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02:聖女と言いましても
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涙ぐむおっさんや、興奮に顔を赤らめたおっさんたちに見送られるように、教会のような場所から連れ出された綾乃は先導するおっさんの背中を見ながら先ほどのステータス画面を思い出していた。
ゲームにあまりなじみはないが、ああいったものは見たことがある。
プレイヤーの強さや状況を数値化したもの。
「ステータス……か」
そうぽつりとつぶやくと、目の前に半透明のステータス画面が現れる。
「?!!」
「どうかなさいましたか?」
急に立ち止まった綾乃を不審がるように、後ろをついて歩いていたおっさんが声をかけてくる。というよりも、背後にも人がいたことに今更気が付いた。
綾乃を挟んで歩くさまは、まるで逃がさないと言われているようで、背中をいやな汗が伝う。
「い、いえ。なんでもありません……」
ステータス画面は消えることなく表示されたままだが、どうやらおっさんたちには見えていないようだった。
「すぐにくつろげる場所に着きますので」
「はい……」
再び歩き出したおっさんに追従していく。
長い廊下は、シンと静まり返り足音だけが響く。
白を基調とした作りの建物は窓がないようで、外の様子を伺い知ることができない。
今が昼なのか、夜なのか……それすらわからなかった。
綾乃は表示されたままのステータス画面に再び目を落とす。
先ほどおじいちゃんにされた「鑑定」でみんなの前に表示されたステータス画面は所々が映像の乱れがあり、解読できない部分が多かったのだが、このステータス画面はすべてが鮮明に表示されている。
傾国の聖女――見間違えていたわけではないようで、はっきりと記されている。
傾国とは読んで字のごとし、国を傾けるということだろう。国を傾ける聖女とは如何なものだろうか。
おっさんたちは聖女という鑑定結果に喜んでいたが、自分は果たして喜ばれる存在なのだろうかと不安になる。もしも望まれたものではないとしたら……?
いらないから、さようなら――で帰してくれるなんて言うのは甘い期待だろうか。
下手をすれば用済みだと殺されることだってあるかもしれない。
どんどんと嫌な考えばかりが浮かび、怖くなる。
「聖女様、こちらのお部屋をご自由にお使いください。侍女も何人かつけますので、なんなりとお申し付けくださいませ。後ほど詳しいお話を説明しに大司祭様が来ますので、それまでお休みになってお待ちくださいませ」
お辞儀をしながら観音開きの扉を閉めるおっさん。
ぱたんと音がして扉が閉まった。部屋に一人残された綾乃は、所在なげにソファへ腰かける。
一人部屋にしては広すぎる部屋内には、大きなクローゼットと天蓋付きのベッド、暖炉やドレッサーなどが設置されてる。
ホテルのスイートルームってこんな感じなのかな、などと考えながらソファの上で膝を抱える。
「はぁ……これからどうなっちゃうんだろう。あー……次の講義、必修だったのになぁ」
ソファの上で小さくなってしばらくたつと、瞼が重くなってくる。
ずっと緊張状態を強いられていて、それは今も変わらずなのだが、部屋に一人きりの状態が続き気が緩み始めたのだろう。
うつらうつらと、頭が船をこぎ始めると綾乃はすぐに夢の中へと落ちていった。
★★★
ふっと意識が覚醒し、綾乃はゆっくりと瞼を開ける。
いつの間にかソファの上に身を倒し眠ってしまっていたようで、慌ててその身を起こす。
すると柔らかい何かが体から滑り落ちていくのが見えた。
真っ白なストール……。自分の持ち物ではないのは明白なので誰かが掛けてくれたのだろうか。そんなことをぼんやりとした頭で考えながら、ふと誰かの気配を感じてギクリと体をこわばらせた。
「ああ、申し訳ございません。驚かせてしまいましたね。」
ソファの向かい――テーブルを挟んで向かいにある対のソファに腰かけた男性が声をかけてくる。
柔和な笑顔を浮かべた男性は、この場所に来て目にしたおっさんたちよりかは幾分若いようだった。
