その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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大きな紙袋の中には、真っ赤な果実が沢山入っている。
今日のおやつはアップルパイ?なんて可愛らしく尋ねる少女に、母親はそうねと笑った。今日は教えてもらったばかりのレシピを試してみようかしら?と小さな手を握り返せば、少女はその手をぶんぶんと大きく振る。可愛い我が子の笑顔が嬉しい。
しかしふと、少女が歩を止めた。不思議そうに、その大きな瞳を丸くして、手を伸ばす。自分の後ろ、空を指した。

「お母さん、あれなぁに?」

問われ、母親は顔を上げた。空に入った不自然な亀裂の向こう、黒い矢が飛び交っている。



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まるで象を横たえたかのような大きなテーブルには、山積みになった書類で溢れかえっている。花や蔦をあしらつた深みのある色の絨毯は、もはや紙の海に呑まれて拝むことも出来ない。出入りする文官の往来に気圧された騎士達は、壁に張り付いてその勢いに圧倒されていた。

「王よ!西の砦から援軍要請です!」

「南のジャニス領、アーベイルが水没したと報告が!」

「東より難民が押し寄せています!難民キャンプの設営費と維持費の捻出はどうなっていますか!?」

「王よ!」

次々に舞い込む衛兵や騎士の報告に、宰相の催促。エドガー王はどうしたものかと頭を抱えた。こんなに次々と問題が起こり、煩雑となっているのはここ数年無かったことだ。原因不明の災害に西からの人災、東の領土では何があったのか原因も分からないという。
何故こんなことになったのか。心当たりは大いにある。

(メアリー嬢の祝福失敗の余波か)

だが、その原因は分かっていない。諜報員を動員したはずだが、色好い情報は得られていない。
だがその結界が綻び始めていることを、他国は察知したのだろう。もしかしたら、諜報員が祝福失敗の瞬間を見届けていたかもしれない。それが母国へ通達されれば、クォーツ王国という資源が豊富な国を手に入れたいと思う国々が侵攻して来るのは容易に予測できた。

「西の軍勢は?」

「はっ!およそ1万!騎士が迎撃しておりますが、相手は飛び道具を使用しています。結界がヒビ割れ、被害が拡大していると!」

「とりあえず第二騎士団を派遣してくれ。ジャニス領の被害報告はどうだ?」

「現在、ジャニス辺境伯が領民を隣のベルベリー領に送り、収集に当たっておられるとのこと。ですが、ベルベリー伯爵より援助要請が出ております」

「そこはアランに任せるようスティーブに伝えよ。アランが自領に戻らねばならぬなら、他の護衛騎士をスティーブに回して…」
「それはお断りします、父上」

件のアランを引き連れたスティーブが颯爽と現れると、騎士達は道を開けた。エドガーの髪は乱れ、寝不足なのか隈がくっきりと刻まれている。こんな父は久しぶりに見たな、とスティーブは他人事のように思いながら、象のような執務机に手をついた。

「アランは私の直属です。その案は譲れません」

「しかし、自領の危機だぞ?アランも伯爵を…家族や領民を見捨てたくはないだろう?」

「アラン、発言を許可する。国王に言ってやれ」

ちらり、アランはエドガーを見た。スティーブに同意するように頷くエドガーに、アランは礼を取る。

「畏れ多くも国王陛下に申し上げます。私は、スティーブ殿下の元を離れるつもりは御座いません」

「なんと!貴殿はそれで良いのか?」

「我が領は父が手を尽くしております。私がすべきことは、その根源の解決であります故、ご容赦願います」

「根源とな?貴殿には心当たりがあると?」

エドガーは怪訝な顔をした。一護衛騎士に何がわかるのかと。ともすれば、アランこそこの危機の原因なのではないかと疑う程に。しかし、その視線を遮るように、スティーブがアランとエドガーの間に立ちはだかる。

「父上もお察しではありませんか?」

「……何が言いたい」

「この場に呼び出していないのも、思う所があるのでは?」

無意識だったのか、忘れていたのか、それは宰相にも分からない。だが、指摘されて思い出されるのは、波打つ艶やかな金髪を持つ一族だった。

「この急務の中、王城に現れない公爵。そして、ディライト公爵の治める北の領地だけは免れている被害。これは、偶然でしょうか?」

「……まさか、公爵が王家を謀っていると?」

「そこまでは申し上げません。ですが、事実我が国の北方からは何の被害報告も出ておりません。…メアリー嬢は、結界の構築に失敗しているのに」

ディライト公爵領はクォーツ王国北部にある。その地は決して僻地ではないが、王都からは離れていて周囲との交流も決して多くはない。精々キャラバンが通うくらいだ。そんな場所なら真っ先に被害が出ても良い筈なのに、北部にある騎士団のディライト支部からは、何の報告も上がっていなかった。

「しかし、王都にも侵略者の報告があったのだぞ?幾ら公爵と言えど、本邸のある王都を危険に晒すような真似をするとは思えん」

「えぇ、あくまでも推測です。なので私は、独断で北に騎士を派遣しました」

「……事後報告か。自由に使いおって」

「アランの弟と、その優秀な同僚です。彼らなら、きっと何かを掴んでくれる筈」

「アーノルドの同僚というと…ベルベリーの次男とな?」

「えぇ。それにアーノルド伯爵は中立派。かの伯爵令息なら、冷静な判断で調査をしてくれるでしょう」

「なるほど、アーノルドとベルベリーか…。それならば、何の憂いもないな」

どちらもディライト公爵家への偏った意図のない家だ。それならば公平に判断できるだろうとエドガーも同意した。こういう時、息子ながらに先読みの才があるなと感心してしまう。
少しだけ肩の荷が降りた気がして、エドガーは長い溜息を吐いた。

「早くお前に王位を譲りたいよ」

「勘弁して下さい。私は未熟者ですよ」

どの口が言うのか、とアランは内心苦笑した。

「アランにはこのままここでシエルからの情報を受けてもらいます。ベルベリー領にはアランの信のおける者を派遣します」

「それで構わん。……頼んだぞ」

「勿論です」

王家に仇成すつもりなのか、それとも謀っているのか。いずれにせよ今が公爵家を暴くチャンスである。

「神子のカラクリ、必ず明かしてみせます」

もう惑わされないと誓った。





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