転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲

文字の大きさ
9 / 37

10歳 その7

しおりを挟む
 推しが甘い。甘すぎる。

 王城で過ごしはじめて一週間。リチャード様の言動に私は翻弄され続けていた。 
 おはようとおやすみの挨拶が欠かされる事はなく、その際にはそれが当然だとでもいうように抱きしめられ、頬に口づけが落ちてくる。
 毎日の診察の際にも必ず付き添ってくれ、傷の経過について私以上に熱心に医師からの話を聞いてる。
 それ以外にも何かと様子を伺いに来てくれたり、お茶に付き合ってくれたりなど、第二王子という立場はそれなりに忙しいはずなのに甲斐甲斐しい事この上ない。
 甘やかされているを通り越して、ともすれば愛されているとすら勘違いしてしまいそうなそれらの行動に私はどのように返せばいいのか戸惑ってばかりいる。

 少なくとも私が知るリチャード様はこんなに甘いキャラクターではなかった。
 ゲーム中ではヒロインに恋をしていても、その気持ちを押し殺した言動が多く、触れる事すらままらない関係であったはず。
 好きだからこそ婚約者がいる身分では、うかつに触れる事はしないし、勘違いを生むような言動は控える。そんな風に自分を律する事が出来る人で、そんな所が好ましいと思っていた。

 だからといって、ただの婚約者に対してこんなにも遠慮のないスキンシップをするのだろうかと考えると、それも何だか疑問が残る。
 けれどもリチャード様はエイミーには恋をしていないし、恋をする事もない。あくまでも妹のように思っているはず。

 と、そこまで考えたところで気が付いた。
 私は今のリチャード様とよく似た言動をする人間を知っている。私の二つ上の兄フィリップ・シュタットフェルト。
 フィル兄様とはお互いにハグも頬にキスも日常的にしていたし、私が風邪を引いてしまった時には心配して傍についていてくれた。
 シスコン気味な部分があるとはいえ、その言動は家族愛の範疇を超えていない。エイミーだってフィル兄様の事は家族として大好きだ。
 前世の感覚では過激に思えるスキンシップも、現世においては家族の触れ合いとして通常の範囲内。

 つまり、リチャード様もフィル兄様と同じなのだ。
 妹のように思う婚約者。だからこそ、優しくされて、甘やかされて、触れる事に躊躇いもない。
 わかっていた事とはいえ、改めて突き付けられた事実に胸が痛む。

 前世から愛しく思える人に出会って、婚約者になって、優しくされて、私はどこかで期待してしまっていたんだ。
 もしかしたらリチャード様もエイミーを好きなんじゃないかなって。そんなバカみたいな期待を。
 でも、そんな事はあり得るはずもない。私が前世の記憶を取り戻してからたった一週間。それだけの期間で親愛が恋愛に変わるなんてあり得ない。
 このバカみたいな感情は、私の気持ちが前世の日本人としての感覚に引っ張られ過ぎてしまったからだ。
 リチャード様の言動は、この世界においてごく普通のものだという事が頭から抜け落ちていて、動揺しすぎてしまっただけ。

 それに何より私自身が決めていた事だ。私はあくまでリチャード様の仮初の婚約者でいると。
 リチャード様とヒロインが恋に落ちた時には、そうでもなくてもリチャード様に他に愛しく思うような女性が現れたら、その時には身を引くのだと。
 私はリチャード様の婚約者になれたただけで十分で。それが親愛だとしても優しくしてもらえることが幸せだから。
 愛情を求めて苦しくなるくらいなら、妹のような婚約者としてでも許される限りは傍にいたい。

 前世から好きだったからこそ、リチャード様には幸せになってほしくて。その相手は自分でなくても構わない。
 そもそもリチャード様は私の推しで、愛情に見返りを求める事など出来ない存在だったのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!    「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」   これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。   おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。 ヒロインはどこいった!?  私、無事、学園を卒業できるの?!    恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。   乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。 裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。 2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。   2024年3月21日番外編アップしました。              *************** この小説はハーレム系です。 ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。 お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)        *****************

折角転生したのに、婚約者が好きすぎて困ります!

たぬきち25番
恋愛
ある日私は乙女ゲームのヒロインのライバル令嬢キャメロンとして転生していた。 なんと私は最推しのディラン王子の婚約者として転生したのだ!! 幸せすぎる~~~♡ たとえ振られる運命だとしてもディラン様の笑顔のためにライバル令嬢頑張ります!! ※主人公は婚約者が好きすぎる残念女子です。 ※気分転換に笑って頂けたら嬉しく思います。 短めのお話なので毎日更新 ※糖度高めなので胸やけにご注意下さい。 ※少しだけ塩分も含まれる箇所がございます。 《大変イチャイチャラブラブしてます!! 激甘、溺愛です!! お気を付け下さい!!》 ※他サイト様にも公開始めました!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

処理中です...