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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-4 兄貴分

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今日はメェメの毛刈りの日だ。

たくさん羊を育てているところは魔法で毛刈りをするらしいけど、うちには一頭しかいないのでハサミを使っている。

去年は近くで作業を見ているだけだったが今年はもふもふ好きとして作業者に立候補した。一応ナナンも保定係として一緒に参加する。と言ってもメェメは大人しい子でほとんど保定は必要ない。実質保定(なでなで)係。あれ、僕より役得じゃないか?

舞った細かい羊毛を、鳥が巣材として持ち帰ることが出来るように森の近くで作業する。この森の入口にはスライムがいて、よくちび達が捕まえて遊んだりしてる。

職員のロイさんに連れられて、向こうからメェメがのったのったと歩いてくる。毛が重たくて歩きにくそうだ。今年ももふもふをありがとう。すぐそばにやってきたメェメの首元にむぎゅっと抱きついた。

柔らかい木漏れ日が注ぐ芝生の上に赤いチェック柄のブランケットを広げる。

その真ん中にもふもふ羊をごろんと寝かせると、粗目のくしを使ってざっくり毛をほぐした。右側半分を職員のロイさんが慣れた手つきで刈っていく。しょきしょきというハサミの音が耳に心地良い。

仰向けにして、脚やお腹などの細かい部分を少しずつ切っていく。刈りたての短い毛が気持ちよく、さらさらと撫でているとメェメも気持ちよさそうに目を閉じていた。左側を刈り始めた頃にはナナンの膝枕に頭を預けてすっかり眠ってしまっていた。

「ぼくも」
「えっ」

僕が伸ばした脚の間に後ろ向きでナナンが座る。見てると自分もされたくなっちゃう子、素直でかわいい。

さすがに大胆カットする自信はないので、仕上げ用に持ってきていた小さなハサミで毛先を揃える。この長さなら三つ編みとか出来るかも。

ブラシをかけているとナナンが鼻歌を歌いながら左右にゆらゆらし始める。

ちんまりとした三つ編みしっぽを紐で結んで、その編み目にいくつか黄色い野花を刺しておいた。


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先日ハーブの収穫に使っていたかごの底に穴が空いてしまった。

それをロイさんに話したら「新しいのを買ってくるからそれは捨ててこい」と言われた。なんだかあっけない。

前世を思い出してからの僕は「捨てる」という行為に殊更敏感になってしまった。この世界に迷わず捨てて然るべきものなんてあるだろうか。

「いいやない!ないのだ!!!」
「おい」
「わっっ」

頭の上から声が降ってきた。

彼はトウジにいちゃん。僕の10個上の16歳、みんなの兄貴分である。漢気があって頼もしい人なのだが、僕が真面目な性格であることをよくイジってくる。そこが余計だ。

孤児院から頼まれた仕事があって数日近所の本屋を手伝っていたが、帰ってきていたらしい。

「かごなんか持ってどうした?それ捨てねェのか」
「うん…ちょっと考え中なんだ」
「ふーん」

ニヤニヤとした表情でこちらを見つめてくる。何かいじわるでもされるんじゃないかと思って少し身構えてしまう。

「お前、この間チビ達に変な飲みもん出したらしいじゃねェか」
「なっ変じゃないよ!初めて魔法で紅茶を作ったんだ」

「あと草を風呂にブチ込んでたって」
「言い方ァ!」

わし、とでっかい手のひらで僕の頭を掴んで上を向かせる。

「俺にもその茶、入れてくれよ」

出来る限りこの間と同じ要領でやってみる。トウジにいちゃんは無糖の方が好みっぽいけど、式にある材料は無視できないので砂糖入りだ。

ストレートティーとミルクティー両方準備した。ミルクティーは先日のちびっこミルクティーと割合を逆転させて作ってみた。僕はストレートティーの方を味見して美味しく出来たのを確認する。そして"変な飲みもん"と噂のミルクティーをトウジにいちゃんの前に置いた。

トウジにいちゃんはミルクティーを2口ほど飲むと、僕の目を見てにっこりと笑った。いつものニヤニヤ顔じゃなかったのでちょっとドキッとしてしまった。

「来い」

椅子に座ったトウジにいちゃんが両手を広げて僕を呼んでいる。近くまで寄ると、僕を抱き上げて自分の膝の上に乗せた。

「僕、何か変…?」

同じ式なら誰が使っても一緒、というこの魔法の国の常識からどうやら外れてしまっている僕。レーネさんからも励ましを受けた上、ちび達には"変な飲みもん"作るヤツだと思われちゃってる。

「何言ってんだよ、すげェよ」
またでっかい手のひらで頭をわしゃわしゃされる。

「すげェ?」
「お前は自分の手で自分の欲しいものを生み出せるんだ」
「魔法に縛られないんだよ、それってすげェことだろ?」
「む…」

前世の記憶を取り戻してしまった僕。魔法に違いが出たのはこれが原因だってなんとなくわかっている。でももう知らなかった頃には戻れない。それでもトウジにいちゃんは「もっとやってみろ」と背中を押してくれる。

なにこの人、かっこいいんですけど。

トウジにいちゃんはミルクティーをおかわりした後、ストレートティーを持って自分の部屋に戻っていった。僕がヘラヘラした顔で食堂をうろついてるとナナンが寄ってきた。

僕の顔とマグカップを見た彼は「ダアッ」と今まで聞いたことのない声を上げ、僕の両手を握って悔しそうにトウジにいちゃんの部屋を睨めつけていた。

その後部屋に突撃して「リッカに、あたまやってもらったの!」「ん!」とトウジにいちゃんににじり寄っては、自分の三つ編みを引っ掴んで見せるというよくわからんアピールをしていた。

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