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17:魔素

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「そろそろいいんじゃないんですの?」
「えっと……?」

 綾乃はリアーナの事があまり得意ではなかった。はっきりとした物言いが綾乃の迷いを見透かしているようで、責め立てられているように感じるのだ。

「リューのことですわ」

 ぎくりと体をこわばらせる。ロッセラのおしおき『綾乃が許すまで勃たないおまじない』は、アレから一か月経過した今でも有効で、それは綾乃がまだリューを許していないという事を指示していた。

 抗えない芳香――それが原因だと分かっていて、だから仕方がなかったという事も理解している。だが今こうして普段通りにできているのはそのおまじないがあるからこその安心感も確かにあって、それがなくなったらと思うと怖くもあった。

「だったらせめてギーを貸してくださいまし! 私のたまりにたまったこの愛欲をどこに発散したらいいのですの?!!」

「町で適当にひっかければいいと思います」
「タビサちゃん?!」

 大胆なことを言い放つタビサに面食らう綾乃。リアーナはぎゅっと拳をにぎりこみ、「自分よりも弱い男なんて願い下げですわ!!」と持論を展開した。

「貴方、私の事ただのアバズレだと思っているでしょう?!」
「発言からはそうとしか」

 タビサとリアーナがバチバチと火花を散らしてにらみ合う。そこへロッセラがやれやれといった感じで輪に入ってきた。

「ごめんなさいね、リアーナは子供が欲しいんですよ。でもリアーナのご先祖様にハイエルフがいて身ごもりにくい体なんです」
「そう……なんですか」

 ハイエルフ――綾乃はまだ出会ったことが無い種族で、耳が長く、スラリとした体躯を持つ彼らは一人一人が長寿で平均寿命は1000年というから驚きだ。だからこその弊害は種を存続させるという事にあまり頓着もなければそう言った体の作りにもなっていない為、子供はできにくいという特性があるらしい。

 それだけ長生きする種族が子供を人間たちと同じ周期で増やしていったらどうなるかは明白で、そう言った事から神様がそう創造したのだと言われているらしい。

 リアーナはいつ子供を身ごもってもいいように、相手は厳選して行為に及ぶ。ただ単に性欲の解消として相手を見繕っているというわけではないらしい。それならば自分よりも弱い男はダメだという理由も腑に落ちた。

「ふん!」

 わかりやすく機嫌を損ねると、どすどすとワザとらしく足を踏み鳴らし立ち去っていく。ロッセラは困った笑顔を浮かべ、首をかしげる様にお辞儀するとリアーナを追って小走りに駆けていった。

 綾乃は去っていく二人の背中を見ながら、どうしたらいいのか、ぼんやりと考えた。

 怖い気持ちと許したい気持ち。どちらもある。何よりも仕事とはいえ危険な場所に一緒に来て護衛をしてくれる。仕事ぶりはとても優秀で彼らのおかげで騎士達の負担もだいぶ減った。テランスや騎士たちが深い傷を負う確率が減ったのだ。

 何かキッカケさえあればすんなりと許してしまえる気はしたが、そのきっかけがなかなか無い。

 とは言え、あの行為そのものが結果、綾乃を救うことにもなったのだと思うと、微妙な気持ちになってくる。

「はぁ……」

 ひとまずテランスの持ち帰ってくる話を聞いてから決断しようと思い、綾乃はリューを探しに行くことをやめ、ベッドに身を投げ出した。まとまらない頭で何を考えても無駄だというのは知っている。ならばいっそ休息を取ろうと、目を閉じた。


 ★★★


 ぴりっとした肌を突き刺す感覚で目を覚ました綾乃は、何か言いようの無い気配を感じ取る。

「これはいったい……」

 綾乃はベッドから身を起こし、この異常事態の理由を探ろうと部屋を出ようとしたが、部屋の隅で小さく蹲っている影を見つけてかけよる。

「タビサちゃん?!」

 意識がない。鼓動も弱弱しく、生命力そのものが削られているといった様子だ。

「このぴりつく感じ、魔素が強まっている……?」

 タビサを抱きかかえ、外へと飛び出す。廊下にはタビサと同じように倒れ込んでいる侍女や騎士達がいて、異常事態を知らしめていた。

「聖女様!!!」
「ロッセラさん!」

 息を切らして走ってきたロッセラは顔面蒼白で慌てている様子だった。周りで倒れ込んでいる人を見やると、「≪癒しよ≫」と呟き魔法を発動させる。生気が削り取られ土気色になっていた顔色に少し赤味がさすがまだ意識は戻らない。

「聖女様、落ち着いて聞いてください、今この国の上に魔素の塊が出現しています。」
「魔素の塊……?」

「はい。どうか、どうか祈りを……城内にある教会まで護衛いたします」

 祈りを使う――テランスがいないのに? 使えば神気が溜まり氾濫が起きる。そのことを知った綾乃はしり込みをしてしまう。
 だが、ここで何もしなければこの国は滅んでしまう。タビサだって死んでしまう。

「わかりました。」

 綾乃は抱えていたタビサを下し、頭を撫でると、ロッセラと共に廊下を走り始めた。

 不安はある。だが今まで何度も蓄積し続けたことがあり大丈夫だったのだ。きっと今回だって大丈夫なはずだ。
 そう自分に言い聞かせ、綾乃はロッセラの後ろを走る。

 城内を走り、しばらくすると魔素が弱まっていく。教会が近づいている。さすがは王城内の教会で、神気が魔素の侵入をわずかにだが遅らせている。

 教会内には避難してきた人たちで溢れかえり、ざわついていた。だが綾乃の姿を見ると、皆一様に静まり返り手を合わせて祈り始めた。

 ロッセラに手をひかれ祭壇の前までたどり着く。

「きっと今まで以上に力を行使しなければならないでしょう。どうか無理をなさらず……」
「ありがとう。がんばるわ」
「魔物はここまでは入ってこれないはずだよ。ギルドが緊急ミッションを発令したから城下もひとまずは大丈夫」

 伝う汗をぬぐいながらリューがそう教えてくれた。ギリギリまで情報を集めたりと、いろいろ動いてくれたのだろう。請け負った護衛の任務を全うすべく戻ってきてくれたことに感謝をする。

「では……始めます。」


 ●●●


「ふむ……。あの城の中にある光が聖女か……」

 城を眼下に据え、空に浮かぶ魔素の塊はぽつりと独り言ちた。

 力弱きものが見ればそれは真っ黒の塊。魔素の塊は揺らぎながら、さざ波のように魔素を広げていく。

 城の上――空に在るその塊は国を覆う程の魔素を広げ切ると満足したように霧散する。
 だが一度広がった魔素は神気を食らい、ランズェード国を死の淵へといざなう。
 
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