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第四Q その右手が掴むもの
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翌日の練習後。雪之丞は自主練習をするために、いつものように一人体育館に残っていた。
「さて、これくらいの間隔でいいか」
等間隔に三角コーンを置いたのは、ドリブルとバックロールターンの練習のためだ。
バックロールターンは廉のプレーに魅せられて以降、毎日練習しているのだが、悲しいことに一向に上達する気配がなかった。
「バックロールターンは……巻き込むように、くるっと……」
ゆっくりとドリブルで進み、慎重にボールを持って回転しようとした雪之丞だったが――ボールは雪之丞の手を離れ遠くへ転がっていった。
その後も何度やっても成功することはなく、今日もなんの成果も得られそうになかった。
「だあー! くっそおおお!」
転がっていったボールを追いかけると、誰かが拾い上げてくれた。礼を述べて顔を上げると、そこには予想外の人物が立っていた。
「……軸足が不安定だから失敗すんだよ。腰を低く落とせ。軸足のつま先に重心をかけることを意識しろ」
「れ、廉先輩? 帰ったはずじゃ……?」
「いいからやってみろ」
ぶっきらぼうにボールを渡された雪之丞は、廉に言われた通り腰を落として、軸足である左足のつま先に意識を集中してやってみた。今までと比べてイメージに近い形で動けた気はするものの、ボールは明後日の方向へ飛んでいってしまった。
「ちくしょー! 上手くいかねえ!」
ボールを追いかける雪之丞を黙って見ていた廉だったが、
「……昨日の夜、変な連中に絡まれていた名塚を助けたらしいな」
「へ? ……ああ、助けたっていうか、まあ、相手がしょぼかったんで」
あんなくだらない連中のことより、バックロールターンを成功させることの方が大事である。雪之丞はボールを拾い、もう一度スタート地点に立った。
「……とりあえず、礼を言わねえとって思ってな。あんなうるさい女でも一応、俺とバスケ部を応援してくれている奴だ。……すまん、助かった」
雪之丞は驚きを隠せなかった。あのプライドの高い廉が雪之丞に頭を下げるなんて、思いもよらない出来事だったのだ。
「……ビビりましたよ。今夜は雪どころか女の子が降ってくるかもしれません」
雪之丞がからかうと、廉はいつもの顰め面で小さく舌打ちをした。
「それより鳴海、なんでこの技を練習しようと思った? もっと優先して覚えるべき技術がたくさんあるだろ」
痛いところを突かれた雪之丞は、廉から目を逸らして頬を掻いた。
「……まあ、そうなんすけど。これなら片手でもできそうだって思ったのと……最初に廉先輩のバックロールターンを見たとき、すげえカッケエなって思ったんすよ」
廉のことだから「百年早えよ」と小言を言われるものだと思ったが、予想に反して彼は何も言わなかった。代わりに小さく息を吐き、雪之丞が手にしていたボールを奪った。
「ちょっ、なんすか」
「構えろ」
ボールを持った廉の凄みに、雪之丞は反射的に腰を落とした。ドリブルで接近してきた廉は、一度右方向に軽いフェイントを入れてから背中でボールをガードしながら回転し、鮮やかに雪之丞を抜き去った。
「……バックロールターンってのは、こうやるんだよ」
その滑らかな一連の動きに鳥肌が立った。実際に対峙してみると、廉の上手さが身にしみてわかる。今の自分では廉を止められないと実感せざるを得ない。悔しさがないと言えば嘘になるが、それよりも強い願望が胸の奥から湧き上がった。
「……廉先輩! 俺に、バックロールターンを教えてください!」
入部当時から雪之丞を排除しようときつく当たってきた廉のことを人間として好きか嫌いかで言えば、おそらく後者寄りになる。
しかしバスケに関してのみならば、彼のプレーや考え方は尊敬に値する。少しでも廉に近づきたいという気持ちを前に、頭を下げることは容易であった。
だが冷静に考えて、あの廉がそう簡単に教えてくれるはずもない。案の定、廉は面倒くさそうな顔をして溜息を吐いた。
「ダメっすか!? お願いします! 教えてください!」
「……じゃあ、まずはドリブルの基礎を固めろ」
「お願いします! 俺めっちゃ頑張るんで……って、え?」
思わず聞き返した雪之丞を軽く睨みつけるようにして、廉は言った。
「練習が終わってからのこの時間、俺が毎日お前の練習を見てやる。試合で使えるレベルになりたいなら死ぬ気で練習しろ。いいな?」
それは間違いなく、指導してくれるという約束であった。
