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混沌の北ゲート編

第90話 死の大陸ブルーフォレスト

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十数年前

死の大陸、ブルーフォレスト

魔法という存在の起源であるこの大陸では中心部に大陸の半分の面積を占める巨大な都市があり、マジェリカ教団が支配している。

この大陸ではほとんどの人間が都市の中で生まれ、都市の中で生涯を終えていく。

その理由としては多量の魔力放出により、外の生物は凶暴になり、木々は枯れ、魔力の漂流により幹は青く変色し、人間が食べられるものは一切無い、とても生きられる環境ではないのである。

青い幹が連なっている様子こそがブルーフォレストの語源となっている。

この大陸では生まれたその瞬間から魔導士として育てられ、優秀な者は教団の中で地位を築いていく。
教団に刃向かった者は都市を追放され、青く染まる大地へと放たれる。

今日も1人、都市外へと放たれる少年がいた。

ムー「俺が何をしたってんだ!!!クソ野郎がぁぁ!!!!!」

ムー少年は教団の書物庫へと無断で侵入し、魔術本を盗んだ罪で都市外へと追放された。

ムー「いいか!!お前達は強力な魔術師を求めてるんだろ!?だとしたら矛盾してるだろ!強くなるための行いだ!!何が悪いってんだ!!!」

ムーは都市の壁へと青い木々を投げつける、しかし案の定びくともしない。

都市には入り口が無い。
出ることは出来るが入ることが出来ない、魔法の壁で作られている。

ムー「クソ、、、腹減った、、、死ね!!!」

都市の中では教団が開発したマジェリコという不思議な粉を吸うことで、身体に必要な栄養素と満腹感を得ることが出来た。

見渡す限りの腐った大地を眺め、ムーはため息をついた。

とりあえず寝床と食料を調達するため腐った大地を歩き始める。

しかし、歩けど歩けどあるのは青い木々と緑色の水溜り、そして転がる骸骨だけである。

空には見るからに獰猛そうな化け物達が奇声を上げながら獲物を探していた。

ムー「夜までには寝床を確保しなきゃ、奴等の餌になっちまう、あーーーー!!!クソ!!」

ムーは走った、走って走って走り続けた。
都市がほとんど見えなくなった頃、ムーは力尽きた。

ムー「み、、水、、、」

脚に力が入らず、緑色の水溜りへと倒れ込んだ。

この水は飲めるのだろうか?
一瞬そう思ったものの、液体に接している皮膚が溶けているのを感じ、咄嗟に立ち上がった。

飲めるわけがない。。。

そうだ、俺はここで死ぬんだ。
たかだか本を盗んだくらいで追放されるこの大陸に生まれたことを恨んだ。

親の顔など知らない、気付いた時には同じ歳の者達と共に魔法の授業を受け、机に齧り付いていた。
友達などいない、信頼出来る人間などいない。

大した人生じゃない、ただ、運が悪かっただけだ。

没収された本はダミーだ、本命はこの懐に隠してある。

[裏、属性魔法]

