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謁見の間の天井には、女神ユリアナの姿が描かれている。
右手には太陽を、左手には月を、そしてその瞳には星を湛えており、色鮮やかに描かれていた。
声が響いたと同時に、女神の胸の辺りから光が生まれ、それは人型をなす。
黒く長い髪と、星を散りばめた黒い瞳。描かれている姿そのままにアルフォンスの横に降り立った。
フォランドと、皇帝の左に控えていた近衛師団長のアーロン・エインワーズはとっさに身構える。が、そんな彼等をアルフォンスは制した。
そして「久しぶりだな。女神ユリアナ」と、低めではあるが、よく通る声で彼女を迎えた。
『あらやだ、アルってば、なんで大きくなってるの~?』
―――えっ!女神ユリアナ??
と、誰もが心の中で叫ぶが、声に出す者はいない。
それもそのはず。
軽い口調ではあるが、醸し出すその圧倒的な威圧感は重々しく張り詰め、かつ清らかで侵しがたい雰囲気が一瞬で室内を満たしたからだ。
今にも膝をついてしまいたい衝動に駆られるほどの、清廉さ。
彼等のそんな事情などお構いなしに、ユリアナは感慨深そうにアルフォンスを見つめた。
『アル、今、幾つになったの?』
「二十六です」
『えっ?本当?』
純粋に驚くユリアナに、アルフォンスは機嫌悪そうに眉を眇める。
「えぇ、あなたが俺の世話をする人を探してくると言ってから、十六年だ」
『う~ん・・・やっぱり、気を付けていないと時間の流れが稀薄になっちゃうわね』
ちょっと考えるように、可愛らし気に小首をかしげた。
その時「アル・・・」と、うめき声に近い声色で、フォランドが名を呼んだ。
アルフォンス以外は、皆苦しそうな表情をしている。
名前を呼ばれ漸く事態に気付いたアルフォンスは、今更のように紹介を始めた。
「あぁ、皆の者、紹介が遅れてすまない。この方は我が帝国の神であり始祖でもある、女神ユリアナだ」
いや、違うんです!そこじゃないんです!!
今ここにいる人間全てが、同じ事を心の中でツッコんだ。
そして、一斉にアルフォンスに助けを求めるような視線を向ける。
そこでやっと気づいたのか、「あぁ・・」と言って、頷く。
「ユリアナ、皆が苦しがっているぞ」
『そっか、アル以外は辛いかもね』
そう言って、パチンと指を鳴らせば、何かに押さえつけられていたかのように重かった身体がすぅっと楽になっていった。
一同がほっと息を吐いたのを見て、アルフォンスは改めてユリアナに尋ねた。
「何故、今此処に降りて来られたのだ」
『何故って、あなたとの約束を果たすためよ』
「約束?」
『そう、それこそ十六年経っちゃったけど、アルのお世話をする人を連れてきたの』
「・・・・俺はもう、子供じゃない」
『まぁまぁ、あの時の乳母のように、意地悪ばーさんじゃないから大丈夫よ』
その言葉にギョッとしたのが、ヌルガリ伯爵だった。
『どこぞの貴族が寄与したあの乳母は、最悪だったものね~』
その場に居た者すべての視線を一身に集めた伯爵の顔色は、青を通り越し、みるみるうちに白くなっていった。
アルフォンスは小さい頃に母親を亡くしていた。
悲しみに暮れる中、姉であるシェザリーナが傍にいて愛情深く面倒を見てくれていたので、母親恋しさ寂しさはあったものの、素直な優しい子供に育っていった。
だが彼が八才の時、シェザリーナがべェーレル大公国の王となる為、彼のもとを離れなくてはならくなった。
そんな状況をこれ幸いと、ヌルガリ伯爵が皇帝に進言したのだ。
「アルフォンス様には、愛情を注ぎお世話をする方が必要です」と。
すでに血の繋がりすら無いであろう、はるか遠い時代の親戚関係。
