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分裂のトルコネ編

第120話 リキッドの過去

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衝撃的な発言に、ツグルはリキッドの顔を凝視した。

ツグル「なんだって?」

リキッド「だから、カナメルとやらを殺しに行く」

ツグル「どうしてそうなるんだ?」

リキッド「転生の儀が完了するのは一ヶ月、その間にカナメルの魂は引き抜かれる。その前に俺がカナメルを殺すことで、転生は失敗に終わる。無の神は新たな器を用意するか、今の姿のままで甘んじることとなるだろう。優秀な魔術師は沢山いるが、赤のオーラを持っている者はそうそういないからな。カナメルという人物には悪いが、死んでもらうしかない」

カナメルの強さは身に染みて知っている。だが、この男ならば、きっとカナメルを殺すことが出来るだろう。

ツグルはカナメルを助けたい、どうにかして説得することは出来ないだろうか?

ツグル「俺とセリアが無の神とまともに戦えれば、それで万事解決なんだろ?カナメルに転生なんてさせない」

リキッド「まともに戦えれば、確かに万事解決だがな。無の神には魔法が効かないとはいえ、あのムーがやられたんだ。おかしな奴だが、あいつを打ち負かす輩は見たことがない。無の神は力が弱まっているのは間違いないが、そう甘い相手でもないってことだ」

ツグル「ムーが負けた?ムーは無事なのか!?」

リキッド「まぁ、奴なら大丈夫だろう、奴が死ぬイメージが出来ないからな。ところでカナメルを殺すために明日にはグレイス城へ向けて出発するが、異論はないな?」

ツグル「、、、、、」

リキッドを説得する術は今のところ見つからない。目的に向かって淡々と進んでいくリキッドに対して、意を唱える隙がなかった。

グレイス城にたどり着いた自分がどうすべきか分からない、でも今は進むしかないことは分かっていた。

ツグル「ああ」

リキッド「道中での戦闘は避けられない。分かりやすいように戦うから、見て学べ。お前は、もっと強くならなければならない」

ツグル「うん、、、そうだな」

未だに頭は混乱気味だが、もうここまできたらやるしかない。

怪物として自分が背負っているものは、想像よりも遥かに重かった。

トゥール達の故郷が亡くなったのも、彼らが命を落としたのも、全て無の神とツグルに繋がっている。

自分が多くの命と人々の過去を背負っている。

強くならなければならない、飄々とした面持ちで語りかけるリキッドだが、その言葉には重みがあった。

今はもう、セリアを守るだけじゃダメなんだ。

無の神を倒す、ツグルは心に誓った。

ツグル「リキッド、ありがとう」

リキッド「背負う物が大きい時ほど、大切なのは勢いだ、勢い」

ツグル「勢い?」

リキッド「迷った先には何もない、最初に決めた目標、言わば道筋、その通りにただ真っ直ぐ進めば良い」

ツグル「リキッドは」

トゥールとの戦いでもそうだったが、彼の行動には全く迷いがない。

どんな人生を送ったら、この決断力は養われるのだろうか?ツグルはふと彼の人生に興味を持った。

ツグル「道を間違えて、真っ直ぐに進めなかったことはあったのか?」

リキッドは表情を変えずに、一言答えた。

リキッド「あるよ」




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ここはハコーダ・ティー大陸。

この大陸では、大昔から二つの国が両者譲らぬ戦いを繰り広げていた。

領地を拡大しては奪われ、拡大しては奪われの一進一退の攻防を繰り返し、大陸を二分するかのように真っ二つに国境が出来ていた。

国を跨ぐことは不可能であるが故に、いつしか魔法の継承も単一化し、北の国のホワイトヘルム王国では氷魔法を扱う者が多く、南の国のフレイムラン王国では炎魔法を扱う者が多くなっていた。

二つの国の戦いが拮抗する中、いつしか外海からの魔物の数が急激に増え、個々の力も強力になっていた。
そのため魔物から国を守るのが精一杯で、二つの国は戦争どころではなくなった。

