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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で
1-5 老舗の薬屋
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実はまだスライムに触ったことがない。
子供の遊びの定番だというのに小さい頃から怖がって近づかないようにしていた。生物なのか無生物なのか曖昧な感じとか、バクっと食べられたらどうしようとか、溶かされたらどうしようとか。とにかく苦手意識があった。
ちび達にこのスライムに対するビビりがバレてしまい、半ば強引にスライムのよく採れる森まで連れてこられた。僕のすぐ後ろでロイさんがニヤついている。前後をがっちり固められてしまった。これでは腹をくくるしかない。
「リッカにいちゃんおてて出しててぇ」
「…はい、はい」
両手をお椀のようにして待っているとラムネ瓶みたいな色したスライムがとぷん、と乗った。手からたぷたぷと零れそうになる。
「へえ、冷たいんだ!」
「おみじゅのとこでちゅかまえたんだよ!」
「スライムは水を吸収すると冷たくなるんだよ」
意外だったのは触感。こんにゃくゼリーを詰めたゴム風船みたいな感じでハリがある。どろねちゃっとしているのかと思っていたが、これは癖になる触り心地だ。
持ってきたトタンのバケツに子供たちがスライムを小さくちぎって入れ始めた。
「うちで飼うの」
「いろがきれいだもんね」
「うちにもたくさん居るだろうが」とロイさんが呆れている。
それスライム側に痛みはないの…?と顔を引きつらせていると、不意にちびっこに手を握られた。
「ねー変なやちゅ、またちゅくってー」
ヤバい。このままではミルクティーの通り名が"変なヤツ"になってしまう。ミルクティーが主人公の絵本でも作って名前を浸透させるべきか真剣に考えるほどに焦る。
「ミ・ル・ク・ティーって言えたらいいよ!!にいちゃんいくらでも、ちゅくってあげるよ!!」
「み・く・く・ちー!」
「にいちゃんが悪かった」
持ち帰ったミニスライムはガラスの器に移し替えられ、窓辺に置かれていた。
なんだろうこの感じ、どっかで見たことある…
ころころとまるくて水に漂っている感じ。
あ、わかった…
「マリモだ!!」
「まりも…?」
「あ、なんでもないよ…」
スライムに愛しさが芽生えた日だった。
-----------
今日の仕事は孤児院の常備薬の買い出し。僕は初めて訪れるが、昔から孤児院が贔屓にしている店だそうだ。
薬屋に辿り着いたがその店構えに圧倒される。
古い木造の建物。手がよく触れる部分が艶々と輝いている。かなり年季が入ってるけど、きちんと手入れされてる感じ。そのどっしりとした重厚感ある佇まいは、訪れる人々から長年信頼を得てきた証のようにも思えた。
ヴェスピエットでは建物も魔法で生成している。そうやって作られたものは変質しにくいと聞いた。大枠は多分魔法で造ったんだろうけど、経年変化が見られるドアや窓などのパーツは手作りなのかもしれない。孤児院の周りでこういった建物は他にないし、結構珍しいんじゃないだろうか。
「こういう感じ好きだなあ」
ドアハンドルを両手で掴んでゆっくりと引く。ずっしり重たい手応えとともにカロンカロン、と鈍いドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すぐ目の前に立っていた丸眼鏡の優男に声を掛けられる。くったりとしたリネンの白いエプロンに、ゆるく編んだライトブラウンの長い髪が垂れている。
「こんにちは」
どうぞ、と男に導かれて店内へ入る。店内も商品が整然と並べられていて、実に気持ちが良い。
「本日は何をお求めですか?」
店内を見回していると声を掛けられた。
「そこの孤児院から参りました。常備薬の残りがないので補充分を購入したいです」
「おや、お仕事でしたか」
「こちらで伺いましょうね」と店の奥のカウンターに案内してくれる。
飴色の大きな一枚板で出来たカウンターが立派だ。思わず見入ってしまう。
「私はここの店主、クラウディオと申します」
「あなたのお名前は?」
