その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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鈍く光る一閃が風を割く。木々から零れ落ちる葉が幾重にも重なり、泥濘んだ地に色を足してゆく。
手強いな、とヒースは思った。足止めして、なんとか出し抜こうと思うのだが、オーウェンはそれを許してくれない。シエルが向かう先にも、この男の仲間がいるのだろうと思うと悠長にしていられなかったが、焦れば焦るほどとオーウェンはそこを突いてくる。ヒリッとした痛みに目を細めた。頬が少し切れたらしい。

「すばしっこいな、あんた」

「速さは僕の売りだからね」

しかし武が悪い。それはお互い様だった。オーウェンもまた、素早さを武器にするタイプだ。似たような戦い方をする自分達は、実力差がものを言う。場数で言えばオーウェンが勝り、基礎の地盤で言えばヒースが勝る。
長くなるな、とオーウェンは思った。

「おーおー楽しそうだなァ、オーウェン」

声がかかり、オーウェンは手を止めた。ヒースも反撃することはなく、現れた男を見る。その後ろに続く小柄な影に、ヒースは瞠目した。先に向かった筈だが、どうやら思うように事は運ばなかったらしい。
シエルはヒースに駆け寄った。

「大丈夫なの?怪我してるじゃん!」

「大丈夫だよ。それより、どうして戻って来たんだ?」

「それは…」
「俺様が招待してやるって言ったんだよ」

リオルがシエルの代わりに答える。そういうこと、と頷くシエルに、ヒースはもう一度リオルを見た。信用して良いのかわからない。少なくとも善良な市民には見えない風貌。陰鬱とした森を背後にしているから、リオルの不気味さをより引き立てている。

「会いたいんだろ?お嬢に」

「ちょっと待った。お嬢は死んだことになってるんだよ?」

「なァに、目的が違うなら、相応の処理をすりゃいいんだろ?なんの問題もねェよ」

ニヒルに笑みを浮かべるリオルに、シエルは身震いした。自分の力量は分かっている。経験値の少ない自分に、この男の相手が出来るとは思えなかった。だからといって、ヒースだけでこのふたりを相手にできるとも思えない。明らかに不利だ。
清廉な騎士として恥じない鍛錬を積んでいるとはいえ、それが強さに直結するわけではない。体躯的にも恵まれず、どちらかというと貧弱と呼ばれがちな自分の体は、筋肉質で彫刻のようなリオルの体と並ぶと、まるで子供のようだと尻込みしてしまう。

(いやいや、そんな弱気じゃダメだよね。ここで折れる訳にはいかないもん)

なんとか気持ちを奮い立たせ、シエルはリオルとのやり取りをヒースに簡潔に説明した。決して気圧されたわけではないと念を押しておくことを忘れずに。
一方、リオルから経緯を聞いたオーウェンは、納得がいっていないのか不満気な表情を浮かべている。

「お嬢と会うかどうかは本人次第で良いんだよな?騎士サマだって、お嬢が嫌がることはしないだろ?」

「勿論だとも。女性の嫌がることをするのは騎士道に反するからね」

ヒースは頷いた。

「なら決まりだな。んじゃ、ちょっくら寄り道しながら屋敷に戻ろうぜ」

「寄り道?」

「あっちで鹿と鳥の血抜きしてんだよ。それ回収しねェと、盗られちまうだろ?」

「血抜き…って、まさか、ご令嬢に野鳥を食べさせてるの!?」

シエルはぎょっとした。
貴族とは家畜として肥育されたものを口にする。こんな辺境の地で、何を食べているかも分からないような野生動物を食べさせようとは普通は思わないものだ。しかも、もし彼らの言うシャーロットがシエルの知る人だとしたら、それは不敬にもあたるだろう。野営でもないのに、公爵令嬢が野生生物を食べるなんて、社交界に知れ渡ったら嘲笑の的である。

「でもお嬢、結構野鳥好きだぜ?」

「芋の次に好きなんじゃないか?」

「あぁ、一番は芋だな」

シャーロットが蒸しただけの芋を嬉しそうに食べていた姿を思い出してリオルは笑った。リスやネズミのように頬にもぐもぐと溜め込む姿は本当に小動物のようで、見ていて飽きなかった。シャーロットが喜んでくれたと味を占めたように芋ばかり出したニコルにヒューゴが怒ったのは記憶に新しい。

「い、いも…」

そんなことがあるのだろうか?シエルの中でシャーロット像が崩れていく。
シエルの知るシャーロットは、白銀の髪に菫のような紫色の瞳の美しい少女だ。年齢的には自分に近いから、今ではもう幼さのない美しい令嬢になっていることだろう。勿論、生きていれば、の話だが。

(……え?これ大丈夫かな?別荘ってディライト公爵のじゃないんじゃないの?)

一抹の不安が、シエルの脳裏に過ぎる。
殺されかけた人間が掌を返したことも、上手くいきすぎかも知れないと、シエルは今更ながら警戒心を強めた。このままアジトにでも連れられて暗殺されるのか、それとも奴隷のように扱われるのか…ヒースがいるから絶体絶命ではないが、それでも不安は拭えない。
恐る恐る顔を上げる。頼みの綱であるヒースは、シエルの瞳を見るなりにこりと笑った。吊り目の瞳に、自分の情けない顔が映っている。分かっているよ、と言わんばかりに力強く頷くヒースに頼もしさを感じて、シエルは少しだけ胸を撫で下ろした。

「芋は美味しいよね、シエル!」

「そうじゃないでしょ!」

思わずシエルは叫んだ。
木々の枝で羽を休めていた鳥達が、一斉に夜空へと飛び立っていった。




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