とはいえ、いつ不意をつかれるか分からない状況に、二つの国は疲弊していた。

そこで互いの王は話し合いを設け、北のホワイトヘルム王国の一人娘であるアーヤカ姫と、南のフレイムラン王国の三男であるハッセー王子の所謂政略結婚をすることで、二国間の終戦を取り決め、魔物への対処に尽力することを約束したのだった。


そんなある時、ホワイトヘルム王国の地下牢にて、叫び声を上げる捕虜がいた。

ヒーロー「うぉおい!!!開けろよ!!!全員焼き殺してやる!!!クソガァぁ!!!!」

男は鉄格子を乱暴に揺すり、看守を睨みつける。

看守「フレイムラン王国の捕虜、静かにしろ!」

ヒーロー「静かにしてられるか!!ここから出しやがれ!!!俺はお前たちの王様に用があんだ!!客人だぞ!?丁重に扱え馬鹿野郎!!」

看守「はぁ、困ったものだ。騎士団長様はまだ来ないのか」

ガチャ

そこへやってきたのは優雅に歩く貴族風の男。

ホワイトヘルム王国名誉騎士団長であるリキッドだ。

看守「遅いですよ、リキッド様!!何時間待ったと思ってるんですか、おかげでこっちは罵声を浴び続けられて鼓膜が痛いですよ」

リキッドは表情を変えずに口を開けた。

リキッド「そんなに急務だとは思っていなくてね。ところで王様に会わせろと喚いているフレイラン王国の者は、そこの狂犬のような男で間違いないんだな?」

ヒーロー「俺の名前はヒーローだ、お前偉いんだろ?なら早く俺を王様に会わせろ」

ヒーローはリキッドを睨みつけて吠えた。

リキッドは全く表情を変えずに淡々と質問を続ける。

リキッド「ヒーロー、さて君の目的は何だ?」

ヒーロー「俺はフレイムラン王国に復讐がしたい、俺の力を認めず、早々に騎士としての立場を剥奪したあいつらが憎い!!だから俺はホワイトヘルム王国に寝返ることにしたんだ、それなのになんだ!!この扱いは!!これからこの国に貢献してやろうという清き意志がある若者を鎖に繋ぎ、、、あぁ許せねぇ、全員俺を下に見やがって!!」

リキッドは尚も表情を変えず、質問を続ける。

リキッド「ほう、フレイムラン王国の騎士ということは、まぁまぁ強いんじゃないか。どうして騎士の称号を剥奪されたんだ?」

ヒーローは拳で地面を殴り、怒りをあらわにしている。

ヒーロー「俺は最前線で戦っていた、騎士団長の指示に従い、炎魔法をぶっ放していたんだ。ホワイトヘルム王国が前線を下げたところを見た俺はチャンスだと思い、ここぞとばかりに大型魔法を展開した。だが騎士団長は俺を止めた。そこで口論をしているうちに魔法が暴走して、大爆発を起こした、俺は裏切り者として扱われ、ホワイトヘルム王国の極寒の湖に丸裸で投げ入れられた!!!死ぬかと思ったぜ!!!」

一通り話を聞いたリキッドは、ヒーローのことを鼻で笑い、意外な言葉を口にした。

リキッド「王に会うには地位が必要だが、寝返りたいという願望は今すぐにでも叶えてやろう。今からお前を俺のもとに入隊させる」

看守は慌ててリキッドの肩を叩いた。

看守「ちょ!!何を馬鹿なことを言ってるんですか!フレイムラン王国のスパイかもしれませんよ?」

リキッド「こんな明らかに馬鹿な奴にスパイは務まらんよ」

ヒーロー「なんだと!!入隊の前に、俺と勝負しろ、ぶっ殺してやる!」

看守「ほら、こんな野蛮な奴をリキッド様のもとに置いておけるわけがないじゃないですか!?そもそもどうしてこんな人を入隊させるんですか?」

リキッドは少しだけ口角を上げ、狂犬のように唸るヒーローを見下ろしながら答えた。

リキッド「だって、こいつ面白いじゃん」

その日、牢獄を出たヒーローはリキッドに戦いを申し込み、決闘が行われた。

その決闘はリキッドの圧勝で終わり、ヒーローは何も言わずにリキッドの部隊へ入隊することになったのだった。
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