十六夜の月の輝く頃に

鳩子

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5.立待(たちまち)の月

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 源影みなもとのかげいからの文を開いた中将は、「まあ」と声を上げていた。

(まるで、私が、あの子を待っている様な、書きぶりね)

 文遣いを、買ってでたらしい兵衛は、興味深そうに、中将を見ている。

「あなたや、あなたの、お友だちは。わたくしよりも随分とお若いわ。年増のかわいそうな女と思って、からかっていらしたのね。
 そんなことをなさらないと思っておりましたから、わたくしは、かなしく存じますわ」

 直接返事をすると、舎人は、慌てた様子で、

「からかってなど! あなたのように美しい方に、なぜ、そんなことをしなければならないのです。
 影は、あなたに、なにを書いたのですか?」

 中将は、影からの文を見せた。

「あの方は、御存じだったのね。わたくしが、宿直の晩の折りには、きざはしに出て、あの方が通り掛かるのを夜通しまっていたのを。
 それを、そんな風に、からかわれるだなんて」

 中将は、袖で顔を覆った。

 すると、舎人は、

「これは、あいつの願望ですよ。あいつが、もし、夜通し待っていたら、もしかしたら、あなたが来て下さるかどうか。いえ、来てほしいと、そういう願い事を込めているんです」と、中将が思った通りの言い訳をする。

「苦しい嘘を仰有らないで。殿御は、待たない生き物ですわ」

 きっぱりと言う中将に、とりつくしまもなく、兵衛は、ぼうぜんとしている。

 中将は、「ごきげんよう」と立ち上がって、そのまま、主の待つ部屋へと下がっていった。




 気のある素振りをする。

 不機嫌に突き放す。

 言い訳にほだされない。

 本人に、視線を送る。


 目配せ。

 それひとつで、あとは、なんとでもなるだろう……と中将は踏んでいた。

 相手が、あまりにも物慣れていないのが気にかかるが、それはそれ。

 ここまで来たら、恐らく、今夜あたり、源影は、中将を訪ねてくるだろう。

 そうすれば、あとは、約束の宸筆を頂くだけだ。

 もしかしたら、源影は、自分が賭けの対象にされたことに傷付くかも知れないが、それも、いい経験になるはずだし、相手として、自分は悪くはないはずだと、中将には自負がある。

 宮中でも有名な、恋多き女である中将との浮き名なら、男としては、武勲の一つにもなろう。

 恋は多いが、容易く靡かないことでも、中将は有名だったからだ。

 だからこそ、中将は、(源影は、きっと来るわ)と思っていた。

 そして、その夜、中将の読みはあたった。

青女せいじょさま」

 今日、宿直ではなかった中将は、同僚たちと部屋で休んでいた。そこへ、源影の、弱々しい声が聞こえて来たのだった。

「青女とは、どなたのことかしら」

 中将は、御簾も揚げずに応えると、源影からの困ったように言った。

「中将さまと仰有る女房殿が、こちらにお出でのはず……。是非、一目、お目に懸かりたく、ほんの少しの間で構いませんから」

 すがりつくような声音で言われて、中将は、少し、得意になった。

 もう、源影は、中将に夢中ではないか。ほかの女房たちが、中将がどう対応するのか、興味深そうに、見ている出前、余裕のある……恋の駆け引きの熟練者としての、振る舞いをしなくては。

「いきなり連れだそうだなんて、不躾なことを仰せになりますのね。こんな夜中に、応じるような浮かれと、あなどっておられますのね。思いもよらないことでしたわ」

 そういって、中将はふすま(布団)を引き寄せて頭から被ってしまった。

「中将さん、よろしいの? あの方、まだ、外でお待ちのようよ?」

「じきに、お帰りになるわ」

 怒ったように言って、それきり、中将は眠ってしまった。
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