おっさんたちと同じような真っ白のローブを着ているが、青い糸で刺しゅうされた文様から、なんとなくおっさんたちより上の身分なんだろうなということが伺える。
「あなたは……」
喉がカラカラでかすれた声しか出ないことに恥ずかしさを覚え、咳ばらいをする。
「あなたは、誰ですか?」
再度問うと、今度はすんなり声が出た。
男性は入り口付近に控えていた簡素なチュニックを着た十歳ぐらいの少女に手を挙げて合図をする。少女はその合図で手際よくお茶を入れ始めた。ティーポットに手をかざし何か呟いたりしている。
「私はこの国の大司祭の一人でミロスラーフ・エフセエヴィチ・ベロウソフと申します」
「ミロスラ……? えっと……」
長く、耳慣れない名前に綾乃は目を白黒させる。それを見た大司祭は眉尻を下げて「ミロスとお呼びください」とほほ笑んだ。
「聖女様のお名前を聞かせていただく前に、お茶の準備ができましたので一服してください」
先ほどの少女がティーセットをテーブルに並べていく。緊張しているのだろうか、小刻みに揺れる手が恐る恐るといった風にカップを置いていく様を、綾乃は息をのんで見守った。
すべてを並び終えてほっとした様子の少女は、満足げに一息吐くと扉近くまで下がる。まるでそこが定位置と言わんばかりに。
「すみません、手際がまだ覚束なくて。彼女は聖女様の侍女として側仕えいたします故、何かありましたら遠慮なく申し付けてください」
「はぁ……」
側仕えという言葉があまりに常用外だったため、綾乃は気の抜けた返事しかできなかった。
お茶は温かく、程よく甘くて飲みやすかった。はじめは手を付けることに躊躇を覚えたが、ミロスが先に手を付けたのを見て恐る恐るといったように手を付ける。
毒はまさか入っていないだろうが、あまりにも相手の好意をストレートに受け取ってしまうことが怖かったのだ。
「お口にあったようで安心しました。」
すっかり飲み干しカラになったカップを見て、ミロスは安心したように微笑む。
穏やかな雰囲気に穏やかな声音。綾乃の警戒心は少しずつだが薄れていく。何よりもおっさんたちと違ってとても見目麗しいのだ。『ただしイケメンに限る』といった言葉がしっくりくるイケメン。
くすんだシルバーの髪色は羨ましいほどに真っすぐで、肩より少し長いぐらい。柔和に細められている目はエメラルドグリーンに光彩がオレンジ色で宝石のようにきれいだった。そして何よりも、穏やかな口調によく似合う低めの声。
あまり男性と話す機会がなかった綾乃は、どぎまぎしてしまう。
「それで聖女様、お名前を聞かせていただいても?」
「……桐澤綾乃です」
逡巡したのち素直に本名を名乗る。偽名を使ったほうがいいのだろうかとも考えたが、意味がないような気がしたためやめた。
「綾乃様……。急にこのような場にお招きしまして困惑しているかと思います。単刀直入に申し上げますと、綾乃様にはこの世界を救っていただきたいのです」
「はぁ……」
また気の抜けた声が漏れてしまい、綾乃は慌てて顔を引き締めた。
「私は秀でた才能を持っているわけではない、ただの成人したばかりの大学生ですよ……?」
「ですが綾乃様には聖女という称号が付いております。神によって選ばれた尊きお方」
ミロスの目は真剣そのもので、何も知らぬ小娘を担ごうとか誑かそうといったものは感じられなかった。
「世界を救ったら家に帰れますか……?」
「はい。この国に残っている神話によりますと、こういった危機に直面した際に呼ばれた聖女様は異世界へと戻っていったと記されております。」
「もし……もしも、世界を救うなんて出来ない。だから家に帰してってお願いしたら?」
そういうと、ミロスは物哀しさを湛えた瞳で困ったように笑った。
「もちろん、強制ではございません、我々にはお願いしかできないのです。ですが、聖女様が最後の希望なのです。」
そう言って胸元で手を組み、まるで祈るかのように深々と首を垂れる。
「せいじょさま! どうか、どうか助けてください……!」
いつの間にか定位置からソファの横まで来ていた少女がひれ伏し、悲痛な声を上げた。
額を床に打ち付けんばかりの様子の少女に綾乃は怯んだ。あまりにも必死な少女の叫びが痛ましさをもって綾乃を攻めたてる。