本の表紙を見て、ムーは鼻で笑った。

そして、そっと目を閉じた。




~~~~~~~~

目を開けると、そこは茶色い木材で丁寧に作られたモダンな空間だった。

暖炉があり、パチパチと音を立てて燃えている。

ムーはフカフカのベッドに横たわっていた。

隣にある小さなテーブルには湯気立つ良い香りのティーカップと見るからに美味しそうな肉が皿に並べられていた。

ムー「飯だ、、飯だ、、、!!!」

ムーは一心不乱にテーブルの飲み物と食べ物を平らげた。

ムー「死ぬかと思った、、、」

窓の外は真っ暗で、獰猛な怪物達の鳴き声が響いている。



ガチャ

突然の扉を開ける音にムーは警戒する。

「ただいま~」

入って来たのは綺麗な顔立ちの女性だった。

「お~、目覚めましたね。少年」

女性はにこやかな表情でムーの元へと歩み寄ってくる。

ムー「お前が助けてくれたのか?」

マイカ「そう、貴方を助けたのは私。お前じゃなくて名前はマイカ、よろしくね~。貴方のお名前は?」

ムー「ムーだ。助けてくれたことについては感謝する。だがお前のような見ず知らずの女の世話になるわけにはいかない。よって俺は今すぐにここを出る」

マイカ「あのね、私はお前って言葉が嫌いなの。出て行くのは好きにしたら良いけど、夜は空だけじゃなくて陸にも魔物がいるから気をつけてね」

ムー「ああ、分かった」

マイカは椅子に座りティータイムを楽しんでいる。
しかし、ムーのことをじっと見つめていた。

ムーは目を逸らし、扉から外へと飛び出した。

茶色い小さな木の家を包むようにドーム状の何かしらの魔法が張られていた。

おそらくその魔法が魔物達から家を守っているのだろう。

ムーはゆっくりと歩き、ドームの外へと出ようとした。

指先が少しだけ外へと出た時、地面から得体の知れない生物がその指を食べようと飛び出して来た。
ムーは咄嗟に手を引っ込める。

ムー「危ねぇ!!!、、、クソ!!何だこいつは!?」

その生物は大きなネズミのようにも見えるが昆虫のような翅を携えていた。

ムーの指を探すように、それは匂いを嗅ぎながらドームの外を徘徊し出した。
すると猛スピードで駆ける虎のような牛のような象のような四足の生物にネズミのような生物が噛み砕かれた。

と思ったら、空から巨大な怪鳥が降り立ち、その虎のような、、以下省略を丸呑みにした。

ムー「、、、、こんな環境で、、生きられるわけがねぇ」

ムーは尻餅をついた、その足は震えていた。

ムーは急いで家の中へと引き返した。

マイカ「あら、おかえり~早かったね」

ムー「、、、、、、、」

マイカは先程と全く変わらぬ体制でティータイムを楽しんでいた。

ムー「テメェ、俺を馬鹿にしてるだろ」

マイカ「してないよ。生きて帰ってきただけ凄いと思う。それと、お前って言わないでくれてありがとう」

ムー「!!!!!」

ムーは驚いた、この女は冗談ではなく本気で言葉を発していることが感覚的に分かったからである。
都市の中にはこのような人間はいない、本心を隠し、他人を陥れ、自分が高い地位に就くことだけを考えて生きている者ばかりである。

ムー「、、、テメェ、、、」

ムーは戸惑っていた。
このような感謝の言葉を伴うコミュニケーションは初めての体験だったからである。

マイカ「まずは、おかえりって言ったんだからただいまって返してくれたら嬉しいな」

ムー「、、、、た、、ただいま」

マイカ「うん、おかえり!!生きていてくれて、ありがとう!!」

マイカはムーの元へと駆け寄り、強く抱きしめた。

ムー「テメェ!!何すんだ!!!離れろ!!!」

ムーは咄嗟にマイカを押し退ける。

マイカ「あ、ごめんごめん。久しぶりの人間との会話だったから、嬉しくてつい、、、」

ムー「テメェには質問が山ほどある、まずはそれに答えてもらう」

マイカ「お、良いよ。隠し事無しで何でも答えるよ」

マイカは心底嬉しそうにムーの顔を見つめている。

ムー「まず、テメェ。どうしてこんな環境でのうのうと暮らしてるんだ?」

マイカ「だって、死にたくないもの」

ムー「元々は都市の人間か?」

マイカ「もちろん、こう見えても結構良い地位にいたんだよ?私」

マイカはドヤ顔をきめている。

ムー「だろうな、それは認めてやる。何故ならあんな凶暴な化け物どもを寄せ付けず、余裕を持ってティータイムを楽しんでやがるくらいだ。相当な魔法使いなんだろうな」

マイカ「いやいやいや、こう見えてもギリギリの生活よ?本当に強くて、魔物なんてドンと来い!!って感じだったらカメレオンドームで家を隠したりなんてしないよ」

ムー「そうか、あの半透明なドームは魔物達の目を欺くためのものか」

マイカ「ん~目というか。もちろん視覚もだけど、シャットアウトするのは視覚だけじゃなくて、音と気配と魔力もだよ」

ムー「魔力も?」

マイカ「そうそう、あの魔物達は教団で使用し垂れ流れる多量の魔力を吸って突然変異を繰り返しているの。だから魔力に敏感なんだ。魔力を持つ人間が好物なの」

ムー「そうか、外に放たれる人間は皆餌食に、、、」

マイカ「うん!昼間は比較的安全だけど、初夜を越えられる人はほぼいないだろうね」

ムー「、、、俺は奇跡的に助かったということか」

ムーは今になって生きていることに身震いしていた。

マイカ「私が散策してなきゃ、今頃食べられてたかもね」

その状況は想像するに簡単なものだった。

ムー「間違いなくテメェは、俺の命の恩人ってわけだな」

マイカ「そうなるのかな?命の恩人なんて、そんな大層なものじゃないけどね」

ムー「、、、、、ありがとう」

ムーの言葉にマイカは満面の笑みで返した。

マイカ「こちらこそ、出会ってくれてありがとう」

またも距離を詰めてくるマイカをムーは静止する。

ムー「命の恩人でもな、俺に触れるな!!!俺は自分のテリトリーに入られるのが嫌なんだ」

マイカ「あ、ごめんね、つい」

そうは言ったものの、ムーも心の中で出会ってくれてありがとうと繰り返したのだった。
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