その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

文字の大きさ
12 / 26

11

しおりを挟む





(……どうしたもんかねぇ)

ガシガシと乱暴に頭をかいて、リオルは目の前で紅茶を飲むシャーロットを見遣った。
茶色く枯れ果てた薔薇の葉が一枚落ちる。丸裸の木がどんな葉を纏うのかも、低木の花が何色なのかも、伝える事は叶わない。このディライト領は比較的寒い地域だから、リオルの知る植物と同じものは、見渡す限り少なそうだった。
シャーロットは何も言わない。ただそこにいて、ヒューゴが用意した紅茶を飲み、風に吹かれている。本も読めないし、景色を楽しむことも出来ない。その目は開かれることはない。リオルつまり、今彼が狩猟後で血と泥に汚れたシャツを着ている事も、シャーロットは分からない。

「あー…。どうしたんだ?」

リオルは困っていた。貴族なんて糞喰らえだが、自分達と食卓を囲み、どんな口を聞いても咎めず、あまつさえ感謝を述べるこの令嬢に、心許すとまでは言わずとも情に流されつつある事は自覚している。
そもそもリオルはスラム出身だ。スラムでは年若い者の世話を焼いていたし、その為に悪事を働いた事もある。体に残る傷痕は、自分の舎弟ならぬ同胞達を守った勲章であり、彼の誇りだ。
とどのつまり、彼は弱者に弱かった。
シャーロットに強く出れないのも、彼女の為に尽くすヒューゴを止めないのも、無意識にシャーロットをと思っているからである。

「特に何もありませんよ?」

事もなげにシャーロットは応えた。こてんと首を傾げるその姿は良いカモのようで、もしスラムにいた時期だったら、この装飾品を剥ぎ取って、命さえ奪うことを厭わなかったかもしれない。

「……今は、リオルさんだけですか?」

どうしたものか、と考えていた矢先、シャーロットはリオルに尋ねた。それに是と答えれば、彼女はそうですか、とどこか困ったように眉を下げる。

「何?俺だけじゃ不満ってか?」

つい声が低くなってしまうのは、ご愛嬌だ。

「いえ!そういう訳ではないんです」

シャーロットはすぐに否定した。

「誤解させてしまってすみません。ただ、いつも庭から楽しそうな声が聞こえていたので、降りてみたいと思ってしまって」

「へェ、じゃお嬢は、俺とオーウェンの話を聞いてた訳だ?盗み聞きなんてヤラシーお嬢だな」

「盗っ…、違います!流石に会話の内容までは聞こえません!ただ笑い声とか、楽しそうな雰囲気だな、というのは伝わって来ますが…」

顔を真っ赤にするシャーロットを見るリオルの瞳は、玩具を見つけた子供のようだった。勿論、シャーロットが盗み聞きしていたとは微塵も思っていないし、もし聞こえていたとしても不可抗力だろうと思う。ただ、彼女は自分の言葉を信じるしかないから、まさかニヤニヤ笑って面白がっているなんて、全く気付かない。

「皆さん、仲が良いんですね」

「そうかァ?仲良しって程じゃ…」

言いかけて、リオルは恥ずかしそうに頬をかいた。言い得て妙だと思う。だって、それなりの仲じゃなければ、こんなに長い付き合いにはならないだろう。割り切った関係だと思っているが、オーウェン達に何かあれば死を覚悟してでも守ろうとするだろう。それは首領としてであり、仲間としての情でもある。
ニコルとは、彼が生まれて間もない頃からの付き合いだ。オーウェンやヒューゴも、少なくとも5年は連んでそれなりに上手くやっている。全員が貴族社会への反抗心を抱いていたから、偶然気が合ったとも言えるだろう。

(それでも、お嬢サマと一緒に生活するたァ、昔の俺は思ってもみなかったよな。まぁ、それは今もそうだけど)

貴族は自分達の利益しか考えない。スラムの人間などいないもののように扱い、平民すら蔑んでいる。他人を蹴落としていかに裕福に暮らすか、私腹を肥やし、這いつくばって生きる者を嘲笑する。そんな貴族が大嫌いだ。
貴族なのに貴族らしい生活をせず、与えられたものを享受することしかできない彼女を、可哀想だと思った。それはきっとオーウェンも同じ。自分よりも可哀想だと思う事で、彼女のいる今の生活を受け入れている。

(結局俺も、優越感ってのを感じたかったのか。胸糞悪ィ…)

それじゃあ貴族と同じだ。ふるふると首を振ってみても、リオルの痛い所を突いた自覚は、拭えてくれない。チクリと胸が痛んだのも気のせいだ。
貴族に対して罪悪感なんて、抱きたくなかった。

「リオルさん?」

思考に耽ったリオルを、シャーロットが呼び戻す。渦の中にいた思考は、すとんと元に戻った。

「ん?あぁ……、何でもねェよ。お嬢がスラスラ喋れるようになって、感動しただけだ」

「それは皆さんのお陰です」

にこり、シャーロットは笑った。

「お話しながら食事をしたり、美味しい食事にお茶…本当に感謝しています」

「や、あれは不味いだろ」

最近は肉や野菜も入り、多少食べられるようになったが、それでも味付けは一定しないし、相変わらず水っぽい。それでもシャーロットは美味しいと言う。この大きな屋敷に住みながら、野営のようなあんな薄味を褒める彼女に、なけなしの良心が疼く。

「笑顔は最高のスパイスだそうですよ」

「それ誰が言ったんだ?」

「ニコルさんです」

(しかいねェよなぁ…)

ヒューゴやオーウェンがあの食事で満足するはずがないし、ニコルを慰めるような生優しい性格ではない。自分達の意見を曲げることはない頑固者達で、美味いものは美味い、不味いものは不味いと無遠慮に口にする人間ばかりだ。

「ただの言い訳じゃねェか。……そもそも、お嬢見えねーだろ」

「そうでした」

ふたりとも笑った。

(明るくなった、よなぁ)

決して悪い気はしない。スラムの人間のようにボロボロだった少女は年相応に美しくなり、色々な表情を見せるようになった。その変化が自分達によってもたらされたものだと思うと、ならず者な自分達が至極真っ当な人間のような錯覚を起こす。

(ガラでもねェ)

貴族令嬢と騙し合いでもないのに笑い合うなんて、考えられなかった。何の探り合いもなく穏やかに時間を共にするなど考えたこともなかった。
でも、決して悪くない。それはシャーロットだからであって、きっと彼女じゃなければ受け入れられなかっただろう。自分の変化に気づきたくなくて、リオルはシャーロットから視線を外した。






.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

処理中です...