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第一Q 隻腕の単細胞
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声の発生源である少女は、まったく悪びれもせずにボールを拾った。制服の上からでもわかる華奢な体に、透き通るような白い肌。見る者を惹きつける引力を持った丸くて大きな瞳。背は低いものの、誰が見ても美少女だと判断するであろう容姿の持ち主だった。
「ちょ、ちょっと待てや! 俺の顔面にボールぶつけといて、すみませんだけじゃ、たとえ美女でも簡単に許せるかい!」
いつもとは明らかに話し方の違う千原に、突っ込まざるを得なかった。
「……ひょっとしてお前、女の子と話すのが苦手だったり?」
「はあー!? そ、そんなわけねえべし!」
「どう見てもおかしいだろうが。ふーん? 泣く子も黙る千原サンが? 女が苦手とはねえ?」
二人のやり取りを見ていた少女は、真顔で頭を下げた。
「お二人は仲良しなんですね。邪魔してすみませんでした」
「「仲良しなわけねえだろ!」」
思わず千原と声が揃うと、予想通り正彰が抱腹絶倒していた。
「あー、腹筋つりそう。大丈夫、あれはもう一種のコントみたいなもんだから、君は気にしないで」
それでも少女のフォローを忘れないあたりが、正彰という男である。
「そうですか。……とにかく、喧嘩はやめた方がいいですよ。それでは失礼します」
ボールを抱えて行ってしまった少女を慌てて追いかけようとすると、千原が行く手を遮った。
「待てコラ! 逃げんな鳴海!」
「うるせー! 俺は今お前に構っている暇はねえ!」
「千原、見逃してやってよ。ジョーは今、淡い恋心を抱いたかもしれないんだよ」
どうやら、正彰は雪之丞の味方のようだ。
「はあ? だからなんだってんだよ。俺には関係ねえよ!」
「わかってないなー。多分これから、最高に面白くなるぞ? ……ジョー!」
正彰は無邪気な顔をしながら、千原の腕を掴んで押さえ込んだ。
「わりーな正彰!」
友人の言葉を借りるなら「最高に面白くなる」予感を胸に、雪之丞はこの世のどんな動物よりも速く走って少女の後を追いかけた。
学校方面に向かって歩く少女を追いかけて、雪之丞は全力で疾走した。校門近くでようやく少女の華奢な背中に追いついた雪之丞は、
「あ、あの! 俺、一年の鳴海雪之丞っていうんだ! 名前教えてくれる!?」
走って来た勢いに乗ったまま少女に声をかけていた。少女が驚くのも当然のことだろう。さっきまで鼻血を出して喧嘩していた男が、ここまで自分を追いかけて来たのだから。
「……二年の、大槻紗綾」
しかし少女は訝しげな顔を見せながらも、不審者極まりない雪之丞に対して律儀にも自己紹介をしてくれた。
「に、二年生!? 先輩っすか!? さ、さーせん!」
紗綾は小柄で童顔であるため同級生だと思い込んでいた雪之丞は、これまでの無礼な振る舞いをすぐに謝った。目つきの悪さと人目を引く外見から性質の悪い奴らに絡まれることが日常茶飯事となっている雪之丞だが、不良と呼ばれることを望んでいるわけではない。むしろ、静かに生きていきたいと思っているくらいだ。
ゆえに、周囲からの誤解を少しでも防ぐために、生活態度や目上の人間に対する態度は真面目にしようと心がけているのだった。
「別に、気にしてないよ」
「そ、そっすか。えーと……」
紗綾と一秒でも長く話したいと思った雪之丞は、会話を引き伸ばそうと必死だった。
「俺、おにぎり一個なら三秒で食える技を持ってるんです! 見ていてください! ……あれ、ねえぞ……あ! 今日はもう食っちまったんだった!」
会話の選択を完全に失敗し頭を抱える雪之丞を、紗綾の澄んだ瞳が見つめていた。
「……話はそれだけ? じゃあ、わたしは部活に戻るから」
「あー! ちょっと待ってください! ぶ、部活って何をやっているんですか?」
「……これがバレーボールに見える?」
紗綾が持っているのは誰がどう見てもバスケットボールだ。緊張のせいか、あまりにも阿呆な質問をしていた。紗綾を前におかしくなっていた千原のことを馬鹿にしていたくせに、彼のことを何一つ笑えない。
「ば、バスケって楽しいですか?」
「……楽しいか楽しくないかは、個人差があるんじゃないかな」
口を開けば開くほど、好感度が下がっていく気がして泣けてくる。
「そ、そっすよね! ははは……」
「ただ……」
紗綾は口元に小さな笑みを浮かべて、空に向かってシュートをしてみせた。彼女の手から放たれた球体は、規則正しい回転をしながらまっすぐに空へと伸びていった。
シュートフォーム、ボールの軌道、そして紗綾。視界に入るすべてが美しかった。彼女が再びボールを受け止めるまで、雪之丞は口を開けてそれらの光景に見入っていた。
「……今のを見て退屈に感じなかったら、バスケ、楽しめると思うよ」