それにいまだに縋りつくヌルガリ伯爵の申し出を、皇帝は冷めた目で見つつも、渋々了承する。
それがアルフォンスの悪夢の二年間の始まりだった。
その乳母としてやってきた女は、愛情の欠片も持ち合わせておらず、彼にはことごとく冷たく接した。
彼のやる事なす事、全てを否定し幼い子供の心を傷つける。
そして、その傷を癒すかのような振りをして、ヌルガリ伯爵は幼いアルフォンスを、自分の意のままにできる傀儡にしようと、言葉巧みに心の隙に入り込もうとしていた。
次第に様子がおかしくなる息子に皇帝は問うが、彼は何も言わない。
そんな現状を心配した皇帝は、己の幼馴染でもあり信頼できる側近のベルモント公爵とエインワーズ侯爵の子供達を遊び友達として彼のそばに置いたのだ。
それが現皇帝の懐刀と称される宰相フォランド・ベルモントと、三つの近衛師団の頂点でもあり護り刀と称されるアーロン・エインワーズだ。
だが、アルフォンスの心は日に日に疲弊し、表情が乏しくなってきていた。
そしてある夜、彼女が彼の前に舞い降りたのだ。
黒を纏った女神は彼の心を癒すため、ひっそりと半年もの間一緒に過ごした。
乳母を解雇させ、彼の為だけにそこに存在し、彼の為だけに言葉を紡ぐ。
突然、大人びた発言や行動に不信を抱いていた大人たちは、次第に彼の瞳に現れる琥珀色の星に全てを納得する。
今、彼の傍にいるのは、彼の世話をしているのは、女神ユリアナなのだと。
半年も経ったある日、彼女は『私はずっと傍にいる事ができないから、あなたを愛し、お世話してくれる人を探してくるね』と明るく言い残し、消えてしまった。
次の皇帝となる為、帝王学を学び大人びてはいても、所詮は子供。
明日帰るのか、一週間後なのか、それとも、一月後か・・・
待てど暮らせど彼女は戻らず、十六年の月日が経っていったのだった。
右手には太陽を、左手には月を、そしてその瞳には星を湛えており、色鮮やかに描かれていた。
声が響いたと同時に、女神の胸の辺りから光が生まれ、それは人型をなす。
黒く長い髪と、星を散りばめた黒い瞳。描かれている姿そのままにアルフォンスの横に降り立った。
フォランドと、皇帝の左に控えていた近衛師団長のアーロン・エインワーズはとっさに身構える。が、そんな彼等をアルフォンスは制した。
そして「久しぶりだな。女神ユリアナ」と、低めではあるが、よく通る声で彼女を迎えた。
『あらやだ、アルってば、なんで大きくなってるの~?』
―――えっ!女神ユリアナ??
と、誰もが心の中で叫ぶが、声に出す者はいない。
それもそのはず。
軽い口調ではあるが、醸し出すその圧倒的な威圧感は重々しく張り詰め、かつ清らかで侵しがたい雰囲気が一瞬で室内を満たしたからだ。
今にも膝をついてしまいたい衝動に駆られるほどの、清廉さ。
彼等のそんな事情などお構いなしに、ユリアナは感慨深そうにアルフォンスを見つめた。
『アル、今、幾つになったの?』
「二十六です」
『えっ?本当?』
純粋に驚くユリアナに、アルフォンスは機嫌悪そうに眉を眇める。
「えぇ、あなたが俺の世話をする人を探してくると言ってから、十六年だ」
『う~ん・・・やっぱり、気を付けていないと時間の流れが稀薄になっちゃうわね』
ちょっと考えるように、可愛らし気に小首をかしげた。
その時「アル・・・」と、うめき声に近い声色で、フォランドが名を呼んだ。
アルフォンス以外は、皆苦しそうな表情をしている。
名前を呼ばれ漸く事態に気付いたアルフォンスは、今更のように紹介を始めた。
「あぁ、皆の者、紹介が遅れてすまない。この方は我が帝国の神であり始祖でもある、女神ユリアナだ」
いや、違うんです!そこじゃないんです!!
