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第四章 やはり、何者にもなれず。

第19話 やはり、父になれず。

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納品した曲は、その後訂正依頼を受けてあらゆる調整を行なった後、無事に納品が完了した。

お金が振り込まれるのは数ヶ月先になるとのことだが、もはやお金などどうでも良い。

ミュージッククリエイターとしてデビュー出来ることが心から嬉しかった。

相変わらず家の中は騒々しく、心が騒つくことが多々あるが、何とか心が疲弊しないように立ち回りながら日々をこなしていた。

悲しいことだが、やはり自分は父親に向いていない。

子育てというものがどうしても苦手なのだ。

だが、雪乃の言った通り、山下徹として子供達と接するように意識すると少しだけ心が楽だった。

父親だから、父親なのにと自分を責めていては心が苦しくなる。
そしてまたあの夜のようにおかしくなってしまうのだろう、それは絶対に避けなければならない。

今日も灯は怒り、風花は泣いていた。

またオモチャの取り合いというつまらない茶番劇が繰り広げられていた。

最近は風花も自我が芽生え、灯が遊んでいるオモチャを取り上げようとする。

それについて灯が怒るのは至極当然なのだが、妻の母である美智子は何故か灯を叱りつける。

「灯はお姉ちゃんなんだからオモチャを貸してあげなさい!」

その言葉を聞き、灯は泣き出す。

「なんであーちゃんが悪いの!?オモチャを取ったのはふーちゃんでしょ!?」

その通りだ、灯は悪くない。
しかし美智子は反論する灯に更に強く物申す。

「ふーちゃんはまだ幼いんだから、あんたが譲ってあげるべきでしょ!どうしていつも意地悪するの!どうして妹に優しく出来ないの!」

「あーちゃん悪くないのに!」

灯は溢れ出る涙を拭いながら、美智子を睨みつける。

今までの徹ならば灯がこれ以上攻撃されないように、美智子の怒りを鎮めるために、父親としての自分の面子を守るために灯を叱りつけていたはずだ。

灯は悪くない。
そう言ってしまえば美智子との関係性が悪くなる。

「あーちゃん、パパと二階に行こう」

「、、、うん」

理不尽に怒られて、怒りと悲しみが入り混じった表情をしている灯は徹の誘導に従って、一緒に二階へと避難する。

「灯は悪くないよ、お姉ちゃんだからって譲らなきゃいけないなんてルールはない。そりゃ譲ってあげたら優しいとは思うけど、毎回我慢する必要なんてない。さっきのばあばの言葉は間違ってるから気にしなくて良いよ」

「うん!」

灯は徹の言葉を聞き、少しだけ表情が和らいだ。

灯はまだ四歳だ。
風花と大した変わらない子供である。

しかし、灯は本当に頭が良い。
今回の件が理不尽だということもちゃんと分かっているはずだ。

「あーちゃんは頭が良いから、特別にパパの仕事場を見せてあげるよ」

PCがある部屋に子供達を入れたことはない。
理由は部屋に入れた瞬間に全ての精密機器が壊されるからだ。

でもきっと灯なら大丈夫だ。

「うわぁ!!凄い!!」

灯はPCやキーボードを見て嬉しそうに飛び跳ねている。

「前にきらきら星を教えたけど、覚えてる?」

「うん!あーちゃん覚えてるよ!」

「本当?去年とかだよね?覚えてたら凄いよ」

灯は座椅子に正座し、キーボードを弾き始めた。

ド~ド~、、ソ~ソ、、ラ~ラ、、ソ
ファ~ファ、ミ~ミ、レレド

ぎこちないが何も見ずに見事にきらきら星を演奏した。

「いや、凄いな!!あーちゃんは天才だよ!」

「パパ!他の歌も教えて!あーちゃん弾けるから!」

「よし、いいだろう」

これが世間一般的な父親として相応しい姿かは分からない。

未だにおままごとは苦痛だし、絵本の文章を読んでいる最中にページをめくられるとイラッとする。
永遠に繰り返される滑り台を共に楽しむことは出来ず、子供達のやることなすことはほとんど理解出来ない。

世の中の背中の大きなお父さん達とは違い、薄っぺらい胸板に病弱な身体をもち。
オモチャが壊れても修理することなど不可能だし、日曜大工なんてやったことがない。
子供達と公園に行くことは心から嫌いだし、そもそも休日に外に出たいと思ったことがない。
出来れば一人で黙々と静かに過ごしていたいという気持ちに変化はない。

やはり、父になれず。

何者にもなれず。

それでも生きていく。

娘達にとって、パパは自分しかいないからだ。

もしも妻が再婚すれば違う夫が誕生する。
仕事を辞めたら、違う誰かが主任として働くことになる。
曲作りを辞めても困る人など誰もいない。

だが、灯と風花にとって山下徹は唯一無二のパパなのだ。

そんなことは分かっている。
分かっていても、やはり、父になれず。

何者にもなれず。

それでも、自分が存在する価値は必ずある。

とりあえず、今は、山下徹として生きてみようと思った。

自分なりのバランスの取り方で、自分なりに頑張って、自分なりに精一杯この人生を乗りこなしてみようと思った。

それがどんな結末になるかは分からない。

それでも、雪乃と、娘達と、最後まで生きてみようと思った。

例え心から、父になれなくとも。
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