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エンドレス・ラブ

6 アーロンの新たな試練 ― 3 ―

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「ブフォ、ブフォ、ブフォ」

 次に目覚めて最初に俺の視界に入ったのはどデカい牙の生えた口。その口から俺に目がけて垂れ下がる涎に一瞬でバッチリ目が覚めた。

「だあああ!?」
「あれ兄ちゃん、このおっさん生きてたぞ」
「え、死体じゃなかったの?」

 飛び起きた俺のすぐ近くで子供の声が響く。
 一体なんだ、何が……と周りを見回して微かに状況と記憶が戻ってきた。俺を覗き込んでたイノブタを押しのけて見まわすと、そこは丸っこい石が散らばる川岸だった。
 確か水道橋から落ちて、激流に揉まれてるうちに岩に頭をぶつけた辺りで記憶が途切れてる……

「流石にこっちは死んでんじゃね」

 どうやらイノブタはこの兄弟が飼っているらしい。大きいほうの子供が首に繋げられた紐を引っ張ると、またもブフォブフォ言いながら遠ざかる。
 今兄らしき子供が向かうほうを振り向けば、そこには見覚えのある金髪と制服。そこではっきりと最後の状況を思い出した俺は、飛び上がってうつ伏せに倒れているウィリアムに駆け寄った。

「お、おい、おっちゃん動けるのかよ」
「おっちゃんじゃない。俺はそんな歳じゃないぞ」

 子供に言い返しつつ、ウィリアムの身体を抱え上げ、裏返して息を確認する。
 真っ青な顔と氷のように冷え切った身体。そして息も心臓も完全に停止してる。

「まだ死ぬな!」

 その昔、ある人に教えられた蘇生を思い出した。
 胸の真中に指先を重ね、一定の速度で押しながら、真っ青な唇を押し割って息を吹き入れる。10回も繰り返し、諦めかけたところでウィリアムがコポリと水を吹き出した。そのままゲホゲホとむせてはいるが、徐々に顔色が紫から薄い水色に戻ってくる。抱えあげてもそのままガタガタ震えてグッタリと力尽きた。

 慌てて再び確認すると、顔は青いが微かに息はしてるし心臓も動いてる。そのまま全身の打ち身、切り傷を確認していく。
 ありがたいことにウィリアムは微かに魔力を持っていた。お陰で魔力の流れを辿って内部の損傷も確認していく。
 目立った外傷も内傷も見つからない。身体が冷え切ってるがそれはいくら夏とは言えこんなに長く川を流されれば仕方ないだろう。
 このままだと身体が小さいだけに不味いな。

「この辺にどこか火を焚けるところはあるか?」

 何やら興味深げに俺たちを覗き込んでた子供たちに尋ねると、二人は顔を見合わせて、兄のほうが「こいよ」と言ってイノブタを引っ張りながら河岸をのぼりだした。


 子供たちに連れてこられたのは河岸からすぐの小屋だった。どうやら誰も住んでいないらしい。
 小屋の中は質素で囲炉裏を囲むその部屋以外何もない。炉端に古い木切れが積まれているのは、その時々でここを使った連中が置いていったものだろう。他には欠けた茶碗が転がってるくらいのもので何もない。それでもなんとか雨風はしのげるし、何より身を隠せるのがありがたい。
 先ずは炉にその辺の木切れを積んで手元を隠して火魔法で火をつけ、ウィリアムと自分の服を乾かしながら、すぐ横にウィリアムを横たえる。夏場に火を焚いたお陰で小屋の温度が上がってきてウィリアムの震えも次第に収まった。
 運の強い子だ。どうやらこの王子は生き残るらしい。

「このチビなんかスゲー変わった服着てるけど、あんたら旅芸人かなにかか?」

 やっぱり目立つか。
 ウィリアムは派兵中とはいえやはり軍服とはいいがたい貴族服を着てきていた。俺もローブのお陰である意味軍人には見えないだろう。この二人があまり擦れていない子供だからいいようなものの、大人に見つかる前になんとか服を変えとかないとマズい。
 聞けばこの辺は街と街の中間であまり人が来ないらしい。二人は親が畑に行っている間、イノブタの散歩にここまで来てたのだそうだ。

「……この辺に人の集まる場所はあるか?」
「そうだな、この辺で一番人が多いのは裏の道を鐘半分くらい歩いた所にある市場かな。今日は一の日だから多分混んでる」
「そうか」