そう言い残して、紗綾は去っていった。魂を持っていかれた雪之丞は、しばらくその場を動くことができなかった。
この日、雪之丞はバスケットボールと紗綾に、完全に心を奪われたのだった。
「ちょ、ちょっと待てや! 俺の顔面にボールぶつけといて、すみませんだけじゃ、たとえ美女でも簡単に許せるかい!」
いつもとは明らかに話し方の違う千原に、突っ込まざるを得なかった。
「……ひょっとしてお前、女の子と話すのが苦手だったり?」
「はあー!? そ、そんなわけねえべし!」
「どう見てもおかしいだろうが。ふーん? 泣く子も黙る千原サンが? 女が苦手とはねえ?」
二人のやり取りを見ていた少女は、真顔で頭を下げた。
「お二人は仲良しなんですね。邪魔してすみませんでした」
「「仲良しなわけねえだろ!」」
思わず千原と声が揃うと、予想通り正彰が抱腹絶倒していた。
「あー、腹筋つりそう。大丈夫、あれはもう一種のコントみたいなもんだから、君は気にしないで」
それでも少女のフォローを忘れないあたりが、正彰という男である。
「そうですか。……とにかく、喧嘩はやめた方がいいですよ。それでは失礼します」
ボールを抱えて行ってしまった少女を慌てて追いかけようとすると、千原が行く手を遮った。
「待てコラ! 逃げんな鳴海!」
「うるせー! 俺は今お前に構っている暇はねえ!」
「千原、見逃してやってよ。ジョーは今、淡い恋心を抱いたかもしれないんだよ」
どうやら、正彰は雪之丞の味方のようだ。
「はあ? だからなんだってんだよ。俺には関係ねえよ!」
「わかってないなー。多分これから、最高に面白くなるぞ? ……ジョー!」
正彰は無邪気な顔をしながら、千原の腕を掴んで押さえ込んだ。
「わりーな正彰!」
友人の言葉を借りるなら「最高に面白くなる」予感を胸に、雪之丞はこの世のどんな動物よりも速く走って少女の後を追いかけた。
学校方面に向かって歩く少女を追いかけて、雪之丞は全力で疾走した。校門近くでようやく少女の華奢な背中に追いついた雪之丞は、
「あ、あの! 俺、一年の鳴海雪之丞っていうんだ! 名前教えてくれる!?」
走って来た勢いに乗ったまま少女に声をかけていた。少女が驚くのも当然のことだろう。さっきまで鼻血を出して喧嘩していた男が、ここまで自分を追いかけて来たのだから。
「……二年の、大槻紗綾」
しかし少女は訝しげな顔を見せながらも、不審者極まりない雪之丞に対して律儀にも自己紹介をしてくれた。
「に、二年生!? 先輩っすか!? さ、さーせん!」
紗綾は小柄で童顔であるため同級生だと思い込んでいた雪之丞は、これまでの無礼な振る舞いをすぐに謝った。目つきの悪さと人目を引く外見から性質の悪い奴らに絡まれることが日常茶飯事となっている雪之丞だが、不良と呼ばれることを望んでいるわけではない。むしろ、静かに生きていきたいと思っているくらいだ。
ゆえに、周囲からの誤解を少しでも防ぐために、生活態度や目上の人間に対する態度は真面目にしようと心がけているのだった。
「別に、気にしてないよ」
「そ、そっすか。えーと……」
紗綾と一秒でも長く話したいと思った雪之丞は、会話を引き伸ばそうと必死だった。
「俺、おにぎり一個なら三秒で食える技を持ってるんです! 見ていてください! ……あれ、ねえぞ……あ! 今日はもう食っちまったんだった!」
会話の選択を完全に失敗し頭を抱える雪之丞を、紗綾の澄んだ瞳が見つめていた。
「……話はそれだけ? じゃあ、わたしは部活に戻るから」
「あー! ちょっと待ってください! ぶ、部活って何をやっているんですか?」
「……これがバレーボールに見える?」
紗綾が持っているのは誰がどう見てもバスケットボールだ。緊張のせいか、あまりにも阿呆な質問をしていた。紗綾を前におかしくなっていた千原のことを馬鹿にしていたくせに、彼のことを何一つ笑えない。
「ば、バスケって楽しいですか?」
「……楽しいか楽しくないかは、個人差があるんじゃないかな」
口を開けば開くほど、好感度が下がっていく気がして泣けてくる。
「そ、そっすよね! ははは……」
「ただ……」
紗綾は口元に小さな笑みを浮かべて、空に向かってシュートをしてみせた。彼女の手から放たれた球体は、規則正しい回転をしながらまっすぐに空へと伸びていった。
シュートフォーム、ボールの軌道、そして紗綾。視界に入るすべてが美しかった。彼女が再びボールを受け止めるまで、雪之丞は口を開けてそれらの光景に見入っていた。
「……今のを見て退屈に感じなかったら、バスケ、楽しめると思うよ」
そう言い残して、紗綾は去っていった。魂を持っていかれた雪之丞は、しばらくその場を動くことができなかった。
この日、雪之丞はバスケットボールと紗綾に、完全に心を奪われたのだった。
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