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12:転移
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神々しい空気に満ち満ちた教会内では綾乃が一生懸命に祈りをささげている。
時折隙間風が入り、綾乃の頬を小さな風が撫でていく。その風は甘い香りをはらみリューへと届けた。
「……近くで繰り広げられた戦闘に高ぶったか?」
戦った後に湧き上がる高揚感を感じ、リューはステンドグラスを見上げた。天使と薔薇が描かれたステンドグラスから柔らかな日差しが降り注ぎ、より神々しさを際立たせている。
戦った後――得てしてその戦いが苛烈を極めれば極めるほどに、高揚は大きくなる。それを鎮めるのに女を抱く――そんな生活をしていたリューは今日は久しぶりに娼館にでも赴こうかと考える。
ふと、弱弱しい魔物の気配を感じて辺りを見渡す。
「どこからだ?」
ガラスが割れる音が響き、ぱらぱらと欠片が落ちてくる。色とりどりのステンドグラスがバラバラになり、綾乃の頭上へと降り注ぐ。
「そうはさせるか!」
リュー王子は持っていた得物――両手持ちの斧を振り回し、破片を薙ぎ払う。そしてステンドグラスをぶち破ったものをも切り裂いた。
弱弱しい気配だったのは、リアーナの魔法にほぼやられていたからで、両翼は焼け焦げ燻っていた。もう命尽きようとしているのにもかかわらず、ステンドグラスへ体当たりをし、教会内へと侵入した大きな鳥タイプの魔物は、綾乃に傷一つつけることなくその命を終えた。
祭壇へ叩きつけられるように落ち、辺りに羽を散らす。そしてその体が魔素へと還る瞬間――魔法が発動した。
「っ、しまった。転移の魔法か!!」
魔物の命を懸けた最後のあがきが祈りをささげる綾乃を襲い、足元に展開された転移の法陣が眩く光る。
転移魔法によって消えていく綾乃をリューは自らもその魔法陣へ入ることで助け出そうとした。
はぐれてしまわないように、綾乃の体をぎゅっと抱える。そして二人は教会から姿を消した。
ステンドグラスが割られ何かが教会内に落ちていったのを外で被害状況を整理していたテランスも確認した。
すぐに駆け出し、教会の扉を蹴破るが、すでに二人の姿は消えた後で魔力の残滓だけが残っていた。
「クソが!」
握りこんだこぶしを壁にたたきつける。
「この残滓は転移魔法ですね。おそらく侵入した魔物によって展開された転移魔法によってお二人は消えたと思われます」
「どこに飛んだ?!」
「……魔力量からそこまで遠くはないとは思いますが……」
ロッセラがリアーナに視線を送り、合図をする。
「ちっ」
「焦るのはわかりますが、落ち着いて下さいまし。我らを誰だと思ってるんですの?」
そう言うとリアーナは左手をすっと目線の高さまで上げる。中指にハマる指輪の赤い宝石へ右手をそっとかぶせる。
「おおよその位置はわかります。ダンジョン等に設置された転移の罠対策で我らは互いの位置をおおよそ把握できるようにしているので」
「だったら早く!」
テランスは焦っていた。守れなかったことに対しての焦燥感ももちろんあるが、それよりもこの教会内に満ちた綾乃の甘い匂いを感じ、唇をかみしめた。
理性を失ったリューなど想像はつかないが、あの抗いがたい誘惑に打ち勝てるとは到底思えなかった。
「何をそんなに焦っていますの?」
「……とにかく急いでくれ、お前らもあいつが聖女に手を出してるところを見たくはないだろう」
「いくら好色家のリューでも、はぐれたという状況下で聖女様に手を出すなんて馬鹿な事しない……と思いますわ」
断定されない辺りが彼の日ごろの行いといったところだろう。何日もダンジョンにこもり、高ぶった気持ちを静めるためにロッセラやリアーナが相手をすることもしばしばあった。
「だといいがな」
焦りを隠せない様子でテランスは苦し気に声を漏らした。
★★★
「はぁ死ぬかと思った」
綾乃を抱きかかえたまま、しりもちをつくリューは軽薄な笑顔ではなく、珍しく焦った様子を隠せないでいた。
転移した先はなんと空。空中に放り出された二人には、もちろん翼などない。重力に従って落ちるしかなかった。