「リッカです、6歳です」
「ふふ」
「?」名乗ったら笑われた。
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子供の遊びの定番だというのに小さい頃から怖がって近づかないようにしていた。生物なのか無生物なのか曖昧な感じとか、バクっと食べられたらどうしようとか、溶かされたらどうしようとか。とにかく苦手意識があった。
ちび達にこのスライムに対するビビりがバレてしまい、半ば強引にスライムのよく採れる森まで連れてこられた。僕のすぐ後ろでロイさんがニヤついている。前後をがっちり固められてしまった。これでは腹をくくるしかない。
「リッカにいちゃんおてて出しててぇ」
「…はい、はい」
両手をお椀のようにして待っているとラムネ瓶みたいな色したスライムがとぷん、と乗った。手からたぷたぷと零れそうになる。
「へえ、冷たいんだ!」
「おみじゅのとこでちゅかまえたんだよ!」
「スライムは水を吸収すると冷たくなるんだよ」
意外だったのは触感。こんにゃくゼリーを詰めたゴム風船みたいな感じでハリがある。どろねちゃっとしているのかと思っていたが、これは癖になる触り心地だ。
持ってきたトタンのバケツに子供たちがスライムを小さくちぎって入れ始めた。
「うちで飼うの」
「いろがきれいだもんね」
「うちにもたくさん居るだろうが」とロイさんが呆れている。
それスライム側に痛みはないの…?と顔を引きつらせていると、不意にちびっこに手を握られた。
「ねー変なやちゅ、またちゅくってー」
ヤバい。このままではミルクティーの通り名が"変なヤツ"になってしまう。ミルクティーが主人公の絵本でも作って名前を浸透させるべきか真剣に考えるほどに焦る。
「ミ・ル・ク・ティーって言えたらいいよ!!にいちゃんいくらでも、ちゅくってあげるよ!!」
「み・く・く・ちー!」
「にいちゃんが悪かった」
持ち帰ったミニスライムはガラスの器に移し替えられ、窓辺に置かれていた。
なんだろうこの感じ、どっかで見たことある…
ころころとまるくて水に漂っている感じ。
あ、わかった…
「マリモだ!!」
「まりも…?」
「あ、なんでもないよ…」
スライムに愛しさが芽生えた日だった。
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今日の仕事は孤児院の常備薬の買い出し。僕は初めて訪れるが、昔から孤児院が贔屓にしている店だそうだ。
薬屋に辿り着いたがその店構えに圧倒される。
古い木造の建物。手がよく触れる部分が艶々と輝いている。かなり年季が入ってるけど、きちんと手入れされてる感じ。そのどっしりとした重厚感ある佇まいは、訪れる人々から長年信頼を得てきた証のようにも思えた。
ヴェスピエットでは建物も魔法で生成している。そうやって作られたものは変質しにくいと聞いた。大枠は多分魔法で造ったんだろうけど、経年変化が見られるドアや窓などのパーツは手作りなのかもしれない。孤児院の周りでこういった建物は他にないし、結構珍しいんじゃないだろうか。
「こういう感じ好きだなあ」
ドアハンドルを両手で掴んでゆっくりと引く。ずっしり重たい手応えとともにカロンカロン、と鈍いドアベルの音が響いた。
「いらっしゃいませ」
すぐ目の前に立っていた丸眼鏡の優男に声を掛けられる。くったりとしたリネンの白いエプロンに、ゆるく編んだライトブラウンの長い髪が垂れている。
「こんにちは」
どうぞ、と男に導かれて店内へ入る。店内も商品が整然と並べられていて、実に気持ちが良い。
「本日は何をお求めですか?」
店内を見回していると声を掛けられた。
「そこの孤児院から参りました。常備薬の残りがないので補充分を購入したいです」
「おや、お仕事でしたか」
「こちらで伺いましょうね」と店の奥のカウンターに案内してくれる。
飴色の大きな一枚板で出来たカウンターが立派だ。思わず見入ってしまう。
「私はここの店主、クラウディオと申します」
「あなたのお名前は?」
「リッカです、6歳です」
「ふふ」
「?」名乗ったら笑われた。
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