立日の異世界冒険記

ナイトタイガー

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0067.悲しい口笛

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 健は侍とやり合いながら自分の能力である見えない緑の音がなぜ通じなかったか必死に考え続けた。健の能力の本質は音だ。誰であれ、音である声を通して会話をする。だから、超感覚があったとしても相手との会話を拒否しない限り、見えない緑の音は避けられないはずだ。
 相変わらず、健と侍は互いに鋭い攻撃をし合うが、どちらも相手に当たらない。一見、互角のように見えるが、健は状況の悪化を認識していた。互いに超感覚が使えて攻撃を避け合うこの状況が続くと、最後は体力勝負になる。健は病み上がりだし、元々体力がある方ではない。侍は見た感じでは、相当の持久力がありそうだ。
 加えて、問題なのは剣の技術の差である。今は互いに超感覚で攻撃を難なく避けているので剣の技術は関係がない。しかし、体力が落ちて攻撃を避けるのが厳しくなってくると、剣術が高い相手の攻撃の方が、へっぽこ剣術を避けるよりも大変なのは明らかである。
 健も実戦で相当に鍛えられて人並み以上の技術は身に付けているが、基本は超感覚頼みである。一方、侍は見るからに刀の扱いに長けている感じだ。
「おーい、健。大丈夫かあ。」
 健と侍が膠着状態になったのを見てじれったくなったのか、火の精が木の陰から声をかけてきた。その時、健は猛烈な違和感を感じた。何だ。俺は何か重要なことを見落としているぞ。間違いなく、この勝負の行方を左右する重要なことだ。絶え間なく侍とやり合いながら、健はたった今のできごとの記憶を辿っていった。
 そしてついに健は気付いた。何に違和感を覚えたのか。超感覚で一挙一動を逃さずに捉えていた侍の動きには、火の精の声に対する反応がまったくなかったのだ。つまり、火の精の声が聞こえていなかったのだ。なるほど。だから、俺の見えない緑の音も効かなかったのか。健はすべてが腑に落ちた。
 健のそんな気持ちが表情に出てしまったようだ。そしてそれを読み取ったのか編笠の下の侍の口が動く。侍は再び悲しげな音色の口笛を吹き始めた。健は、真実を見破られた時点で侍が自分の敗北を悟ったのだとはっきり分かった。侍の超感覚は、健の第六感の超感覚とは違い、視覚だけに依存した超感覚なのだ。
 誇り高い侍は、もはや負け戦さと分かっても全力で健に攻撃をしかけ続ける。残酷にも健の超感覚は、健に侍の苦しい事情を完全に理解させる。恐らく侍は、世界の主に弱みを握られており、健を殺すか自らが死ぬしか道がないのだ。
 心の底に重いものを感じながらも健は、周囲の雪を斬り散らかし、雪煙の煙幕を張った。雪煙に包まれた侍が健を見失い、手当たり次第に周囲を斬っているのが分かる。健は覚悟を決めて侍を一撃で仕留めた。
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