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07:救出

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 地響きと揺れ、教会全体が揺れている。祈る綾乃へ、天井からぱらぱらと欠片が降ってくる。

 だが綾乃は祈ることをやめない。むしろ集中し、外の異変に気が付いていないかもしれない。

 光は絶え間なく波紋のように広がっていく。もはや教会内は神気に満ち満ちていた。これならば力の弱い魔物はこの空間に入ったとたんに死に絶えるだろう。

 入り口に控えている騎士はすでに抜剣し、非常時に備えている。入り口から祭壇前までは距離があり、もう少し側まで……と歩を進めようとした騎士はそれ以上近寄れないことに気が付いた。

 それほどまでに綾乃から発せられている神気が強い。

 外の喧騒と建物の揺れは相変わらず続くが、教会の東から聞こえてきた音は次第に弱くなっていく。
 それよりも北から聞こえる音はますます大きくなり、苛烈さを極めているようだった。だんだんと壁の亀裂も大きくなり、あと少しの衝撃で破られそうだった。

 そして、綾乃の祈りが突然終わる。

 絶え間なく広がっていた波紋が緩やかに終わり、膝立ちで手を組み祈っていた綾乃の体がふらりと揺れる。
 倒れる――騎士が駆けだそうとした瞬間、大型魔物によってダメージを食らい続けていた壁がぼろりと崩れた。

「ひっ」

 大きく空いた教会の壁から、ぎょろりと除く大きな目。その目は狂気に濡れていて、騎士の動きをほんの少し鈍らせる。

 その遅れが命取りとなった。


 ◆◆◆


「grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」
「うらぁぁ!!」

 テランスが大剣を振りかぶり、魔物へ肉薄する。すでに固い皮膚へ何度も何度も打ち込んで刃こぼれした大剣は、ただの鉄の塊となり果てているが、それでもテランスのパワーによって、魔物へダメージを蓄積していっている。

 あと一発。決定的なダメージを与えられれば倒せる。
 だが猛攻に耐え続けていた教会の壁も限界がきたようで、ぼろりと崩れ落ちた。

 露になる教会内。

「逃げろ! ……アヤノっ!!」

 その声が聞こえたのかどうか――綾乃はこちらに目線だけ送り、そして崩れ落ちるようにその場に倒れた。

「grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」

 魔物がひときわ大きく叫ぶ。そして自らを窮地に追いやっている元凶――綾乃をその大きな手で掴むと、集落の外へと向かって走り始めた。

「くそっ。追うぞ!」

 そう言って周りを見渡すが、皆一様に満身創痍で追いかけるほどの力を残しているものは少ない。
 命に別状はないがもう戦えない者、立っているのがやっとの者、そして息絶えた者……。

「テーカー! ここは任せた、俺はやつを追う!!」

 テランスはそう叫ぶと、ボロボロの大剣を置き、魔物が走り去った方向へ駆け出した。

 獣人族はその身体能力の高さから、優秀な者が多い。
 種族によって特化した能力はまちまちだがテランスは耳と鼻、それと軽い身のこなしからの剣技を得意としていた。

 走りながら、着ている鎧の留め具を外す。すでに魔物の打撃や爪によって防具の意味を為さないほどまでに劣化しているので、少しでも俊敏性を上げることを優先した。

 ごとりと音を立てて落ちた防具に目もくれず、テランスはスピードを上げる。風をきりながら走り、その風の中に交じる魔物と綾乃の匂いを嗅ぎ分け方向を定める。ピンと立った耳は魔物の足音をとらえていた。

「そいつを離せぇぇぇぇぇ!」

 魔物の姿をとらえたテランスは武器を鞘から抜くと同時に跳躍し、一気に魔物との距離を詰める。

 そして落下速度を利用し、剣を振り下ろす。

「ちっ、浅い」

 背中につけた傷は浅く、血がにじむ程度のもの。だが、確実に弱まっているのが分かった。

 神気の塊のような存在である聖女をその手に抱えているのが決定的になっているのだろう。魔素を力の源とする魔物にとって聖女たる存在はまさしく毒なのだ。

 背中を切りつけられてもなお走りを止めない魔物はテランスなど目に入っていない様子だ。

 苦し気に、必死に走る様は鬼気迫るものがある。何がそこまで魔物を駆り立てるのか――

 だがテランスは無慈悲に何のためらいもなく、魔物へ向かって己の剣を突き立てる。

「grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」

 絶叫。

 体を大きくのけ反らせ、魔物は大きな体躯を地面へ投げ出した。

「アヤノ!」

 倒れ込んだ魔物もろとも地面へ叩きつけられるように落ちた綾乃は、まだ意識を失っているようで、苦し気にしている。息も絶え絶えだが、力の行使による疲労と魔物に掴まれた際爪で引っかかれた腹部への傷がその原因だろう。

 死んだ魔物はやがてその体を魔素へと変換する。ぱっと散るように粒子へと変化し、空気へと飛散していく。
 魔物は魔素から生まれ、魔素へと還るのだ。

「クソ、傷が深い上に血による穢れが出てる」

 ジワリと広がる腹部の傷に、魔物の緑の血が混じりこんでいる。

 魔物の血は魔素が濃い。ゆえに体内へと入ると穢れ――中毒になる。

 もともと魔素のない異世界より召喚された聖女は、魔素への耐性が弱い。空気中の濃い魔素ならば肌がぴりつく程度で済むが体内に直接入るとなると話が変わってくる。

「こいつを抱えて集落まで戻っていたんじゃ時間がかかりすぎる……このあたりにどこか……」

 休める場所はないか――と、テランスは辺りを見渡す。獣人族の遠くまで見渡せる目でとらえることが出来るのは多少慣らされた、ランズェード国までの道。こんな時世でなければ、商人や冒険者たちが往来するにぎやかな通りのはずだが、今は人一人通る気配はない。

 ふと、この先に樵達の拠点があったことを思い出した。

 以前、護衛任務中に突然の雷雨に見舞われた時、一時避難させてもらった場所。魔素が濃くなり樵達は自国に戻ったというが、拠点はそのままになっているはずだ。

「しばらく我慢しろよ」

 そう言って、ぐったりした様子の綾乃を背負い、テランスは樵達の拠点に向けて歩き始めた。
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