16 / 26
15
しおりを挟む「あー!寒い寒い寒い!なんでこんなに寒いのさぁ!」
「寒いばっかり言っていたら、本当に寒く感じてしまうよ。こういうのは気の持ちようじゃないかな?」
「それはヒースだけでしょ?もう、兄上は本当に人使いが荒いんだから!」
「これは殿下の命令じゃなかったかな?」
「アラン兄上が進言したに決まってるよ!」
枯れ木と深い緑に覆われた視界。閑散とした家々の間を、シエルとヒースは身を縮めて歩いていた。吐息は白く上り、深く被った帽子から僅かに露出した頬が、寒さで真っ赤に染まっている。
温暖な時期のない北の大地。それは、観光地として有名である一方、その生活の厳しい環境から僻地と呼ばれる場所でもあった。この地を治めるのが、神子を輩出したディライト公爵である。
「領主代行の館は門前払いだし、とりあえず宿で暖まろうよ」
「そうだね。このままだとシエルが凍ってしまうかもしれないし」
宿の手配はアランが済ませてくれている。僻地とはいえ騎士団の支部もある場所だ。騎士団の宿舎には泊まれずとも、宿を手配するくらいの手続きならば簡単だっただろう。地図を頼りに宿に入れば、女将は長期滞在という上客を歓迎してくれた。
「領主へのアポは改めて取るとして、これからどうしようか?ノースヴァレーが唯一の街だったよね?」
「うーん、悩ましいよね。兄上も殿下も何かしら調べて来いとしか言わなかったから、領主代行に聞くのが早いと思ったけど…。あの様子だと、領主代行にはずっと会えない可能性もあるよね」
シエルは悩ましげに溜息を吐いた。騎士団だと名乗り出たというのに、門番は毅然としてふたりを追い払った。本来ならば王国騎士団にそんな態度を取るなどあり得ないのだが、ディライト家は王都でも発言力のある家だ。不敬だなんだと言った所で、取り合って貰えないだろう。
それに、騒ぎ立てて大事にするのは、シエルもヒースも望んでいない。それではスティーブの指示に反してしまう。
「結局、ディライト領の地図もノースヴァレーのことしか描かれていないから、手掛かりにはならなそうだよ」
「八方塞がりってことかぁ…。あ、女将さん、このおすすめビーフシチュー2つお願い」
手早く注文を済ませて、シエルは天を仰いだ。
ノースヴァレーの寒さも、物語として聞く分には冒険譚のようでわくわくしたものだが、実際はこんなに過酷なのだ。出来るならば動き回るのは最小限にしたい。そんな欲が滲み出ていたのだろう、気心の知れたヒースはくすくすと笑っている。寒さに強いのか、元々の性格なのか、弱音を吐かないヒースは気に障るが、頼もしいのもまた事実である。
「ふたりは騎士様なのかい?」
女将は人好きする笑みを浮かべながら、ふたりのテーブルにお茶を置いた。暖炉の炎がゆらゆらと揺れる度に、女将の顔に少しだけ影がさす。
「そうだよ。ここへは着いたばかりで、わからない事だらけだから、見て回っているんだ」
ヒースは差し障りない回答を終え、お茶を流し込んだ。冷え切った体にじんわりと熱が拡がる。平気なふりをしていたが、だいぶ堪えていたらしい。あっという間に飲み干したお茶に物足りなさを感じていれば、女将は直様お茶を追加してくれた。
「ここは山間の滝や森が観光地だからねぇ。騎士様からしたら退屈かも知れないね」
「やっぱ自然が有名なの?」
「そりゃあ、こんだけ色気のない景色は、他じゃなかなか見れないからね」
(それって誇らしいのかな…)
女将の考え方が少しズレているような気がして、シエルは思わず笑ってしまった。
「ここでの生活は辛くないのかい?」
ヒースは純粋に疑問に思った。一年中寒くて、作物だって限られる。そんな環境の中で生き続けるのは容易ではない筈だ。しかし、女将は少しだけキョトンとした後、豪快に笑い飛ばした。
「何言ってんだい!ここは天使が住まうノースヴァレーだよ?光栄でこそあれ、辛いなんて言ったら罰当たりじゃないか」
「天使?」
「なんだ、知らないのかい?」
女将は得意げにテーブル上の地図を見た。ノースヴァレーの少し北、ルイン帝国どの国境付近にある山脈を指して、ニヤリと笑う。やや年配のその女将は、悪戯っ子のように無邪気な笑みを浮かべている。
「ここには公爵家の別邸があってね。そこは満月の夜になると、光の柱を作り地上に降臨なさるのさ。ほら、あの絵を見てご覧」
壁に絵画が飾られている。夜空の下に館がひとつ。その館の周りは深い森に覆われていて、一筋の光の柱が、夜空を割っている。緑と光のコントラストが、鮮やかに描かれている。
「館に住む天使様が、年中薄暗いこの地域の人間の為に光を見せてくれるんだよ」
「女将、また天使の話してんのかぁ?」
「兄ちゃん達、騙されるなよ?実際廃墟に住んでんのは幽霊だからなぁ!」
女将とふたりの話を聞いていたのだろう。ゲラゲラと笑う常連客を女将は一喝する。いつも通りのやり取りなのだろう。店主も女将を止めることはなく、一緒になって笑っていた。
「あんな光の柱、一度見たら虜になるよ。お前さん達も見れると良いねぇ」
「まぁ確かに、あれは壮観だな。ここじゃいつも鉛雲に覆われてて、いつ光の柱が見れるのかわからないが…、天使が舞い降りるんだって言われても納得しちまう光景さ」
「天使降臨かぁ。ロマンチックだね!」
シエルは胸が熱くなった。別にロマンチストではないが、物語を読むのは好きだし、神子の祝福も信者ほどではないが夢を抱いている。しかし、シエルの感動に反して、ヒースは難しい顔をしていて。シエルは怪訝に眉を寄せた。
「どうしたの?ヒース」
「いや…。ねぇ、女将?その廃墟というのは今もこの山脈にあるのかな?」
「そりゃあるさ!公爵様の別荘なんだから」
「べっ、そう…。そ、それって、ディライト公爵の!?」
「さっきも言っただろう?ここはディライト領だってのに、他に何があるってんだい」
シエルとヒースは顔を見合わせた。
もう一度地図を見る。女将が指したのはルイン帝国との国境付近にある山脈。詳細には書かれていないが、ここノースヴァレーから更に北上した位置。そこに、建物らしきものは示されていなかった。
.
22
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる