていた。それだけ相手は危機迫っていたのだ。
「や、そこは手加減するとこなんじゃ…」
「文句あるの?ニコル」
「文句はないっすけど…」
とはいえ、情報を得る事なく終えてしまったのは痛手だ。相手の狙いが分からない事には、対処のしようもない。
オーウェンの憶えている限り、暗殺者宜しく黒い服に身を包んだ亡骸は3つ。全ての頭巾を取り除くが、その顔には見覚えがなかった。絶対に自分達の追手ではない。
ならば、と思い当たるのはシャーロットだが、シャーロットに元々仕えていたセバス達に、暗殺者を返り討ちにできるような戦力はないだろう。ということは、これは誰が差し向けたのか。いや、そもそもここをディライト家と知ってのことか…今となってはその真意は汲み取れない。
「分かってるよ。殺したのは軽率だった」
「でもそれだけ手練れだったと言うことでしょう?」
紅茶を飲み干して、ヒューゴは底に溜まった茶葉を見つめる。
「オーウェンなら、相手を拷問する事も出来たはず。それが出来なかったのは相手がそれなりに厄介だったとしか思えません」
「別にそこまでじゃないけどな」
混乱し統率が取れなくなった集団ほど手の掛かる相手はいない。
「不意を突かれて殺しちまうぐらいなんだろ?」
分が悪い。オーウェンは溜息を吐いた。
自分達は盗賊だ。追われる立場である以上、必ずしも刺客が既知の者とは限らない。やはりひとりくらい生かして問い詰めるべきだった。それは自覚しているが、この数日で平和ボケしてしまったのか、手加減が出来なかった。
「心当たりもねェし、これ以上は無駄だろ」
「そーっすね。それじゃ腹は膨れないし」
「腹って…お前すっかり料理人だな」
「僕は今日肉しか出せないんすよ!さっきリオルさんが持って来たのだって、猪と兎だし!」
「あぁ?当たり前だろ?肉が食えりゃ生きていける。草で腹が膨れるか?」
「バランスの問題でしょう。貴方は偏り過ぎです」
「そうっすよ。こういうとこ、リオルさんは雑なんすから」
水を得た魚のように、得意気にニコルは頷く。それだけヒューゴという味方は心強かったのだ。
しかしリオルからすれば、この屋敷を囲む森は食用に向かないものばかりなのだ。苦味とエグ味が強くて口にできるようなものではなかったり、毒草や毒茸のようなものだったり。
「どうやってお嬢を誤魔化すんすか…。野営に慣れてる僕らならまだしも、お嬢は肉だけなんて食べた事ないんじゃないっすか?」
「あの使用人達がどうしていたか分かりませんが、寧ろ肉を食べられなかったと思います。肉だけの食事を口にできるかどうか…」
ヒューゴは頭が痛かった。サラダだけ、スープだけならば誤魔化せるが、肉だけというのは耐えられると思えない。本来なら前菜から少しずつ食事を愉しむのが貴族なのだ。彼の記憶するシャーロットも、完璧なマナーを見せていた。
「……それなら、なんとかなるよ」
「オーウェン?」
「野菜なら、多分届いてる」
オーウェンは確信していた。あの倉庫に増えた荷物のことを。シャーロットの言っていた時期と、月の満ち欠けと、全てが一致しているのだ。増えた謎の荷物の中に、食材は入っているはずである。
「………もしかして、シャーロットが言っていた荷物が届いたのですか?」
「あぁ、ご丁寧に。中は見てないけど、多分間違いない」
「それは助かるっす!で、それはどこにあるんすか?」
「庭の端の倉庫だよ。多分あれも魔道具なんだろうな。気配なく急に増えてたから」
最早魔導具の存在では驚かない。
それが確かに魔導具なのか確認したら訳ではないが、他に絡繰は思い付かないから間違いないだろう。何より、大国クォーツの公爵家なのだ。リオルやニコルは愚か、オーウェンも、ヒューゴでさえも知り得ない知識や技術があっても、驚きもしない。
「んじゃ、早速取りに行かないとっすねー。あ、でもそれじゃお嬢、今月はお祈りし損ねちゃったっすね」
「今月は諦めて貰おうぜ。俺達使用人も新参だし、お嬢の性格じゃ許してくれんだろ。黙ってりゃ分かんねーって」
意気揚々と、リオルはオーウェンを引き摺り倉庫へと向かう。その背に続きながら、ニコルはふと天井を見上げた。上の階の彼女は、何も知る事も出来ないのだ。自分達が見たものを見る事も叶わず、正しい情報を知る術を持たない。
その事実に、少しだけ寒気がした。
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