「ウス! あざーーっす!」
憧れの選手直々に教えてもらえるという喜びに、雪之丞は大きな声で感謝の意を伝えた。
「さて、これくらいの間隔でいいか」
等間隔に三角コーンを置いたのは、ドリブルとバックロールターンの練習のためだ。
バックロールターンは廉のプレーに魅せられて以降、毎日練習しているのだが、悲しいことに一向に上達する気配がなかった。
「バックロールターンは……巻き込むように、くるっと……」
ゆっくりとドリブルで進み、慎重にボールを持って回転しようとした雪之丞だったが――ボールは雪之丞の手を離れ遠くへ転がっていった。
その後も何度やっても成功することはなく、今日もなんの成果も得られそうになかった。
「だあー! くっそおおお!」
転がっていったボールを追いかけると、誰かが拾い上げてくれた。礼を述べて顔を上げると、そこには予想外の人物が立っていた。
「……軸足が不安定だから失敗すんだよ。腰を低く落とせ。軸足のつま先に重心をかけることを意識しろ」
「れ、廉先輩? 帰ったはずじゃ……?」
「いいからやってみろ」
ぶっきらぼうにボールを渡された雪之丞は、廉に言われた通り腰を落として、軸足である左足のつま先に意識を集中してやってみた。今までと比べてイメージに近い形で動けた気はするものの、ボールは明後日の方向へ飛んでいってしまった。
「ちくしょー! 上手くいかねえ!」
ボールを追いかける雪之丞を黙って見ていた廉だったが、
「……昨日の夜、変な連中に絡まれていた名塚を助けたらしいな」
「へ? ……ああ、助けたっていうか、まあ、相手がしょぼかったんで」
あんなくだらない連中のことより、バックロールターンを成功させることの方が大事である。雪之丞はボールを拾い、もう一度スタート地点に立った。
「……とりあえず、礼を言わねえとって思ってな。あんなうるさい女でも一応、俺とバスケ部を応援してくれている奴だ。……すまん、助かった」
雪之丞は驚きを隠せなかった。あのプライドの高い廉が雪之丞に頭を下げるなんて、思いもよらない出来事だったのだ。
「……ビビりましたよ。今夜は雪どころか女の子が降ってくるかもしれません」
雪之丞がからかうと、廉はいつもの顰め面で小さく舌打ちをした。
「それより鳴海、なんでこの技を練習しようと思った? もっと優先して覚えるべき技術がたくさんあるだろ」
痛いところを突かれた雪之丞は、廉から目を逸らして頬を掻いた。
「……まあ、そうなんすけど。これなら片手でもできそうだって思ったのと……最初に廉先輩のバックロールターンを見たとき、すげえカッケエなって思ったんすよ」
廉のことだから「百年早えよ」と小言を言われるものだと思ったが、予想に反して彼は何も言わなかった。代わりに小さく息を吐き、雪之丞が手にしていたボールを奪った。
「ちょっ、なんすか」
「構えろ」
ボールを持った廉の凄みに、雪之丞は反射的に腰を落とした。ドリブルで接近してきた廉は、一度右方向に軽いフェイントを入れてから背中でボールをガードしながら回転し、鮮やかに雪之丞を抜き去った。
「……バックロールターンってのは、こうやるんだよ」
その滑らかな一連の動きに鳥肌が立った。実際に対峙してみると、廉の上手さが身にしみてわかる。今の自分では廉を止められないと実感せざるを得ない。悔しさがないと言えば嘘になるが、それよりも強い願望が胸の奥から湧き上がった。
「……廉先輩! 俺に、バックロールターンを教えてください!」
入部当時から雪之丞を排除しようときつく当たってきた廉のことを人間として好きか嫌いかで言えば、おそらく後者寄りになる。
しかしバスケに関してのみならば、彼のプレーや考え方は尊敬に値する。少しでも廉に近づきたいという気持ちを前に、頭を下げることは容易であった。
だが冷静に考えて、あの廉がそう簡単に教えてくれるはずもない。案の定、廉は面倒くさそうな顔をして溜息を吐いた。
「ダメっすか!? お願いします! 教えてください!」
「……じゃあ、まずはドリブルの基礎を固めろ」
「お願いします! 俺めっちゃ頑張るんで……って、え?」
思わず聞き返した雪之丞を軽く睨みつけるようにして、廉は言った。
「練習が終わってからのこの時間、俺が毎日お前の練習を見てやる。試合で使えるレベルになりたいなら死ぬ気で練習しろ。いいな?」
それは間違いなく、指導してくれるという約束であった。
「ウス! あざーーっす!」
憧れの選手直々に教えてもらえるという喜びに、雪之丞は大きな声で感謝の意を伝えた。
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