「……まずはお話を聞かせていただけますか?」
「もちろんでございます」
すぐにでも帰せと言い放たなかった綾乃に、ミロスはホッとした様子で顔を上げて柔和に笑んだ。
ゲームにあまりなじみはないが、ああいったものは見たことがある。
プレイヤーの強さや状況を数値化したもの。
「ステータス……か」
そうぽつりとつぶやくと、目の前に半透明のステータス画面が現れる。
「?!!」
「どうかなさいましたか?」
急に立ち止まった綾乃を不審がるように、後ろをついて歩いていたおっさんが声をかけてくる。というよりも、背後にも人がいたことに今更気が付いた。
綾乃を挟んで歩くさまは、まるで逃がさないと言われているようで、背中をいやな汗が伝う。
「い、いえ。なんでもありません……」
ステータス画面は消えることなく表示されたままだが、どうやらおっさんたちには見えていないようだった。
「すぐにくつろげる場所に着きますので」
「はい……」
再び歩き出したおっさんに追従していく。
長い廊下は、シンと静まり返り足音だけが響く。
白を基調とした作りの建物は窓がないようで、外の様子を伺い知ることができない。
今が昼なのか、夜なのか……それすらわからなかった。
綾乃は表示されたままのステータス画面に再び目を落とす。
先ほどおじいちゃんにされた「鑑定」でみんなの前に表示されたステータス画面は所々が映像の乱れがあり、解読できない部分が多かったのだが、このステータス画面はすべてが鮮明に表示されている。
傾国の聖女――見間違えていたわけではないようで、はっきりと記されている。
傾国とは読んで字のごとし、国を傾けるということだろう。国を傾ける聖女とは如何なものだろうか。
おっさんたちは聖女という鑑定結果に喜んでいたが、自分は果たして喜ばれる存在なのだろうかと不安になる。もしも望まれたものではないとしたら……?
いらないから、さようなら――で帰してくれるなんて言うのは甘い期待だろうか。
下手をすれば用済みだと殺されることだってあるかもしれない。
どんどんと嫌な考えばかりが浮かび、怖くなる。
「聖女様、こちらのお部屋をご自由にお使いください。侍女も何人かつけますので、なんなりとお申し付けくださいませ。後ほど詳しいお話を説明しに大司祭様が来ますので、それまでお休みになってお待ちくださいませ」
お辞儀をしながら観音開きの扉を閉めるおっさん。
ぱたんと音がして扉が閉まった。部屋に一人残された綾乃は、所在なげにソファへ腰かける。
一人部屋にしては広すぎる部屋内には、大きなクローゼットと天蓋付きのベッド、暖炉やドレッサーなどが設置されてる。
ホテルのスイートルームってこんな感じなのかな、などと考えながらソファの上で膝を抱える。
「はぁ……これからどうなっちゃうんだろう。あー……次の講義、必修だったのになぁ」
ソファの上で小さくなってしばらくたつと、瞼が重くなってくる。
ずっと緊張状態を強いられていて、それは今も変わらずなのだが、部屋に一人きりの状態が続き気が緩み始めたのだろう。
うつらうつらと、頭が船をこぎ始めると綾乃はすぐに夢の中へと落ちていった。
★★★
ふっと意識が覚醒し、綾乃はゆっくりと瞼を開ける。
いつの間にかソファの上に身を倒し眠ってしまっていたようで、慌ててその身を起こす。
すると柔らかい何かが体から滑り落ちていくのが見えた。
真っ白なストール……。自分の持ち物ではないのは明白なので誰かが掛けてくれたのだろうか。そんなことをぼんやりとした頭で考えながら、ふと誰かの気配を感じてギクリと体をこわばらせた。
「ああ、申し訳ございません。驚かせてしまいましたね。」
ソファの向かい――テーブルを挟んで向かいにある対のソファに腰かけた男性が声をかけてくる。
柔和な笑顔を浮かべた男性は、この場所に来て目にしたおっさんたちよりかは幾分若いようだった。
おっさんたちと同じような真っ白のローブを着ているが、青い糸で刺しゅうされた文様から、なんとなくおっさんたちより上の身分なんだろうなということが伺える。
「あなたは……」
喉がカラカラでかすれた声しか出ないことに恥ずかしさを覚え、咳ばらいをする。
「あなたは、誰ですか?」