だが転移間際に綾乃を抱えたので、そのままの態勢で放り出されたことが命運を分けた。
落下速度を何とか殺しながら落ち、着地の瞬間に斧を地面へと打ち付けるように投げ出したことで衝撃を相殺する。
片足の骨が折れた気がするが、携帯していた聖水を飲んですぐに治す。常に三本は携帯している聖水と、体力回復
薬。腰に付けた薬品ホルダーも割れることなく無事だったのも幸運だった。
「聖女様? 生きてますか?」
顔を近づけて、綾乃が呼吸をしていることを確認する。苦しげではあるが命に別状はないし、外傷も特に見当たらない。これでテランスに文句を言われないで済むなと思いながら合流する方法を考える。
「まずは現在地の確認と、聖女様をどこかで休ませないと……」
大粒の汗をかき、苦し気に喘ぐ姿は可哀そうにも思えるが、リューは自分の欲情が掻き立てられていることに疑問を抱いた。
「そんな趣味はないはずなんですけどね」
そう独り言ちると、綾乃のおでこにキスを落とす。
自分たちが転移魔法によって消えたことはロッセラやリアーナが気づくだろう。そして二人には居場所がわかるアイテムを持たせている。ならば下手に動き回らず安全な位置で待つほうが確実だと思ったリューは、周囲を索敵する。
周囲数メートル範囲内であれば、どんなものがあるのか、どんな敵がいるのかがおおよそ分かる。
ぼんやりとあっちに弱い魔物がいるだとか、あっちに小屋があるといった、漠然としたものだがこういったときに役立った。
「あっちに小屋がありそうですね。休めるぐらい形が残っているといいんですが」
集落から外れた森の中や街道にある小屋は、こんなご時世でなければ人の手が入り、比較的きれいに保たれている。誰かしら人がいて、情報を得られることもあるのだが、魔素が強まり魔物の出現が増えてからは、放棄されていることのほうが多い。
下手をすると、小屋だったもの――がそこにあるだけという事もある。
リューは口笛を吹きながら楽し気に森の中へ向かって歩き始めた。
森は深く鬱蒼としていて、日が昇っている今ですら薄暗く、時たま何かの鳴き声が遠くから聞こえてきた。
索敵によって周囲に強い魔物がいないとはいえ、油断してはいけない。
リューは慎重に歩を進めていく。すると、森の中だというのに、木の生えてないぽっかりとあいた広場にたどり着いた。その中にぽつんと佇む小屋――小屋と呼んでいいのか迷う程に朽ちているが、とりあえず小屋と呼んでいいぐらいの形を保っていた。
扉があった場所にはすでに扉はなく 、吹き曝しとなった室内は荒れ果てている。屋根も一部が抜け落ち空が見えていた。山菜や薬草などを取りに来る人たちの休憩所といった所だろうか。ベッドが四つ並び、長テーブルと椅子が地面に崩れ落ちていた。
何なら床板をぶち破り木が生えかけていたり、雑草が顔を出していたりもするが贅沢は言っていられない。
ベッドの強度を確認すると、何とか耐えてくれそうだったので綾乃を寝かす。砂埃が舞い、ざらついた感触にリューはどうしようかと辺りを見渡す。
歪んで開かなくなった収納家具の引き出しを破壊し開けると、比較的きれいな布が何枚か出てきた。
リューはベッドのシーツを変えて、綾乃を寝かしなおすと祭服のリボンを解く。
苦し気に喘ぐ綾乃の息が少しだけ落ちついたような気がする。
ベッドの淵に座り、綾乃の顔にかかった髪の毛を撫でるように整えた。
ふわりと香る綾乃の香り。甘く惑わす淫靡な香りにリューは舌なめずりをする。
「さすがに意識のない子にいたずらする趣味はないので、起きてもらいましょうかね」
腰にぶら下げた薬品ホルダーから、聖水とは別の薬品を取り出す。無色透明な聖水と違って、蒼くぽつぽつと気泡の湧き出る液体。常備している薬品の一つ――体力回復薬だ。
それを綾乃に飲ませると、綾乃の息づかいが穏やかになり、次第に顔色も良くなっていく。即効性があり、長期化する戦場では重宝されるのだが、いかんせんコストが掛かりすぎると流通量はそれほど多くはない。
冒険者でも常備できるのはほんの一握りの稼げているパーティのみだ。
空になった小瓶をホルダーに戻し綾乃の口の端から伝い落ちる薬を指先でぬぐい取ると、自分の口に運んだ。