今ここにいる人間全てが、同じ事を心の中でツッコんだ。
そして、一斉にアルフォンスに助けを求めるような視線を向ける。
そこでやっと気づいたのか、「あぁ・・」と言って、頷く。
「ユリアナ、皆が苦しがっているぞ」
『そっか、アル以外は辛いかもね』
そう言って、パチンと指を鳴らせば、何かに押さえつけられていたかのように重かった身体がすぅっと楽になっていった。
一同がほっと息を吐いたのを見て、アルフォンスは改めてユリアナに尋ねた。
「何故、今此処に降りて来られたのだ」
『何故って、あなたとの約束を果たすためよ』
「約束?」
『そう、それこそ十六年経っちゃったけど、アルのお世話をする人を連れてきたの』
「・・・・俺はもう、子供じゃない」
『まぁまぁ、あの時の乳母のように、意地悪ばーさんじゃないから大丈夫よ』
その言葉にギョッとしたのが、ヌルガリ伯爵だった。
『どこぞの貴族が寄与したあの乳母は、最悪だったものね~』
その場に居た者すべての視線を一身に集めた伯爵の顔色は、青を通り越し、みるみるうちに白くなっていった。
アルフォンスは小さい頃に母親を亡くしていた。
悲しみに暮れる中、姉であるシェザリーナが傍にいて愛情深く面倒を見てくれていたので、母親恋しさ寂しさはあったものの、素直な優しい子供に育っていった。
だが彼が八才の時、シェザリーナがべェーレル大公国の王となる為、彼のもとを離れなくてはならくなった。
そんな状況をこれ幸いと、ヌルガリ伯爵が皇帝に進言したのだ。
「アルフォンス様には、愛情を注ぎお世話をする方が必要です」と。
すでに血の繋がりすら無いであろう、はるか遠い時代の親戚関係。
それにいまだに縋りつくヌルガリ伯爵の申し出を、皇帝は冷めた目で見つつも、渋々了承する。
それがアルフォンスの悪夢の二年間の始まりだった。
その乳母としてやってきた女は、愛情の欠片も持ち合わせておらず、彼にはことごとく冷たく接した。
彼のやる事なす事、全てを否定し幼い子供の心を傷つける。
そして、その傷を癒すかのような振りをして、ヌルガリ伯爵は幼いアルフォンスを、自分の意のままにできる傀儡にしようと、言葉巧みに心の隙に入り込もうとしていた。
次第に様子がおかしくなる息子に皇帝は問うが、彼は何も言わない。
そんな現状を心配した皇帝は、己の幼馴染でもあり信頼できる側近のベルモント公爵とエインワーズ侯爵の子供達を遊び友達として彼のそばに置いたのだ。
それが現皇帝の懐刀と称される宰相フォランド・ベルモントと、三つの近衛師団の頂点でもあり護り刀と称されるアーロン・エインワーズだ。
だが、アルフォンスの心は日に日に疲弊し、表情が乏しくなってきていた。
そしてある夜、彼女が彼の前に舞い降りたのだ。
黒を纏った女神は彼の心を癒すため、ひっそりと半年もの間一緒に過ごした。
乳母を解雇させ、彼の為だけにそこに存在し、彼の為だけに言葉を紡ぐ。
突然、大人びた発言や行動に不信を抱いていた大人たちは、次第に彼の瞳に現れる琥珀色の星に全てを納得する。
今、彼の傍にいるのは、彼の世話をしているのは、女神ユリアナなのだと。
半年も経ったある日、彼女は『私はずっと傍にいる事ができないから、あなたを愛し、お世話してくれる人を探してくるね』と明るく言い残し、消えてしまった。
次の皇帝となる為、帝王学を学び大人びてはいても、所詮は子供。
明日帰るのか、一週間後なのか、それとも、一月後か・・・
待てど暮らせど彼女は戻らず、十六年の月日が経っていったのだった。
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