再度問うと、今度はすんなり声が出た。
男性は入り口付近に控えていた簡素なチュニックを着た十歳ぐらいの少女に手を挙げて合図をする。少女はその合図で手際よくお茶を入れ始めた。ティーポットに手をかざし何か呟いたりしている。
「私はこの国の大司祭の一人でミロスラーフ・エフセエヴィチ・ベロウソフと申します」
「ミロスラ……? えっと……」
長く、耳慣れない名前に綾乃は目を白黒させる。それを見た大司祭は眉尻を下げて「ミロスとお呼びください」とほほ笑んだ。
「聖女様のお名前を聞かせていただく前に、お茶の準備ができましたので一服してください」
先ほどの少女がティーセットをテーブルに並べていく。緊張しているのだろうか、小刻みに揺れる手が恐る恐るといった風にカップを置いていく様を、綾乃は息をのんで見守った。
すべてを並び終えてほっとした様子の少女は、満足げに一息吐くと扉近くまで下がる。まるでそこが定位置と言わんばかりに。
「すみません、手際がまだ覚束なくて。彼女は聖女様の侍女として側仕えいたします故、何かありましたら遠慮なく申し付けてください」
「はぁ……」
側仕えという言葉があまりに常用外だったため、綾乃は気の抜けた返事しかできなかった。
お茶は温かく、程よく甘くて飲みやすかった。はじめは手を付けることに躊躇を覚えたが、ミロスが先に手を付けたのを見て恐る恐るといったように手を付ける。
毒はまさか入っていないだろうが、あまりにも相手の好意をストレートに受け取ってしまうことが怖かったのだ。
「お口にあったようで安心しました。」
すっかり飲み干しカラになったカップを見て、ミロスは安心したように微笑む。
穏やかな雰囲気に穏やかな声音。綾乃の警戒心は少しずつだが薄れていく。何よりもおっさんたちと違ってとても見目麗しいのだ。『ただしイケメンに限る』といった言葉がしっくりくるイケメン。
くすんだシルバーの髪色は羨ましいほどに真っすぐで、肩より少し長いぐらい。柔和に細められている目はエメラルドグリーンに光彩がオレンジ色で宝石のようにきれいだった。そして何よりも、穏やかな口調によく似合う低めの声。
あまり男性と話す機会がなかった綾乃は、どぎまぎしてしまう。
「それで聖女様、お名前を聞かせていただいても?」
「……桐澤綾乃です」
逡巡したのち素直に本名を名乗る。偽名を使ったほうがいいのだろうかとも考えたが、意味がないような気がしたためやめた。
「綾乃様……。急にこのような場にお招きしまして困惑しているかと思います。単刀直入に申し上げますと、綾乃様にはこの世界を救っていただきたいのです」
「はぁ……」
また気の抜けた声が漏れてしまい、綾乃は慌てて顔を引き締めた。
「私は秀でた才能を持っているわけではない、ただの成人したばかりの大学生ですよ……?」
「ですが綾乃様には聖女という称号が付いております。神によって選ばれた尊きお方」
ミロスの目は真剣そのもので、何も知らぬ小娘を担ごうとか誑かそうといったものは感じられなかった。
「世界を救ったら家に帰れますか……?」
「はい。この国に残っている神話によりますと、こういった危機に直面した際に呼ばれた聖女様は異世界へと戻っていったと記されております。」
「もし……もしも、世界を救うなんて出来ない。だから家に帰してってお願いしたら?」
そういうと、ミロスは物哀しさを湛えた瞳で困ったように笑った。
「もちろん、強制ではございません、我々にはお願いしかできないのです。ですが、聖女様が最後の希望なのです。」
そう言って胸元で手を組み、まるで祈るかのように深々と首を垂れる。
「せいじょさま! どうか、どうか助けてください……!」
いつの間にか定位置からソファの横まで来ていた少女がひれ伏し、悲痛な声を上げた。
額を床に打ち付けんばかりの様子の少女に綾乃は怯んだ。あまりにも必死な少女の叫びが痛ましさをもって綾乃を攻めたてる。
「……まずはお話を聞かせていただけますか?」
「もちろんでございます」
すぐにでも帰せと言い放たなかった綾乃に、ミロスはホッとした様子で顔を上げて柔和に笑んだ。
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