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エンドレス・ラブ

30 そしてエンドレス・ラブ ― 4 ―

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「絵里、さっきのお話だけどもね」

 熱々のお番茶を冷ましつつすすってるうちに、やっと私が落ち着いてきたのを見てとって、お母さんもテーブルについて話を再開した。
 アーロンとお父さんももうお酒は終わりにしたみたい。一緒にお番茶頂いてる。

「もしお母さんがあなたに女神の全ての権限を移せば、あなたは多分寿命のない存在にもなれちゃうのよ」

 それって、私が勇者の卵から勇者に覚醒しちゃったのと同じようなことなのかな。それで女神様になっちゃうと寿命がなくなっちゃうって、じゃあ……

「それって、私がアーロンより長生きになっちゃうってこと?」
「そうなるわね。竜種は長命だけど、寿命はあるから」

 えええええ、それは困る。
 嫌だ、今度は私がおいてかれちゃう。
 思ったことがそのまま顔に出てたのか、すぐお母さんがなだめるように続けた。 

「でも、あなたがそれを選ぶかどうかはあなた次第だし、今すぐ決める必要もないわ」

 優しくそう言ったのに、続く言葉が酷かった。

「それどころか、もしかしたらあなたが勇者になって世界を真っ二つにしちゃうかもしれないし、アーちゃんが突然悪い竜王様になってあなたが退治しちゃうかもしれないし。明日突然こっちの世界が滅亡して、私たちのほうが先に死んじゃうかも」

 それ全部嫌だよ!
 より顔を歪めた私に、お母さんがフッと笑って宣言する。

「未来なんてね、明日のことだって誰にも予想できないのよ」
「…………」

 女神様のお母さんでも……未来は見通せないんだ。
 ふと気づくと、いつの間にかアーロンも真剣な顔でお母さんの話に聞き入ってた。

「だから悩むのはやめなさい」

 そう言って、立ち上がったお母さんが私の横に回ってきて私の手を取る。

「永遠だってね、結局は『今』のこの瞬間の連続の先にしかないのよ」

 そう言って、私の手を叩くお母さんの手が温かくて。

「同じ先が分からないんだったら、今はこの『今』をちゃんと楽しみましょう」

 そう言うお母さんの顔に、不安は全く見えなくて。

「この『今』こそが、私たちの時間の全てなんだから」

 そっか。
 お母さんも女神様なんだったら、きっと同じこともう悩んだことあったんだよね。それで、今、こうして私にちゃんと道を示してくれてる。
 私は全然独りじゃないし、一人で悩まなくっていいんだ。今も、これからも。
 お母さんの手に包まれた自分の手がやけに温かくて。お母さんの話を聞いてるうちに胸も頭も熱くなっちゃって。とうとうその熱が目から涙になって溢れてくる。
 滲む視界の向こう側で、アーロンが俯いてるのが見えた。
 私も思わず俯くと、頭上から一層明るいお母さんの声が降ってくる。

「本当、くよくよ悩むのなんて無駄よ。来るべき時がきたら、またみんなで集まって考えればいいじゃない」

 そのあまりにも明るい声音に、私の悩みはすっかり萎んでちっちゃくなって、もうどうでも良くなっちゃった。

「アエリアの能天気はやっぱりりえ姉に似たんですね……」

 アーロンが茶化すようにそう言ったけど、その声がちょっとかすれてる。
 後でアーロンともしっかり話さなくちゃ。
 そう考えてハッとした。
 待って。お母さんが女神様で、私もその資質を継いじゃったってことは……?

「お母さん、私の子供も同じように女神様になっちゃうの?」

 女神様が増殖しちゃうかも?
 そう心配になって尋ねたんだけど、私のお腹の辺りにチラリと視線を下げたお母さんがニッコリ笑んだ。

「まああなたとアーちゃんの子だから普通よりは長命かもしれないけど。『女神の資質』は受け継がないわね」
「どうして分かるんです?」

 やけにきっぱり答えたお母さんに、今度はアーロンが疑わしげに問い返す。
 するとお母さんが一瞬視線をアーロンに向けてボソリと続ける。

「だってこの子たち……」

 この子たち・・
 待って。今「たち」って言った!?
 妊娠だけでも大ニュースだったのに、今、「この子たち」って複数形で言った!!??

 無言でパニクる私の前で、お母さんが確かめるように目を眇めて私のお腹をもう一度見て、そして一人ウンウンと頷きながら答えてくれる。

「うん。その子たち、火と土の精霊の祝福をもう受けちゃってるじゃない」
「…………!」
「俺に隠れて浮気したのか!?」

 一瞬遅れてアーロンが青筋たてたけどそんな訳あるか!
 きっと火はロアさんとして、土ってもしかしてレシーネさん?
 あ、あの体に入っちゃった球体!

「ち、違うから! ほらこの前の火の精霊界に行っちゃった時と、レシーネさんのことで色々あって……ああもう! 信じてくださいって言ったでしょ、あとでちゃんと話すから」

 アーロンがまだちょっと疑わしそうな目でこっち見てるけど、今それどころじゃないんだよ!

「じゃあとにかく、この子たちは大丈夫なんだよね?」

 でも精霊の祝福ってなんか悪影響あるんだろうか?
 何度も念押しする私にお母さんが困ったように何度も頷いて、「大丈夫大丈夫」って言いつつボソリと付け足す。

「孫までは知らないけど」

 え?

「とにかく、二人ともこれからどうするんだい?」

 私がまたお母さんを問い詰める間もなく、お父さんが真剣な面持ちでそう言って、私とアーロンを見比べた。
 気がつけば時間もかなり遅くなっちゃってる。
 この鍵が使える限り、また行き来は出来そうだし、まずはとにかく一度帰って休みたいって言ったら叱られる?

「まずはアエリアを連れて帰ります」

 返答に困ってた私とは違い、アーロンがしっかり私の分まで返答してくれた。

「さっきここに来る時に転移経路も大まかに確認したし、俊介さんたちが残した古代魔術の転移陣も解析済みです。近くこちらにも転移陣を張れれば、今後行き来の心配はなくなると思うので」

 そう言ったアーロンが、私を気遣うように見つめてる。
 流石師匠! 私そんなこと全然思いつかなかった。
 そっか、もし鍵が動かなくなっても行き来できるように出来るんだ、それは本当に嬉しい。

「まずはアエリアが落ち着いてから、もう一度来ます」

 きっぱりそう言ったアーロンは、立ち上がって私のすぐ後ろに回ってきた。そしてその大きな手を私の肩に乗せる。よく知ったその手の温もりは、お母さんのそれとはまた違う、本能的な安心を与えてくれる。思わずアーロンを見上げると、頬が勝手に緩んでしまった。

「すっかり絵里を持ってかれちまったな」

 お父さんが苦笑いしながらそう言って、少し寂しそうに私を見る。そして立ち上がり、昔みたいに私に大きく腕を広げた。私も立ち上がってお父さんに抱きつく。優しいお父さんの温もりとその腕の安心感は、私にとって正にこの家そのもの。

 だけどごめんなさい。今私が『帰る』場所は、やっぱりあの辺境伯邸の二人の部屋なんだ。

「うん、次来た時にもっと詳しく話すね」

 そう言って、私もお父さんをぎゅっと抱きしめ返した。
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