次第に目を覚ますであろうご馳走に、リューは気持ちの昂ぶりを抑えるのに苦労していた。
時折隙間風が入り、綾乃の頬を小さな風が撫でていく。その風は甘い香りをはらみリューへと届けた。
「……近くで繰り広げられた戦闘に高ぶったか?」
戦った後に湧き上がる高揚感を感じ、リューはステンドグラスを見上げた。天使と薔薇が描かれたステンドグラスから柔らかな日差しが降り注ぎ、より神々しさを際立たせている。
戦った後――得てしてその戦いが苛烈を極めれば極めるほどに、高揚は大きくなる。それを鎮めるのに女を抱く――そんな生活をしていたリューは今日は久しぶりに娼館にでも赴こうかと考える。
ふと、弱弱しい魔物の気配を感じて辺りを見渡す。
「どこからだ?」
ガラスが割れる音が響き、ぱらぱらと欠片が落ちてくる。色とりどりのステンドグラスがバラバラになり、綾乃の頭上へと降り注ぐ。
「そうはさせるか!」
リュー王子は持っていた得物――両手持ちの斧を振り回し、破片を薙ぎ払う。そしてステンドグラスをぶち破ったものをも切り裂いた。
弱弱しい気配だったのは、リアーナの魔法にほぼやられていたからで、両翼は焼け焦げ燻っていた。もう命尽きようとしているのにもかかわらず、ステンドグラスへ体当たりをし、教会内へと侵入した大きな鳥タイプの魔物は、綾乃に傷一つつけることなくその命を終えた。
祭壇へ叩きつけられるように落ち、辺りに羽を散らす。そしてその体が魔素へと還る瞬間――魔法が発動した。
「っ、しまった。転移の魔法か!!」
魔物の命を懸けた最後のあがきが祈りをささげる綾乃を襲い、足元に展開された転移の法陣が眩く光る。
転移魔法によって消えていく綾乃をリューは自らもその魔法陣へ入ることで助け出そうとした。
はぐれてしまわないように、綾乃の体をぎゅっと抱える。そして二人は教会から姿を消した。
ステンドグラスが割られ何かが教会内に落ちていったのを外で被害状況を整理していたテランスも確認した。
すぐに駆け出し、教会の扉を蹴破るが、すでに二人の姿は消えた後で魔力の残滓だけが残っていた。
「クソが!」
握りこんだこぶしを壁にたたきつける。
「この残滓は転移魔法ですね。おそらく侵入した魔物によって展開された転移魔法によってお二人は消えたと思われます」
「どこに飛んだ?!」
「……魔力量からそこまで遠くはないとは思いますが……」
ロッセラがリアーナに視線を送り、合図をする。
「ちっ」
「焦るのはわかりますが、落ち着いて下さいまし。我らを誰だと思ってるんですの?」
そう言うとリアーナは左手をすっと目線の高さまで上げる。中指にハマる指輪の赤い宝石へ右手をそっとかぶせる。
「おおよその位置はわかります。ダンジョン等に設置された転移の罠対策で我らは互いの位置をおおよそ把握できるようにしているので」
「だったら早く!」
テランスは焦っていた。守れなかったことに対しての焦燥感ももちろんあるが、それよりもこの教会内に満ちた綾乃の甘い匂いを感じ、唇をかみしめた。
理性を失ったリューなど想像はつかないが、あの抗いがたい誘惑に打ち勝てるとは到底思えなかった。
「何をそんなに焦っていますの?」
「……とにかく急いでくれ、お前らもあいつが聖女に手を出してるところを見たくはないだろう」
「いくら好色家のリューでも、はぐれたという状況下で聖女様に手を出すなんて馬鹿な事しない……と思いますわ」
断定されない辺りが彼の日ごろの行いといったところだろう。何日もダンジョンにこもり、高ぶった気持ちを静めるためにロッセラやリアーナが相手をすることもしばしばあった。
「だといいがな」
焦りを隠せない様子でテランスは苦し気に声を漏らした。
★★★
「はぁ死ぬかと思った」
綾乃を抱きかかえたまま、しりもちをつくリューは軽薄な笑顔ではなく、珍しく焦った様子を隠せないでいた。
転移した先はなんと空。空中に放り出された二人には、もちろん翼などない。重力に従って落ちるしかなかった。
だが転移間際に綾乃を抱えたので、そのままの態勢で放り出されたことが命運を分けた。
落下速度を何とか殺しながら落ち、着地の瞬間に斧を地面へと打ち付けるように投げ出したことで衝撃を相殺する。