 ウィリアムを連れて行くには遠いが、置いていくのも心許ない。俺が考えあぐねいてると、兄のほうがこちらに手を差し出す。

「駄賃払ってくれるならコイツ見てるよ」
「……今は無理だが帰ってきたら払ってやろう。それでいいか?」

 ちょっと考えてから兄のほうがうなずいた。
 転がってた欠け茶碗を拾って小屋を出た俺は、すぐ近くの藪に隠れた。しばらく小屋を見張ってたが子供たちが出ていく様子はない。どうやら信用できそうだ。

 ある程度の警戒は必要だが、同時にこの状況で全くリスクを取らないのも無理だ。これでなんかあったらそれもあいつの運だ。

 そのままそこで自分の魔力に何が起きたのか確認することにした。
 さっきもウィリアムの魔力を感じとったように、体内に流れる自分の魔力を全身くまなく追っていく。どうやら魔力自体には何も問題なさそうだ。だがやはり転移も空間魔法も、そして空中浮遊も全て発動しない。

 一体何が起きているんだ?

 そこで思いついて基本魔術を全て順繰りに発動させてみた。

「!」

 案の定、土魔法が全く作動しない。
 これは参った。俺の魔術は基本闇魔法系統で、空間魔術は全て土魔法を介して発動している。これが動かないとなると……やっぱり。防護壁シールドもあがらない。
 一番得意とする空間系が全滅というのはかなり致命的な制約だ。ウィリアムを抱えてルトリアスに戻るまで、かなり慎重に進むしかなくなってしまう。
 試しにアーノルドを竜の意思で呼んでみるが、こちらもだめだ。ただしこちらは距離の問題だろう。

 まあ、原因はともかく問題ははっきりした。まずは服と飯、それに情報だな。

 こんな状況なのに、昔が思い出されて少しばかり心が弾む。黒のローブをその場で脱ぎ捨てた俺は、近くの木のほらにそれを突っ込んで、擬態をウィリアムと同じ金髪と青い目に変換していく。こんな田舎で黒髪は目立ちすぎる。
 この擬態が光魔法で助かった。レシーネが使っていたような土魔法を応用した擬態では勝手に解けてしまっていただろう。
 ローブの中は白いシャツと黒い制服のズボンだけだ。裾飾りが見えないよう、袖をまくり上げ、ズボンの裾を折り込んで、俺はそのまま街へと足を向けた。


    ▽▲▽▲▽▲▽


 街で昔のようにひと稼ぎして、着替えや食い物を調達して戻る頃には日暮れが近づいていた。
 小屋に帰りついてみると、さっきの兄弟が大人しく火の番をしてくれていた。

 質のいい奴らで助かった。

 上機嫌で駄賃と一緒に持ち帰ったパイをひとつづつ子供たちに分けてやり、今日の事は内緒にして欲しいといって家に帰した。

 無論、そう言ったところで長々とここに残る気はない。夏は終わりに差し掛かっているが、まだまだ陽気は暖かく、火のそばで寝かされていたウィリアムは寝汗を掻きだすほど充分に温まっていた。
 抱えようと近寄ると、薄っすらと目を開けてこちらを見上げる。

「なんだ、起きてたのか」
「私を置き去りにしてどこに行ってたんだ」
「……文句が言える程度には体力も回復してきたようだな」

 口調の割に、こちらを睨もうとするウィリアムの視線はまだ気だるげで、それ以上言い返す気力もないらしい。

「着替えて移動するぞ。ここに長居は出来ない」

 声をかけながら見下ろすと、下着に剥いたウィリアムは今まで以上に細く弱弱しい。
 一体どこの馬鹿が何を考えてこいつをこんなひ弱に育てたんだ?
 よくもまあこんなんで戦場に来ようと思ったものだ。再会したばかりの頃のアエリアのほうがまだ肉が付いていた。
 途端、あの頃のアエリアの裸が脳裏をよぎり、思わずウィリアムにも服を叩きつけてしまった。

「こっちに着替えろ」
「…………」

 流石に乱暴すぎたかと声をかけたが、ウィリアムが服を握ったまま動かない。

「なんだ、そんな貧相な服じゃ不服か?」
「いや」
「じゃあなんだ、早くしろ」
「……ない」
「あ?」
「やったことがない!」

 服を握りしめたウィリアムが、顔を赤くしてこちらを睨み返してきた。
 マジか。

「……戦場まできて今まで誰がお前の面倒を見てたんだ?」
「近衛、隊長が……」

 呆れたもんだ。近衛隊を子守に使ってたのか。大公は一体何を考えてる!
 帰ったら真っ先に文句を言いに行ってやろうと決心しつつ、乱暴にあて布だらけのシャツを被らせ、着替えを終わらせたところで抱きかかえて先ほどの市へと向かった。
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