幼馴染が国を救う英雄になるまで俺が人質って本当ですか!?

シン

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1. 出発①




「ルカ、起きろ」

 ゆさゆさと体を揺さぶられて夢から覚めた。
ゆっくりとまぶたを持ち上げると、ベッドの縁に座り俺の顔を覗き込む幼馴染ーーウィルフリード・リヒターの顔が視界いっぱいに広がった。
 朝日を浴びていつもより青みを帯びて見える濃紺の髪を後ろに流し、男らしい輪郭に形のいい口と高めの鼻、それからすっきりとした金色の瞳がバランスよく配置されている。朝から文句なしの男前だ。

「ん……俺、寝坊した? 起こしに来させてごめん、ウィル」
「いや、まだ約束した時間より早いから安心しろ。そろそろ起きる頃かと思って迎えに来た」

 そう言いながらウィルは俺の腕を掴んで引き起こす。体を捻ってこちらを向くウィルの左手がそっと俺の頬に触れ、親指が目の下を優しくさすった。

「泣いてる。悪い夢でも見たのか?」

 そう言われて、初めて自分の頬が濡れいていることに気が付いた。あの日の夢を見た朝はだいたいこうだ。母親に置いていかれてしまった男の子の境遇を思ってか、無意識のうちに涙が流れている。……目の前には立派に育ったその"男の子"がいる訳だが。

「うーん、夢見てたんだけど……内容は忘れた」

 そう言いながら、にっこりとウィルに笑いかける。
 多分俺は、あの夜母親に置いていかれても決して泣かなかった彼の代わりに泣いているのだ。そんな押し付けがましいことは絶対に本人には言わないけど。あの日の夢を繰り返し見ることをウィルに伝えたことはなかったし、これからも話すつもりはない。

「顔色も悪いし、山へ入るのはやめるか? 別に今日じゃなくてもいいだろ」
「少し夢見が悪かっただけだから大丈夫。予定通り山へ行こう。お互いそろそろ仕入れなきゃ、だろ?」

 眉をひそめるウィルに俺はにこりと笑いかけた。

「……分かった、無理はするなよ。少しでも調子が悪そうだったらすぐ帰るからな」
「はいはい。大丈夫だから、下で待っててよ」

 二歳年下のウィルの兄貴分として昔は俺が面倒を見ていたのに、身長を追い越されたくらいから立場が逆転し、今ではすっかり彼の方が保護者ポジションだ。
 俺の言葉を疑っているような苦い表情がゆっくりと近付いてくる。ちゅ、と俺の目許に口付けると、そのまま頭をわしゃわしゃと撫でて立ち上がった。

「おい、子ども扱いすんなって」
「……早く準備しろ」

 そう言い残し、ウィルはそそくさと部屋を出て行った。


 身支度を整えて一階に降りると、診察室で母さんが診療の準備をしていた。

「おはよう、ルカ。ウィルなら外で待ってるわよ」
「おはよ。あいつ来るのが早いんだよな……」

 母さんは栗色の長髪を高い位置で一つにまとめ、白衣を着てきびきびと診察器具の点検をしている。
 わが母親ながら身内の贔屓目抜きにしても美人で、とても四十代には見えないくらい若々しい。気の強さが顔に出ている気がするが、父さんに言わせてみると「そこが良い」そうだ。
 俺はどちらかといえば母さん似の女顔で、髪の色も同じだ。並んで歩いていると近所のおばさんに「美人姉妹ね」なんてからかわれたりすることもある。身長は成人男性の平均くらいあるし女性には到底見えないと思うけど、小さい頃の俺はとっても可愛かったらしいからその印象が残っているのだろう。

 母さんの家系、フォーゲル家は先祖代々このノルエンデ村で医者をしていて、数年前まで母さんの父親ーーつまり俺の祖父がこの診療所を運営していた。村一番の美人と評判だった母さんは医学の勉強をするために王都に出ていた時期があって、その時同じ学校で薬草の研究をしていた父さんが母さんに一目惚れをし、猛アタックの末フォーゲル家に婿入りする形でこの村へついてきたそうだ。

「ルカ! もう出るのか?」

 診察室の奥にある調合室の扉が開き、そこから父さんがひょこりと顔を出した。

「うん。ウィルを待たせてるからもう行く。今日はソラの葉を多めに採ってくるんだったよな?」
「ああ、よろしく頼むよ。朝食を食べないならせめてこれを飲んでいきなさい」

 そう言って父さんが差し出してきたのは、湯呑みにたっぷり入った薬膳茶だった。
 父さんの秘密の配合とやらで、村の近くで採れる薬草を中心に体に良い植物が沢山入っているらしい。昔から一日一杯飲まされているが、何が入っているかはいまいちよく知らない。この辺りの山に多く自生する"ソラ"という薬草が入っていると教えてもらったことはあるけど、あとは聞かせてもらえない。
 ただし効果は抜群で、家族全員滅多に風邪すらひかない健康体だ。
 母さんを追いかけてこの村に来るまでは王都でも有名な薬草の研究者だったらしいから、その実力が遺憾なく発揮されているのだろう。

 父さんはひょろりと高い背に眼鏡をかけていて、いかにも研究者、というような見た目をしている。ちなみに、三歳年上の兄さんは見た目も頭の出来も父さん似の優秀な医者の卵だ。

「こっちはサンドイッチだ。二人で昼に食べてくれ」

 そう言って父さんは包みを二つ俺に手渡した。

「ありがとう。そんなに遅くならないと思うから、帰ってきたら薬草の処理もしておくよ」
「そうだな、勉強も兼ねてやっておいてくれ」

 俺は父さんの後を継いで調合師になるつもりだ。来年には王都で医学の勉強をしている兄さんが帰ってくるから、入れ替わりで俺が薬学の勉強をしに行く。その後、二人で診療所を継ぐ予定だ。

「じゃあ行ってくる」

 玄関の脇に置いてある籠を背負い、父さんと母さんに声を掛ける。

「いってらっしゃい!」
「気をつけるんだぞ」

 笑顔で見送る二人に手を振り、俺は玄関の外へ出た。






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