片足の骨が折れた気がするが、携帯していた聖水を飲んですぐに治す。常に三本は携帯している聖水と、体力回復
薬。腰に付けた薬品ホルダーも割れることなく無事だったのも幸運だった。
「聖女様? 生きてますか?」
顔を近づけて、綾乃が呼吸をしていることを確認する。苦しげではあるが命に別状はないし、外傷も特に見当たらない。これでテランスに文句を言われないで済むなと思いながら合流する方法を考える。
「まずは現在地の確認と、聖女様をどこかで休ませないと……」
大粒の汗をかき、苦し気に喘ぐ姿は可哀そうにも思えるが、リューは自分の欲情が掻き立てられていることに疑問を抱いた。
「そんな趣味はないはずなんですけどね」
そう独り言ちると、綾乃のおでこにキスを落とす。
自分たちが転移魔法によって消えたことはロッセラやリアーナが気づくだろう。そして二人には居場所がわかるアイテムを持たせている。ならば下手に動き回らず安全な位置で待つほうが確実だと思ったリューは、周囲を索敵する。
周囲数メートル範囲内であれば、どんなものがあるのか、どんな敵がいるのかがおおよそ分かる。
ぼんやりとあっちに弱い魔物がいるだとか、あっちに小屋があるといった、漠然としたものだがこういったときに役立った。
「あっちに小屋がありそうですね。休めるぐらい形が残っているといいんですが」
集落から外れた森の中や街道にある小屋は、こんなご時世でなければ人の手が入り、比較的きれいに保たれている。誰かしら人がいて、情報を得られることもあるのだが、魔素が強まり魔物の出現が増えてからは、放棄されていることのほうが多い。
下手をすると、小屋だったもの――がそこにあるだけという事もある。
リューは口笛を吹きながら楽し気に森の中へ向かって歩き始めた。
森は深く鬱蒼としていて、日が昇っている今ですら薄暗く、時たま何かの鳴き声が遠くから聞こえてきた。
索敵によって周囲に強い魔物がいないとはいえ、油断してはいけない。
リューは慎重に歩を進めていく。すると、森の中だというのに、木の生えてないぽっかりとあいた広場にたどり着いた。その中にぽつんと佇む小屋――小屋と呼んでいいのか迷う程に朽ちているが、とりあえず小屋と呼んでいいぐらいの形を保っていた。
扉があった場所にはすでに扉はなく 、吹き曝しとなった室内は荒れ果てている。屋根も一部が抜け落ち空が見えていた。山菜や薬草などを取りに来る人たちの休憩所といった所だろうか。ベッドが四つ並び、長テーブルと椅子が地面に崩れ落ちていた。
何なら床板をぶち破り木が生えかけていたり、雑草が顔を出していたりもするが贅沢は言っていられない。
ベッドの強度を確認すると、何とか耐えてくれそうだったので綾乃を寝かす。砂埃が舞い、ざらついた感触にリューはどうしようかと辺りを見渡す。
歪んで開かなくなった収納家具の引き出しを破壊し開けると、比較的きれいな布が何枚か出てきた。
リューはベッドのシーツを変えて、綾乃を寝かしなおすと祭服のリボンを解く。
苦し気に喘ぐ綾乃の息が少しだけ落ちついたような気がする。
ベッドの淵に座り、綾乃の顔にかかった髪の毛を撫でるように整えた。
ふわりと香る綾乃の香り。甘く惑わす淫靡な香りにリューは舌なめずりをする。
「さすがに意識のない子にいたずらする趣味はないので、起きてもらいましょうかね」
腰にぶら下げた薬品ホルダーから、聖水とは別の薬品を取り出す。無色透明な聖水と違って、蒼くぽつぽつと気泡の湧き出る液体。常備している薬品の一つ――体力回復薬だ。
それを綾乃に飲ませると、綾乃の息づかいが穏やかになり、次第に顔色も良くなっていく。即効性があり、長期化する戦場では重宝されるのだが、いかんせんコストが掛かりすぎると流通量はそれほど多くはない。
冒険者でも常備できるのはほんの一握りの稼げているパーティのみだ。
空になった小瓶をホルダーに戻し綾乃の口の端から伝い落ちる薬を指先でぬぐい取ると、自分の口に運んだ。
次第に目を覚ますであろうご馳走に、リューは気持ちの昂ぶりを抑えるのに苦労していた。
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