十六夜の月の輝く頃に

鳩子

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4.更待(ふけまち)の月

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「お前も隅に置けないなあ」

 見回りから戻った同僚の、源史みなもとふひとに小突かれて、影は、顔をしかめた。

 史は、影より五つ年上の従兄弟である。気安い仲ではあるが、小突かれる覚えはなかった。

「隅に置けないとは?」

 声も自然とけんのあるものになるのは、この従兄弟が、いつも、からかい半分に影を構ってくるのが、影は苦手だったからだ。

「これ、見ろよ」

 史は、文を見せた。紅梅の薄様を重ね、香をたきしめた文は、見るからに優美で、さぞや、臈長ろうたけた女性によるものだろうと推測出来るものだった。

「自慢ですか?」

「お前宛だよ。かわいそうな俺は、文遣いにさせられたわけさ。まあ、お前とその女性の間は、俺が取り持ってやるよ」

「あなたが、そんな親切をいうとは思えませんけど、なにが、目的なんです?」

「目的! お前、従兄弟に連れなくするなよ。俺は、ただ、あの女房の知り合いの女性でも、知り合いになれないかと思っただけで」

 文遣いをすれば、自然と女性の近くを訪ねることになる。より良き女性と知り合う好機ではあるだろう。

「まあ、俺のことはともかく、それ、みてみろよ!」

 急かす史を鬱陶しく思いながら、文を開くと、女文字らしい、細くしなやかな水茎が薄様うすようの鳥の子紙に躍っていた。

 文面をみて、影は、汗ばんで来るのを、感じていた。頬が、火に炙られたように熱い。

「おっ! どうだった?」

 ひょいっと史は、影から文を開くと取り上げて、文面を確認する。

「これは、紛れもなく、恋文だな。それにしても、お前、あの美しい女房に、青女なんて言ったのか? 意外に、やるじゃないか」

 やはり、史に小突かれて、影は、よろめいた。

 青女などと言って、さぞや、気色の悪いことだろうとは思っていたが、そうでもないかもしれない。そう思ったら、影は、ひどく動悸がして、眩暈を起こしそうだった。

 ましてや、あの女房が、青女殿が、影の姿を見ているという。

 影を、探しているのだろう。そして、見るたびに頬が赤くなると、彼女は言う。

 影は史から文を奪い返して、ぎゅっと抱き締めた。

「文遣い、必要だろ?」

 にやり、と史は笑う。影は、消え入りそうな声で、「頼む」と答えていた。




 彼女……出仕名を、中将という。今の中将は、在原時春ありわらのときはるという方で、噂では、『昔男』で有名な、伊勢物語の主人公と言われている、在原業平ありわらのなりひらの孫だか曾孫だかだという。

 真偽のほどは定かでないものの、たしかに在原中将は、きらきらしい美形で、そのうえ和歌も上手に詠むものだから、不惑ふわくを過ぎて、いまだに恋の噂が絶えない。

 あの、中将という女房は、恐らく、その中将の娘だろう。

 そう、言われて納得がいく和歌の出来映えだったし、美しさだった。

 当代男子の当然のたしなみみとして、影も和歌を詠むが、やはり和歌の名手とされるような方とやり取りするのは、気後れする。

 実際、中将の送ってくれた和歌は、良い出来のものだった。

(少し意外だったのは、固めな和歌だったというところかな)

 恐らく、そうとう、漢籍を勉強しているのだろう。だからこそ、青女と言ってすぐにわかったのだ。

 贈られた和歌……に対して、影は、漢詩で返すことにした。

 恋の贈答としてはあまり例がないが、和漢の朗詠をする趣向はある。



 寒夜にして 月 煌々たり
 我 一人待つ 霜の来訪


 書いてから、影は、胸が高鳴ってくるのを感じていた。
 待っていたら。
 夜通し、寒空の中、あの人が来るのを待っていたら。あの人は、来てくれるだろうか。

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