その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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「お嬢!これ見てください!」

「可愛いですね」

「これ、美味しくできたんすよ。お嬢もどうです?」

「えぇ、美味しいです」

ニコルの寵愛は留まることを知らず、リオルは物珍しそうにニコルとシャーロットのやり取りを眺めていた。元々この盗賊団の中で末っ子ということもあるのだろうが、あまり物欲がなくお溢れで喜ぶような、そんな男だった。どちらかというと謙虚であまり意思表示をしないから、リオルがヤキモキしていたのは記憶に新しい。
そんなニコルが、シャーロットへ惜しみない愛情を与えている。可愛い妹を愛でるかのような会話だが、シャーロットが笑みを浮かべれば嬉しそうに笑うニコルの笑顔は、間違いなく本物で。

「ただのお情けではないようですね」

「まさか本気とはねぇ…」

ヒューゴとオーウェンも、驚きを隠せなかった。前述の通り謙虚と言えば聞こえが良いが、ニコルは無関心だ。興味を持っていないから、何を与えられても、命じられても、そういうものかと受け入れてしまう。
そんな彼が少女の気を引こうと必死になっている。いや、彼は必死なのではない。自分の愛情を隠す必要がないから、ありのままに愛でているだけだ。

「お嬢への同情が愛情に、か。そう簡単に変わるもんかねぇ」

「お嬢の境遇に同情して、可愛がってる内に欲しくなったんだろうね。少なくとも、俺らに取られるくらいなら自分のモノにしたいって思うくらいには」

リオルもシャーロットには同情した。だから、ヒューゴがシャーロットの婚姻の話を出した時に、そうなったら面倒を見ればいいかと思うくらいには絆されていた。別に盗賊団に戦えない少女が入るだけだ。自分達は、女一人守れないほど弱くもない。

「あとはお嬢がどうすんのか、だな」

「結局あの場では祈りもニコルの求婚も見送りましたからね。嫌いというわけではないでしょうが」

ニコルと話すシャーロットは優しい表情を浮かべていて、どこか気を許しているように見える。相手の警戒心を解く…というより、単なる空気が読めないニコルの性格が、シャーロットには心地良いのだろう。

「脈はないわけじゃねェよな。となれば、残る理由はアレか」

「えぇ。……でしょう」

メアリーとの約束の日時を破って祈ること。それがどんな状況を生み出すのか、シャーロットは計りかねている。それはヒューゴも思う所があった。
シャーロットが神子であるというのも半信半疑だが、もし真実だとしたら、メアリーの意思に反して祈りが捧げられ結界が強化されることを、国民はどう思うか。ディライト公爵家の陰謀を疑わない筈がない。そしてそれは、ディライト家を目の敵にする家にとって、付け込む隙を与える事になる。幾らシャーロットが公爵から不遇を受けようと、彼女自身が家族を貶める事を良しとするとは思えなかった。
人と話すのが苦手だというシャーロット。自分の知らぬ間に何があったのか知らないが、あの優しい天使の悲しむ顔は見たくないと、そう思うくらいの情はある。

「ニコルさん、これは何ですか?」

「それは泡立て器っすね。卵とか混ぜるのに使うんすよ。お嬢が見えるようになったら一緒に作りましょう!」

「一緒に、ですか?」

「嫌っすか?」

「嫌ではないです!ただ、私でお役に立てるかどうか…」

「それなら大丈夫っすよ!僕も料理初心者なんで!」

最早正規の使用人でないことを隠そうと思ってもいないのか、ニコルは正直に話している。それに気づかないシャーロットではないだろうが、彼女はニコルを問い詰めることはなく嬉しそうに笑っている。

「一緒に料理…。楽しそうですね」

「きっと楽しいっす!お嬢なら失敗しなそうだし」

「それは買い被りすぎですよ」

「少なくとも僕よりマシだと思うっす…。あ、でも僕、お嬢に美味しいって言って貰えるように、これからも料理の腕磨くんで、楽しみにしててくださいね!」

「ふふ、今でも十分美味しいですが、楽しみにしています」

仲が良くて何よりだ、とオーウェンは頷いた。シャーロットの毒気のなさは、元々素直なニコルにとって癒しとなったのだろう。

(世話している雛鳥達がピィピィ言っているように見えるのは、きっと気のせいだ)

「そういえば、お嬢に婚約者はいなかったの?公爵家の令嬢なら縁談はあったと思うけど」

「俺が知っているのは、王太子妃候補として、ディライト家からはメアリーとシャーロットのふたりが選ばれていたと聞いています。メアリーとスティーブ殿下は歳が同じですし、シャーロットも2つしか変わりませんからね。公爵がどちらも差し出していて、貴族社会では反感を食らっていましたよ」

「普通、優秀な方を薦めるんじゃないの?」

「それは勿論。これは推察ですが、恐らくメアリーよりもシャーロットの方が器量良く王妃に向いていたのでしょう。ただ、長女であり気位の高いメアリーの手前、シャーロットだけを推薦する訳にいかなかったのかと。公爵夫人も苛烈な方だと噂ですしね」

「母親なら、娘のどっちが選ばれても良くないか?」

「メアリーとシャーロットは異母姉妹です。シャーロットは幼い頃に母親を亡くしていますから、義母である公爵夫人からしたら、面白くないでしょうね」

「なんかドロッドロだなァ。そりゃあお嬢もやさぐれるわ」

シャーロットの自虐性はその家庭にあったのだと思うと、益々ここでの生活が良かったんじゃないかと思えてしまう。使用人から冷遇されるとはいえ、義母や姉との関係が破綻する中、素直に生きられる筈がない。

「それにしてもお前は本当にディライト家に詳しいな」

「高位貴族のゴシップは社交界の鍵ですから」

まさか盗賊になってからも情報が活きるとは、流石に予想していなかったが。

「…ところで、オーウェン。掃除を任せても?」

(またか)

オーウェンはすぐに頷いた。
今度こそ殺さずに事情を聞かなければ。





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