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夕の、死闘

逃走

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「……まだ死にたくないですね」



俺はそう言い、背中のスタッフを抜く。

戦おうとする体勢は見せておいた方がいい。

ゆっくり近付いてくる恐怖を耐え、タイミングを伺う。

……次、アルスさんが瞬きしたら、樹の方へ全速力で走る、これでいくぞ。



「ははっ、そりゃそうだ、まあ諦め――」



――今だ!



「――っ」




瞬間に魔力を靴に注ぎ込み、そのまま限界を越える程足を前へ、前へ動かす。

足が軽い。攻撃も全く受けていない。



……いける!




気付けば、俺の体は有り得ない程の速さで動いていた。



「はあ……まあそりゃそうか」



程なくして、後ろの遠ざかっていく声を感じながら、一心不乱に樹に向かう。



「樹、行くぞ!」


「……!」



樹に近付いた瞬間スピードを落とし、そのまま樹を抱えて走っていく。



よし、なんとか――








「『炎獄』」








遥か遠くのその詠唱と共に、俺の遠く前方へ異変が生じる。

視界を埋め尽くす程の、幾多の炎が『落ちて』くるのだ。

それは巨大な壁となり……一瞬の間で、俺達の行く道を塞ぎこんだ。


有り得ない程の量の炎は、俺達を閉じ込めるように、後ろへも広がっていく。

当然避けられる場所はゼロで、無くなっていた。

その不可解な現象に、何が起こったか分からぬままだ。



しかし、止まってもいられない。

なんとしても、ここから脱出しなくては。


樹を前に抱えているために、後ろへ向いてスピードを落とす。

そして背中から炎を走り抜け出ようと、突っ込んでいくが……


「ぐっ!」



鈍い痛みと熱が俺を襲う。

鋼のように硬い、それでいて火のように熱い、その炎のような物体は、俺達を通すことを許さない。


そして……後ろを向いたことにより、半径五十メートルの炎のドームが俺とアルスさんを囲うように作られていたことに気付く。


まるで……炎の檻の中に閉じ込められたような
感覚だ。




――逃走は、不可能




俺の頭は、それを導くのに時間は掛からなかった。
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