セキワンローキュー!

りっと

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第一Q 隻腕の単細胞

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 雪之丞ゆきのじょうにまつわる噂話には、大抵ろくなものがない。

「……見て見て、やっぱり悪そうな人だよ」

 これくらいなら、まだ無視できる。

「……関わりたくないよなあ。目が合っただけで血を見るらしいぞ?」

 体の奥底から湧いてくる苛立ちも、まだかろうじて看過できる。

「……やっぱ、ヤクザとの抗争に巻き込まれて左手を失ったって本当なんだ……」

「ああ!? 聞こえてんぞコラ!」

 その単語だけは耐性のない雪之丞は、反射的に声をあげてしまった。口にした男子生徒は小さい悲鳴をあげ、脱兎のごとく逃げていった。

 身長186センチの、平均的な男子高校生より大きな体。老若男女問わず、睨んだ者を硬直させる鋭い目つき。そして少しだけ特徴的な外見が、鳴海なるみ雪之丞の悪い噂を誇張させていた。

 放課後、後は帰るだけだというのにすっかり気分を害した雪之丞は、手に持っていた紙パックのイチゴ・オレを握りつぶした。

「くっそぉー、早速変な噂が流れていやがるな。どうにかして止めねえと」

「お前はヤクザって言われたときの言葉遣いが汚いからなあ。もっと優しく言わないと、逆効果になると思うぞ?」

 雪之丞の隣を歩くのは、中学校のときから一緒につるんでいる広尾正彰ひろおまさあきだ。甘いマスクでアイドルのような容姿をしているくせに、根っからのヤンキーである正彰の名前を地元で知らない不良はいない。ただ正彰は雪之丞とは違い、女子には優しく頭も切れるため、そのルックスもあって非常にモテる男だった。

「高校入ってまだ一週間だし、悲観するのは早いだろ。あと一ヶ月もすれば自然と誤解は解けていくさ」

「また一から『俺はヤクザじゃありません、根っからの一般人です』って説明していかなくちゃいけないのかよ……めんどくせえ」

「実生活に支障が出るよりマシだろ? 俺も手伝うからさ」

「いーや、正彰のことはもう信じねえ。お前、俺の噂を聞いて取材しに来た新聞部に『あいつ今機嫌悪いから、命が惜しければ出直して来な』とか言ったらしいな? せっかく全校に噂を否定するチャンスだったのに、余計なことしやがって」

「だって、そっちの方が面白いじゃん?」

 ぶん殴ってやろうかと正彰を睨みつけた。

「……というのは冗談で、お前に直接聞こうとしない新聞部の根性が気に入らなかったんだよ。友人の証言って書けば、大体好き勝手書けるだろ? お前みたいな強面に左手がないとかさ、刺激に飢えた高校生たちの好奇心には格好の餌食なんだしさ」

「……それもそうだな」

 成程一理ある、と単純な雪之丞はすっかり納得した。本音と建前を絶妙に使い分ける正彰の話術に、日頃から雪之丞は巧みにコントロールされているのだった。

 さて、鳴海雪之丞には左手がない。正確には、肘の少し上から指先までが存在しない。先天的なものではなく、小学校の頃に事故でなくしたからである。

 五体満足ではない雪之丞の体を笑う心ない同級生や上級生、他校の生徒、果てはヤンキーをも拳で黙らせているうちに、雪之丞はこの辺りではすっかり有名な不良として、悪名を轟かせるようになってしまったのだ。

「でもいくらジョーが喧嘩に強くてもさ、売られた喧嘩を片っ端から買ったら駄目だろ。これからは単細胞も卒業しないと、マジで誤解されたまま高校時代が終わっちまうぞ?」

 ジョーというのは、雪之丞が親しい友人から呼ばれる際のニックネームである。

「……わかってるよ!」

「なにか熱中できる趣味でも探すか? ギターとか、ボルタリングとか」

「それらが右手一本でできんだったら、俺は高校生なんかやらずに金を稼いでるっつーの」

 正彰にはからかわれることも多いが、日常生活で困ったときや洒落にならない喧嘩に巻き込まれたときは大いに助けてもらっている。

 それに、隻腕であることを同情されることが嫌いな雪之丞の気持ちを酌んでくれる、気のいい友人なのである。

「まあ、俺を馬鹿にする奴らも同情する奴らも行動で黙らせるのが一番早えし、今から何か始めるんだったら右手一本で天下獲る心意気でやるわ」

「その考え方はジョーらしくていいね。応援するよ」

 たとえ左手がなくたって、雪之丞は自身の可能性を微塵も疑っていなかった。
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